魔術師と不死の男

井傘 歩

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皇位継承者

交わる短剣

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「あぁ…,くそが…,こんな所で,死ねるかよ…,」

脇腹を押さえ右脚を引き摺りながらも,王国兵団の目を避ける為に裏路地を歩き続けた。流石の俺でも,魔術師筆頭により構成された第1師団が相手となれば,致命傷とまではいかないがやはり無傷では済まなかった。

脇腹に疾風魔術ゲイルを1発,右脚に爆裂魔術イクスプロードを1発。他のダメージは治癒魔術サニーで回復出来たが,この2発だけは完全に治癒しきれなかった。傷が深かったのもあるが,単純に俺自身に魔力が残っていなかった。

第1師団の連中をぶっ倒して,自分の傷を治療して。俺にはもう,転移魔術でベイツ達の元へと駆け付ける魔力すら残されていなかった。

「この大変な時に…,俺は…!」

痛む身体よりも,弱い自分が情けなかった。




気が付くと俺は,鎖に縛られ床に転がされていた。

以前の様に天井から吊るされてこそ無かったけれど,身動ぎ出来ない程に強く縛られた鎖に,少なからず嫌悪感を覚えた。何より,今この状況を俺は掴み切れていなかった。何が起きたんだ?

「なんだ,起きたのか」

視線を上に移すと,黒装束の殺し屋が立っていた。手持ち無沙汰そうに,手の内で短剣をひらめかせて遊んでいる。

「お前,俺に倒されたんじゃなかったのか…!?」

「やられたよ,認めたくないけどな。でも,オルバイト様,ああ,お前たちの間ではミディールって呼んでるんだっけ?あの人が傷を癒してくれたのさ。お前,荒削りだがとんでもねえパワーだな。純粋な魔力量だけじゃあミディール様にも負けねえよ。ただ,」

「ぐっ,!?」

奴が俺の頭を踏みつけてきた。踏み潰すつもりこそ無いが,じりじりと体重を掛けられて,頭が割れそうな程に痛む。ジャラジャラと鎖を鳴らして呻くも,俺は抵抗すらままならなかった。

「お前はもうじき終わりだ。ミディール様の計画によってなァ」

「っ…,!な,なぁ。何なんだよ,その計画ってのは」

「あァ?誰が言うかよ,バーカ」

さらに強い力が掛けられ,頭を踏み込まれる。痛みに悶える意識に,奴の耳障りな高笑いが響いてきた。

「愉快なもんだなァ!どんなに強力な魔術師も,圧倒的な力の前には無意味だ。お前たちをぶっ殺しちまえば,後は逃げ惑う雑魚どもを狩るだけだ。楽しみだぜ」

酷く痛む頭で考える。辺りにベイツの姿は無かった。ミディールと一緒に居るのだろうか。だとすれば,自力でこの状況をぬけださなくてはならない。

だが,俺一人ではまともに魔術を使えない。また腕に意識を集めて光線を撃ったとしても,殺し屋を再び倒すには足りないだろう。

「お前は精々,這い蹲ってればいいんだよォ!」

頭から足が離れたかと思うと,サッカーボールの様に思い切り頭を蹴り上げられた。頭の中がシェイクされたかと思う程に強い衝撃に,一瞬全ての思考を奪われる。次いで訪れた痛みに,無理やり意識を引き戻された。

口の中に鉄の味が広がる。ただただ痛みを享受させられる。ベイツに捕らえられていた時の方が,数段マシにすら思えてきた。

その時,ぼやけた思考の中に,ふと浮かび上がってきたものがあった。この瞬間まで,所詮お守りだろうと,特に気に掛けた事すら無かったものが。

逆転の一手,賭けるに値するものが。

チラとそちらを見やると,はしっかりと腰のベルトに差し込まれていた。

「…っ,くっ…!」

痛みに呻きながら,何とかに意識を集中させようと努める。上手く行けば,この状況を覆す事が出来るかも知れない。

「ン…?お前,何してやがる…?」

殺し屋が俺の顔を覗き込んだ,その瞬間だった。

俺の腰の辺りから突如として蒼白い光が迸った。

薄暗い部屋を照らし尽くす程に眩い光を放つは,宙に浮いたかと思うと俺の身体の周りをぐるりと一周して,俺の手の内へと飛び込んできた。

俺はの柄をしっかりと握り,断ち切られた鎖を振り払って立ち上がった。蹴り飛ばされた影響で少しフラついたが,気力で立て直す。

「な…,何しやがった,お前…!?」

一連の出来事に驚き目を見張っていた殺し屋が,ようやく口を開いた。しっかり鎖で縛られていた筈の相手が何故か目の前で仁王立ちしているのだ,無理もないだろう。俺自身,ここまで上手く行くとは思っていなかった。

