この勇者は世界を救いません

猫男爵

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第16話 焼きたてクロワッサン

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「おい、ねーちゃん、ウェェルお代わりだ! それとパンも足りねーぞ、どんどん焼いてこいってんだ!」
「は、はい、もう少しで焼き上がりますので、し、少々お待ちくださいっ!」

 そんな俺の度重なる追加注文に慌ただしくも厨房あっち食卓こっち、てんてこ舞いのメイドのねーちゃん。

 例のオッサン豚くんの一件で連れてこられた屋敷ってのが、これまたアホみてーにデケー屋敷でよぉ~。
 こりゃあ、当たりを引いたと早速朝食にお呼ばれしたって訳なんだが……。

「チッ、おっせえなぁ~。何を勿体つけてやがんだよ、一気に持ってこいってんだ!」

 そもそも飯なんてもんは一気にドンと持ってくりゃあイイものを……。ここのメイドたちときたら、一皿一皿持ってきやがるもんでどうしても間が空いちまう。
 ったくよぉ~、マナーなんて気取ったこと言ってねーでドカッと持ってこいってんだっ‼ ドカッとっ‼

「ったくよぉ~、まだパンは焼けねーのかよ?」

 すっかり空になっちまった自分の皿を見つめながらも、そんな風にボヤいていたところへ、

「あの、よかったらコレもどうぞ……。その、まだ、口をつけていませんので……」
「あん?」

 そんな声に顔を真横へと向けてみたところ、俺の隣に座っていた茶髪の青瓢箪あおびょうたんみたいに生っ白い色した子供ガキが自分の皿に載ったクロワッサンを俺に進めてきたではないか。
 ニコリと遠慮がちな笑みを湛えながらも、俺に話しかけてくる兄ちゃんに対し、

「おう、すまねーな、兄ちゃん。それじゃあ遠慮なく頂くぜ♪」

 そう言って兄ちゃんからパンを引っ手繰るなり、勢い良くも齧りついていく。

「はぐ、はむ、はぐ……!」

 焼き上がってから少し時間が経っているとはいえ、クロワッサンのカリッと香ばしい感触とともに、バターの甘味が口内全体へと広がっていき――。
 そこへこれまた、まだ少し残っていたウェェルを流し込んでいきゃあ、

「んぐ、んぐ、んぐ……。プッハァアアアアッ‼ やべ、マジうめーわっ♪」

 クロワッサンとウェェルの組み合わせに舌鼓を打っていたところ、

「あ? 何だよ? 何見てんだオメー? もしかして、今更返せなんて言われてももうおせーぞ? コイツはもう俺のもんになっちまったんだからよ」
「あ、い、いえいえ、そういったことではないのですけど……。何というか、その、本当に美味しそうに召し上がるなぁと思いまして……」
「あん? 何だオメー? このパンが不味いとでも思ってやがんのかよ?」
「い、いえ、決してそういうわけでもないんですけれどね……」

 そう言って気まずそうに俯いちまう兄ちゃん。
 かぁ~~っ、これだから、ブルジョアはダメなんだよ。食い物の有難みってヤツをちっとも分かっちゃいねー。
 こんなパンを労せず毎日食えることの有難みってヤツが分かっちゃいねーんだから……。
 その点、俺たちみてーな冒険者家業を生業にしてる人間は、それがどんだけ贅沢なことか分かってるから食える時には目一杯食いまくるってのが鉄則といっても過言じゃねー。

 そんな兄ちゃんに対し、

「あんなぁ~、オメー、よぉ~く聞けよ? そもそもなぁ~……」

 俺にしては珍しくも、人生ってヤツを説いていやろうと口を開きかけたところへ、

「ブヒャヒャヒャヒャッ♪ おおっ、そうだそうだ! 聞けば、客人。兄上の件では客人にも大層苦労を掛けたそうだが……。ま、僕に免じて、許してやってくれ!」
「あん? ああ……。――ホントいい迷惑だったぜ。わりーと思ってんなら、もっと美味いもん食わせやがれってんだ」
「ぬっ⁉ な、何だ、その口の利き方は⁉ き、貴様っ、い、一体、だ、誰に向かって……!」
「まぁまぁ、いいではないですか、兄さま。今日はめでたい日なのですから、今日くらいは無礼講ということで……」
「そうそう、今日くらいはお互い、純粋に喜びを分かち合いましょうよ。今日くらいはね……」
「フ、フン、まぁよい……。何にせよ、今日は目出たい♪ ま、好きなだけ、存分に飲むがよい、存分に食らうがよい。今日の僕はとても気分が良い、ぶひゃひゃひゃひゃ♪」

