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弁当屋の看板息子の恋物語
しおりを挟む大学二年のとき、事故で両親が亡くなった。ただ、生前、かなりの貯金をして、どうしてか、高額な保険をかけてくれていたおかげで、経済的に困ることなく、前と変わらず学生生活を送れていた。葬式の三日後には大学に顔をだし、友人と笑いあったほど。
いや、いい親だったし、寂しく悲しくもあるはずが、急すぎることに、実感ができないのだろう。とはいえ、一人暮らしには不要な広さの一軒家を売らず。親せきには、所有しているだけで税金がかかるから、売るか、借家にしてはどうかと、すすめられたものを「両親が帰ってくるような気がして」とお断りしてのこと。
そうして無自覚にも鬱々として、色あせた日々を送っていたのが、このごろ、すこし胸が弾むことが。弁当屋の店番の子に、ほぼ毎日、会いにいくという。そりゃあ、かわいいからだが、ただし、女ではなく男だ。
しかも、顔つきは凛々しく、俺より肩幅が広く背が高いし、物腰が柔らかいといっても、とくに女性的というでもない。が、鷹揚な大型犬のような愛嬌がある。○イジの相棒のセントバーナードっぽい。
あまり自分のことは語らず、俺のおしゃべりを興味深そうに聞き、小気味いい相槌を打って、口角を上げっぱなしによく笑いを漏らす。若いながら、あけっぴろげに大口でげらげらせず、口元に手を添え、控えめに低く笑うのは、耳に快いほど。
傍にいるだけで人をほっとさせるような、懐こい大型犬のようでいて、たまにその笑みに影がさすことがある。なんとか聞きだしたところによると、十九歳で一人暮らしをしながら、大学にも専門学校にも通わず、朝から晩まで弁当屋に働いていると。
俺が親の事故死について告げたとき「そうなんですか」と案外、一言で済ませて、そっけなかったからに、親や家族については、独自に思うところがあるのか。すくなくとも今は、身内などの助けなく、経済的な援助もしてもらわず、生活しているのだろう。
となれば、心細く、貧しさに困ることがあるだろうものを、嘆いたり、同情を引いたりせずに、にこにこせっせと安い時給のアルバイトしているのが、尚のこと健気に見えて愛おしい。と思ったのは、俺だけではないらしい。
その日、相変わらず、尻尾をふるように愛想よくしながらも、すこし彼の顔が青かった。「体調が悪いのでは?」と心配すると、目を伏せてから、間を置くことしばし、告げたことには「じつは、外に干していたパンツが盗まれて」と。
「男のくせに、こんなこと気にするなんて、と思われるかもしれないけど、俺、怖くて・・・」
「いやいや!そんなの男も女も関係ないよ!それより、大丈夫なのか?変な人につきまとわれたりしているんじゃあ・・・」
「その・・・盗まれたのは二回目で。尾行されたりとかはないんですけど、昨日、アパートの男の人に『部屋でお茶を飲まないか』って誘われて・・・俺、逃げちゃって、そのまま一睡もできなくて・・・」
肩を縮めて震える彼には、こういう非常時に頼れる身内はいないし、友人知人もいないのだろう。「どうしたものか」「それこそ俺も不安で、一睡もできやしない」と頭をひねって「そうだ!」と。
「しばらく、俺んちに泊まって、一時避難したらいいよ。ほら、うちは一軒家だし、親はいないから気兼ねしないでいいし」
我ながら名案と褒めたかったが、彼にとっては、ある意味、有難迷惑だったらしい。「その、それは、ちょっと・・・」と顔を薄紅に染めあげ、目を泳がせたもので。察した俺が「ああ、こっちこそ、ごめんな!いきなり家に泊まれよ、なんて!」とぎこちなく笑いつつ、すぐさま引き下がったことで、なんとか有耶無耶に。
親が死んでから、俺はよく女を家に泊めていた。もちろん、彼を同じように扱うつもりはないとはいえ、頬を染めてもじもじされては、意識をせざるを得ない。それに、女とちがって、家に招くのに覚悟がいるような。
と、踏んぎりをつけられないまま、でも、翌日、帰りが遅くなりつつも弁当屋へ。閉店十時直前に到着するも、店番をしていたのは店長。
店長とも顔なじみとあり「彼、もう帰ったんですか」と聞けば「いや、今日、休みだったんだよ」応じてくれ、付け加えたことには「なのに、昼ごろお店にきてね」と。
「家で一人でいたくないってんで、さっきまで休憩所にいたよ。いつの間にか、帰っていたけどね」
そう聞くや否や、買ったほかほかの弁当を置いて、猛ダッシュ。アパートのある町名を知っていたから、そちらの方向に走っていくと、途中で公園が目について。公園に入っていき、すこしして、ベンチに座る彼を発見。
駆けつけながらも、なんと声をかけたものかと、呼吸を整えているうちに、おもむろに上げられた顔。ご主人に上目づかいする大型犬よろしく無垢な顔つきでいて、声を震わせ途切れ途切れに訴えてきた。
「ポ・・・ポ、ストに・・・写真が・・・。俺が・・・着替えて、いる、ときの、は、裸の背中・・・撮ったやつで・・・」
云いきると、堰を切ったように大粒の涙をぼろぼろと。俺の喉にも熱いものがこみあげてきて、胸がしめつけられるのに耐えられず、彼に覆いかぶさって抱きしめた。背中をぽんぽんしてから囁いたもので。「うちにおいでよ」と。
※ ※ ※
早朝五時。スマホで時間をたしかめてから、布団をまくって起き上がった。
俺の住む六畳一間より広い客間。隣にも布団が敷かれて、俺目当てに、ほぼ毎日弁当屋に通う常連客が、油断丸だしに大口を開け、大の字になって、ぐうぐうと。布団にくるまりながら、目をぎんぎんに身がまえて、一晩中、警戒をしていた俺とは大違い。
「親がいないのをいいことに、女をつれこんでいたくせに」といささか拍子抜けしつつ、とびきりの、いいカモを冷ややかに見下ろす。親を亡くした、この人は、俺を同類のように見ていた節があるが、とんでもない。
これまで、この人は親に愛情をかけて育てられたのだろうし、今も、不自由ない暮らしをさせてもらっている。比べたら、俺は奴隷のようにこき使われ、バイト代を奪われるなど搾取されつづけ、もとより、戸籍さえ与えてもらえなかった。
おかげで、親と縁を切れたのはいいとして、まともに働き食っていけない。こうして、お人好しなやつを騙して、つけいって、寄生して利用しないことには。
「親が死んだからって、どれだけ自分が恵まれているか、そのありがたみが分かっていないんだろうな」
隣で毒づいても、まるで起きることなく、安らかな寝顔を晒しつづけるのに、苛ただしくなって歯噛みする。が、癇癪の理由がべつにあるのを自覚して、ため息をついて髪をくしゃくしゃに。
「もっとイヤなやつなら、よかったのに」
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