鉄筋青春ロマンス

ルルオカ

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鉄筋青春カタルシス

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翌日は会う予定ではなかったはずが、夕方に義巳から連絡があった。

昨日の今日で、やや気後れしつつも、電話にでたところ「叔父がいなくなった」と挨拶もなく、言われた。

よほど焦りと不安を募らせているようなのを、一旦、落着かせてから、事情を聞いたところ、義巳を追い回していた連中の仕業と思われる、ジムの壁の落書きがあったとのことだ。

さすがに義巳も金森を疑って、連絡を取り問いつめたものの、あらためて謝罪をされて「どうにかする」と電話を切られたという。

その電話のやりとりを、叔父に聞かれた。

元々、金森がジムにきていないことを気にしていた叔父に「なにかあったの」と問われて、落書きをされた以上は隠してはおけないと思い、万引きを強要された奴を助けようとして一騒動があったことを打ちあけた。
金森が首謀者だったということも。

叔父は意外にも取り乱すことなく「そっか」とだけ言い、「義巳はどうしたい?このまま放っておきたい?」と聞いてきた。

やや躊躇いながらも義巳が首を横に振ったなら、「分かった。じゃあ、金森君を連れ戻してくるよ。義巳はジムのことをよろしく」と俊足で音もなく、あっという間に闇夜に消えてしまったと。

「落書きを見て叔父には心当たりがあったようだけど、俺にはさっぱりで」とひどく気落ちしながらも「ごめん、ジムの人には話せなかったから、つい、あんたに」と話を聞いて欲しかっただけ、といようなことを言った。
が、俺は一通り聞き終えたところで「今すぐ行く」と返し、義巳が返事をする前に電話を切って、ジムへと駆けつけた。

ジムの敷地内に踏み入ったなら、義巳が自宅の玄関先に立っていた。

電話を切る間際には「え、そんな!」と慌てていたとはいえ、いざ会ってみれば、ほっとしたような顔をして「ありがとう」と俺の胸に額をつけて寄りかかった。

その後、落書きを見せてもらったが、残念ながら俺にも叔父の行き場所の見当がつかず、「いや、居てくれるだけで助かるから」とジムに戻った義巳の代わりに、家の留守番と電話番をすることになった。

一時間くらいが経って、ジムのほうが一段落したからか、義巳が家に戻ってきたところ、携帯電話が鳴った。

瞬時にガラケーの蓋を開けて耳に当てた義巳の横顔は、割れる直前の風船のように張りつめていたものを「そう、分かった」の一言で、みるみる表情筋がほぐれていった。
蓋を閉じたガラケーを両手で覆ったまま、それに額を合わせて俯き、義巳は長いため息を吐いてみせたもので。

「なんか、俺ってほんと、恵まれていたんだなって思った」

気が抜けたからだろう、やや場違いなような発言だった。
とはいえ、俺は茶々を入れずに、ソファの隣に座って黙ったままでいた。

「叔父が走っていくのを見て、これまでに感じたことのない思いがしたんだ。

金森がそんなに大事なの。
一人にされる俺が心配じゃないの。

金森なんか放っておいて、俺の傍にずっといてよって、すがりつきたくなった。
金森のことを放っておけないって、叔父に助けを求めたくせに」

そのときのことを思い出してか、ガラケーを覆う手を震わせた。

泣きそうなのかと思いきや、らしくなく自嘲的な笑いを漏らす。

「叔父が俺を最優先に、何かと目をかけてくれるのを、たまに心苦しくなることもあった。

俺がいなければ、結婚して自分の子供も持てるだろう、なんて思ったけど、実際に、叔父に他所に目を向けられたら、こんなにも辛いもんなんだな。

俺は、なんにも分かっていなかった」

「俺が金森の話をしているときも、あんたも同じ思いでいたんだな」と懺悔をするように、ガラケーを覆う手を握りしめ、うな垂れる義巳を横目に見つつ、俺は「気にするな」とは言わなかった。

正直、溜飲が下がったところもあるし、義巳にとっては気にしたほうがいいことのように思えたからだ。

神がいるとして、どうして人を傷つけないように、人間を作らなかったのか。

俺は神でないから分からないが、人間がそう作られたのに意味がなくはないと思う。
人を傷つけるのも、人に傷つけられるのも、生きていくのには必要なことなのかもしれない。

義巳が告解をした後、長い沈黙がつづき、三十分ほど経ったころ「ただいまあ」と玄関の引き戸が開く音がした。

とたんに、ずっとしていた懺悔のポーズをやめて立ち上がった義巳は、俺が腰を上げる間もなく廊下に跳びでていった。

遅れながら廊下に顔を覗かせたところ「よかった、二人とも無」と言いかけて、玄関につく前に義巳の背中が留まった。

急に身を固めたのを不思議に思い、玄関に立ったままでいる二人を見やれば、叔父の顔が茹蛸のように真っ赤になっていた。
いや、蛸殴りにされ顔が腫れているのではない。

照れているのは明らかで、金森のほうも頬を染めて目を伏せているし、何より手をつないでいるし。

心配して損したようで、呆れながら義巳の傍に立てば、すっかりその顔色を変えて険しい目つきをしている。
「なにがあったの」と低い声で問えば、叔父は活〆される魚のように跳ねたもので。

「いやいや、なんでもないよ!
その、金森君が、俺を、いや、うん!なんでも、ないから!」

色恋沙汰には疎い俺でも、ぴんとこないわけがなかった。

ファザコンならぬ、叔父コンな義巳は、そりゃあ、静かなる怒りを全身からくゆらせたもので、まあ、他人事の俺にすれば愉快だったから「それも嫉妬か?」なんて聞いてやる。

「なんというか、どこの馬の骨とも知れない男を娘から紹介された気分」

四十近い男を捕まえて生娘のように思うのか。

いささか義巳のその心理は理解しがたかったものの、「あ、そうだ、義巳、そちらはどちらさん」と言われて、はっとする。

他人事なんて、とんでもない。
俺のほうこそ、叔父にすれば、どこの馬とも知れない男ではないか。

一回り以上違う未成年と手をつないで、照れに照れている叔父とはいえ、現役のころは「殺人アッパー」で誰も彼もノックダウンしてみせていた伝説の人だ。

格闘好きとしては「殺人アッパー」をもらいたく思いもするが、義巳の育ての親と見て向き合えば、膝が震えそうになる。
それでも金森が居合わせているなら尚更「友人です」と逃げることはしたくなかった。

まさかの金森と叔父のロマンスを面白がっていたのが一転、どっと緊張と不安がのしかかって、喉が干上がり体の指先まで冷たくなる。

痺れて感覚がなくなっている手を、どうにか拳に握って、腹をくくったなら「俺は」ときょとんとしている叔父をまっすぐ見据え、口を切ったのだった。




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