 てな具合に、これまたオッサン豚くんに輪をかけたようなオッサン豚くんが俺の話を遮った挙句、激高し始めれば、更に二匹のオッサン豚くんオッサン豚くんなだすかしていく。
 そんなこんなで、再びご機嫌な様子できったねー唾を飛ばしながらも高笑いするオッサン豚くんの弟。
 にしても、テメーの兄貴が死んだってにもかかわらず、コイツラときたら何でこんなにも喜んでいやがるんだ?
 全く、貴族ってのはどいつもこいつも頭の可笑しい奴らばっかりだな……。

「あれ? そういえば、オメー……」
「は、はい? どうかされましたか?」
「オメーは何だって俺たちと一緒になって飯食ってんだよ? オメーはこの家の使用人じゃねーのか?」

 俺の言葉の通り、オッサン豚くんたち以外の人間は食卓に着くでもなければ、真後ろへとジッと控え、何かあればその都度、俺たちの給仕に追われていて。

「あ、ああ、僕も一応、この家の者なんですよ。五人兄弟の中の末っ子でして……。因みに今、ガーネットさんに文句を言ってきたあの人はこの家の次男にあたる人なんですよね」

 そういうと、これまたお上品なカップに注がれていた琥珀色の液体――。紅茶らしきものをグイッと口に運んでいくも、

「フーン、兄弟ねぇ……。にしては似てねえなぁ……。髪にしたって奴らは揃いも揃ってションベンみてーなきったねー金髪なのに、オメーは茶髪じゃねーか?」

「ンブッ!? ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……。し――ション……!? 」

 この俺の発言を受け、突然咽返る兄ちゃん。
 と、そこへ、

「ブヒャッ? 何をしておるか、アルマス? 全く食事の作法もろくに知らんとは……。これだからどこの馬の骨ともわからん女から生まれたヤツなど迎え入れるのは反対だったのだ……!」

 そう言って口を開くたびに周囲にテメーの口の中のモノを撒き散らしていくオッサン豚くんに続けとばかりに、

「全くもってその通り。如何に我らの高貴な血といえど、所詮、下賤な者に交わるとこうも出来損ないが生まれるんですな……」
「同感だな。全く父上の気まぐれにも参ったものだな……」
「――‼」
 
 そんな中、兄ちゃんはというとオッサン豚くんたちの嘲笑、侮蔑といった悪意に晒され、情けないような悔しそうな、何とも言えない表情とともに反論するでもなければ只々黙って俯いてしまっている。

 そんな兄ちゃんに対し、改めて、俺が声をかけていく。

「よぉ、兄ちゃんよぉ……」
「あ、お、お気になさらずに……。いつものことですので……」

 必死に作り上げたであろう笑顔でもって、そういったっきり塞ぎ込んでしまう兄ちゃん。

「………………」
「………………」

 どうやら俺が心配でもして声をかけてきたとでも思ったのだろうか?
 別にこちとらテメーのことなんかこれっぽっちも心配なんかしちゃいねーんだが……。
 ただその皿に載ってる目玉焼き、貰ってもいいかって聞きたかっただけなんだけどな……。

 正直、出鼻をくじかれた思いも、やっぱり目玉焼きは捨てがたいともう一度声を掛けようとしたところ、

「よぉ、兄ちゃんよぉ、そうじゃな――」
「た――大変お待たせして申し訳ありませんでしたっ‼ パンが焼き上がりましたので、どうぞっ‼」

 と、これまた絶妙なタイミングでもって、メイドのねーちゃんたちが追加のウェェルと一緒にこぞって焼きたてのパンを運んできた。
 と、すぐさま俺の皿に取り分けられるクロワッサンの山を目にした瞬間、俺の頭から兄ちゃんのことなんかスッパリ消え去っていて。

「おっほっ、待ってましたぁ♪ どれどれぇ~……。うっひょぉ~~~、美味そうじゃねーか♡ では、早速……」

 一つ掴み取るなり、一気に頬張っていく。

「カリッ! はぐ、もぐ、はむ、はぐ……」

 噛んだ瞬間からジュワッとバターの何とも言えない甘味ってヤツが口の中いっぱいに広がってきて……!

「くぅ~~~~~~、うっめぇ~~~♡」

 昨日の夜、ホーン・ラビットしか食ってなかったこともあって、このクロワッサンの美味さときたら、そらもう一入ひとしおだぜ♪

 そうして、瞬くにクロワッサンの山を平らげていく最中、

「はぐ、もぐ、はむ……。おぅ、時に、ねーちゃんよぉ~?」
「は、はい、ほ、他に、な、何か……⁉」

 更なる俺の呼びかけに焦ったような素振りを見せるメイドのねーちゃん。

「おう、ところで、デザートは何よ?」
「は、ハイ? で、デザート、でございますか?」
「おう、デザートだ! 何だ? もしかして、ねーのか?」
「い、いえいえ、ご、ございます! コホンッ――。改めまして、本日のデザートについてですが……」

 そんなこんなで兄ちゃんの憂鬱もなんのその、俺は俺で優雅な朝飯ってヤツをこれでもかと堪能させてもらったのであった――。
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