「こいつで,鎖を断ち切ったんだ」

俺は手の内のを殺し屋へと突きつけた。

そう,ベイツから貰った,柄に蒼い宝石の埋め込まれた,『お守りに過ぎない』短刀だ。魔術を放つ時の要領で,殺し屋がしていた様に短刀を自由自在に操れないと試してみたが,まさか成功するとは。

「やっぱり才能があるのかもしれないな,俺には」

「ふざけるなよ…,少し魔術を操れたからって調子に乗るんじゃねえぞ。もういっぺん気絶させて,ミディール様に差し出してやる!」

殺し屋の懐から,大量の短刀が飛び出してきた。補充したのか,ざっと数えて20本はある。確かに,魔術の扱いは向こうの方が上らしい。だが,

「喰らえェ!」

「無駄だ!」

飛来する短剣達に向かって,俺は短剣を大きく一振した。すると,短剣からまた蒼白い光が放たれ,殺し屋の飛ばした短剣たちがそれに照らされた。

光を浴びた短剣たちは,次々と勢いを失い床にカチャリと落ちていった。その結果俺と殺し屋の間に,20本余りの短剣が横たわる事となった。

「おい,どういう事だこれは!」

「今この短剣には,俺の魔力が宿ってる。自分で言うのは気恥しいんだけど,俺の魔力は圧倒的に強い!ミディールが魔力で強化した鎖を断ち切れるぐらいだ,お前の短剣に宿った魔力を打ち消すぐらいどうって事は無いんだよ!」

「あァ…,お前のそれも,半ば魔術具って事か。そいつを媒介にする事で,簡易的かつ限定的に魔術を使役できるタイプの…,」

怒りと屈辱に口の端をヒクつかせながら,殺し屋が懐から2本の短剣を抜き出した。恐らくあいつにとって最後の手段であろう2本。魔術具に頼り出す前のあいつが愛用していた仕事道具だ。


それを両手にしかと握った奴の右脚が,薄紫色のオーラに包まれた。さっきの戦いでも見た身体強化魔術だ。

「そうだよなァ…,魔術なんかに頼るからイけねえんだ。俺は俺のスタイルで,としてお前をぶっ倒してやる!」

両手の短剣を構える奴に,俺も握った短剣を突き出して構え応じる。狭い室内,互いに一歩踏み込めば相手に短剣が届く距離。緊迫の間合いだった。

「来い!お前を倒して,ベイツの元へ向かわせてもらう!」

「ふふっ…,はァッ!!」

薄紫色のオーラが解き放たれ,次の瞬間奴の姿が消えた。それと同時に俺は身を翻して部屋の隅へと転がり込んだ。死角を壁で潰した俺に対して奴は真正面から突っ込んでくるしかないはずだ。

俺は自分の正面に向けて短剣をまた一振した。そこに奴が来ると信じて。魔力を帯びた短剣は蒼白い斬撃を放ったが,手応えは一切無かった。

その代わり,頭上から凄まじい殺気と共に殺し屋が両手の短剣を突き出し落下してきた。俺はその内の片方を短剣で受けたが,もう片方には対応しきれず,避けようと身体を捻じるも肩を少し切り裂かれた。

「っ…,!」

痛みを堪えながら奴から離れ,俺がさっきまで居た場所。奴の落下点へ魔力の斬撃を放った。

しかし,それはまた奴には届かず,落下の最中に壁を蹴った奴は大きく宙を舞い,俺の右側へと着地していた。そのまま再び地を蹴った殺し屋は,一瞬の内に距離を詰め,飛び膝蹴りを仕掛けてきた。

