美神戦隊アンナセイヴァー

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第4章 XENO編

●第43話【証拠】

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 激しい雨が、降っている。
 雷が鳴り響き、雨音は乱れた男の呼吸音や足音をかき消していく。
 そして、“追跡者”の気配すらも。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 もうどのくらい走ったのだろうか。
 持っていた傘も、走るのに邪魔となり、途中で放り捨てた為、男はずぶ濡れだ。
 しかし、雨宿りなどしようともせず、誰もいない深夜の路を走り続けた。

「あ、脚が……!」

 だがもう、限界が近い。
 身体も軋み、何より脚がもう動かない。
 路の真ん中で止まってしまった男は、怯えるような目で周囲を何度も見回した。

 住宅地の外れ、目黒川にまたがる「太鼓橋」という小さな橋の入り口で、男は手すりに寄りかかった。

「な、なんとか、駅まで辿り着ければ……」

 だが、その時。
 突如、橋の中央に人影が現れた。
 それは、小学生くらいの体格の少女で、こんな大雨にも関わらず、傘もささずに麦藁帽子を被っている。
 不思議なことに、彼女は雨に濡れていないようだ。
 まるで幽霊のような少女は、真っ直ぐにこちらを向いて佇む。
 それに気付いた男は、恐怖に満ちた表情を浮かべた。

「た、助け……!」

 よろよろと、少女に背を向けて歩き出す。
 走りたくても、足が言う事を利かない。
 転落防止の手すりにすがりながら遠ざかろうとする男を見つめ、少女は、パチンと指を鳴らした。

「行きなさい」

 目黒川から、突如、何か大きな物体が現れる。
 堤防を這い上がり、巨大な影はのっそりと、男の行く手を塞ぐように路上に降り立った。

「う、うわあっ?!」

 三メートルほどはある、ぬめっとしたシルエット。
 長い四肢を振るい、巨大な影は男に掴みかかろうとした。
 だが、
 
「ひ、ひぃっ?!」

 巨大な影の動きが止まり、その隙に男は横断歩道を横切り、逃げていく。
 橋の反対側、道路の向かい。
 そこに、突然もう一人の人影が現れたのだ。
 
「また――」

 麦藁帽子の少女は、その人影を見て、悔しそうに口元を歪める。
 人影は、巨大な影をものともせず、少しずつ歩み寄る。
 橋の真ん中辺りまでやって来た時、今まで動きを止めていた影が、動き出す。
 両腕を振るい上げ、掴みかかるような勢いで、奇声を上げながら走り出した。
 だが、それでも人影は逃げない。

 もう少しで、巨大な腕が叩き付けられる。
 その寸前、人影は、ボソリと呟いた。


「チャージアップ」


 その途端、まばゆいばかりの光の渦が発生し、巨大な影は吹き飛ばされた。
 
「――くっ!!」

 麦藁帽子の少女も、目も眩むような光に怯み、腕で顔を覆う。
 煌く渦はやがて霧散し、再び闇が訪れる。
 だが、その中心――先程まで人影が立っていた辺りには、見上げんばかりの巨大な物体が立ち尽くしていた。
 黒一色の、人の型をした機械。
 巨大な影に勝るとも劣らない巨体を持つ、漆黒のメカがそこにあった。

 怯んだ影に向かって、漆黒のメカは、突然ダッシュを開始する。
 一瞬で距離を詰め、真一文字に斬り払う。
 巨大な影は、胸板の辺りから上下に真っ二つにされ、悲鳴を上げる間もなく崩れ始めた。

 漆黒のメカは、逆手に持った二メートル程の刃を構え直し、続けて麦藁帽子の少女の方を向く。
 上体を捻ったまま、ホバー移動で少女へ斬りかかる。
 だが少女は、刃が命中するよりも早く、その場所から忽然と姿を消してしまった。

