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To be Magi
終わりの真実
しおりを挟む酷く気怠い,深い眠りから目覚めかけた朝の様な微睡みの中に漂っていた俺を叩き起こしたのは,ゴウゴウと燃え盛る炎の音と人々の悲鳴だった。
目を開くとそこは,俺の生まれ故郷の村だった。だが,村の家々はみな蒼い炎に包まれ,最早人の手では止められない程に燃え盛っていた。
村長,見知った村の友人たち,そして,遠くに見えたあの影は…,俺の両親だった。
毎日毎日畑を耕して,採れた作物を村の皆に配っていた父さん。針仕事が得意で,冬が来る度セーターやマフラーを編んでくれた母さん。みんな,蒼い炎から逃げ惑っていた。
俺は皆を助けようと,炎の向こうへ駆け出した。
つもりなのだが,身体が動かなかった。声も発せられなかった。身動きひとつ取れずに,目の前で苦しむ友人たちを眺める他無かった。
苦しさと悔しさに胸が押しつぶされそうになったその時,不意に僕の隣に現れたのは。
「どう。覚えてるよね,あの日のこと」
ベイツが言葉を発すると,俺の身体は動く様になった。こいつが現れた事で,目の前の惨劇が幻覚に過ぎないことに気づいた。
俺が村から連れ去られたあの日。俺の村が焼き払われたあの日と同じ光景が,目の前に拡がっていた。
「写水晶…,だったよな。これは,お前の脳内イメージに過ぎないって事か?」
「そう。僕のイメージした光景を,写水晶を通して君の心の中,深層意識に投影している。これはあくまでイメージでしかない」
「つまり,あの日俺が見たのはお前の脳内イメージで,村は焼き払われていない。皆,無事ってことか?」
「その通り」
不思議と安堵は出来なかった。むしろ新たな疑問が胸に浮かび,更にモヤモヤが増えた様に思えた。それに,例え幻覚と分かってはいても,見知った顔が苦しむ姿は耐え難かった。
「もう,充分だ。やめてくれ」
「分かったよ。写水晶の魔力を解こう」
身体が浮かび上がっていくような浮遊感に包まれたかと思うやいなや,次の瞬間俺の意識は途絶えていた。
目を覚ますと,俺の身体は例によって鎖に繋がれ天井から吊るされていた。一時,それも幻覚の中でとはいえ久し振りに自由の身となれていたことを,少しだけ口惜しく思った。
「目覚めの1杯は如何かな?」
「要らない」
ティーカップ片手に微笑むベイツに,吐き捨てるように答えた。態とらしく残念そうに顔を歪めて見せたベイツは,空間魔術でポッドとティーカップを片付け椅子に腰かけた。
長い脚を組んで左手で頬杖をつき,右手の人差し指,中指,薬指の3本を立てて見せつけるように上に掲げてみせた。
「聡明な君のことだから,今の光景を含めて僕に聞きたいことが積もりに積もっているんだろう?村を焼き払ったのはイメージに過ぎない事に気付いたご褒美として。3つだけ,質問に答えてあげよう」
「え?」
思わず目を丸くしてしまった。こんな機会が与えられるのは初めてだったからだ。頭をフル回転させ,質問を考えようと努める。今まで沢山疑問があったが,それ一つ一つに優先順位を付けるとなるととても難しかった。
「急がなくていいよ。3つ選出し終えるまで待ってあげよう。僕は寛大だからね」
俺の逡巡を読み取ったのか,ベイツが優しく言った。テーブルの上に置いていた写水晶を手に取り,天井の灯りに透かして水晶内の煌めきを眺めた。
「こうして見るととっても綺麗なのにね。写水晶はね,何百年も前に一人の魔術師が作り上げた強力な魔術具なんだよ。かなり繊細な魔力を幾重にも重ねて,魔術師のイメージをはっきりと映像化出来るようになっているんだ」
「何のためにそんな物を作ったんだ?」
「それが1つ目の質問?」
