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皇位継承者
オルバイト is WHO?
しおりを挟む俺が到着した時,既に決着はついていた。
仄かに粉塵の舞う室内には,壊れ砕けた家具や食器たちが散乱していた。粉々になった棚,割れたティーカップとポッド。かつて俺とベイツが買い揃えた物達で飾られた部屋は,見るも無残な姿へと変わり果てていた。
その中心に,アルファが立ち尽くしていた。思えば,鎖に繋がれていない彼を見るのはこれが初めてだった。部屋の隅にはベイツが居て,壁に寄りかかり目を閉じていた。緩やかに上下する肩から,彼が眠っている事を悟った。
ベイツが寄りかかっているのとは逆側の壁。恐らく幾度と無く強力な魔術を撃ち込まれたのだろう。コンクリートの壁はヒビ割れ穴が空いていて,そのすぐそばで黒装束に身を包んだ男が倒れ伏していた。
コイツが例の殺し屋だろうか。コイツも意識を失っているのか,うつ伏せに倒れたまま動く素振りは無かった。
「……!?,誰だ,お前」
俺に気付いたアルファが身構えた。その身体が僅かに震えているのを見るに,彼自身もかなり疲弊しているのだろう。
そんな中また見知らぬ奴が現れれば,身構えて当然だ。俺は両手を上に挙げ,アルファに敵意が無いことを示した。
「俺はミディール。第1魔術師団の師団長だ」
俺は思わず「あっ」と声を上げた。その鎖に,酷く見覚えがあったからだ。
「俺を捕らえたのって,ミディールさんだったんですね」
殺し屋がこの家を襲撃した事を知りすぐさま駆けつけてくれたミディールさんは,取り敢えずと殺し屋を魔術で拘束した。
その鎖の巻き付き方は,以前俺が囚えられていた頃のそれと,全く同じだった。
「君を捕まえていた鎖,いくら暴れても緩みもしなかったろう?魔術で強化された特別な鎖を使っていたんだ。ベイツにも,解き方だけは教えていた」
天板にヒビが入ったテーブルと,背もたれが砕けて欠けてしまったイス2つを瓦礫の中から拾い上げて,二人で座った。
ベイツはベイツの部屋のベッドに寝かせておいた。ミディールさんが言うには,
「見た所,相当魔力を消費している。殺し屋との戦いに加えて君との魔力同期で,心身共に酷く疲弊したんだろう。君も,これだけの強敵を相手によく戦ったな」
「ベイツがサポートしてくれたので」
ミディールさんが,殺し屋が使っていた短剣の内の1本を床から拾い上げ,じっくりと眺めた。俺も一緒になって眺めてみる。
改めて見てみると,短剣の柄には何やら奇妙な刻印が施されていて,鈍く光るそれが恐らく短剣に魔術を付与しているのだと分かった。
「かなり純度の高い魔術が幾つか重ね掛けされている。それも,魔術同士が噛み合いながらも互いの性質を損ねないよう,とても丁寧に。とんでもない手練だよ,敵に助力している魔術師は」
「魔術師団の方ではその裏切り者の魔術師は特定出来てないんですか?」
「いいや。第2師団が壊滅したのは知っているだろう?その分第1師団もより忙しくなってな。未だ尻尾を掴むことすら出来ていないんだ。というか,何で敬語なんだ?そんなに年は離れていないだろう」
「え?あの,ミディールさんってお幾つなんですか…?」
「ベイツと同じ,26歳だ」
「なっ…,!?」
思わずジロジロとミディールさんの顔を見てしまった。細くスラッとして頬骨が浮き出た顔立ちと,少し白髪混じりの灰色の短髪のせいでてっきり40代ぐらいだと思っていたのだが。
ベイツと同い年,俺とは3つしか離れていないとは。
「なんだ。俺が老けてるって言いたいのか?」
「いやいや,そんな事はないです!」
鼻先に指を突き付けられ,必死に手を振り否定した。仮に老け込んでもこの人の場合,とても格好いいおじさんになりそうなものだが。
俺の慌てっぷりを見て,ミディールさんはアハハと笑った。とても柔らかくて,優しい笑みだった。
