この勇者は世界を救いません

猫男爵

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第22話 勘違い

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「ど、どうかお待ちをっ! ただいま当主代行に取り次いでおりますのでっ! い、今しばらく、今しばらくお待ちをっ‼」
「ええい、貴様らいい加減にせんかっ! これ以上カーネリア様をこんなところで待たせるつもりかっ⁉ 無礼にもほどがあるぞっ‼」

 使用人たちの必死の説得も空しく、そんな怒声とともに一組の男女が喚き散らす男を先頭に食卓へと雪崩れ込んできた。
 この国の第三王女・カーネリア・パルム・ウィストランテとその直属の部下フェルナードであった。
 ガーネットに置き去りにされた後、二人は魔物の大群を相手に一昼夜戦い続けた結果、辛くも魔物どもを殲滅しどうにかこうにか生き残ることに成功するも、ついには力尽きそのまま意識を失い倒れ込んでしまったのである。
 そして、再び目を覚ましたカーネリアたちは、疲れ切った体に鞭打ってようやっと辿り着いたのがこの屋敷だったというわけである……。

 と、そんなカーネリアたちの目に飛び込んできたのは、自分たちが積み上げてきた死体の山とはまた異なった部類の――。
 有り得ない数の死体の山と夥しいまでの血によって咽返るような惨状を目の当たりにし、二人は言葉を失った。

「こ、これは一体、な、何という……。ん? あ、アレはもしやっ⁉」
「うむ、伯爵の次男……。たしか、ヘドニス、とかいったか?」

 まるで料理の一皿かのように皿の上に載ったヘドニスの首を見下ろしたまま茫然としている二人の前に、

「お、お初にお目かかります、カーネリア姫殿下。エルモランド家五男、アルマス・ピエトロ・エルモランドに御座いますっ!」

 恭しくも膝をつきカーネリアへ挨拶をするアルマス。

「ふむ、で、この状況はどういったわけだ?」
「……は、ハイ……。そ、それは……」

 カーネリアの問いかけに対し、答えあぐねるアルマス。
 この時、彼の頭にあったのは、恩人でもあるガーネットの名を果たして出してしまっても良いものかという点であった。
 が、この躊躇こそが相手に更なる不審を抱かせることとなってしまう。

「おいっ、貴様っ! カーネリア様がお訊ねになられておられるのに何故黙っているっ⁉ まさか、コレラは全て貴様の仕業なのではあるまいなっ⁉」
「い、いえ、決してそのような……‼」

 不信感を顕わにした様子でもってフェルナードが声を荒げる中、

「と――とんでもございませんっ‼ ち、誓って、誓ってアルマス様は無実でございますっ‼」

 そう叫び声とともに、アルマスの幼少期から教育係としても側に仕えていた、年嵩としかさのいった執事が慌てて主に掛けられた疑いを晴らさんと堪らず割って入ろうとするも、

「ええいっ、私はこの者に聞いておるのだっ‼ 使用人風情が口を挟むことではないっ‼」

 ドカッ!

「あぐっ!?」

 自らの蹴りによって呻き声を上げ後方へと倒れ込む執事を一蹴しつつも、更に言葉を続けていく。

「そういえば、エルモンド伯爵家では次期当主の座を巡って骨肉の争いが起こっているという噂を耳にしたことがあるぞ。さては貴様、跡目争いの最中、兄弟を亡き者とし自らが当主の座につかんがため一気に事を運んだというわけだなっ⁉」
「ご、誤解ですっ! わ、私は決してそのようなことは……‼」

 最早、聞く耳持たんとばかりに自らの剣を抜きさるなり、そのまま大きく振り上げ、

「何とも見下げ果てたヤツ……! 貴様のような痴れ者っ、この場にて成敗してくれるわっ‼」
「――っ⁉」
「あ、アルマス様っ‼」

 そんな叫び声諸共一気に剣を振り下ろしかけたところへ、
 
「――待て、フェルナードッ‼」
「――くっ!?」

 ――ビタッ‼

 そんな鋭いカーネリアの声に、ギリギリのところで剣が止まった――。

「か、カーネリア様?」
「急くな、フェルナードよ……。おそらくだが、この者の仕業ではあるまい。その証拠に、よく見てみろ、この者は返り血の一滴も浴びてはいないし、殺された者たちにしても誰も彼もが確実に一撃で仕留められている。これだけ見ても相当な手練れによる仕業だ。正直、このような細腕の男にこれ程の芸当が出来るとは到底思えない……」
「うっ、た、確かに……。し、しかし、この者が暗殺者を雇ったということも考えられるのでは……?」
「ふむ……。たしか、アルマスといったか? そなたに今一つだけ聞きたいことがある……。嘘偽りなく正直に答えよ……」
「は、ハハッ! な、何なりと……!」

