魔術師と不死の男

井傘 歩

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皇位継承者

始まりの地

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牢獄から解放された俺は,ベイツの家の一室を与えられた。今日からここが,俺の住処だ。部屋の中には本棚やデスク,クローゼット,ベッド等々の凡そ生活に必要な全てが揃っていた。

本棚には魔術の基礎的な使い方や応用法が記された本達,クローゼットには何時測ったのか,俺の身体にピッタリ合うシャツやズボンが入っていた。ベイツが着ていた黒のローブも入っていた。俺もいつかは,これに袖を通すのだろうか。

久々の風呂。久々のベッド。身を清める事を初め,鎖に繋がれていた半年の間に失ってしまった人間としての尊厳を,一つ一つ取り戻して行った。

無論,俺は依然不老不死の身だ。食事は勿論その気になれば寝ずに何時までも起きていられた。だが,故郷の自室にあったものよりも遥かに上質でフカフカな寝具の前に,俺は半年ぶりに熟睡した。



気持ちの良い目覚めを引き摺りながら,ベイツが作ってくれた朝食を自らの両手を使い平らげた。

「食べさせて欲しくなったら何時でも言ってくれ」

なんてベイツは言っていたが,やはり飯は自分で喰うのが1番だ。その方が,食事をしているという実感があるし,何より人に食べさせて貰うのは屈辱的だ。年老いるまでは,もう勘弁したい。

ひとしきり食べ終えて,テーブルを挟んで向き合って座り,スクランブルエッグを頬張ったベイツに言う。

「なぁ,頼みたい事があるんだけど…」

口をもごもごさせながら,ベイツが首を傾げた。思えば,コイツが飯を食っているのを見るのもこれが初めてだった。



朝食を終えた後,一通り朝のルーティーンを済ませたベイツが俺の頼み事を叶えてくれようとしていた。

「じゃあ,手を繋いでくれるかい?」

ベイツがにっこり笑って手を差し出してきた。俺はその手を顰めっ面で睨んでやった。急に何を言い出すんだこいつは。

「やだよ。何でそんなことしなくちゃいけないんだ」

「仕方ないだろ?まだ魔術が使えない君に接続魔術の恩恵を与えるには,身体接触による魔力同期が一番手っ取り早いんだから。僕の手のひらを耳元に当てたいなら直接通信したいならそれでも良いし,もっと深く接触をしたいなら僕にとっては願ったり叶ったりなんだけど?」

「あーもう,分かった,分かったから!」

身体が自由になったとはいえ,奴が魔術を使える限り俺に勝ち目は無い。そう考えると早く魔術を覚えたかった。というか,そもそもは俺が頼み込んだ事だし,大人しく従う事にした。

ベイツが差し出した左手に俺の右手を重ねると,ベイツが指を絡ませてきた。驚いた俺は腕をばたつかせて振りほどこうとするが,指一本一本が互い違いに重なっていて上手く離れてくれない。

「おい!そこまでする必要ないだろ!」

「ごちゃごちゃ煩いなぁ。ほら,左見て?」

見ると,俺の左手の掌に蒼白い紋章が浮かんでいた。

「それを耳に当てて喋れば通信出来るよ。既に向こうには魔術師を派遣してるから,彼が通信を繋いでくれる」

「そうか,ありがとうな」

そっと,恐る恐る耳元に左手を当てる。耳を澄ましていると,少しずつ声が聞こえてきた。

『…か?ア…,ファ?おい,アルファ?』

懐かしいしわがれた声に,思わずウルりときてしまった。それは,紛れも無い父の声だった。半年前に故郷から連れ出されて以来,会う事はおろか話す事も無かった,父の声だ。

わなわなと震える口で,何とか言葉を紡ぐ。

「俺だよ,父さん…。アルファだ。アルファリウスだよ…!」

『あぁ,元気か。元気にしてたか,アルファ』

父の声も,少し震えて聞こえた。我ながら,家族の声を聞いてグッとくるなんて思っていなかった。もうとっくに大人になったつもりなのに,実家でぬくぬくと暮らしていた俺は,どうやら随分と両親の事が好きらしかった。少し,恥ずかしい。