「あっ,いや,違う」
「よ-く考えるんだよ」
子供を諭す親の様な口調に少し苛立ったが,今はそんな事に気を取られてはいられなかった。吟味し終えた一つ目の質問を,ベイツに投げ掛ける。
「一つ目の質問だ。どうしてお前は,あんなに繊細に俺の故郷のイメージを作り上げられたんだ?もしかしてお前は,俺の故郷を何度か来たことがあるのか?」
「その通り。僕は君の故郷の村を訪れた事がある。君を連れ去った時だけじゃなく,幾度も訪れたよ。加えて教えてあげよう。イメージの中では,街並みだけじゃなく人々の姿形までもが繊細に再現されていただろう?という事は?」
「……,お前,みんなと知り合いなのか!?」
「正解」
歌うように唱えて,ベイツは薬指を折り曲げた。右手が表すの「2」。質問が出来るのはあと2回だ。
一旦整理する。ベイツがあのイメージを作り上げられたのは,村の家々は勿論そこに住む人達の事まで知っていたから。とすればベイツは,俺を連れ去りに来る以前より村に訪れていて,尚且つ交流があったという事になる。
そんな事全然知らなかった。俺の村に魔術師が来た事なんて,1度も無かったからだ。しかも俺を連れ去った張本人であるベイツと村の人々に関わりがあるのなら,俺が連れ去られた事に皆が関わっている可能性もある。
ますますこんがらがってきた。一旦置いておいて次の質問に移ろう。もしかしたら,その回答次第で分かるかもしれない。
「二つ目の質問,いいか」
「どうぞ?」
「お前は写水晶を使って俺に幻覚を見せた。どうしてそんな真似をした?アレを見せることで,お前達にどんなメリットがあるっていうんだ」
「第一に,君に『もう帰る場所は無い』って意識を持たせたかった。故郷から1歩も出た事が無い君にとって,あの村は唯一の居場所だ。それが失われてしまえば,君はここ以外に頼る場所,行く場所が無くなる。そうする事で,仕方なくとはいえ『ここに居るしかない』という状況を作り,僕への心的依存を狙ったんだよ。まぁ,こうして失敗に終わった訳だけど」
「何だか気持ち悪いな」
「今に始まったことじゃないだろう?」
「自覚あったのかお前!?」
「あんなに嫌がられれば,流石に気持ち悪がられてる事にも気付くよ。日々,君の心無い反応に僕は傷ついているんだからね。嗚呼,痛ましや我が心」
「いいから続きを話してくれ」
「分かったよ,冷たいなぁ。第二に,君に怒って欲しかったんだ」
「怒って欲しい…って?」
「もっと分かりやすく言えば,僕は君に強い『怒りの感情』を持って欲しいんだ。怒りっていうのは感情の中でも一際強いエネルギーを持ってるからね」
「どうして怒らせたいんだ?」
「それはまだ言えないなぁ」
中指を折り畳んで「1」を作り,残った人差し指を口元に当てて「シーッ」と,これ以上の追求を拒まれた。良いだろう。これもいずれ明らかになるに違いない。今は残りの1つの質問をしよう。
「じゃあ最後の1つだ。お前はどうして俺をここに閉じ込めてるんだ?幻まで見せて,そこまでして俺をここに囚える理由はなんなんだ?」
俺はベイツの目を見据えて尋ねた。これが本命だ。ここに囚われてからずっと考え続けた疑問。どうして俺が魔術師に囚られたのか。その理由が知りたい。
すると,ここで初めてベイツが少し答えるのを躊躇った。俯いて口元に手を当て,何か考えているように見えた。やはり,核心を突いているようだ。
しかし,決心したかのように頭をふるふると振った後,ベイツは人差し指を折り畳んだ。
「良いよ。話そう」
ベイツの答えに,俺は自分の耳を疑った。
「僕は君を,魔術師の王にしたいんだ」
「………,は?」
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