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これこそが序章足り得よう
始まり
しおりを挟む眠りについた俺が目覚めたのは,ミディールが自ら命を絶ったあの日から1週間程してからだった。自室のベッドに横たわる俺にラウンズは,「急激な覚醒と魔力の消耗の反動が一気に来たんだろう」と言っていた。
目覚めた俺はラウンズに連れられ,俺の父にあたる魔術皇に会った。とはいえ,未だに俺には自分がベイツの弟,第2王子だという実感は無かったし,魔術皇と呼ばれるその白髪の老人も,子供の頃から成長した俺の姿にピンときていなかったようだった。
ただ,一言,俺の金色の髪を見て
「その髪の色…,お前の母によく似ているよ」
それだけ言って,目を閉じてしまった。
ミディールとの戦いで,俺が魔術皇足り得る力を手にしたと判断されたのだろう。俺はラウンズに連れられるまま,蒼い紋章が所々に刻まれた黒のローブ,即ち魔術師の儀礼用の衣装に着替えさせられて,魔術皇の前で誓いを立てさせられた。
「誇り高き魔術皇の責務を果たす為,その血肉と魔力を捧げると誓うか?」
「はい,誓います」
とうの昔に決めたことだ。誓いに迷いは無かった。
そうして晴れて魔術皇となった俺には,全魔術師への命令権を初めとした様々な権利と責任が与えられた。正直それらをどう行使すれば良いのか分からなかったが,ラウンズが少しずつ教えてくれることとなった。
肩書きこそ『魔術皇』になれど,魔術師の中にはやはり俺が魔術皇となった事を快く思っていない者達も居た。
「我々はベイツ様のみを皇位継承者として認めていた!ぽっと出の貴様なんぞ,魔術皇になる資格はない!今すぐ皇位を手放せ!」と。
皆,魔術に長けてこそいないが優しく寄り添ってくれるベイツを慕っていた。当然の事だ。アイツと半年共に居たのだ。その慈愛は,俺にも良く分かっていた。
だけれど,俺にはそんな器用な事は出来ない。料理を作ったりなんて,やろうとした事すら無かった。俺はきっと,『優しい魔術皇』にはなれないだろうと思った。
だから俺は,俺なりの『魔術皇』になろうとした。
皆に内緒で夜半に住処を抜け出した俺は,一夜にしてアルドラド要塞を奪還した。その施設の一切を損ねないどころか,守りに付いていた王国兵たち全員を無傷で捕らえた上で。
半ば賭けだったが,案外何とかなるものだった。夜明けと共に鎖に繋がれた兵士たちを連れ帰った俺に,ラウンズは酷く驚き,顎が外れそうな程に口をぽっかりと開いていた。
「え…,え?どういう事だ,魔術皇?」
「これが俺のやり方だ。俺はベイツみたいな,皆に慕われる魔術皇にはなれないかも知れない。だから俺は,最前線に立ち戦う事で,皇としての姿を見せる。皆と一緒に,魔術師の未来を切り開きたいんだ」
「ははっ…!惚れちまうなぁ?」
アルドラド要塞を奪還した俺たちは,通信魔術を使って,国中に散らばった魔術師達へアルドラド要塞への集結を命じた。
「この要塞を俺たちの反撃の砦とする!戦える魔術師達はアルドラド要塞へ集まってくれ!ただし,これはあくまで抑止力の形成に過ぎない。俺は王国と真正面からやり合うつもりは無い。目的はディアルド国王ドグラとの対話だ!国民達にとっても,この無毛な争いは望む所では無いはずだ。アルドラド要塞に全戦力を集結させることで公的な対話の場を設け,話し合いを以てこの戦争を終わらせる。それが俺の狙いだ。だから皆,頼む。戦争が終わるまでの間だけで良いから,俺に力を貸してくれ!」
この演説に,次の日からゾクゾクとアルドラド要塞へ魔術師達が集った。ベイツを支持していた魔術師達も,少しずつ要塞へと姿を現した。
その中には第2師団の生き残り達も居て,彼等と泣きながら抱擁し再会を喜び合うラウンズに,俺も少し貰い泣きしてしまいそうになった。
演説より約1週間で,要塞には数百人の魔術師が集まった。その殆どが戦いとなれば前線に立てる程の力を持っており,俺は遂にドグラ国王への使者を送る事を決意した。