 そんな問いかけとともにカーネリアの赤尖晶レッド・スピネル瞳が真っ直ぐにアルマスの瞳を見つめてくる中、

「……もしやとは思うが、ガーネット殿か?」
「――⁉」

 次の瞬間、アルマスは目を見開いた。
 カーネリアの口から飛び出した思いもしなかった名前に動揺を隠せなかった。

「やはりな。そうであったか……」
「くっ、あの男……。こんなところにまで足を運んでいようとは……」
「か、カーネリア姫殿下……? 何故、その名を……。もしや、ガーネットさんのことをご存じなのですか?」

 二人の話ぶりに多少困惑しつつも、カーネリアからその名が出た以上、これ以上ガーネットについて隠しておくことに意味がないと悟ったアルマスは全てを打ち明けることにした――。
 
「――なるほどな……。それで、その後、彼はどうしたのだ?」
「は、ハイ……。それが、コチラから……」

 そう言ってアルマスはこれまたガーネットによって破壊された壁の穴を示した。

「これはまた、何とも……」

 ともあれ、ようやっと現状を把握したカーネリアは、改めてこの屋敷へとやってきた目的を果たすべく再びアルマスへと声をかけていく。

「事情は全てわかった――。ところで、アルマスよ。済まぬが二人分の飲み物と簡単な軽食のようなものを用意してもらえぬか?」
「は? け、軽食、でございますか? 宜しければ部屋も改め、当家としましても精一杯の歓待をさせて頂きたく……」
「いや、心遣いは嬉しいが、手早く食事を済ませガーネット殿に追いつかねばならぬのでな……。それはまた次の機会までとっておこう……」
「か、畏まりました。では、お前たち、すぐに支度を!」
「「「「は、ハイッ!」」」」

 そんなアルマスの声に、すっかり固まってしまっていた使用人たちが弾かれたようにテキパキと行動を起こしていく。
 そんな中、

「お、恐れながら、カーネリア姫殿下! 是非ともにお聞き届けたき儀がございますっ!」

 それこそ床に頭を擦りつけんばかりに、命を賭して申し出た執事に対し、

「控えいっ! 貴様如きがカーネリア様に話しかけることすらおこがましいっ!」
「そ、そこを平に平にぃっ……!」
「き、貴様ぁっ!」
「よい、フェルナード。申してみよ」
「は、ハハッ! つきましては、このような事態に相成り、当家は現在主が不在の状態……。出来ますれば、是非ともこの場に姫殿下のご裁量にて……」

 相も変わらず地に伏したまま只管懇願する執事に対し、カーネリアはというと、

「ああ、そうであったな……」

 執事のそんな指摘を受け、暫し考え込むような素振りを見せていたカーネリアだったが、

「……よかろう。カーネリア・パルム・ウィストランテの名において全ての相続を認め、アルマスアルマス・ピエトロ・エルモランド、現時点をもってお主を当主に任命するものとする!」
「――⁉」

 カーネリアのそんな言葉も一瞬理解できなかったアルマスではあったものの、

「お、おおっ、あ、アルマス様っ!」
「ッ⁉ は――ハハッ! つ、謹んで拝命致しますっ!」
「うむ、正式な手続きに関しては、後日、改めて城から使者を送るとしよう……」

 このカーネリアの発言を受け、恭しくも膝をつく自らが仕える主の姿に感極まったように涙ぐむ執事。

 そうして、軽食が運び込まれてくる最中、アルマスは改めてカーネリアへと声をかけていく。

「し、失礼ながら、カーネリア姫殿下……。あの方――。ガーネットさんは、一体どういった方なのでしょうか?」
「む? 何だ、何も聞いていなかったのか? ま、それもあの方らしいな……。ふむ、あのお方は、勇者だ……」
「――⁉」
「――⁉」
「「「――⁉」」」

 カーネリアの口をついて出た言葉に、使用人も含めたこの場にいた全員が耳を疑った。

「……ゆ、勇者、でございますか? そ、それはどういう……」

 勇者という言葉に明らかに動揺した様子も、そこまで言いかけた時である。

「お、お待たせいたしました。お飲み物と軽食をご用意いたしましたっ‼」

 そんな声に結局、アルマスの疑問はかき消されてしまった――。


「――……では、私たちはこれにて失礼するぞ」
「ハッ! 姫殿下にお越しいただいておきながら、さしたる歓待も出来ませんで、この度は大変……」
「よい、気にするな。では、行くぞ、フェルナード!」
「ハッ!」

