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皇位継承者
第二皇子
しおりを挟む「は……?」
ミディールの言葉に,俺は唖然とした。
今,コイツは何を言った?どういう意味だ,その言葉は。口から零れ落ちた疑問符に続く様に,次から次へと頭の中にクエスチョンマークが浮かんでくる。相手の言葉の意味を計りかねる。
ふざけるな。そんなの冗談に決まってる。そんな事があるはずないだろう。
半ば縋るように,俺はベイツを振り返った。
火炎を撃ち終え立ち尽くしていた彼は,俺が自分を見ていることに気づいたのだろう。俺に向き合って,今まで聞いた事が無いぐらい落ち着いた,真剣な調子で言った。
「ミディールが言ったことは本当だよ。僕と君は…」
俺は自分の耳が信じられなくなった。
「ベイツ…!」
「アルファ,今助けるよ」
扉から部屋の中へ躍り出てきたベイツが俺に向かって指先で円を描いてみせた。すると,ベイツが描いた円が翠色の魔力を帯び,俺の両膝と左肩の傷口へと放たれた。
円を受けた傷口が俄に治っていき,裂傷が塞がれ元の肌色の肉へと戻っていった。あんなに辛かった痛みも少しずつ引いていき,完全に無くなった。
「治癒魔術だよ。これでもう大丈夫」
「ありがとう,お陰で助かった」
さっきまでの痛みが嘘だったかのようにすんなり起き上がれた俺は,ベイツと並んで立ちミディールへと向き合った。
ミディールはベイツが現れ敵対した事に驚いているようだった。口の端をわなわなと震わせている。
「どういう事だ,ベイツ。何故アルファの味方をする?」
雷の剣をこちらへと刺し向け,尋問のように聞いてきた。その目は真っ直ぐにベイツを見据えていて,返答次第では殺すと言っているようにも見えた。
「君こそ,どうしてアルファを攻撃するんだ?アルファは僕たちの皇となるべき存在だ。第1魔術団長である君が,どうしてアルファを襲うような真似をする?」
「そうだなぁ。端的に言えば俺は,ベイツ。お前を魔術皇にしたいんだ」
「僕を…!?」
「あぁ。そもそも何故お前はあっさりと皇位継承権を放棄した?お前が魔術皇へ『アルファを次の魔術皇へ推薦します』と進言したと聞いた時,俺はとても驚いたんだぞ!?」
「ベイツが俺を…?」
ベイツを見ると,彼はコクリと頷いた。
「王国軍との戦いにはアルファの様な優れた魔術師が必要だと思ったからだよ。僕は魔術師として未熟だ。だから,アルファを魔術皇にして強力な魔術で皆の士気を上げ,王国軍との戦いを終わらせたかった。ただ,どうにも戦況は,一筋縄では行かなくなってきているみたいだけどね」
「本当に理由はそれだけか?わざわざ始まりの村に居るアルファを魔術師に目覚めさせなくとも,俺やラウンズ。優秀な魔術師は居ただろう。それなのに何故お前は,アルファを次期魔術皇へ推薦した?」
ベイツが目を伏せ黙り込んだ。何か言おうと顔を上げても,またすぐに俯いて唇を噛んでいた。俺にはベイツが躊躇しているように見えた。
「ベイツ…?どうしたんだ…?」
そんなベイツの様子を見てミディールはフン,とベイツをバカにするかのように鼻で笑った。
「やっぱりな。お前は未だにアルファに対して罪悪感を持ってるんだ。だから魔術皇に推薦した。そうだろう?」
ベイツが俺へ罪悪感を抱いている?囚えていた事への?しかし,ミディールの口ぶりからして,それとは違う気がした。では何なのだと言われれば,俺には到底分からないのだけれど。
「…,その通りだよ。ただ,僕は本当にアルファこそが魔術皇に相応しいと思ってる。これは罪悪感とかそういうのじゃあない。一緒に居る間に見た,彼の前へ進もうという意思。僕はそれに強く惹かれたんだ。彼こそ,魔術皇たる人間だ」
ベイツが言い終えた途端に,突然ミディールが雷の剣を振るい,辺りに雷を迸らせた。無闇矢鱈に振り回された剣から放たれた雷に俄に部屋が照らされ,俺は思わず顔の前で腕をクロスにして構えた。
しかし,雷は俺たちの周りを駆け回っただけで,すぐに消滅して行った。驚きミディールを見る俺とベイツに対して,ミディールは高らかに笑った。
