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透哉「すきにされて」
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――もうすぐ夏休みがはじまる。
窓ぎわの席で、透哉はちいさくため息をついた。
午後の日差しが左頬を照らし、右頬に影を落とす。心も、ちょうど光と影のように分かれていた。
休みのあいだ、いやな相手に会わなくて済むのは天国。けれど、給食がないのは地獄だ。
午後まで授業があるのは、今日で最後。明日からは午前だけの短縮授業になる。
それは、上級生に追われつつ、昼ごはんにありつけない――透哉にとっては最悪の期間だった。
暗い表情の透哉とちがい、同級生たちは、夏休みを前に浮き足立っている。
下校のチャイムが鳴ると、一斉に椅子をがたがたと引き、グループごとに散っていった。
透哉も教室を出た。
前に抱えた鞄で、顔を隠すようにしながら、ひっそりと廊下を進む。
それでも西洋の少女を思わせる容姿は、すれ違う生徒たちの視線から逃れようがなかった。
色素の薄いウェーブがかった髪。
化粧をしているかのような瞳。
紅いくちびる。
賞賛されるべき愛らしさは、透哉の人生においてむしろ標的となる足枷だった。
透哉は、いま五年生だ。
来年、最上級生になれば、もう狙われることもない。それまでの辛抱だと言い聞かせ、登下校はいつも息を切らして走った。
まるで雛のように無力で、外敵に見つかるとすぐに喰われてしまうから――。
「鞄、重そうだね」
「持ってあげようか」
校門まであと少しのところで、透哉は三人の上級生に囲まれた。
見たことのある顔ぶれだが、接触してきたのは、これがはじめてだった。
下校中の生徒らは、視線を逸らし、足早に通り過ぎていく。
一瞬、頭をよぎった。
類の声で。
――いじめられたら、俺の友だちだって言いな。
先週、子ども食堂を覗いたとき。
支援団体の人に「甥っ子なんだ」と紹介されたのが、類だった。おなじ学校、おなじ学年。
ただクラスは別で、これまで話したことはなかった。
真っ黒な髪と瞳。
日焼けした肌。
発育のいい体つきは、中学生にも見える。
段ボールを軽々と運ぶその姿は、透哉にとってまぶしいものだった。自分もあんなふうなら、こんな苦労はしないのに。
視線に気づいたのか、類が顔を上げ、ふっと笑った。
――いじめられたら、俺の友だちだって言いな。
けれど、けっきょく透哉は、なにも言わずに上級生に従った。
一度会っただけの他人。まして、支援する側の手伝いをしてるやつに憐れまれるなんて、ごめんだった。
三人組は、透哉の鞄を奪い、腕をつかんで体育倉庫へと引っ張っていく。
彼らにとって透哉は、都合のいい存在だ。同性で子ども同士の関係なら、たいていのことは、「悪ふざけ」で済んでしまう。
容姿は見せ物として申し分なく、放置子で親が介入してくることもない。
――僕って、便利だな。
透哉は、もう半ば諦めていた。
不快なだけで、怪我をするようなことは、たぶんない。
見上げれば、きっと夏の空が広がっている。
けれど透哉は、そうしなかった。どうせ羽なんかない。飛んで逃げられるわけもない。
だから、ただ足元を見ていた。コンクリートの床に広がる、石灰の白い模様を。
重い扉が、ごおん、と閉じた。
窓ぎわの席で、透哉はちいさくため息をついた。
午後の日差しが左頬を照らし、右頬に影を落とす。心も、ちょうど光と影のように分かれていた。
休みのあいだ、いやな相手に会わなくて済むのは天国。けれど、給食がないのは地獄だ。
午後まで授業があるのは、今日で最後。明日からは午前だけの短縮授業になる。
それは、上級生に追われつつ、昼ごはんにありつけない――透哉にとっては最悪の期間だった。
暗い表情の透哉とちがい、同級生たちは、夏休みを前に浮き足立っている。
下校のチャイムが鳴ると、一斉に椅子をがたがたと引き、グループごとに散っていった。
透哉も教室を出た。
前に抱えた鞄で、顔を隠すようにしながら、ひっそりと廊下を進む。
それでも西洋の少女を思わせる容姿は、すれ違う生徒たちの視線から逃れようがなかった。
色素の薄いウェーブがかった髪。
化粧をしているかのような瞳。
紅いくちびる。
賞賛されるべき愛らしさは、透哉の人生においてむしろ標的となる足枷だった。
透哉は、いま五年生だ。
来年、最上級生になれば、もう狙われることもない。それまでの辛抱だと言い聞かせ、登下校はいつも息を切らして走った。
まるで雛のように無力で、外敵に見つかるとすぐに喰われてしまうから――。
「鞄、重そうだね」
「持ってあげようか」
校門まであと少しのところで、透哉は三人の上級生に囲まれた。
見たことのある顔ぶれだが、接触してきたのは、これがはじめてだった。
下校中の生徒らは、視線を逸らし、足早に通り過ぎていく。
一瞬、頭をよぎった。
類の声で。
――いじめられたら、俺の友だちだって言いな。
先週、子ども食堂を覗いたとき。
支援団体の人に「甥っ子なんだ」と紹介されたのが、類だった。おなじ学校、おなじ学年。
ただクラスは別で、これまで話したことはなかった。
真っ黒な髪と瞳。
日焼けした肌。
発育のいい体つきは、中学生にも見える。
段ボールを軽々と運ぶその姿は、透哉にとってまぶしいものだった。自分もあんなふうなら、こんな苦労はしないのに。
視線に気づいたのか、類が顔を上げ、ふっと笑った。
――いじめられたら、俺の友だちだって言いな。
けれど、けっきょく透哉は、なにも言わずに上級生に従った。
一度会っただけの他人。まして、支援する側の手伝いをしてるやつに憐れまれるなんて、ごめんだった。
三人組は、透哉の鞄を奪い、腕をつかんで体育倉庫へと引っ張っていく。
彼らにとって透哉は、都合のいい存在だ。同性で子ども同士の関係なら、たいていのことは、「悪ふざけ」で済んでしまう。
容姿は見せ物として申し分なく、放置子で親が介入してくることもない。
――僕って、便利だな。
透哉は、もう半ば諦めていた。
不快なだけで、怪我をするようなことは、たぶんない。
見上げれば、きっと夏の空が広がっている。
けれど透哉は、そうしなかった。どうせ羽なんかない。飛んで逃げられるわけもない。
だから、ただ足元を見ていた。コンクリートの床に広がる、石灰の白い模様を。
重い扉が、ごおん、と閉じた。
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