半ば脅しめいた文章ではあったが,何度も書き直しながら,こちらには戦う意思が無い事。互いの為の停戦を申し出る事。決裂すれば,要塞の全魔術師で王城へ攻撃を仕掛ける事。その上で話し合う為の対話の場を設けて欲しい事を認めた文書を使者に持たせた。
それから数日して後,ソワソワしながら使者の帰りを待つ俺に届いたのは吉報だった。息を切らしながら駆け込んできた使者が笑顔で俺に告げた。
「ドグラ国王,対話に応じるそうです!」
「本当か!」
「はい!3日後,王城にて魔術皇の来訪を待つと!」
「よっしゃあぁ!!」
俺がアルドラド要塞を単独で奪還した話はドグラ国王の耳にも入っていたのだろう。願い叶い対話の機会を得た俺たちは,3日後に向けて大急ぎで準備をした。
第一に,俺と共に王城へと赴き護衛を担う者達の選出。万が一を考えて,要塞に集っていた魔術師の中でも,ラウンズを初めとした選りすぐりの者達を指名した。
「これが上手く行けば,戦争は終わる。皆,見守っててくれ」
「随分と立派になったな,魔術皇。鎖に繋がれながら吐きそうになってたあの頃が懐かしいよ」
「あの日々があったからこそ,今の俺が居る。信頼してるよ,ラウンズ」
「身に余る光栄だ,我が主よ」
第二に,交渉が決裂した際に王城へ攻め入る魔術師団も結成した。元第2師団のメンバーを仮の師団長として,全部で5つの師団。彼等には要塞で待機してもらい,ラウンズ達から交渉決裂の報せが入り次第転移魔術で王城へ乗り込む役目を預けた。
「皆の出番がない事を,心の底から祈っている」
「「「「「了解!!!」」」」」
最後に,ラウンズ達や師団達とは別に,共にドグラ国王との対話の席に座る者を一人選ばなくてはならなかった。所謂,補佐役という奴を。
人選に悩んでいた俺に,ラウンズが進言した。
「俺の知り合いに適任が居るんだ。きっと,魔術皇もよくお知りの者だ」
「俺が知ってる…?」
「あぁ。対話前日にはこの要塞へやってくるはずだ。頼む,彼を補佐役として連れて行ってはくれないか?必ず魔術皇の助けとなってくれるだろう」
「そこまで言うなら。他に宛も居ないしな」
「ありがとう。今すぐ彼に伝えよう」
対話の前日,一通りの準備と確認を終えた俺は自室へと赴いた。いつも消灯している筈のその部屋の明かりが,仄かに点っていた。訝しげに思った俺は,僅かに開けた扉の隙間から,中を覗き込んだ。
よく見てみると,点っていたのは照明ではなく。
テーブルの上の燭台。蝋燭に灯された蒼色の炎。
次いで鼻腔をついたのは,林檎の香り。
幾度と無く嗅いできたその匂いに引き寄せられるかのように,扉を開き部屋の中へ入った。蒼く照らされるテーブルに座っていたのは,見慣れた白衣に身を包み,肩まで伸びた金色の髪を後ろで纏めてポニーテールにした,
「お帰りアルファ。用意は済んだのかい?」
「……,ベイツ?」
俺の兄,ベイツだった。
「久しぶりだね。よく似合ってるよ,そのローブ」
自分の全神経を疑った。生きているはずのない人間が目の前で息をしている。俺に話し掛けてくる。平然とアップルティーを淹れている。手を伸ばせば触れられる距離に座り込んでいる。
「ベイツ…?」
確かめる様に,もう一度名前を呟いた。ベイツが本当にそこに居るのか俺には分からなかった。対話への緊張が見せる幻覚なのか,これもまた一種の魔術なのか。目の前の光景を信じられなかった。
「ははっ,どうしたんだい?そんな怪訝そうな顔して。あぁ,このポニーテールかい?イメチェンしてみたのだけれど,お気に召さなかった?ツインテールの方がお好みかな?」
そう言いながら立ち上がったベイツが,立ち尽くす俺をやんわりと包み込む様に抱きしめた。肩や背に触れる腕,耳元で聴こえる吐息,暖かい身体。
確かにベイツはそこに居た。その心の臓は脈打っていた。改めて事実として認識する。
ベイツが 生きている。
「ベイツ」
口からほろりと零れ落ちたその一言を皮切りに,次から次へと感情が溢れだしてきた。
「ベイツ」
驚き,喜び,悲しみ,混ぜこぜになった感情達は言葉にならなくて,ただ彼を強く抱き締めて,名前を呼ぶ事しか出来なかった。
「ベイツ」
「あぁ,此処に居るよ」
「ベイツ」
ベイツは俺の震える鼻声を笑いはしなかった。ただ優しく語り続けてくれた。そんな彼にまた,俺は視界を潤ませる事となる。
