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透哉「すきにされて」
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隅に残された、見慣れた鞄。
透哉は、類の腕を振り払おうとしたが、逆に引き寄せられた。
「どこ行くの」
「……鞄、を」
類とコンクリートの壁とのあいだに挟まれ、小柄な透哉の顔は、硬い胸板に埋まった。息苦しさに横を向く。
シャツのなかにするりと入ってくる指先に、やっぱり、と思う。
「──ッ、ぁ」
「これってさ」類の息が耳元にかかる。「鳥とかフクロウとか……、羽って、人間の汗で傷むんだって。だから、手の甲で触る」
「んっ、……ぅ」
「なんで、いやって言わないの? 抵抗もしないし」
指だけじゃ足りないとでもいうように、類は膝まで使ってきた。ゆっくりと透哉の脚のあいだに差し入れ、股間をやさしく押し上げる。
透哉は堪らず、ぎゅうと太腿を内に曲げた。
「やっ、ぁ──んっ……」
「甘ったるい声。また狙われんぞ」
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「やだって言いな。じゃないと、ずっと舐められっぱなしだろ。……言えば、俺はちゃんと手を離すよ。約束する。去るもの追わない主義だし」
もう透哉の脚は、力が入らず崩れおちそうだった。息があがって頭もうまく回らない。さっき上級生に遊ばれた熱も残っている。
どうして、あの三人に囲まれたとき、もっと抵抗しなかったんだろう。
「もう……、いや、だ」
「うん」
類の指は拍子抜けするほど、あっさり離れていった。息を整えながら見上げると、にやりと笑っている。
はじめて、類と目が合った。
「あんなやつらに触らせたって無駄じゃん。俺、大人相手に金もらってるよ」
「……え。……いやじゃないの?」
「ちょっと触らせるくらい、べつに。お前なら俺より貰えそう。綺麗だもんな。ハーフ?」
「父親を知らない」
「ふうん」
さっきのメガネもやってるって噂だし。あそこも親ひでぇから――。類のその言葉に、透哉は眉をひそめた。あの上級生と類。ふたりの妙に慣れた手つきの理由は、これなのか。
類は悪びれた様子もなく、話を続けた。
「弱いほうに連鎖していくんだ、きっと。社会でいやな目にあった大人は、あいつを捌け口にして。あいつは、それをお前にぶつけた」
「僕は、だれかをいじめたりしないよ」
口を尖らせた透哉を、類が誘う。
「そう? 気が晴れるかもよ。――試してみる?」
「……え、なに」
「俺のこと、触ってみる?」
「は?」
いつも、逃げる側だった。他人をどうこうするなんて、考えたこともない。
さっきキスで触れた、やわらかいくちびる。かたちのいい耳。整った顔だちは、触れたら歪むだろうか。壊せるだろうか。
自分の手で。
「いいよ。なんでも」
類は、無言を了承だと受け取ったらしい。
マットレスに腰を下ろし、両脚を前に投げ出す。ゆるく開いた襟元から鎖骨がのぞく。
類は、透哉の手が触れるのを、どこか楽しげに待っているようだ。
――そんな、なんでもって言われても……。
下校中に脇腹をつつかれたこと。水泳の時間に胸を触られたこと。そういう場面ばかりが浮かんでくる。
たしかに、連鎖してしまう。
自分がされたことを手がかりにして。
透哉は、そっと類の正面に膝をついた。シャツのボタンは思ったより簡単に外せた。
少年らしい細い腰と、くっきりした腹筋。まだ成長途中のアンバランスな身体は、はじめてみるおもちゃのようで、なんだか妙に目を引いた。
腹筋の線を指先でたどると、「ん」と息がもれ、ぴくりと震える。
「お前、おそるおそる触るから、くすぐったいんだけど。触んならちゃんと触れよ」
「さっき僕のこと、くすぐってたくせに」
透哉は仕返しとばかり、手の甲で類の腰を撫でた。
「ちょっと、や、かも」
そうは言うが、四肢の力を抜いて、透哉のすきにさせている。
けれど、反応はする。
息を吐いたり、体の重心をずらしたりするのは、刺激をうまく逃しているのだろう。
ちらりと顔をそらす仕草から、苦手な場所もわかる。
そこを狙うべきか、避けるべきか。自分の触れ方ひとつで、相手の表情が変わっていく。
その微細な反応。
息づかい。
「――楽しい?」
面白そうに類に訊かれて、透哉は我に返った。夢中になっていたらしい。
「……わからない。変な感じ」
「目の色、変わってたよ」
からかうように類が言う。
なぜそんなふうに笑えるのだろう。いくら慣れてるとはいえ――、透哉は不思議でたまらなかった。
「どうして平気なの。他人に、すきにされて」
「え。……べつに」類は二、三度まばたきをした。「減るもんじゃなし。あんまりしつこいと鬱陶しいけど」
その瞳には、なぜか涙が溜まっている。吸い込まれそうな、おおきな黒目。
視線に気づいた類が、「あ、涙出てる?」と訊いた。
「――うん」
「なんか、暑いとか寒いとか刺激でなる。体質かな」
「アレルギーとかじゃないの」
「ちがうと思う。緊張したりしてもなるし、感じたりしてもなるから」
感じたりって。さらっと言わないでほしい。透哉のほうが動揺して固まった。
類が透哉のくちびるにそっと指で触れる。
「はじめてだった?」
「え」
「キス」
「……ちがうよ」