『……』

 誰も居なくなった橋の真ん中で立ち尽くす漆黒のメカは、一瞬空を見上げると、音もなくふわりと浮かび上がり、次の瞬間、凄まじいスピードで夜空へと姿を消した。







 美神戦隊アンナセイヴァー

 第43話 【証拠】






「XENOを使役している“奴ら”だ。
 詳しくは知らんが、奴らは都内にXENOを撒き散らし、人的被害を拡げている。
 何かの目的を果たすためにな。
 その為に、俺や、元・吉祥寺研究所の関係者を、次々に暗殺しているんだ!」

 ここは、新宿署内・取調室。
 桐沢の語る情報に、向かいの席に座る司は、大きく眉を歪めた。

「暗殺? 人的被害を拡げてる?」

「そうだ! ここ最近の無差別殺人事件の黒幕は、奴らなんだ」

「ちょっと待て、桐沢君。
 いきなり話が飛び過ぎて、繋がりが良く判らない」

「まあいいだろう。
 ならば、詳しく説明してやる」

 桐沢は、何故かとても偉そうな態度で説明を始める。

 “奴ら”というのは、その者達を言い示す単語がない為の、便宜上の表現。
 「XENOゼノ」と呼ばれる特殊な生命体を取り扱っており、これを、何かしらの理由で都内にばら撒いている。
 ばら撒かれたXENOは、手近な人間や他動物を捕食。
 同時に、捕食した生物の外観や能力を即座に得て、更に多くの人間を襲えるような怪物と急速進化しているのだという。
 都内各所で発生している異常な猟奇殺人事件は、このXENOが引き起こしたものであり、今もどこかで事件が起きている可能性は否定出来ない。と、桐沢は説明した。

「なるほど……怪物か。
 だが、そんな生き物が本当に存在するのか? 新種の生物なのか?」

「残念ながら、出自については俺も知らない」

「そうか。
 今ひとつ、それぞれの情報が結び付かない気がするが、ここまでは大体理解した」

 平静を装ってはいるものの、司は内心、桐沢の話に深く納得していた。
 と同時に、事件の状況に激しい戦慄も覚えている。
 だが、今この話をそのまま鵜呑みにする訳にはいかない。
 確固たる証拠が、何も提示されてないのだから。

「二つ聞きたいことがある」

「なんだ?」

「まず一つは、今話したXENOという生物についての存在を証明する“証拠”だ。
 ここまでの話を聞いている限りでは、君の話は妄想である可能性も、まだ否定出来ない」

 これは、カマかけだ。
 意図はともかくとして、もしこれが完全な作り話であったなら、まずここで揺らぎが生じる。
 作り話ゆえの矛盾点を嘘で補う為、話が進むごとにどんどんボロが出始める。
 もしそうなったら、今度は何故そんな話を、わざわざ警察でするのかという流れになってしまうが。

 だが、司の予想に反して、桐沢は鼻で笑い、一切怯むことなく答えた。

「当然だな。
 無論、疑う余地などなくなる程の明確な証拠は用意してある。
 それを警察に提供するつもりもある」

「証拠が、あるのか」

「ああ、あるとも。
 だがそれの提供は、俺の保護が確約されてからだ」

「ま、正しい交渉の流れだな」

「それで、もう一つの聞きたい事とは?」

 意外にも、桐沢の方から尋ねてくる。
 どうやら、自分が抱えている情報に相当な価値があると考えているらしく、その態度はまるで宝物を隠した子供のようですらある。
 司は、意外に素直な男なのかもしれないと、ここに来て評価を改め出した。

「もう一つは、先程君が言った“元・吉祥寺研究所の関係者を次々に暗殺している”という件だ。
 これは、いったいどういうことだ?
 君を含め、何故この研究所の人々が命を狙われなければならない?
 そこがわからないのだが」

「そうだな、そこが肝要だ。
 実は、吉祥寺研究所は――は、は、ハクション!」

 突然、桐沢が大きなくしゃみをした。
 よく見ると、彼の衣服はかなり湿っている。
 それに、具合が悪いのか顔色も優れないようだ。
 さすがに哀れに思った司は、一旦彼を何処かで休ませた方がいいだろうと考えた。
 高原を呼び、桐沢の監視を指示すると、司は早速桐沢の件を報告することに決めた。