俺は床を転がって何とかそれを避け,今度こそ当ててやろうと,また斬撃を放った。しかし,奴が構えた両短剣に受け止められ,奴にはダメージを与えられない。

「ダメだなお前,所々のセンスは良いけど,純粋に戦闘経験と技術が足りてねえよ」

「当たり前だろうが。こちとら半年前まではただの農村暮らしだったんだ。殺しを仕事にしてる奴とは違うんだよ」

「じゃあ死ぬか?」

瞬時に溜め込まれた身体強化魔術がまた解き放たれ,奴が一直線にこちらへ飛び込んできた。斬撃を放つ余裕すら無く,俺は何とかそれを受け止める。さっきと全く同じ。一方は短剣で受け止めたが,もう一方の短剣までは受けきれない。

俺を突き刺そうと迫るそれを,俺は無理やり刃を掴むことで押し留めた。無論,素手では無い。手に魔力を纏わせ,グローブの様にして保護した上で掴んだ。

「おい,お前も身体強化魔術を使えるのか!?」

「短剣を動かす時に,感覚は掴んだ!はっ!」

俺は半身を開き,身体を捻りながら身体強化魔術で強化した蹴りを繰り出した。両手を封じられた奴の腹に俺の蹴りは見事に炸裂し,強烈な衝撃に奴はよろめき倒れそうになる。

「喰らえっ!」

そこへ大振りの斬撃をお見舞してやった。ようやく俺の斬撃を喰らった殺し屋は,身を切り裂かれこそしなかったものの,斬撃に吹っ飛ばされて壁へと激突した。

「な…,うそ,だろ…,!?」

激突した際にかち割れたのか,奴の頭から血が流れていた。2本の短剣は奴の傍に転がっていたが,咄嗟に俺の斬撃を受け止めようとしたのか,刃は粉々に砕け散っていた。

それを確認して,ようやく一息ついた。それと同時に,魔力を発揮し続けたせいか,倦怠感が身を包み始めた。一応短剣はしっかりと握ったまま,奴に近づく。

奴は血に濡れた瞳を情けなさそうに細めて,俺を見つめた。そこには虚しさ以外の何も見い出せなかった。

「ははっ…,また負けたのか,俺は」

「頼むから,大人しくしていてくれ。もう俺達に手出ししないと誓ってくれるなら,俺は必要以上にお前を攻撃したりはしない」

「好きにしな。ミディール様が準備を整えるまでお前をここに留めておく事が俺の仕事だったんだ…,それをしくじった今,俺は大人しくしててもミディール様に殺されるだろうさ」

「ミディールは俺が倒す」

俺は殺し屋を真っ直ぐ見据えて言った。俺の本気を伝えるために。

すると,殺し屋は目を真ん丸と見開いた。突拍子も無いものを見て驚いたというように,ぽっかりと口を開けて。そして,小さく笑った。

「ふふっ…,はははっ…,面白いな,お前。そうだな,頼むよ。俺の雇い主をぶっ飛ばしてくれ」

「分かった。絶対に勝つ」

「気を付けな。俺はアイツから…,『これは国に仇なす魔術師を滅ぼす為の計画だ』って聞いてるが…,どうにも裏がありそうだ。奴の狙いは恐らく,お前の中の魔力だ」

「俺の魔力…?」

「あァ。お前の魔力はミディールの魔力よりも強い。アイツはそれを手に入れて何かする気に違いねェ」

「ありがとう…,そうだ。名前聞いてもいいか」

「名前…?」

「あぁ。聞いてないなと思って」

「そりャあ今の今まで殺り合ってた相手だからなァ。ふふっ…,俺はフィガロス。殺し屋のフィガロスだ」

「フィガロス,覚えとくよ」

「ははっ…,覚えるだけ損だぜ。じゃあな,勝てよ,アルファ」

フィガロスが手を差し出してきた。思わずフィガロスの顔を見るも,彼は両目を瞑って微笑んでいた。俺は手を差し出し,フィガロスと握手した。

「あぁ,行ってくる!」

グッと互いの手を握り合った後,俺は上階へと繋がる階段を登っていった。恐らくそこに,ベイツとミディールが居るのだ。

流石に消耗していたが,歩みを止める訳には行かなかった。俺はミディールを倒し,ベイツを助けるのだから。





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