平々凡々に芸能人と

ルルオカ

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「そんなとこで突っ立ってないで、入ってきなよ」と呼びかけられるも、ベッドに座るリョーマを見るに、他意がないと分かりきっていながら、腰が引ける。はじめのうちは、好奇心と悪戯心で浮ついていたものを、やはり、いざ部屋に踏みこんでみれば、頭が冷えて、代わりに頬に熱が移りやしないかと、気が気でない。

少々、値段が張るせいか、室内は清潔感があり、一見、ビジネスホテルのようで、余分な装飾がなく、目に寂しいほどだ。ピンクがかったイメージを覆され、いかにもな匂いも鼻につかないものだから、却って反応に困ったが、余韻までは消しきれないのか。心なし、室内の空気が澱んで、その湿り気が肌にまとわりつくように思う。

健全な全盛思春期の一少年として、興味がないわけではない。ただ、その気がなくても流されそうな、威圧的といっていい部屋のムードに膝が震え、かといって帰るのも、もったいないようなで、ドアに背中をはりつかせたままでいると「ほら、シノ、カラオケもあるよ」とベッドから立ちあがったリョーマが、視界から消えた。

「おいおい一人にするな」と焦って「リョーマ」と壁越しに呼びかけるも応じなく「おい、リョーマって!」と苛ただしげに声を張る。うんともすんともないのに、しつこく名を呼んで、ついには痺れをきらし、しかたなくドアから背中を引きはがした。

すこし廊下をいってから、覗きこめば「うわー、しけた曲ばっか」としゃがんで分厚い曲のリストをめくっている。やっと、出入り口付近から放れられたとはいえ、ベッドがある間取りには、やはり踏みこめず「そんなの、どうでもいい」と首を伸ばした。「お前さあ」とつづけようとしたのを「そーいや」とページをめくりながら、振り返らないまま、切りだす。

「カラオケ行くと、いつも俺、曲いれまくって、カナタとずっと歌ってるでしょ。で、シノが合間に歌っているときなんか、完全スイッチオフの休憩モードで、ぼけーっとして、合の手をいれなければ、ろくに聞いてなくてさ。あれ、むかついたりいないの」

いくらカラオケつながりとはいえ、唐突であり、今更なことだ。このタイミングで、カラオケ問題を持ちかけた、リョーマの胸中は知れず、それより、問いただしたいことがあって、流して口を切ろうとしたが、一旦、声を飲んだ。

うつむいたまま、分厚い曲のリストを最後までめくって、また背表紙からめくりだしたのを、見とめたからで。「甘いよなあ」とでかけたため息も飲み「そら、なんも思わんことはないけど」と頭を掻く。

「でも、お前が顔色を窺ったり、遠慮するなんて、キショくて落ちつかんよ。したいようにしてくれたほうが、まだ、ほっとするというか。てか、お前はそこまで、ぼー、ぼ、ぼー?ぼーぎゃく?ぼーだく、ぶ、ぶ、ぶぎ、ぶじ?・・・」

ページをめくり終え、曲リストを閉じたなら「傍若無人ね」と、く、く、く、と肩を震わせ、見上げてきた。先に、ほんの心許なさを覚えたのは、気のせいだったか。と、頭の隅で考えつつ、「そう、それ!ボージャクブジン!」と指を差せば、腹を抱えて笑いだす。

のどに刺さった骨がとれたように、せいせいしたのと、大笑いされたのに気を良くして、ベッドのほうに一歩踏みだす。「で、さっき、なにを聞きたかったの?」と調子がいいリョーマにも、前ほど苛立たないで「そう、そうだ!ここまできといて、なんだけど」とまた一歩。

「そのストーカーって人は、諦めるんか?俺らがホテルに入ったのを撮って、ネットで拡散したらどうするの。そんで、数えきれんファン、いや、ファンだけじゃなくて、世の多くの女性を泣かせることになったら、俺、やりきれんよ」

「えー、でも、ゲイのファンの開拓できるかもしれないじゃない」

「冗談じゃなくて。大体、事務所に怒られんか?」

「どーでもいー。その人がストーカーしなくなれば、それでいー」

喫茶店で「どうせ無理でしょ」とぼやいたことといい、いつになく、投げやりな口ぶりなのが、気にかかりつつ「お前がよくてもなあ」と一応、年上として諭しつづける。

「ああいう人って、なにしでかすか、分からんから」

「経験あるの?」

「えーえー、どっちもないですよー。けど、そんなイメージがあるから。俺に包丁突きつけて『リョーマ君をそそのかさないで!』って迫ってくるとか」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そんときは庇ってあげるから。『ちゃんと合意の上だから、安心して』って」

