魔術師と不死の男

井傘 歩

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To be Magi

短剣が解き放つもの

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牢獄に姿を現したベイツは,所々に青い紋章が刻まれた立派な黒のローブを羽織っていた。足元まで丈のあるそれが,魔術師の正装らしかった。

「じゃあ,行くよ」

「あぁ。頼む」

ベイツが俺に向かって右腕を突き出した。それがにわかに青白く光り出したかと思うと,ジャラジャラと音を立てて俺を捕らえていた鎖たちが動き出した。

全てが解かれるまでものの10数秒だったろうか。

俺は約半年ぶりに,自由に身体を動かした。




ベイツがラウンズという男と共に牢獄を出ていってから,俺はまた少し考え込んでいた。

故郷が無事だった事を知った今,ベイツへの憎しみは最早無いに等しかった。俺を囚えていた事や,されて来た仕打ちへの憎しみこそあれど,半強制的とはいえ一緒に居るうちにベイツの人となりを分かった俺は,彼を憎み切れなかった。

多分だが,俺を魔術師の王としようとしている事も,俺はきちんと話してくれさえすれば了承していた様に思える。辺境の村で暮らしてきた俺は,王国への多少の不満はあれど,魔術師とは縁の無い人生を歩んできた。

俺に出来ることならばと,魔術師と共に王国へ反旗を翻していた自分を想像出来ない訳では無かった。

ならば,このままベイツと共に戦うか?

何だか,それも腑に落ちない気がした。

俺なりのプライドなのか,今まで自分を捕え度々拷問じみた事をしてきたベイツにすんなり従うのは癪に思えた。いわば俺は被害者だ。どうして加害者の言う事を聞く必要があろうか。

どれだけ思案しようと,堂々巡りに過ぎなかった。

要するに踏ん切りが付かないのだ。これまでの自分の人生を捨て,魔術師の王として王国と戦うことへの。そもそも,これが本当なのかと素直に信じられている訳でも無いのだが。

さっきのラウンズとかいう男の言葉からするに,魔術師達にとって戦況は芳しく無いのだろう。魔術師の王たる素質を持つ者が居るのならば,藁にすがる思いで待ち望んでいるだろう。

ならば,俺は,

「空間魔術だけは…。使えるようになりたいな」

そう思うと,少し笑えた。




「取り敢えずはそういう手筈で頼む。俺は単独でオルバイトの野郎の尻尾を掴んでみせる」

「一人で大丈夫かい?第1師団から人員を割こうか」

「いいや,構わない。下手に頭数が居れば魔力を探知されやすくなる。俺一人で探るさ。任せろ,俺は死なねえよ」

「うん,頼むよ。必ずまた,生きて会おう」

「おう。じゃあな」

ニカッと笑ったラウンズはパチン!と指を鳴らし,転移魔術を発動して消えた。またあの軽快な音が聞ける事を,心の底から願っている。

しかし,ラウンズ指揮する鉄壁の第2師団が倒れた今,魔術師にとっての状況は最悪だった。魔術師としての能力の高さで比較すれば,第1師団が第2師団に大きく優っている。だがそれは,単純な魔力量やコントロールの上手さだけの話だ。

いつ何時王国兵団の襲撃があるか分からない今,魔術自体は荒々しくも実戦経験の多い第2師団の方が戦力としては優秀であった。そもそも残された第1師団だけでは,各地に分散させられた魔術師達全員を守り抜く事は人員的にも不可能だった。アルドラド要塞が健在ならばそこに匿うことも出来たかも知れないのに。あの敗戦がここで響いてくるなんて。

やはりここは一度魔術師達を一箇所に集結させ,総力を結集させ敵の拠点を叩き優位に立つしか無いのだろうか。王家育ちの僕は,兵法にも疎かった。料理しかまともに出来ないなんて,この有事にこんなに頼りない皇位継承者が僕以外に居るだろうか。

「やっぱり,アルファに皇位を継承させるしか…」

しかし,アルファが了承してくれるだろうか。計画とはいえ,今までしてきた仕打ちは彼にとって辛いものだったに違いない。そんな中で今度は魔術師の王になれなんて,滅茶苦茶過ぎる。