「話の続きは、君を一旦休ませてからだ。
 体調が戻ったら、改めて話をさせてくれ」

「ま、待て!」

「安心したまえ、君の安全は保障する。
 これから上長報告と、君への対応を相談してくるから、しばらく待ちたまえ」

「ぐぅ……」

 何か言いたいことがまだあるようだが、司の申し出の方が筋が通っていると判断したか、桐沢はそれ以上何も言わなくなった。
 やがて、バスタオルを抱えた高原が入り込んで来た。

「すまんが、少しの間、この男を頼む」

「ええ~……わかりましたけど、もう早速例の猛者達が来始めてますよ?」

「待たせておけばいい」

「はぁ……」

 司は、困惑する高原をそのままに、取調室を出た。




 新宿警察署・刑事課・課長室。
 ノックもそこそこに、司は無遠慮に入り込んだ。

「司君、もっとはっきりノックしてくれ」

「すみません課長。緊急事態でして」

「いきなりなんだ? 何があった?」

 課長の机の前に立つと、司は、先程までの話を説明する。
 「連続猟奇事件の詳細を知る人物」という所で、露骨に眉が蠢く。

「――という訳でして。
 恐らくこの男は、かなり重要な情報を持っていると思われます。
 本人は身柄の安全を保障するように要請して来ています。
 ここは、今後の為に一旦希望通りにしてやるのが得策かと」

「あのなあ、司」

 課長は、ぼりぼり頭を掻きながら、弱った顔で司を見上げてくる。

「お前のことだ、それなりの手応えを感じての報告だろうが、もしそれが本当なら、ここでこそこそ話をするレベルではないぞ?
 今日始まる捜査本部の会議で話が出たら、一気に全てがひっくり返ることになりかねんだろ。
 そんなことは、本来なら時間をかけて、じっくり検討しなければならん話だ」

「仕方ないだろ。
 どうも今朝の雨で散々濡れたようでな。
 このままじゃ風邪を引いて倒れちまうかもしれん。
 お前、重要参考人が肺炎にでもなって、万が一くたばっちまったらどうするんだ?」

「そ、それは……」

 いきなりタメ口に切り替わった司に、課長は益々弱り顔になる。

「ひとまずは、手近なホテルに宿泊させて、休ませればいいと思う。
 そこまでは俺が手配するから、お前は上に話をしといてくれんか?」

「それなら構わんが――なぁ、司」

「なんだ、島浦」

 島浦、と呼ばれた課長は、椅子から立ち上がると、司の横に立つ。

「お前がこの前話した、あのバケモノの話だがな」

「ああ、それが?」

「実は先程、また新たな目撃報告が届いてな」

「ほぉ?」

 課長のデスクに腰掛けると、司は腕組みをしながら島浦を見る。
 そんな態度に何も苦言を述べず、島浦は苦々しい表情で続けた。

「目黒署の知り合いの刑事から聞いたんだが。
 JR目黒駅の近くでな、お前の話と良く似たバケモノが現れたんだが、そいつに追われているらしい男が居たそうだ」

「妙な繋がりだな」

「しかも男が駅方面に逃げた後、いきなりロボットのような物が現れて、そいつを破壊したんだそうな」

「ロボット? 何の漫画の話だ」

「こういう報告があったのは事実だ。
 しかもこのロボットは、空を飛んで姿を消したそうだ。
 なぁ司、この東京は、いつからそんなSFじみた事件が起きるようになったんだろうなあ」

「さぁな」

 バケモノを倒した後、飛翔して消える。
 司は、あのピンク色の少女のことを、ふと思い出した。

「とにかく、ようわからん事態が連続で起きている。
 司、もし今の“追われている男”が、お前の言う桐沢大であったなら、その男の話は信憑性を帯びる」

 島浦の言葉が、徐々に真剣みを帯び始める。
 司は、口元を僅かに吊り上げた。

「ひとまず今は、独自判断で構わんだろう。
 高原にでも言いつけて、監視をつけた上でどこかのホテルに桐沢大を宿泊させてくれ。
 体調の回復を待って、改めて詳しく話を聞こう」