「それは残念」
その「残念」は、本音なのか、冗談なのか。
もし「はじめてだよ」と答えていたら、どんな顔をしたのだろう――。
透哉は、類の腕を振り払おうとしたが、逆に引き寄せられた。
「どこ行くの」
「……鞄、を」
類とコンクリートの壁とのあいだに挟まれ、小柄な透哉の顔は、硬い胸板に埋まった。息苦しさに横を向く。
シャツのなかにするりと入ってくる指先に、やっぱり、と思う。
「──ッ、ぁ」
「これってさ」類の息が耳元にかかる。「鳥とかフクロウとか……、羽って、人間の汗で傷むんだって。だから、手の甲で触る」
「んっ、……ぅ」
「なんで、いやって言わないの? 抵抗もしないし」
指だけじゃ足りないとでもいうように、類は膝まで使ってきた。ゆっくりと透哉の脚のあいだに差し入れ、股間をやさしく押し上げる。
透哉は堪らず、ぎゅうと太腿を内に曲げた。
「やっ、ぁ──んっ……」
「甘ったるい声。また狙われんぞ」
恥ずかしさで顔が熱くなる。
「やだって言いな。じゃないと、ずっと舐められっぱなしだろ。……言えば、俺はちゃんと手を離すよ。約束する。去るもの追わない主義だし」
もう透哉の脚は、力が入らず崩れおちそうだった。息があがって頭もうまく回らない。さっき上級生に遊ばれた熱も残っている。
どうして、あの三人に囲まれたとき、もっと抵抗しなかったんだろう。
「もう……、いや、だ」
「うん」
類の指は拍子抜けするほど、あっさり離れていった。息を整えながら見上げると、にやりと笑っている。
はじめて、類と目が合った。
「あんなやつらに触らせたって無駄じゃん。俺、大人相手に金もらってるよ」
「……え。……いやじゃないの?」
「ちょっと触らせるくらい、べつに。お前なら俺より貰えそう。綺麗だもんな。ハーフ?」
「父親を知らない」
「ふうん」
さっきのメガネもやってるって噂だし。あそこも親ひでぇから――。類のその言葉に、透哉は眉をひそめた。あの上級生と類。ふたりの妙に慣れた手つきの理由は、これなのか。
類は悪びれた様子もなく、話を続けた。
「弱いほうに連鎖していくんだ、きっと。社会でいやな目にあった大人は、あいつを捌け口にして。あいつは、それをお前にぶつけた」
「僕は、だれかをいじめたりしないよ」
口を尖らせた透哉を、類が誘う。
「そう? 気が晴れるかもよ。――試してみる?」
「……え、なに」
「俺のこと、触ってみる?」
「は?」
いつも、逃げる側だった。他人をどうこうするなんて、考えたこともない。
さっきキスで触れた、やわらかいくちびる。かたちのいい耳。整った顔だちは、触れたら歪むだろうか。壊せるだろうか。
自分の手で。
「いいよ。なんでも」
類は、無言を了承だと受け取ったらしい。
マットレスに腰を下ろし、両脚を前に投げ出す。ゆるく開いた襟元から鎖骨がのぞく。
類は、透哉の手が触れるのを、どこか楽しげに待っているようだ。
――そんな、なんでもって言われても……。
下校中に脇腹をつつかれたこと。水泳の時間に胸を触られたこと。そういう場面ばかりが浮かんでくる。
たしかに、連鎖してしまう。
自分がされたことを手がかりにして。
透哉は、そっと類の正面に膝をついた。シャツのボタンは思ったより簡単に外せた。
少年らしい細い腰と、くっきりした腹筋。まだ成長途中のアンバランスな身体は、はじめてみるおもちゃのようで、なんだか妙に目を引いた。
腹筋の線を指先でたどると、「ん」と息がもれ、ぴくりと震える。
「お前、おそるおそる触るから、くすぐったいんだけど。触んならちゃんと触れよ」
「さっき僕のこと、くすぐってたくせに」
透哉は仕返しとばかり、手の甲で類の腰を撫でた。
「ちょっと、や、かも」
そうは言うが、四肢の力を抜いて、透哉のすきにさせている。
けれど、反応はする。
息を吐いたり、体の重心をずらしたりするのは、刺激をうまく逃しているのだろう。
ちらりと顔をそらす仕草から、苦手な場所もわかる。
そこを狙うべきか、避けるべきか。自分の触れ方ひとつで、相手の表情が変わっていく。
その微細な反応。
息づかい。
「――楽しい?」
面白そうに類に訊かれて、透哉は我に返った。夢中になっていたらしい。
「……わからない。変な感じ」
「目の色、変わってたよ」
からかうように類が言う。
なぜそんなふうに笑えるのだろう。いくら慣れてるとはいえ――、透哉は不思議でたまらなかった。
「どうして平気なの。他人に、すきにされて」
「え。……べつに」類は二、三度まばたきをした。「減るもんじゃなし。あんまりしつこいと鬱陶しいけど」
その瞳には、なぜか涙が溜まっている。吸い込まれそうな、おおきな黒目。
視線に気づいた類が、「あ、涙出てる?」と訊いた。
「――うん」
「なんか、暑いとか寒いとか刺激でなる。体質かな」
「アレルギーとかじゃないの」
「ちがうと思う。緊張したりしてもなるし、感じたりしてもなるから」
感じたりって。さらっと言わないでほしい。透哉のほうが動揺して固まった。
類が透哉のくちびるにそっと指で触れる。
「はじめてだった?」
「え」
「キス」
「……ちがうよ」
「それは残念」
その「残念」は、本音なのか、冗談なのか。
もし「はじめてだよ」と答えていたら、どんな顔をしたのだろう――。
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