アルファに協力して貰うにはどうすれば良いのだろうか。謝罪,なんてもので許してくれるだろうか。

「いっその事,この命を差し出そうか」

我ながら突拍子も無いと思った。だが,そう口にした途端に,それが名案である様に思えて仕方なくなった。

アルファは自分を虐げてきた僕が憎くて憎くて仕方ないはずだ。なら,彼を解放し,僕を殺してくれれば,それで良いのでは無いのだろうか。

後のことはミディールとラウンズに託そう。僕より優秀な2人なら,きっとアルファを魔術師の王に相応しい人物へと育てあげてくれるだろう。

皆が頑張っている今,きっと,魔術師の為に僕が出来る事はこれぐらいなのだろう。僕の命と引き換えに,アルファに王になって貰う。それが,僕の使命なのだと思った。

部屋の隅にある棚から,閉まっておいた短剣を取り出した。柄に蒼い宝石が埋め込まれた,父から頂いた短剣。宝石の名前は忘れてしまったが,お守り代わりに頂いた事だけは覚えていた。

刃渡りは15センチ程。しっかり刺してくれれば,大して苦しまずに逝けるかも知れない。いや,むしろアルファの気が晴れる様に,浅く切り刻んだりさせてわざと痛み苦しもうか。

そう考えると自然と手が震えた。自分が死に迫っている事が恐ろしくて仕方がなかった。怯えている自分が可笑しくて,小さな笑いが込み上げた。

アルファに殺されるだけ,死に方を選べるだけマシか。殺された第2師団の皆は,死にたくなくて戦い続けていたのだ。僕だけ1人,ここでぬくぬくと生きていくなんて許されるはずが無かった。

アルファはなんと言うだろうか。喜んで僕を殺すだろうか。それとも少しは躊躇ってくれるだろうか。彼に殺されるなら,僕は本望だった。

何時までも女々しい自分を叱責する様に,足早に地下の牢獄へと向かった。



牢獄へ入ると,アルファはいつも通り鎖で宙から吊り下げられたまま俯いて,どんな顔をしているか僕からは分からなかった。短刀は鞘に収めてポケットに閉まっていた。空間魔術で持ってくれば良かったのかも知れないけれど,自分の命を終わらせる物ぐらい直に運びたいという感傷があった。

「やぁ,ご機嫌いかがかな。ミスター・キング」

僕の気取った呼び掛けに,アルファは身動き1つしなかった。寝ているのかとも思ったけれど,時折密やかに聞こえてくる彼の吐息が寝息にしては浅い事に気が付き起きていると判断する。

「放ったらかしにして悪かったね。拗ねているなら謝ろう。それで,君を魔術師の王にするという話なんだが,君からの返事を聞かせて貰えるかな?」

それでもアルファは何一つ口を効かなかった。答えあぐねているのか,最早僕と話す気が無いのか。何にしろ,このままでは会話が成り立たない。

「そうか。やはり君にも思う所があるのだね。当然のことだ。君は僕に長い間不当に囚われ,肉体的かつ精神的苦痛を味わわされたのだから。それについては心の底から申し訳ないと思っているよ。魔術師存亡の為とはいえ,僕は君に酷いことをした。だから,償いと言えるのか分からないけれど」

