魔術師と不死の男

井傘 歩

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憑依魔術

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憑依魔術ポッセシウム…?」

俺が繰り返すと,黒装束の男が。即ちベイツがコクリと頷きながら空間魔術を使役し,ポッドと2つのティーカップを出現させた。

ポッドからは湯気が出ており,匂いで紅茶が入っている事が分かった。テーブルにティーカップを並べたベイツは,どうやら食後のティータイムのつもりらしい。何だかとても呑気に見えて仕方が無かった。

ベイツがティーカップに紅茶を注いだ。いつもと同じアップルティー。前に一度「好きな紅茶は?」と聞かれたが,俺はここに囚われるまで紅茶なんて知らなかったので,種類はベイツに任せていた。多分,アップルティーはベイツの好みなのだろう。別段俺もそれが嫌な訳では無かったので享受している。

「魔術を発動している相手にしか通用しない,いわばカウンター技さ。相手の魔力と瞬時に同調し,深層意識に働きかけて憑依,僕の意識を相手の身体へ転移させる高等魔術さ。僕もやるのは初めてだったけれど,案外上手くいくものだね。はい,どーぞ」

渡されたアップルティーを右手で受け取る。ベイツも傍の椅子に腰掛け,アップルティーを飲み始めた。自分の身体じゃないのに,さも当たり前のように振る舞う姿がとても奇妙だった。そもそも,味覚とかはどうなっているのだろう?

「ん,意識は僕主体だからね。味覚含め五感全てがいつもの僕と同じになっているよ」

そういうものなのか,よく分からない。それもそのはず,俺は誰かに憑依した事など1度もないのだから。

中身がベイツとはいえ,見知らぬ黒装束の男が居ることにどうにも慣れなくて,違和感を誤魔化す様に俺もアップルティーを飲んだ。程よい酸味。想ったよりリンゴの風味が全面に押し出されていて初めて飲んだ時は少し驚いたが,今は難なく啜れるようになってしまった。

「なぁ,お前の意識がここにあるなら,お前の身体は何処にやったんだよ。まさか置いてきたのか?」

「そんな訳無いだろ?憑依した後,ちゃんとここに運んできたよ。今はベッドの上に寝かしてる。取り敢えず,動ける様になるぐらいまではこの身体を借りようかなって思ってるよ」

「大体,どれぐらいなんだ?」

「そうだねぇ。胸に喰らった一撃が思いの外深かったから,魔術で回復促進しても早くて明後日になるかな」

「……,そうか」

そう言ってアップルティーを飲む俺の顔を,ベイツが覗き込んできた。満面の笑み。あぁ,顔が違えど,俺はこの憎たらしい笑顔を見ればベイツだと気付くに違いない。それ程までに記憶に刻み付けられているのだ,やつの笑顔は。

「ふふふ,残念だったね。僕はまだ死なないよ」

「…っ,あぁ!本当に残念だ!!ようやく助けが来たと思ったらその中身がお前だったなんて,こんなに最悪な事があるか!」

アップルティーを煽るように飲み干し,ベイツに空のティーカップを突き出した。小さく笑いながらそれを受け取ったベイツは,またアップルティーを注いで渡してくれた。

「ケチャップライスは美味しかった?本当はオムライスにしたかったんだけど,この男に襲われたせいで卵ダメにしちゃってさ」

「あー,それは美味しかった。昨日の晩は何も食べれてなかったしな」

「それは良かった。殆ど寝てなくて疲れてたから,ちょっと味付けに自信がなかったんだ。と言っても,ケチャップライスだからね。そんなに支障はなかったろう?」

「あぁ。美味かったよ」

ベイツも飲み終わったのか,自分のティーカップに手を翳して空間魔術を行使し片付け,ポッドの蓋を開けて中のアップルティーを確認した。

「まだ飲む?」

「いや,もう十分だ」

「じゃあ,仕舞うよ」

ポッドがティーカップと同じ様に空間魔術で片付けられ,すっかり俺のティーカップだけが残ってしまった。

「じゃあ,ティーカップは飲み終わったらテーブルの上に置いておいて。お昼の時に片付けるから。右手の枷も,その時にまた付けるよ」

「いや,このままで良いんだが?」

「駄目だよ。片手でも自由にしておくと,何をしでかすか分からないからね。またラジオ投げつけられたんじゃ堪らないよ。あ,それとも」

いつもの憎たらしい笑顔でベイツが俺の目の前に歩み寄ってきた。俺の背後に回ったかと思うと,耳元で囁かれる。

,出したいのかな♡」

何を言っているのか分からず一瞬身体が固まる。しかし,一拍おいてのかを不覚にも理解してしまった俺は,明確な殺意のもとすぐさま身体を捻り,無言で背後へ右の拳の大振りをお見舞いする。

しかし,スルリと俺の脇の潜り抜けたベイツは,俺の動揺っぷりに高らかに大笑いしながら部屋を出て行った。

「お,お前!絶対ぶっ殺すからなぁ!!」

軽やかな後ろ姿に苦し紛れの怒号を浴びせるが全く効果は無く,むしろその後一時間ほど,俺は一度意識してしまったに悩まされた

「………,最後にシたの,いつだっけな」



何だか,とてつもなく惨めな気分だった。
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