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サイドストーリー(という名の補完)
死に損ねたな
しおりを挟む深い海の底から浮かび上がるような,淡い浮遊感に身を包まれながらゆっくりと目を開いた。
状況が掴めないままベッドに横たえられていた僕を迎えたのは,紅色の髪の男だった。
「死に損ねたな。俺も,お前も」
「そうか…,アルファがそこまで…」
「本当頑張ってくれてるよ,あいつは。たまに俺達も心配になって『少し休んだらどうだ?』とか声掛けるんだけど,全然言うこと聞かなくて困ってしまうぐらいだ」
「ごめん,僕のせいだね。彼に魔術を掛け疲れ知らずの身体にしたのは他ならぬ僕だから」
「気に病むことは無い。今のあいつなら,その気になれば魔術を解くことが出来るだろう。それより,お前はもう大丈夫なのか?目覚めたということは大方魔力も回復したのだろう?」
「うん。傷も概ね治った感じかな」
ミディールに貫かれた腹部を寝間着越しに撫でてみる。もう痛みは無いし,動くのに差し支えは無さそうだった。戦えなんて言われたら,流石に自信は無いけれど。
「なら良かった。お前が元気で生きていると聞けば,アルファも喜ぶだろう」
サラリと言われたけれど,どうにも僕はそれを上手く嚥下出来なくて,微笑むラウンズに首を傾げながら問うた。
「待ってラウンズ,『元気で生きている』って?もしかしてアルファ,僕が生きている事知らないの?」
「伝えていないが?」
何食わぬ顔で答えるラウンズに心底驚かされる。どういう理由で伝えていなかったというのだ?
そんな不満じみた疑問は,どうやら僕の顔に色濃く表れていたようで。
「あぁ,そんなに目をかっ開いてあんぐりと口を開けるな。別にお前たちを会わせたくないとかそういう訳じゃあない。アルファには魔術皇としてやるべき事に集中して欲しかったんだ」
「ごめん,責めてる訳じゃないんだ」
「いいや,俺こそ勘違いさせて悪かった。今朝スープを作ったんだが,残りで良ければどうだ?」
「ありがとう,頂くよ」
「簡素だが不味くは無いはずだ。待っててくれ」
ベッド脇の椅子から立ち上がり部屋を出ていこうとするラウンズの背中に,思わず聞いてしまった。ずっと喉につっかえていたものを吐き出してしまった。
「ねぇ,ラウンズ」
「どうした?」
「あの…,ミディールは…?」
振り向いたラウンズと目が合った。ジッと僕と目を合わせる彼が何を考えているのか,僕の何を見ているのかは分からなかった。
ただ,彼は少しだけ俯いて。
「死んだよ。あの大馬鹿野郎は」
それだけ言って,出ていってしまった。
僕は静かに,声を押し殺して泣いた
「ご馳走様」
「お粗末さまでしたってな」
彼の趣味だろうか,少しばかり僕には味が濃く感じられたが,とても美味しいスープだった。ラウンズは「コンソメの顆粒で味付けして野菜を入れただけだ」,なんて言っていたけれど,本当に美味しかった。
「ほら,寄越せ」
「ありがとう」
彼が差し出した手に器を差し出す。自分の分の食器と重ねて,テーブルの上にコトリと置いた。
「で,どうする。行くのか?」
僕の方を見て問い掛ける彼の言葉には主語が無かったけれど,何を聞かれているのかは明白だった。
迷う理由なんてない。ただただ頷いた。
「きっと,僕にも少しは出来る事があると思うから」
「そう言うと思った。実は今,アルファがドグマ国王との会談の席に共に並ぶ補佐役を探していてな。お前,どうだ?」
「もちろん!」
目を見開いて即答した僕に,ラウンズが数枚の紙を放り投げてきた。慌てて受け取ったそれらは,アルファがこの数週間で宣言した事や彼の今後の予定が書かれたメモのようなものだった。
「一通り目を通しておけ。ドグマ国王との会談までそんなに時間は無い。これから急いで手筈を整えて,数日後にはアルファの元へ連れて行ってやる。お前が,アイツを支えてやるんだ」
僕がアルファが拠点としているアルドラド要塞を訪れたのは,国王との会談前日の夜だった。
まだアルファは帰ってきていないらしく,灯りの点いていない彼の自室にコソコソと入り込んだ。
僕とアルファが居た家からラウンズに頼んで取ってきてもらった,燭台とアップルティー。蝋燭に蒼い火を灯し,いつもの様にアップルティーも淹れた。
正直,少しそわそわしていた。
彼は僕を見てどんな反応をするだろうか。喜んでくれるか,残念そうな顔をするか。束ねてみたこのポニーテールを気に入ってくれるだろうか。
彼の顔を見ても平静を保てるか自信が無いままに,その時は訪れた。
開かれた扉から,部屋の中を伺うように恐る恐る入ってくるその見慣れたシルエットに,僕は飄々とした声色を作っていった。
「お帰りアルファ。用事は済んだのかい」
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