「アハハハハ,結構言われ慣れてるんだ,そんなに若く見えないって。気にしないでくれ。それよりどうだった?初めて魔術を使ってみた感想は」
「あ-,まだあんまり実感は無いです。俺はただ魔力を放出してただけで,実際にそれを魔術にしてたのはベイツだったんで」
「へぇ。つまり,魔力は扱えるけれどまだそれを魔術として行使する術は知らないと?」
「魔術師になれた事自体,土壇場での賭けだったんですよ。これを飲んだお陰で,何とか魔力を使える様になったんです」
俺はポケットから液体の入っていた小瓶を取り出して見せた。俺が名前を思い出せないでいると,僅かに残っていた液体の色から判断したのか,ミディールさんが「魔力反応液か」と呟いてくれた。
「確かに,検査の為に魔力を活性化させる成分が含まれている魔力反応液は,魔術師への覚醒にはうってつけかも知れないな。それは,その一本しかないのか?」
「いや,ベイツの部屋にはまだあると思いますけど,それが何か?」
「いや?それならば都合が良いと思ってな」
「都合が良い…?」
そういうが早いか,突然俺の脚に鎖が巻き付き始めた。なんの冗談かと脚をバタつかせるも,しっかりと絡み付いた鎖はビクともせず,あっという間に腰まで昇ってきた。久しく味わっていなかったその締め付けに,思わず血の気が引いていく。あの,お世辞にも良い思い出とは言えない半年間のフラッシュバックが俺を襲う。
「……っ!ミディールさ…っ!」
視線を脚元からミディールさんの方へ移すと,彼は,三日月の様にニンマリと笑っていた。
俺はその悪意に満ちた顔に思わず声を失う。
「悪いな。お前は邪魔なんだよ」
その言葉と共に喉に巻き付いた鎖により,俺は意識を失った。
「んな訳あるかぁ!適当こいてんじゃねえぞ!」
「いいや!本当なんだよ!!オルバイトってのは!俺たちの雇い主は,アンタのところの!」
「うるせぇ!」
怒りに任せて拳を振り抜いた。顎へのクリーンヒットに,殺し屋は目を回して倒れた。ざっと数えて12人だろうか。一人一人雇い主の情報を吐かせては叩きのめしたが,ラウンズは混乱していた。
12人全員が,雇い主であるオルバイトが何者なのか包み隠さず喋った。相手の嘘を見破る真実魔術を使っていたから,嘘を吐いた者は即座に殴り真実を話させた。
だが,ラウンズにはそれが信じられなかった。
真実魔術が導き出した,真実が。
「ミディールが…,あいつがオルバイトとして,殺し屋を雇っていた…だと?」
全くもって意味が分からなかった。ベイツの幼馴染で模範となる良き魔術師のミディールが,ベイツを殺す為に殺し屋を雇っているなど,信じられる訳がない。
だが,何はともあれベイツとアルファの元へ向かうべきだろう。俺たちにとって驚異的な何かが起ころうとしている事だけは確かなのだから。
指を鳴らして転移魔術を発動しようとしたその時,突如として4本の雷が空より降り注いだ。
「なっ!?くそっ!」
突然の事に必死になって飛び退き避けると,次いで巨大な氷塊が四方から迫ってきた。距離と大きさから避ける事は難しいと察した俺は指を鳴らして,4つの氷塊全てを爆裂させた。
爆裂させられ宙を舞う薄氷の向こう側に,8人のローブを着た男たちがこちらへ歩いてくるのが見えた。認めたくは無かったが,そのローブに俺は見覚えがあった。俺たち第2師団が羽織るローブよりも,1階級上のローブ。
「俺には分かるぜ…お前たちが誰なのか。左から順に名前を呼んでやろうか?なぁ,第1師団共ぉ!」
ミディールが指揮権を握る第1魔術師団が俺へと牙を剥いていた。この事が,ミディールこそが裏切り者の魔術師である事の何よりの証明であった。
「消えてもらおうか,第2師団長ラウンズ!」
「お前を始末すれば,ミディール様の計画の障害は無くなる。さぁ,死ね!」
魔術師屈指の実力を誇る8人が,一斉に俺へと魔術を放った。
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