「見え透いた嘘はよせ。お前はそうやって言い訳をして,自分の弱さから逃げているだけだ!自分に魔術師の才能がない事を嘆きながら,お前は決して強くなろうとはしなかった。いざとなればアルファに頼ればいいと思っていたんだろう?アルファが居るから,自分はどうだって良いだろうと!」
ミディールが吼えた。眼を血走らせながら怒りを露わにするミディールに,俺もベイツも完全に気圧される。彼の激しさに呼応するように,雷の剣がまた一際強く光を放った。
「俺はそんなお前を許さない。必ずお前を魔術皇にしてやる!アルファの膨大な魔力をお前の魔力と融合させれば,お前は魔術皇に相応しい存在になれるんだ!」
「俺とベイツの魔力を融合させる…!?」
「それが君の目的ってことかい…!?」
「そうだ。その為に殺し屋を雇って,お前たちと戦わせる事で危機感を与え窮地に立たせて,アルファの魔力覚醒を促し,ついでに第2師団の連中も襲撃させた。あぁ,そういえば。第1師団の連中は今頃ラウンズを殺している頃だろう」
「なんだって!?」
「洗脳魔術を使って第1師団の奴等を俺の手駒にした。俺の計画を遂行するには敵対しそうな相手は潰しておくに限るからな。第2師団員だけならともかくラウンズ相手に殺し屋は心許無いからな。流石の奴も第1師団の手練揃い相手に生き延びる事は出来ないだろう」
「ミディール…,君は自分が何をしたのか分かってるのか?どうしてそこまで」
「全部お前の為だよ,ベイツ」
ミディールが雷の剣を手の内に仕舞い込んだ。そしてベイツに向けて両腕を広げて見せる。こんな状況でなければ,奴の微笑みと格好はベイツを抱き締めようとしている様だと思った。実際そうなのかも知れなかったけれど。
対するベイツは目を丸くして,信じられないという表情でミディールを見ていた。
「僕の…?」
「その通りだ。覚えてるか?俺達がまだ8歳だった頃,お前が自分の弱さを怨み涙したあの日の事を。俺はあの日,お前の涙に誓ったんだよ。お前を魔術皇にしてみせるってな」
ベイツは目を細め眉間に皺を寄せて,思い出そうとしているように見えた。
「確か…,あの日は僕の弟が」
「そう,第二皇子が。アルファが追放された日だ」
「え………,俺……?」
一瞬全員が黙り込んだ。不思議そうに俺を見るミディールにベイツが叫んだ。
「ミディール!それ以上は言うな!」
その言葉にミディールはほくそ笑んだ。面白そうなおもちゃを見つけた子供のように。
「そうか…,お前,まだ言ってなかったのか」
「やめろ,アルファには僕が話す!頼むから君は黙っていてくれ!」
「ベイツ…,どういう事だよ」
「……,アルファ……,」
ベイツが呟いた。自分の顔が引きつっているのがありありと分かった。俺を見るベイツの顔が悲壮感に塗り潰されていた。どうすればいいか分からない,と言ったように。
口を開けないベイツの代わりに,ミディールが高らかに歌うように言った。
「お前に言う気がないなら俺が教えてやるよ!」
「黙れ!」
ベイツが物凄い剣幕で声を荒らげながら,ミディールへ蒼い火炎を放った。しかし,ミディールはそれに雷をぶつけて相殺し,尚も言葉を紡ごうとした。
「アルファ!お前は!」
「黙れぇ!!」
ベイツが再びミディールへ火炎を放つ。先程よりも大きな炎だったが,ミディールはそれを上手く受け流し,尾を引く蒼い炎の向こう側から俺へ言った。
俺はただ立ち尽くしながら,それを聞くことしか出来なかった。
「お前は!第二皇子,ベイツの弟なんだよぉ!」
「は……?」
ミディールの言葉に,俺は唖然とした。
今,コイツは何を言った?どういう意味だ,その言葉は。口から零れ落ちた疑問符に続く様に,次から次へと頭の中にクエスチョンマークが浮かんでくる。相手の言葉の意味を計りかねる。
ふざけるな。そんなの冗談に決まってる。そんな事があるはずないだろう。
半ば縋るように,俺はベイツを振り返った。
火炎を撃ち終え立ちつくしていた彼は,俺が自分を見ていることに気づいたのだろう。俺に向き合って,今まで聞いたことが無いぐらい,落ち着いた,真剣な調子で言った。
「ミディールが言ったことは本当だよ。僕と君は血の繋がった兄弟。君は第二皇子だったんだ」
ベイツは,寂しげに笑った。
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