魔術師と不死の男

井傘 歩

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紋章

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『憑依魔術を使っただと!?』

余りの声の大きさに,思わず耳元に当てていた掌を遠ざける。怒られるかな,と少し恐ろしかったけれど案の定だ。通信越しの会話で良かったと心底思う。もし顔を合わせていたら2,3発殴られていたに違いない。

『それはつまりお前,『紋章プロバティオン』を使ったってことだろ!?自分が何したか分かってるのか?』

掌から聞こえる怒声に小さく溜息を吐きながら返事をする。

「分かってるよ。後1回使えば『紋章』は消え去り,僕は魔力を失い無力な26歳一般男性に成り果てる。そうなれば,僕は使命を果たせなくなり君たちに殺されちゃうかもね」

『ふざけるな。紋章を失うって事は,お前がを失うって事なんだぞ?そうなれば,本格的に皇位継承者が潰えて俺達魔術師はお終いだ。その自覚をもっと持ってくれ』

「そうならない様に頑張ってるんじゃないか。大丈夫,もう二度と紋章は使わない。ここから先は自分の力だけで乗り越えてみせるよ」

『……,皇族のみに与えられる『紋章』。その力を使えばどんな魔術も自在に操れるが,使用回数制限があり,それに達すると魔力の一切を失う。お前の回数制限は3回。その内の1回を,アルファリウスを不老不死にする為に使ってるんだ。憑依魔術で2回目。実質,もう紋章は使えないぞ』

「僕がもっと器用な魔術師だったら,不死之魔術も憑依魔術も,練習次第で使える様になったかも知れないのに。ほんと,とことん出来損ないだね,僕」

『そもそもその2つは皇族しか唱え方を知らないからな。有事の際にのみ皇族が使う事を許された秘術,中々扱えないのも無理はないだろう。取り敢えず,暫くは一等身の回りに気をつけろ。殺し屋の雇い主,オルバイトという男については此方で秘密裏に調べ上げ次第お前に伝えさせよう』

「宜しく頼むよ。このままじゃ,おちおち日用品も買いに行けやしない」

『何はともあれ,今は計画を最優先しろ。其れが,皇族最後の皇位継承者であるお前の役目だ。第1師団長の俺が,お前を全力でバックアップしてやる』

「分かったよ」

『それと,これはお前の幼馴染としての,俺からの言葉だが』

「…なに?」

『…,絶対に,死ぬなよ。計画よりも,お前の命を最優先しろ』

「…,うん。僕だって死にたくないよ」

『なら良い。例えどんなに大切な者でも,命を投げ出す必要なんてない。お前は,死んじゃいけない』

「オーケー。じゃあ切るね。そろそろ晩御飯の準備をしたいんだ」

『分かった。美味しいのを作ってやれ』

「うん」

通信を切ろうとした時,向こう側からパチンと指を鳴らす音がした。通信越しだが,空間の歪みを感じた。何者かにより転移魔術が行使されたのだ。

『ん,ミディールか。誰と通信してんだ?』

『ベイツだ。もう切り際だぞ』

『おぉ!元気か皇子様!久しぶりだなぁ』

「久しぶりラウンズ。第2師団はどう?」

『何とか前線を保ててる。俺の采配が良いんだろうなぁ。先のアルドラド要塞戦では全戦力の撤退を首尾よく行えた。ニュースでは魔術師を囚えたとか何とか言ってるが,要塞こそ奪われど人員は皆無事だ。後2年ぐらいはチョロいぜ?』

「頼もしいね。ミディールと一緒に宜しく頼むよ」

『任せな。皇子様も自分の役目,しっかり果たせよ。後悔しないようにな』

「うん,分かったよ」

『そこまでにしておけ。晩御飯を作るそうだ』

『おぉ!良いなぁ。そうだ,皇子様。計画が成功したら,師団の皆に料理を振舞ってくれよ。揃いも揃って,皇子様の料理が恋しいんだとよ』

「分かった。腕を磨いておくよ」

『ありがてえ。頼むよ』

『よし,良いな。切るぞ』

『じゃあな皇子様ー!』

「うん,お疲れ様」



接続魔術が切られた。久々に沢山会話が出来て,少し気分が楽になり笑みが零れた。ミディールもラウンズも元気そうで良かったと心から思う。旧友であり魔術師団を率いるツートップである二人には,僕が此方に居る間の魔術師の指揮を任せている。

僕よりも遥かに魔術に長けた二人は,王国兵達にも遅れを取らない優秀な魔術師だ。血筋が関係無ければ,僕よりも二人の方がよっぽど皇位継承者に向いている。

本当,時折皇族に産まれた事を後悔してしまう程に,僕の周りは優秀な魔術師ばかりだ。皇族の血を引いている事以外何一つ取り柄の無い僕なんかより,ずっとずっと良い人達ばかりだ。

「僕も,もっともっと頑張らないとな」

……,何だか少しネガティブな気分だ。身体が自分のものじゃないからかも知れない。晩御飯を作る前にアップルティーを飲む事にしよう。

アルファの分も淹れようか。昼にまた手枷を嵌めたから,僕が飲ませてあげるんだ。少し熱めに淹れて,無理やり熱がってるのを飲ませてやろうかと思ったけれど,嫌われそうだから止めることにした。

何時からか,ふと,アルファに嫌われたり,拒絶されたりする事に抵抗を覚える自分が居る事に気付いた。今は何とか覆い隠せて居るけれど,いつか表に出てくるのでは無いかと,アルファと接する時には気を張るようになっていた。

それが至極面倒で,辛くて,悲しくて。僕はどうにかなってしまいそうになる。

「『全ては魔術師のため』,なんだよね」

魔法の言葉のように呟いて,全てを消せたら良いのにな。










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