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皇位継承者
時は待ってくれない
しおりを挟む「ん~~~~っ!!」
精一杯,顔が真っ赤になるまで力んだ。「仁王立ちをして手を前に突き出す」と言われてやってみたが,一向に魔術が使える気がしない。
力み過ぎたのか,途端に糸がプツリと切れたかのように,ドサリと床に倒れ込んでしまった。
「いてて…」
床に打ち付けた腰を擦りながら立ち上がると,奥の部屋からベイツが姿を現した。小脇に魔術書を抱え込んだベイツはそれを部屋の中央のテーブルに置いた。
「どう,出来そうかい?」
「ダメだ。丹田に力入れろとか,手の先まで神経を張り巡らせろとか。俺,そういう細かいの苦手なんだよ」
「まぁ,並みの魔術師でもその感覚を掴むのに半年近く掛かるそうだからね」
「お前は?」
「僕はすぐに出来たよ。父にやり方を教えて貰って,3分ぐらいだったかな」
「はぁ~,腹立つ」
「いやいや,僕もそんなに優秀な魔術師じゃ無いんだけどね。この前来たラウンズなんて,一通りの基礎魔術を2歳の頃に習得したそうだよ」
「本当嫌になる。やっぱりどんな分野にでも居るもんだな,天才ってのは」
「君も潜在能力はラウンズに劣らないよ。ただ,君には時間が無いってだけだ」
「そこが一番の問題なんだよ。ってか,そもそもお前は,どうやって俺を魔術を使えるようにするつもりだったんだ?まさか,無計画なんて事無いよな?」
「もちろん。当初の予定では,君に僕を憎んでもらうつもりだったんだ」
「…憎む?」
「ほら,写水晶で君に見せたアレ」
俺の脳裏を蒼い炎が過ぎった。写水晶で見せられたあの村が焼き払われる幻覚を,ベイツは「君を怒らせる為に見せた」といった。
「憎しみ,もとい怒りといった,特定の対象に対する強い想いは,魔術師への覚醒を促進させるらしいんだよ。それを利用して,君に僕を憎ませる事で魔術へと覚醒させようとしたんだ。ただ,この作戦は失敗に終わった。君の憎しみは,覚醒には足りなかったみたいだからね」
「何でなんだろうな。故郷を焼き払って俺を拘束してたお前を,俺は憎みきれなかった」
「やっぱり,僕の事が好きなんでしょう?」
「んな訳あるか。でも,お前も俺に憎まれたいなら,飯を抜くなり執拗に痛み付けたりすれば良かったのに。お前,人のこと囚えておきながら何処か優しく思えたんだよな」
「ま,そこはお互い甘かったということで。甘い物でも如何かな?」
そう言うとベイツは空間魔術で小瓶を取り出した。件の,蒼くて甘い液体が入った小瓶を。しかし,その中に俺の爪は見受けられなかった。
「あれ,俺の爪はどうしたんだ?」
「サルサソースをディップして食べたよ」
「はぁ!?」
「冗談だよ。あ,でもね,当初の予定の中に,どうしても君が魔術師になるのを拒んだ時は『空間魔術で無理矢理お腹の中に食べ物を詰め込んで,散々腹パンして吐かせて,爪を剥いで鮮血と吐瀉物のソースをディップして目の前で爪を喰ってやろう』っていうのは考えてたよ」
「あ~,ダメだ。想像したら吐き気がしてきたからやめてくれ。流石にヤバすぎる」
「大丈夫?腹パンしてあげようか」
「お前本当ふざけるなよ?さっさとなんで今その瓶を出したのか説明しろ。無意味に出した訳じゃないだろ?」
「あぁ,そうだったね。忘れてた。これは君の爪を漬けてたものだ。簡単に言うと,君の魔力が液体の中に溶け出してるんだよ。だから蒼い。これを飲めば,君の中の魔力と反応して何かしら起きるんじゃないかな~と思って」
「何かしらってなんだよ何かしらって」
「分からないから『何かしら』って濁してるんだよ。そういう所察せないとモテないよ?ほら,飲む?」
蓋の開いた小瓶を差し出される。以前にも飲んだ,というか無理矢理飲まされた事があったが,焼け付く様にしつこい甘さで酷く嫌な気分にさせられた覚えがある。
とはいえ背に腹は変えられず,呑気にワガママを言っている時間は無かった。飲む事で魔術師になれるかも知れないなら,その可能性に賭けたかった。
「あぁ,飲むよ」
「君のそういう思い切りの良いところ,大好きだよ。無鉄砲というか,取り敢えず飛び込む感じ?」
「それ以外に方法が無いんだから仕方ないだろ」
小瓶を受け取ろうと手を伸ばした,その瞬間だった。
俺とベイツの間に突如として青白い閃光が迸った。何事かと驚き後退る俺を押し退け,ベイツが俺と閃光の間に躍り出る。
「下がれ!」
大声を張り上げるベイツに,並々ならぬ事態が起きている事を悟る。半ば床を這いずりながら部屋の隅へと転がり込むと,次第に閃光が弱まっていくのが見えた。そして,消え行く閃光の代わりに現れた者に酷く驚愕させられる事となった。
眩しい閃光の内に見出されたその黒装束と握られた2本の黒い短剣が,黒と白のコントラストによってとてもはっきり見えた。
「…っと,これはぁ,成功したのかい?」
以前ベイツが憑依していた男,黒ずくめの殺し屋が,目の前に立っていた。
反射的に男に向かってベイツが手を突き出した。その手からみるみるうちに蒼い炎が吹き出し,黒ずくめの男の身体を包み込んだ。しかし,炎の内から聞こえてきたのは苦しみ喘ぐ悲鳴ではなく,清々しいまでの高笑いだった。
「無駄だ,無駄なんだよォ!お前ら魔術師はもうお終いなのさァ!!」
「その短剣…,魔術具か…!」
「その通り。強化してもらったのさ」
見ると,殺し屋が握る両手の短剣に火炎が吸い込まれていた。魔術具となったそれはベイツの魔術を吸収するらしく,次いでベイツが放った雷も殺し屋が閃かせた短剣に吸い込まれて行った。
攻撃が通用していない事を知ったベイツが殺し屋から距離を取る。ニタニタ笑いで勝ち誇った様子の殺し屋が,俺に向け短剣を突き出した。
「よォ。アンタが魔術師共が待ち望んでる希望の星様かい?随分と頼りなさそうに見えるが」
どうする事も出来ず固まる俺を庇うようにしてベイツが俺の目の前に飛び出しながら火炎を放つも,あっさりと薙ぎ払われ無効化されてしまった。
「アルファ,向こうの部屋に逃げてくれ。コイツは僕が何とかしよう」
「おいおい,虚勢はるなよ。お前の魔術は俺には通用しないんだぜ?どうやって俺を倒す?」
「彼の為なら僕は命を賭けよう。さぁ,早く奥へ逃げるんだ!」
僕を見つめ叫ぶベイツを後目に,自室へと逃げ込んだ。部屋の扉に鍵をかけ,ぺたりと床に座り込んだ。扉の向こう側から,また雷の轟きが聞こえてきた。
もしも,俺が魔術を使えたなら。
今この瞬間ほど,自らの非力を呪った事は無かった。俺に力があったなら,ベイツに加勢してアイツを倒す事だって出来るのかも知れない。
だが,今の俺は魔術が使えない。ただ逃げ惑い,ベイツに庇ってもらう事しか出来ない。自分が情けなくて仕方がなかった。
「……,くそっ,どうりゃ良いんだ!」
悔しさのあまり握り拳を床に叩きつけようとしたその時,その手に握られているものに気がついた。
蒼い液体の入った小瓶。ベイツがいつの間にか俺の手に空間魔術で握らせていたのだろうか。
「…,やってやるよ」
蓋の空いたそれを,俺は迷わず煽り飲んだ。
「どうやってここに飛んできたんだい?君は転移魔術は使えないはずだろう?」
「だな。俺が使えるのは身体強化魔術だけだ。だけどな,その転移魔術ってのは他人を飛ばすことも出来るだろう?」
「やっぱり…,君たちの側に魔術師が居るんだね」
「俺の雇い主が金積んで雇ったのさ」
「なに…!?」
「王国の科学技術や俺たち殺し屋の存在もあり,今や魔術師もジリ貧さ。こっち側に協力して生き延びようとしてる魔術師は,そう少なくはねえよ?」
「そんな…,馬鹿な」
「終わりなんだよお前らはァ!」
殺し屋が短剣を投げつけてきた。身を翻しそれを避けると,俺の背後で短剣がクルリとUターンし再び俺へと迫ってきた。
「なんだと!?」
身を屈めて再度短剣を避ける。飛翔する短剣は,そのまま真っ直ぐ殺し屋の手へと握られた。
「相当強力な魔術具だね,それは」
「魔術吸収に自由飛翔。最高の魔術具だろう?」
「君たちに助力した魔術師を,僕は絶対許さないよ」
不敵に笑う殺し屋との2度目の決戦に,僕は全身全霊を持って望むこととなった。
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