「本当に驚いたよ。まさか国王との対話に漕ぎ着けるなんて。要塞を単独で制圧できる程の力を持ちながら,君はその力を対話の為の交渉材料として扱った。君のその判断に,僕は最大限の敬意を表するよ。流石は僕の弟だ」
俺はベイツの肩に縋って泣いていた
「君が魔術皇になってくれて本当に良かった」
テーブルに向かい合って座って,温かいアップルティーを啜りズビズビと鼻を鳴らしながら,ベイツの話を聞いた。2人でアップルティーを飲みながら会話していると,昔に戻った様な不思議な気分になって,何だか少し笑えた。
「じゃあお前は,あのミディールの一撃で死んだ訳じゃなかったのか?」
「限りなく致命傷に近かったけれど,即死する程では無かったみたいだね。意識を失いこそしたけれど,まだ僕はギリギリ生きていた。魔力の全てを取り戻した君が僕に空間魔術を使った時,無意識的に軽い治癒魔術も発動していて,それが応急処置となり一命を取り留めた。っていうのがラウンズの見解だよ」
「でも,ラウンズはそんな事一言も」
「僕が目を覚ましたのはつい1週間前の事だからね。消耗した魔力と肉体の回復に思ったより時間が掛かっちゃって。君に余計な心配を掛けたくなかったんじゃないかな?だってほら,さっきの君の様子からするに,僕が生死の境に居るって知ったら魔術皇の責務なんて果たさないで,付きっきりで僕の看病するだろう?」
ニヤニヤと笑うベイツの顔を直視出来ずに,半ば照れ隠しにグイッとアップルティーを煽った。否定し切れない自分が恥ずかしかった。空になったカップにベイツがすかさずアップルティーを注ぎながら言った。
「本当はね,心配だったんだ。君が魔術皇になれば,僕の役目は終わる。皇族の中に,もう僕の居場所は,存在意義は無いんだ。そうなったらどうしようかとずっと心配だったけれど…,ごめんね,気持ち悪いだろうけれど言わせて。僕は,君が泣いてるって気付いた時,少し安心しちゃったんだ。あぁ,僕,まだ君と一緒に居て良いんだなって」
カップを両手で持って俯くベイツは,苦笑いをしていた。きっと,俺が盛大に気持ち悪がるとでも思っているのだろう。
その鼻を明かしてやろうと,俺は素直になることにした。思えばもう,恥なんて無い程に感情を曝け出しているのだし。
「あぁ,これからも一緒に居よう,ベイツ」
「えっ!?」
素っ頓狂な声がベイツの口から飛び出した。目を真ん丸に見開き,飛び跳ねる様な驚き方をしたせいでアップルティーが少しテーブルに零れた。
今まで驚かされっぱなしだったのだから,これぐらい許されるだろう。調子に乗ってみる事にした。
「俺にはお前が居ないと駄目なんだよ。俺はベイツみたいに,誰かに寄り添ったりなんて出来ないからな。だから,今回の対話だけじゃなくて,これからもずっと,俺と一緒に魔術師の未来を良くする為に尽力してくれ」
耳まで真っ赤になったベイツは,俯きながら小さく「う~」と唸っていた。無論,肯定的な唸りだ。俺はその姿に,僅かながらも愛らしさを覚えてしまった。
内なる衝動に身を任せ,勢いでテーブルから身を乗り出してベイツの額に軽くキスをした。キスされビクッと身体を震わせた彼の口から,「ヒッ」と高い声を漏れた。そして,頭を抱えてブンブンと振り出した。想像以上の打たれ弱さにくすりと笑った。
このまま愛で続けてやろうかとも思ったが,明日の事を思い出して冷静さを取り戻した。そうだ,まだ全てが上手く行った訳では無い。むしろ,ここからが始まりなのだ。
俺はベイツの両手首を握り締めた。また驚いたベイツがバッと顔を上げた。少し潤んだその蒼を見つめながら,真摯に告げる。
「明日の対話,必ず成功させよう。少し不安だったけど,お前と一緒なら,きっと上手く行く。宜しく頼むぞ,ベイツ」
俺を見つめるベイツが,クシャりと笑顔になった。大きく頷いて,
「あぁ,僕達なら出来る。一緒に,魔術師の未来を創り上げよう!」
コツリと額を合わせて,俺たちは笑った。
ーfinー
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