少年と狼 ─ 短編BL集 ─

坂口みなと

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透哉「すきにされて」

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 倉庫内は、太陽の熱が遮られ、しんと空気が冷えている。

「せえの」の掛け声。
 透哉の細い身体はマットレスの上に仰向けで倒された。傍にあったカラーコーンが軽い音を立てて転がり、三人が笑う。

 早く終わってほしい。
 それだけを願って、透哉は長いまつ毛を伏せる。

 腕を頭上に引っ張られ、膝小僧を揃えられ、それぞれに上級生がまたがった。
 残ったひとりが身体を屈め、透哉の顎をつかむ。メガネの奥の目が、冷たくひかる。

「おとなしいね。騒がないの?」
「……どうせ無駄だから」

 透哉の答えに、相手はうすく笑った。
 このメガネがリーダーで、自分の扱いはこいつの気分次第なんだろう。

「細くて綺麗な首だなぁ」

 メガネのやつが、ゆっくりとうなじを撫でる。
 まえに母が連れ込んだ男も、透哉におなじことを言った。

 首元を撫でていた指が、胸元をたどり、シャツの裾からそっと入り込んでくる。
 無邪気な子どもの触れ方ではなく、大人の愛撫のような、妙にやさしい手つきだった。
 予想外の刺激に、腰がひくりと跳ねてしまう。

「ゃ、ん──」

 押し殺した声が、鼻にかかって変に高くなった。恥ずかしさで顔が熱くなる。普段なら、絶対に声なんてださないのに――。

「どうしたの? 騒いで。無駄なんでしょ」

 つ、と爪が脇腹を不気味にかすった。手の甲で撫でているらしい。ぞくりとするその感触に、喉の奥から短い悲鳴が漏れた。

「もっと声聞きたいね」
「俺もやらせて」

 他のふたりも、馬乗りになったまま、我先にと透哉の身体に手を伸ばす。
 胸やら腹やらを三人がかりでくすぐられて、透哉は身悶えながら叫んだ。

「やっ、ぁあああ!」
「……ちょっと叫びすぎ?」

 腕にまたがっていたやつが、透哉シャツを胸までまくって、そのまま口に突っ込んだ。

「んんッ――!」
 ――やめてやめてやめて。

 くすぐったい。息が苦しい。透哉は動かせない手足で必死に暴れた。マットレスが、ぎしぎし軋む。

 だれかの指が脇の下をなぞった。嫌悪感が背中を駆けあがる。そこは透哉がいちばん苦手な場所だった。
 靴の中で、つま先が反り返る。

「ん――ッ!」
 ――やだやだやだ。

 身体をよじった拍子に、脚にまたがっていたやつが透哉のズボンを引き下ろした。
 下着ごと。

 透哉は目を見開く。
 見られたくない。そこが、どうなっているかなんて、自分でわかっている。
 でも、もう力が入らなかった。首を横に振ることしかできない。

「反応してる。まだ、ちいさいけど。かわいいなぁ」

 メガネのやつが、やわらかくそこに触れてくる。
「んぅ――」透哉はきつく目を瞑った。

 そのとき。
 重い扉が軋むような音を立てて開いた。
 瞼に、光を感じる。
 外から、夏の気配が流れ込む。

「遅ぇ」
「遅いじゃん」

 上級生らの手が止まる。
 薄目を開けると、倉庫の入口に見覚えのある少年が立っていた。
 透哉は息を呑んだ。最悪だ。こんなところを見られるなんて。
 
「……くだらねぇことに呼ぶなよ」

 類は、足元に転がっていたカラーコーンを邪魔そうに蹴飛ばし、マットレスに大股で近づいた。

「どけよ、お前ら」
「類ぃ、コーン壊すなよ。機嫌悪いなぁ」
 
 メガネのリーダーが無造作に両手を上げてみせた。降参のポーズらしい。他のふたりも、その動作を笑いながら真似て、マットから降りた。
 
 自由になった透哉に、類が手を差し出す。

「透哉、立てる? 『俺の友だちって言え』って、こないだ言っただろ」

 透哉は応えない。
 唾液で濡れたシャツの裾を引っ張って、どうにか下半身を隠した。首筋まで真っ赤だ。

 メガネのやつが気まずそうにふたりを見比べる。

「あ、知り合いなんだ? 意外」
「友だちだよ。賭けて遊ぶってなんだよ」
「いや……。この子、何されても声ださないって聞いたからさ。賭けにいいかなぁって。……類、綺麗なのすきだろ」

「そうそう」と、他のふたりも口を揃える。

 類が三人に気を取られているすきに、透哉は服を直し、ひとりで立ち上がった。
 差し出されたままの手を無視して、類の横をすり抜けようとした瞬間――。その手が動き、透哉の腰を掴んだ。身体がぐっと引き寄せられる。

 ――殴られる。

 透哉は思わず身構えた。

「ひっ……、んぅ」

 覚悟した痛みではなく、くちびるにやわらかい感触――キス、だった。目を閉じる暇もなかった。後頭部をつかまれ、ただ呆然と整った耳のかたちを見ていた。
 倉庫内にひびく濡れた音。

 ちゅ、と口を離した類は、すこし潤んだ瞳で、上級生らを見回した。

「……これ、俺のにするわ」
 
 そんなこと本気で言っているわけがない。腰を抱かれたまま、透哉は思った。リップ音もわざとだ。上級生を牽制して、手を出すなと庇っているつもりなのだろう。

 ――けど、やり方が。

 くすぐられるのもキスされるのも、勝手にされる側にとっては、おなじようなものだ。
 素直に「助けてくれてありがとう」なんて、思えるわけがない。

「その子、手の甲で撫でるとかわいい声だすよ」

 メガネのやつが狡そうに報告すると、類は鼻で笑った。

「……ふうん」

 類は片手をひらひら振って、「もう行けよ」と言った。
 もとより、上級生らとしても、無力で手軽だからこそ選んだターゲットだ。後ろ盾があるのなら話がちがってくる。

 三人は、「ああ、面白かった」「類にやるか」「コーン片づけとけよ」と笑い合いながら出ていった。

 そして、倉庫のなかは、ふたりきりになった。
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