場所柄から、多分わざと、際どい言い回しをするのに、眉をしかめる。真っ向から真意を探っても、埒がなさそうだったので「お前がトーキョー行っとるときに、襲われたらどうする?」と痛いところをついてやった。

さすがに即答はできないで、でも、しゃらくさく笑ったまま、立ちあがり、歩みよってきた。四字熟語当てクイズのようなので盛り上がって、やや肩の力が抜けたとはいえ、多目的ベッドをバックに、やおら距離をつめられては、とたんに、全身かちこちになる。

どうせ、らしく見せて、からかうつもりだ。と、思いながらも、寄られるにつれ、心臓が跳ねて、耐えきれずに、後ずさろうとしたら、思わせぶりに微笑していたリョーマが、にっと奥歯まで剥きだしにした。目を見張る間もなく、腕を両手でつかまれ、強く引かれる。

そのままハンマー投げの、ハンマーのように振りまわし、ぶん投げられて、踏みとどまれず、ベッドにダイブした。すかさず起きあがろうとして、室内の照明が落とされたのに「な、ちょ、え」と慌てふためき見回したら、天井の瞬きが目について。

顎を反らせば、星空が広がっていた。おおよそベッドの面積分の、しょぼい星空だったが、質素すぎる部屋に、まさか、お膳立てする仕掛けがあるとは思ってもみなく、しげしげと見いってしまう。「プラネタリウムに足を運んだのは、十年くらい前?」とか、変に感慨深くなりながら。

あいにく、よりムーディーな雰囲気になったとはいえ、マットが軋み、腕が当たりそうに気配が近くなっても、呆けていた。俺のように懐かしんでいるのか、隣もだんまりで、動こうともしないで、だるそうに寝っころがっているようだ。

首が痛くなって、顔を伏せれば、仰向けになったリョーマの瞳が、星の瞬きを反射して、水晶のように艶めいて見えた。もう幾度目になるか、飽き足らずに「どうして、こいつはここにいるのだろう」と思い、眺めていたら、おもむろに視線を合わせられた。

決まりが悪く、頬を引きつらせるのを、からかってこないで「シノってたまに、そうやって、不思議そうな顔するよね」と虚ろな目をしたまま、呟く。

そりゃあ、不思議でしかたがないだろう。こんな、ほぼ、やることが一つしかない場で、ロマンティックも糞もなく、あくまで目的のため、演出された星空を仰ぐのに、隣には、たわわなオッパイが揺れていてしかるべきだ。

「なのに」と説明するのも阿呆らしく、唇を噛んで、手をついて浮かせていた上体を、ベッドに埋もれさせる。うすっぺらい敷布団に顔をのめりこませ、失神したように身動きしないでいれば、面倒臭がっているのを察してか、初めからどうでもよかったのか「ああいう人はさあ」とストーカーについて、蒸し返した。

「自分が犯罪をしている、自覚がないんだって。周りから、ドン引きされても、軽蔑されても、『警察に捕まるよ』って止められても、むしろ燃えるらしくて、そもそも、相手が怖がったとして、へっちゃららしいよ。相手に嫌われるのさえ、怖くないのかもね。

もちろん、思われるほうとしては、勘弁してほしいけど、なんの気兼ねもしないで、相手に嫌われるのも、かまわないで、突っ走られるのは、羨ましいかも。俺も見境なく恋をしたいって、ちょっと思う」

顔を横たえれば、鼻がつきそうにリョーマと向きあう。もう七年ほど、ずっと傍で見てきたとはいえ、この手の(すこし垂れ目で、上目遣いをする犬のような)顔に弱いらしい俺は、いつも相対するとき、微妙に焦点をずらしている。

真っ向から顔を拝んだら、恋する乙女よろしく、頬を染めかねないのだ。曰く付きのベッドの上では、尚のこと、みっともなく赤面しそうだから、逃げだしたいところ、「恋をしたい」なんて切なげに告げるものだから、つい釘付けになる。

「天下の色男に意中の人がいるのか」と駄々もれな顔つきになっていたのだろう。苦笑したなら、リョーマは目を細め「もし俺が恋に狂ったらどうする?」と首を傾げてみせた。

どうするもこうするも、あったものではないと思う。「不快がったり失望するのか」と問うているのなら愚問だ。それこそ、どうせ、俺に嫌われても、リョーマは痛くも痒くもないのだろうから。

俺一人にそっぽを向かれたところで、リョーマには、選り取り見取りに、いくらでも思い慕ってくれる人が控えている。一方、俺のほうは「リョーマに嫌われたら死ぬ!」とまで思いつめなくても、いや、そう叫びたいのに近く、割と崖っぷちに立たされている感があった。