そう言いながらポケットから短刀を取り出した。もうこうするしかないのだろう。僕の死を以て,彼の恨みを帳消しにするしかない。それが,全魔術師の為だ。

鞘を掴み,アルファへ柄を差し出す。柄に嵌められた蒼い宝石が,天井に吊るされた照明を反射させて青白い光を放った。

その光に照らされたアルファの顔は,

彼の吊り上がった口角に驚いた次の瞬間,彼はバッと顔を上げ,大きく開いた口から鋭い犬歯を覗かせながら言った。


「やってやるよ,魔術師の王!」


並々ならぬ決意が滲んではいたが,途方も無く眩しい笑顔だった。ここに彼を閉じ込めて半年近く経つが,こんなに満開の笑顔のアルファは初めて見た。

予想もしてなかった答えと彼の笑顔に呆気に取られた僕を見て,彼は不思議そうに顔を顰めた。

「なんだ,ダメだったか?っていうかその剣何だよ,綺麗だな。もしかしてくれるのか?」

あっけらかんとした彼に,笑いが込み上げてきた。さっきの笑いとは違う,喜びの笑いだった。やっぱり彼は。アルファは最高だ。

短剣をポケットに仕舞い,両腕で彼の頭を抱き寄せ,そのまま勢いでアルファの額にチュ,とキスをした。驚いた彼が,身を捩り僕を振り払う。額を拭うにも拭えず,もどかしそうな顔で彼が吠える。

「何してんだお前!本っ当気持ち悪いな!」

「お褒め預かり光栄だよ!」

こんなに幸福な気分になったのは久しぶりだった。



彼が魔術師の王になることを決意した事で,最早彼を捕える必要は無くなった。術式の準備を整え,久しく着ていなかった儀式用の礼装を身に纏い,彼の拘束を解く魔術を使役した。

そして今,アルファを捕らえていた全ての鎖が解かれた。解放され,半年ぶりに自由な身体を手に入れた彼はまず最初に。

「ん~~~!」

大きく伸びをした。それはそれは気持ち良さそうに。身体中の関節からバキバキ音がした。それから手首や足首を回して,アキレス腱を伸ばして。まるで今から運動でもするかの様に,アルファはストレッチをした。心底心地良さそうな笑顔で身体を動かす彼を,永遠に見ていられる気がした。

「楽しいかい」

椅子に座りながら声を掛けた。彼は前屈をしながら応えてくれた。

「最高だ!父の農作業手伝ってる時は疲れて動きたくない時もあったが,やっぱり身体を動かすのは最高だな!」

拘束などせず,初めからこうすれば良かったのかな。僕にはよく分からなかった。だが,目の前の彼が幸せそうなのは明白だった。

「良かったね,これで自由だ。これからは,君の好きな時に処理出来るよ。その…,溜まっていたモノをね」

僕の挑発にまんまと乗ってきたアルファが,額に青筋を浮かばせながら僕に詰め寄ってきた。彼の方から距離を縮めて来るなんて事は初めてだった。彼が僕の目の前まで来て,僕を指差しながら言う。

「お前なぁ,そういう事言うの本当止めろよ?常識ってもんがないのか?」

「無いから君を拘束したんじゃないかな?」

「あのなぁ」

「はい,あげるよ」

短剣を差し出した。蒼い宝石が埋め込まれた短剣を。彼は驚きながらもそれを受け取り,まじまじと見つめた。

「初めて見た時も思ったけど,綺麗だよなこれ。本当に貰っていいのか?大切なものだったりしないのか?」

「構わないよ。所詮はお守りに過ぎないからね。君が使ってくれた方が良い。切れ味に関しては保証しよう。父の知り合いの腕の良い鍛冶屋が作ってくれた一級品だ」

「貰えるなら貰うけどよ…,ありがとな」

微笑んだ彼は,ベルトに短剣を差し込んだ。上手い具合に差し込まれた短剣に,彼はご機嫌だった。

「で,俺はこれからどうすれば良いんだ?魔術師になる…,って言ったって,俺,魔術の使い方とか何も分かんないんだけど?」

椅子から立ち上がり,彼に向かってピシッと人差し指を突きつけた。昔魔術を教えてくれた先生の真似事だった。一度やってみたかったのだ。

「安心してくれ。僕が君を,一週間で一流の魔術師にしてあげよう!」

「一週間って早くないか!?普通はどれぐらい時間かけるんだよ」

「魔術師に生まれた子供なら,一端の魔術師になるのに基本的に15年近くかかるかな?」

「15年!?絶対無理だろ一週間じゃ!」

「大丈夫!このベイツ先生に任せたまえ!!」

「信用ならねぇよ…」

こうして,彼と僕の魔術特訓が幕を開けた。



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