 それだけ言うと、二人はガーネットが破壊したら穴から彼同様に飛び出していってしまった――。


「……いやはや、それこそ嵐のような、何とも形容しがたい出来事でしたな……。しかしながら、アルマス様、改めておめでとうございます。いずれはと信じてはおりましたが、こうして、あ、アルマス様がご当主となられる日がこようとは……。じ、じいじいは心より嬉しく思いますぞ……」

 そう言って、その目に涙まで浮かべ我が事のように喜ぶ姿に、

じい……。うん、ありがとう……。それもこれもこれまで僕を支えてくれたじいや皆――。そして何より、ガーネットさんのお陰だね……」

 意外ともとれるアルマスのそんな声を受け、驚いたような表情を見せるも、

「ま、まぁ、確かにかの御仁のお陰とも言えなくもありませんが、それこそ一歩間違えておればアルマス様までもが殺されていた可能性もありますし……。あのようななら――失敬、兎も角、そこまで感謝しなくてもよろしいのでは……?」
じい……。じいの言う事も分かるけど、果たして本当にそうなのかな?」
「アルマス様?」
じいの言うような、そんな只のならず者に果たして勇者の称号が与えられるだろうか?」
「うっ! そ、それは……。いや、しかし……」

 しばしの沈黙の後、アルマスは再び口を開いていく。

「僕が思うに、きっと、ガーネットさんは前以てこの屋敷の腐敗具合を知っておられたのではないのかな?」
「――⁉ そ、それはどういう?」
「うん、実は昨晩ね……――」

 昨日の深夜、ガーネットと話をした時のことをアルマスは言って聞かせた。

「――……な、何と……。そ、そのようなことが……」
「うん、そのお陰もあって僕は領主たる者の何たるかを気付くことが出来た――と思っていたんだけれどね……」
「? あ、アルマス様……?」

「でも、本当には分かっていなかったんだよね……。いくら正論言葉を並べ立てたところで、あの兄上たちが到底納得してくれるはずがない。あのまま行けば、結局最後は力づくでも領主の座を得ようとしてきたはずさ……。そうなれば、また領民たちに無用な苦しみを強いることになる……。それでも僕はただ黙っているしかできなかったと思う……」
「あ、アルマス様……」
「ようするに、僕には領主としての最後の覚悟が欠けていたってことだろうね……」

 自嘲気味にもそんなことを呟くアルマスに対し、

「最後の覚悟……? あ、アルマス様、そ、それは……?」

 その質問に対し、アルマスはキッと彼の目を見つめ、そしてハッキリとその言葉を口にしていく。

「決断力――。例え身内であろうと、許されざる罪を犯した者は心を鬼にしてでも――それこそ血も涙もないと誹りを受けようとも断罪しなければならない心の強さ――」
「――‼」
「……多分、あの人――。ガーネットさんは、最後まで僕が行動を起こすことを信じ待ってくれていたんだと思う……。でも、僕にはそこまでの覚悟ができておらず、あの時は動くことが出来なかった……」
「…………」
「だからこそ、あの人は自分が全ての泥をかぶることすら厭わず、あえてならず者の汚名を被ることになろうとも、身をもって僕にそのことを教えてくれようとしたんじゃないのかな?」
「…………」
「「「…………」」」
「なんて、今だからこんな偉そうなことを言ってるけど最初は僕もじいたち同様、とんでもない人だと思いかけたんだけれどね……。でも、改めてそう考えると全ての点と点が繋がるんだよね……。それに、いくらならず者とはいえ、ただ体臭が臭いなどという言いがかりをつけて人は斬り殺さないでしょ?」

 アルマスの話にその場にいた全員が言葉を失っていた。
 同時に、ガーネットの見方が話を聞く前とでは180度変わっていることにまだ誰も気づいてはいなかった――。

「その証拠にあの時、別れ際にガーネットさんがこんなことを言ったんだ。これで、お前を阻むものは最早いなくなった。後は精進して立派な当主を目指せ――てね……」
「な、何と……」
「あ、あの人がそんなことを……?」
「そ、それじゃあ、アレは全てこの家のことを思っての……?」
「そうとも知らず、私たちは……。何と愚かな考えを……」

 使用人たちが口々にそんなことを話し込んでいる最中、アルマスはガーネットが飛び出していった穴へともう一度目を向けていった。

「勇者ガーネット……。今日のこと一生忘れません。アナタが僕の――。否、領民たちのことを思って起こしてくれた行動を無にしないためにも僕も身命を賭して領主としての使命を果たしていくつもりです。そして必ずや、いつの日かこのご恩に報いてみせます! 本当に、ありがとうございました、ガーネットさん……!」

 こうしていくつかのボタンの掛け違いによって発生してしまった勘違いとともに、ガーネットは自らもあずかり知らぬところで強力なパトロンを得ることとなったのであった――。
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