「承知した。
 ――んで、ホテル代はどうする?」

 不適な笑みを浮かべて、上目遣いに見つめてくる。
 そんな司の視線に戸惑いながら、島浦は、どこか諦めたような口ぶりで答えた。

「い、いったん、俺に回してくれ」

「わかった」

「出来るだけ安くすませろよ!」

「ああ、わかった。
 出来るだけ、な」

「というかお前! 本当はそこを一番確認したくて来たんじゃないのか?!」

 困り顔で怒鳴る課長に、司はわざとらしく頭を下げた。

「ありがとうございます、島浦課長。
 ご理解とご協力に感謝します」

「う、うむ……」

 ニヤリと微笑むと、司は素早く部屋を出て行く。
 その後姿を見つめながら、島浦は溜息を吐き出した。

「あの野郎、面倒臭いことは全部俺に押し付けやがって……。
 やっぱりあの時、アイツが俺の代わりに課長になれば良かったのになあ」



 その後、司は新宿警察署の最寄である京王プラザホテルを予約し、そこに桐沢を移動させることにした。
 高原を護衛兼見張りとして付けさせ、ひとまず一日休ませて様子を見ることにする。

 その申し出に、桐沢は割と快く承知したが、問題は高原だ。

「勘弁してくださいよ~! 俺、今夜彼女と約束あったのに」

「夜までには俺が交代する。
 それまでは頼むよ」

「つうか、刑事課のやる仕事ですかコレぇ?」

「今は、俺達の部署内で片付けるしかないのさ。
 アイツの話の信憑性が高まってきたら、状況も変わるさ」

「はぁ、まあわかりましたけどね。
 しっかし、あのエラソな態度、なんとかなりませんか」

「ああ、ありゃあ人を選ぶタイプだな」

 司と高原は、取調室の外から桐沢の方を向いて、苦笑いを浮かべた。

「そういやあいつ、XENOっておかしなバケモノが今回の犯人だって主張してますけど、聞きました?」

「ああ、聞いた」

「そんな漫画みたいな生き物、居るわけがないって突っぱねたんですよ。
そしたらアイツ、ムキになりましてね」

 高原は、あざ笑うように先程交わした会話を説明する。
 だが司は、表向きは愛想笑いをしつつ、その話に真剣に耳を傾けた。

「なんて言ったと思います?」

「いやわからんな、なんて言ったんだ?」

「“俺は、そのXENOの幼体を保持している”って言うんですよ。
 それを提供してやるって言うんですわ。
 まったくね、アホね、バカかって」

 何かがツボったのか、高原は声を殺して笑い出す。
 だた司は笑いを止め、真剣な表情でドアの小窓を睨んだ。

「それは、今持ってるのか? あいつ」

「へ? いや、どこかに隠してるって言ってましたよ?
 本当かどうか、疑わしいですけど」

「もしその話が本当なら、更に話は繋がるな。
 高原、これはマジで大きな話になるかもしれんぞ」

「え? つ、司さん……?」

 司の態度に、高原がだんだん不安そうな顔つきになる。
 
 もし、桐沢が言っていた“証拠”がそのXENO幼体というものであれば、彼が狙われている事も、追われている事も筋が通る。
 XENOをばら撒いている“奴ら”が実在し、何かの理由があり事件を起こしているというなら、その素性を警察をはじめとする公の機関に知られることは、避けようとするに違いない。
 であれば、事件の概要が裏付けられることになり、“奴ら”にとっては都合が悪いだろう。

 司は、そんな話を高原に伝えた。
 彼の顔色が、益々青ざめる。

「そ、そ、そ、そんなヤバい話なんですか、これって?!」

「そのようだな。
 こりゃあ、とんでもない事に足を突っ込んじまったようだぞ」

「つ、つ、司さぁ~ん!!」

 先程の態度は何処へやら、高原は急に情けない声を上げ始める。
 そんな彼を捨て置き、司は、再び取調室のドアを開いた。






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