『お父さん,アルファなの?本当に,アルファとお話出来てるの??』

母の声だった。時に俺を叱り,時に俺を励ましてくれた優しい母がそこに居た。母がこちらに呼びかけるのが待ち切れなくて,こちらから話し掛ける。

「母さん,久しぶり。元気だった?」

『アルファ!本当にアルファなのね!良かった…,元気なのね…!』

母の声も震えていた。そんなに俺の事が心配だったのだろうか。改めて二人からの想いを感じて,照れ臭くなると同時に,心の底から感謝した。

ベイツが俺の方を見てニヤニヤと笑っていることに気付いた。

「ね,本当に無事でしょ,君の御両親」

「別に疑ってはいなかったけどな」

ご機嫌に鼻歌を歌うベイツに構わず,両親との通信を再開する。

『お前,ベイツさんの所に居るんだろ?ちゃんとお礼とか言ってるか?お世話になってるんだからな』

「あのさ,一つ聞きたかったんだけど。父さん達って,ベイツとか。魔術師達と知り合いなんだよね?」

『そりゃあお前…,待て,お前,ベイツさんから何処まで話聞いたんだ?』

「何処までって…,父さん達はベイツ達の事知ってて,その上で俺を連れて行かせたんだよな?」

『お前とベイツさんの関係は…?』

「関係って,何だよそれ」

『……,いや,これは本人の口から聞くべきだろう。俺や母さんが言うことじゃあない』

やっぱり,父さんたちは何か知っている。ベイツがまだ話していない,重大な何かを。通信させてくれるよう頼んだのは両親の無事を確かめるという名目ではあったが,それはあくまでカモフラージュ。両親との会話を望んだ本当の理由は,ベイツについての情報を聞き出すためだった。

「父さんたちは,何時からベイツの事を知ってたんだよ」

『それは…,』

言い淀む父に代わり答えてくれたのは,母だった。


『貴方が生まれた時よ』

『…っ,母さん!』

『良いじゃないの,ちょっとぐらい教えてあげても。アルファ?聞こえてる?』

「あぁ,聞こえてるよ」

『良かった。あのね,貴方が暮らしてきたこの村はね,なのよ』

「始まりの地…!?」

『はぁ…,わしはもう知らんぞ』

『お父さんは黙ってて下さい。私が教えるんですから。アルファ,貴方,ディアルド王国における魔術師の歴史は覚えてる?』

「あー,国内に突如現れたってのは覚えてるけど」

『それがここ。魔術師がディアルド王国内で一番最初に暮らしを築き始めたのがこの村なの。暮らしていた魔術師の殆どがもっと栄えた所へ住居を移していったから,今は面影も無いけどね』

「殆ど…って事は,魔術師が居るのか?」

『貴方,村長さん覚えてる?口髭生やしてて』

「ガミガミ煩い人だろ?覚えてる」

『村長さんのお父さんは魔術師だったのよ。血が薄いから,村長さんは魔術を使えないらしいけれど』

「嘘だろ…?でも,みんな,そんなの一言も」

『そもそもみんな知らないからね。村の中でこの事を知っているのは,私たち夫婦と村長さんくらいよ』

ふとベイツを見ると,右手を耳に当てていた。どうやら彼も発言こそしないけれど通信に加わっているようだった。

俺を見たベイツは,首を縦に振った。

「母君の言っていることは全て真実だよ。僕は昔から村のみんなと知り合っているけれど,僕が魔術師である事を知っているのは君のご両親と村長さんだけだ」

『あら,お久しぶりねベイツさん』

「お久しぶりです,お母さん。すみません,僕が説明不足で。変わりにアルファ君に教えて頂きありがとうございます」

『こちらこそ,アルファがお世話になっています』

「アルファ君のことは,僕にお任せ下さい。必ずや彼を,立派な魔術師にしてみせますから」

『ありがとうございます。じゃあ,アルファ。また心細くなったら連絡してね』

『元気にしてろよ,アルファ!』

「あ,待って,父さん!母さん!」

そこでブツリと通信が切れ,俺の手のひらから紋章が消えた。続いてベイツが絡ませていた俺の手から自分の手を引き抜いた。

「どうだった,久し振りの家族との会話は」

「どうもこうも。まだ話したい事があったのに」

「あんまり話し込んで,ホームシックになられても困るからねぇ」

「父さんが言ってた,俺とお前の関係ってどういう事だ。お前の口から語るべきって。お前,何を隠してるんだ?」

「いや~,まさかバレてるとは思わなかったよね。君と僕の,親密な,関係」

そう言ってベイツは両手の指でハートマークを作ってみせた。苛立ちを拳に乗せてそのハートマーク目掛けて横殴りを放つも,するりと避けたベイツには当たらない。

「冗談も大概にしろよ」

「あのね,アルファくん。誰しも,があるんだよ。誰にも踏み込んで欲しくない,心のパーソナルスペースがね。今君が土足で入ろうとしてるのは,そういう場所だ」

「抽象的な話はやめてくれ」

「いずれ,必ず教えてあげるよ。僕が語るべきこと全てを。君が知らなくちゃいけないこと全てを。だから今は,黙って魔術師になってくれ。全てはそこから始まる。君が魔術師になる事で始まる物語があるんだ。さ,僕は準備をするよ。君の先生として,魔術を教える準備をね」

そう言ってベイツは自室へと消えていった。

またこれだ。鎖に繋がれていた時いつも感じていた,このされたような感覚。

鎖から解放された今も,俺はこれに苦しめられなくてはならないのか。

扉を開き自室に居るベイツに迫り問う。

俺には,それが出来なかった。

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