こうやって、底意がなさそうに「どうする?」と問いを投げかけられ、「ひくわー」と冗談でも口にできない。と、俺ががんじがらめでいるのを見越して、苛めているのではいか。

だとしたら、忌々しく、「ひくわー」と茶化せずとも、一矢報いたくて「別によかろうよ」と鼻を鳴らしてやった。

「いっつも、一糸も乱れないでハンサムだから、どんだけ、偶像が崩れてブスになるか、見物だっつうの。すし詰めに、お前を取りかこんでいる人らが、波が引くみたいに、さーっといなくなるのも、さぞ、壮観だろうし」

我ながら口が悪いが、大概、リョーマも口の利き方がなってないから、これしきの毒を当てられて、片腹痛いとばかり、にこやかに、もっとえげつなく暴言してくる。ので、まさか、ろうそくの灯火が消えるように、笑みが失せ、固く唇が結ばれるとは思ってもみなく。

怒っているでも、悲しんでいるようでもない。上目遣いをする犬のような愛嬌が潜むと、もともとの顔の均整が際立って、人形のように無機質なのが、すこし怖い。

なんともいえない間を置いて、口を開きかけたのに、ぎくりとして目を伏せたら、喉を鳴らしたように聞こえ、マットが揺れた。視線をもどせば、仰むけになって「そっか」とほっとしたような、嘆息したような、息を吐く。

「俺、変なことを口走ったか?」とやや心配になったものを、杞憂だったらしく、目を瞑ると、一転して「そうそう、シノ知ってる?」と見開いた瞳に星を散らした。

「アメリカの研究では、成人男性の約半数が同性に、エッチな反応するらしいよ」

「って、共演したコメンテーターの人が教えてくれた」と幼子のように悪気なく告げられて、一瞬、気が遠くなった。「恋をしたい」としおらしくしていたのを、台無しにするような、なんという戯言。

ちょうど、ベッドに、成人男性でなくても同性で寝そべっているとなれば「誘っているのか?」と惑わされる。ことはなく、「また、なんか有耶無耶にしようとしてるな」と勘繰り「お前、ほんとにゲイのファンの開拓したいの」とあえて調子を合わせてやる。

「さあ、どうでてくんよ」と窺えば「だって、調査によると、三分の一が同性愛の経験を持っているっていうし。無視できないでしょ」と小癪にも、俺のすっとぼけをを上回ってきた。といって、腹が立つより、もともと頭がぱあだから「マジで?」と食いついてしまい。

それからは、そのコメンテーターと共演したという番組収録について、あれこれ聞きだし、ああだこうだと語らい、星の数ほどの男女がすったもんだしただろう、寝具を無駄づかいして、すっかり、くつろいでしまった。大部屋に雑魚寝をする修学旅行気分で、アメリカの研究も当てにならず、なんとも平和でいたものを、たまに、ほんの胸のざわめきを覚えることがあった。

天井の星空を仰ぎながら、だらだらとしゃべるリョーマを、うつ伏せに見つめていたら、ふと思い起こすのだ。「どんだけ、ブスになるか見物だ」と挑発したときに、なんと返そうとしたのだろうかと。

気になりつつも、切りだせないまま、いつの間にか、二人とも眠りに落ちていた。電話のコール音に叩き起こされ、目が覚めきらないのにかまわず、ホテルを跳びだし、逃げるように走っていったもので。

電話が鳴ったのに、頬を打たれたようで、今更ながら、ラブホにいった実感がしたのだろう。恥ずかしいやら、疚しいやら、動悸がひどいやらで、走っているときは口を利けず、前をいくリョーマも、どこかむっつり。別れ際には「俺、明日、早いから」と一言あったものを、振り返らず、金ぴかマンションに吸いこまれていった。

それまで「あああああああ」と全身掻きむしりたくなるように、居たまれなかったのが、リョーマがいなくなって、とたんに、足の先まで脱力しきって、だるくなった。金ぴかマンションを過ぎたなら、走るのをやめ、閑寂とした住宅街を、とぼとぼ歩いているうちに、ラブホで目覚めてから、混乱しきりだった頭が冴えていって。

「あれは、なんだったのか」とあらためて、頭をひねった。会話を途切れさせ、おそらく二人して、うとうとしていたときに、耳にしたように思うのだ。

「やっぱシノ、ゲーノンジンになろうよ。そしたら」と。寝落ちした俺の夢だったのか、夢心地なリョーマの寝言だったのか、はっきりしなく、「そしたら」につづく言葉も、どうしても思いだせなかった。

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