15 / 33
To be Magi
動き出す戦況
しおりを挟む「単刀直入に言おう。アルファ,君には魔術師としての才能がある。僕のように,いや,正直に言えば,君は僕よりも遥かに魔術に長けた人間なんだ」
「………,は?」
大真面目な済まし顔をしてベイツが俺を見据えた。俺はその顔から目を離せなかった。いつその顔がいつものふざけた笑顔に変わるのかと待ち望んでいた。「ま,冗談なんだけどね」と言って欲しかった。
しかしどれだけ待ってもベイツは相好を崩さず,空間魔術を使って小瓶を手のひらに呼び寄せた。鈍い蒼色の液体が入ったその小瓶に浸されていたものを,俺は知っていた。かつて,俺の一部だった,
「それ…,俺の爪か…!?」
「そう。4ヶ月程前に君から剥ぎ取った,正真正銘君の左手の中指の爪さ。ほら,見てごらん」
目の前に爪入り小瓶を突きつけられる。自分の爪がどんな形かを覚えていないので見せられても反応に困るのだが,嘘では無いのだろう。蒼い液体に浸された俺の爪が,そこにはあった。
何の為に俺から剥ぎ取ったのか全く分からなかったが,まさか取って置いていたとは。
「あの時小瓶に入っていた,黄金色のトロトロしたハチミツみたいな液体覚えてるかい?あれは『魔力反応液』と言って,魔術師の爪を漬けると蒼く変色する特殊な液体なんだ。どう,試しに舐めてみる?変色しても甘いまんまだよ」
「舐める訳無いだろ。つまり,その液体が蒼く変色してるから,俺が魔術師だって言いたいんだろ?」
「その通り。君の魔力は質も量も一級品。君は魔力の扱い方さえ学べば,僕を遥かに上回る強力な魔術師になれるんだよ」
「お前はそれを知ってて,俺を村から連れ出し捕らえたのか。俺を魔術師として育てあげる為に」
「その通り。ご存知だろうけど,現在魔術師達は王国と戦争状態にある。王国の科学力は想像以上のモノで,最早並の魔術師では太刀打ち出来ない程に王国兵団の勢力は凄まじいものになりつつある。この戦況を覆すには,天賦の才能を持つ君に戦って貰うしか無いんだ。圧倒的な力を持つ君が魔術師の王として魔術師を指揮し,勝利へと導く。これが,僕の計画だ。君を魔術師にして戦争に勝つ。その為に,今まで君を捕らえ続けてきた」
空間魔術で小瓶を仕舞い込んだベイツは,俺に背を向けた。金色の長髪が肩の辺りで靡く彼の白衣姿を,今まで憎しみの象徴だと思っていた。
俺の故郷を焼き払った蒼い炎の中垣間見たベイツの姿を。写水晶で見せられた幻覚を本当だと信じ,今日まで恨みを抱いて生きてきた。いつかここから這い出して,奴の首根っこを掻き切ってやると。
だが今,ものの10分にして,俺の約半年の想い全てが虚しいものへと変わり果ててしまった。代わりに提示された新たな未来とその重さに目が眩むようだった。
明かされた真実によって,更なる混乱へと突き落とされる感覚。俺が魔術師の王として,王国兵団と戦う?俄に信じられなかった。信じたく無かった。
故郷が無事だった事への安堵と,ここからまた未知の世界へと放り込まれる事への不安に,先刻喰べたクッキーやアップルティーを吐き出してしまいそうになった。むしろ,吐き出せてしまえたらどれだけ楽だろうか。鎖に繋がれたこの手では,喉の奥に指を突っ込み嘔吐を促す事すら許されなかった。
途方も無い程の不快感に苛まれていたその時, パチン!と指が鳴る音がしたと思うと,たちまち不快感が消え失せ吐き気も無くなっていった。
突然の事に驚き辺りを見渡すと,扉を開き男が入ってきた。黒く焦げたり裂けていたりするボロボロのコートを羽織りジーンズを履いた,深い紅色の髪の男だった。男は口の端から血を流しながら,俺を指差し言った。
「吐くのは勘弁だぜ。吐瀉物掃除する魔術なんてありゃしねえんだからな」
その言葉で,男が俺の不快感を消し去ってくれた者だと分かった。ベイツが男を見て驚愕の声を上げた。
「ラウンズ!?どうしてここに,っていうかその怪我は,大丈夫なの!?」
「大丈夫,って言いたいんだけどな」
ベイツが「ラウンズ」と呼ばれた男に駆け寄る。ラウンズは苦笑いしながら,近くの椅子に腰かけた。よく見れば切り裂かれたのか,脚からも出血しているのがジーンズに出来たドス黒いシミで分かった。
ラウンズは漸く一息吐けたのか,大きく二、三度深呼吸した後切り出した。
「すまねぇ。第2師団が壊滅した」
「なんだって…?」
ベイツが大きく口を開けたまま固まってしまった。初めて見た。ベイツがここまで驚く姿は。俺には『第2師団』とやらは分からなかったけれど,どうやら魔術師達にとって重要なものらしかった。
「どうして,前回の通信じゃ,まだ前線は保ててるって」
「オルバイトの野郎だ。お前に刺客を放ったっていう。アイツの近辺を探ってた第2師団の諜報部隊が逆に奴等に動向を掴まれ,二日前の夜半に第2師団は襲撃を受けた。向こうの部隊は随分と夜目が効く上に黒ずくめの連中ばかりで,連携と魔術を封じられた俺たちはいとも簡単にやられちまった。無論,その場で全滅した訳じゃない。俺をここへと送り届ける為に,第2師団全員が命を賭けてくれた。だから俺は奴らの包囲網を潜り抜けてお前の元へとやってこれたんだ」
「そんな……,」
「ミディールと連絡を繋いで,今後の作戦について話し合いたい。今すぐにだ。出来るか?」
「分かった。アルファ,少し席を外すよ」
椅子から立ち上がろうと腰をもたげたラウンズが,またよろめいて倒れそうになった。その肩をベイツが抱き抱えて,寄り添うようにして二人は部屋から出て行った。
「俺は……,どうすればいいんだよ」
また動き出した戦況を前に,後に残された俺は一人,項垂れている事しか出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる