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皇位継承者
手のひら
しおりを挟む奴の操れる短剣が両手に持っている2本だけでは無いことはすぐに明らかになった。
幾ら室内とはいえ魔術を駆使すれば,殺し屋が自由自在に舞わせる2本の短剣を避け続ける事は不可能ではなかった。加えて,試しに短剣に使役してみた空間魔術が上手く通用し,2本の短剣を奴の操作可能範囲外へ飛ばすことに成功した。
奴の武器を無力化出来た事を悟った僕は,すかさず高火力の火炎を殺し屋へと放った。しかし,それを読んでいたかのように,奴が新たな短剣を懐から抜き放った。短剣は僕の頬を掠め,僕が放った火炎は更に抜かれたもう一本の短剣へと吸い込まれていった。
「くっ…,まだ持っていたのか!」
「ここでお前を殺し,あのなり損ないの魔術師もどきも殺す。そうすりゃ俺に莫大な金が入るんだよ。死ぬまで遊んで暮らせるだけの金がなぁ」
「金の為に人を殺すっていうのかい?」
「お前はただの人間じゃねえ。魔術師だ。世論じゃ魔術師は国家に仇なす大悪!魔術師を殺した奴は漏れなく名誉ある英雄!そう決まってんだよ。もう世界がそうなっちまった以上,俺たちもそれに従うしかねえのさ。生きる為に殺すんだよォ!」
振るわれた殺し屋の手から,新たに2本の短剣が放たれた。真っ直ぐ滑空するそれらを身を翻し避けると,背後から先程僕の頬を掠めた短剣が迫った。
それを空間魔術で無力化しようとした瞬間,視界の端に殺し屋の影が映ったかと思うと,強烈な蹴りが僕の腹部に炸裂した。
「がはっ!」
蹴りの衝撃に,部屋の隅の棚へ背から突っ込んだ。棚から落ちた小物や破片に塗れながら,背に生じた強烈な痛みから意識を逸らそうと心掛ける。
身体強化魔術による常人離れした強力な一蹴り。咄嗟にこちらも身体強化魔術を行使したので致命傷には至らなかったが,肋骨でも折ったのか。身体を動かそうとすると鋭く激しい痛みが身体中を走った。
「どうだ,結構クるだろ?お前をぶっ殺す為に鍛えてきたんだ。短剣に頼るだけじゃあなく,俺自身の力で魔術師と渡り合う為にな」
誇らしげに語る奴の周りに短剣が集まった。宙に浮いているのが全部で六本。奴が握っているのが二本。懐にある数は不明。
その全てを空間魔術で飛ばす事は不可能では無いだろう。だが,そこまで大きな魔力の使い方をすれば,多少なりとも隙が出来る。今僕の目の前に居るのは,そういう隙を見逃さないやつだ。
次に脳裏を過ったのは憑依魔術だった。だが,それを使うには紋章を消費しなければならない。そうなれば僕の魔力は失われる。今後もこうして戦う事があると考えるなら,それは避けたかった。
でも,それでこの場を切り抜けられるなら。
「終わりにしてやるよ。安心しな,すぐに魔術師共を送ってやる。あの世で待ってな」
殺し屋が両手に持つ短剣を高々と掲げ,振り投げた。それに付き従う様に浮遊していた短剣達が僕の元へ殺到した。
手を突き出して,迫るそれらに空間魔術をぶつける。一瞬にして短剣たちは消え去ったが,次に僕の視界に映ったのは,拳を固く握りながら飛び掛ってくる殺し屋だった。
多数の短剣に対し空間魔術を行使した僕の身体に,その拳を避ける余力は無かった。ただ呆然と,炸裂の瞬間を待つことしか出来なかった。
これで,終わりなのか。
「くたばれェ!」
殺し屋が吼えた。身体強化魔術により威力を増した拳は,
僕に届くことは無かった。
殺し屋の拳が僕に届く刹那,強大な魔力の発生を感じた。アルファが逃げ込んだ部屋の方からだった。
と思うが早いか,突如としてバキィと大きな音がした。ドアを貫き迸った強力な魔術の光線が,殺し屋の脇腹に炸裂したのだ。僕の魔力よりも遥かに強いその威力に,殺し屋は床を転がった。
「いっつ…,なんだァ?」
殺し屋が訝しげに光線の発生源である奥の部屋に視線を移し,僕も同じようにそちらを見た。そして,二人で驚きの声を上げた。
「てめェ…,どういう事だ…!?」
「アル…,ファ?」
そこに居たのは,蒼白い魔力に身を包まれたアルファだった。
その液体は相も変わらず,嫌になる程甘かった。
それでも,決意と共に嚥下した途端に,俺の身体を青白い光と形容し難い不思議な感覚が包んだ。
身体の内に何か不定形な物体が潜り込んだかのような,少しむず痒くもある感覚。よく分からないが,これが魔力なのだろうか。
「もしかして,なれたのか?魔術師に」
手を握って開いてみる。あの液体と俺の魔力が反応し,俺が魔術師として覚醒出来たのなら。魔術を使う事が出来るはずだ。
試しに,仁王立ちになり手を突き出してみた。臍の少し下,丹田の辺りに意識を集中させ,そこら辺から力を押し出すような感覚だと,ベイツは言っていた。
そして,その意識を少しずつ移動させ,突き出した手のひらから射出するようなイメージ。一向に意味は分からないが,それでもやってみる事にした。
半ばやけくそだった。多分ダメだと思っていた。
やはり俺は,魔術師にはなれないのだと。
だが次の瞬間,身体の内側から何かが込み上げてきたかと思うと,俺の腕から一直線に金色の光線が放たれた!
「うわぁ!?」
黄金色のそれはドアを突き破った。これが魔術なのか?名前や効果は全然分からないが,見た感じこれで攻撃が出来るのではないだろうか?ならば,これで俺も殺し屋と戦えるはずだ。
俺は壊れたドアからリビングへと出た。そこには,壊れた棚に倒れ掛かったベイツと,脇腹を押さえ蹲る殺し屋が居た。
殺し屋が恨めしそうな顔でこちらを睨みつけてきた。その反応から察するに,俺の光線を喰らったのか?だとすれば,俺の魔力はこいつに通用する訳だ。
「てめェ…,どういう事だ…!?」
「アル…,ファ?」
ベイツが俺を心配そうな眼で見つめてきた。俺はそれに親指を立てて応える。『大丈夫だ』と。それを見たベイツは小さくフフっと笑った。『君らしいな』と。
「なんなんだお前ェ…,魔術は使えないはずだろォ?しかも,俺の短剣で吸収出来ないだとォ?」
殺し屋が脇腹を押さえながら立ち上がった。その懐から何本もの短剣がするりと抜け出してきて,奴の周囲を舞い始めた。一体何本持っているのだ?
いくら俺の魔術が奴に効くといっても,俺は繊細な魔力のコントロールまでは分からない。出来ても精々さっきの様な光線が精一杯だろう。それだけで何処まで渡り合えるだろうか。
その時,右手にほんのりとした温かさを感じた。見ると,手のひらに紋章が浮かび上がっていた。これは,以前接続魔術を使った時の…。
「アルファ!前に魔力同期した時の経路を再利用して,一時的に君と僕の魔力を繋いだよ!君はさっき光線を撃った時みたいに魔力を放ってくれ。僕がそれを魔術へと変換するよ!」
ベイツがこちらへ向けて手を突き出していた。その手のひらに,俺の手のひらのと同じ紋章があった。
「ベイツ…,頼んだ!勝つぞ…!」
殺し屋へと向かい合う。目をギラつかせた奴と,全身を蒼白い魔力に包まれた俺が同時に手を突き出し,それを合図に戦いが始まった。
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