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学校に降った甘い雨
しおりを挟む肛門、いや、校門にたむろする群れを、窓から眺めていて「なあなあリョーマ」と呼ばれたのに、ため息を飲んだ。「なに?」と振りかえって、あえて、机の上の、膨らんだ紙袋に手を添えるも、相手は目もくれずに「これ、見てみんよ」とスマホの画面をかざしてくる。
鼻先につきそうなのを、すこし押しもどして見れば、空に向かい撮られた画像だった。端に高い建物がそびえる青空をバックに、色とりどりの細かいものが、ちらばっている。
雨か雪より、ずっと賑やかしいさまとはいえ、同じく天から降ってきているように見える。レンズ付近に落ちた、その一つは、赤い包装紙にピンクのリボンが巻かれ、でかでかとハートのシールが貼られていた。
紙袋を破裂させそうなのと、同じ類のものに違いなく「なにこれ、なんかの広告?」とスマホから顔を上げれば「いや、それがさ」とさっと指を滑らせた画面を、また顔面にぶつけるように向けてきた。そこには、地面に落ちて、とっちらかった、それらを拾う人が写っていて。
※ ※ ※
いつもの大仏さんの喫茶店。遅れてきたシノは、テーブルに紙袋を置き座ったのもつかの間「リョーマ、ごめん!」と合掌してみせた。ぱん、と音がしたのに、吃驚したように、紙袋から小箱が一つ、こぼれ落ちる。
形がひしゃげ、包装紙が破れ、リボンの結びが歪なピンクの小箱。その惨状を見やってから、向き直ると、シノも、ちょうど手を下ろし、口を開こうとしたので「下手な嘘はやめようね」と幼児に噛んで含めるように、語りかける。
「どこからともなく出没した猪が、学校に侵入して、廊下を突進していたのに、ぶつかった。体だけじゃなくて、紙袋もふっとばされて、たまたま開いていた窓の外へって。そうそうマンガみたいに、ご都合展開なハプニングは起こらないから」
「ね?」と小首を傾げてみせれば、みぞおちに一発食らったみたいに、顔をひしゃげる。それでも、すぐには白状せずに、しばし歯を食いしばっていたようなものを、ついには肩を落とし「じつは」と語りだした。
なんでも、この紙袋を持って、帰ろうとしていたとき、同じくぱんぱんの紙袋を提げたコーに絡まれたらしい。コーは近所に住む、シノの年下の幼馴染だ。
幼いころは「家のニーチャンより、シノくんのほうがいい!」と盲目的に懐いていたのが、思春期に入ってからというもの「あのころは黒歴史だ!忘れろ!」と事あるたびに、いちゃもんをつけるは「あんた」呼ばわりして笑い者にするは、敬い慕う思いはどこへやら。愛想を尽かした、というより、むしろ子供返りしたように、情緒不安になって、いちいち怒鳴ったり「あんたといると恥ずかしい」と馬鹿にするくせに、放れようともしない。
でもって「俺、年上らしく、しっかりしていないからなあ」と眉尻を下げて笑うシノは、全くもって分かっていない。そのときも、紙袋について「惨めだなあ」とからかわれて「うるさい!」「ほっとけ!」と喚かず「気分だけでも味わえるから」なんて、しおらしく応じたとか。
とたんにコーは、シノ曰く、スーパー〇イヤ人よろしく、一瞬にして髪を逆立たせたような形相になったという。ぎょっとする間もなく、紙袋を放ってタックルしてきて、シノの紙袋を分捕ったなら、勢いそのままに開いた窓に向かい、分投げたそうな。
「コーもなあ」とさすがに口端をひくつかせ、そっとため息をつく。「いつまでも、弟扱いしてほしくない」と望みつつ、シノが割を食ってぼっこりしているのが、苛ただしくなるのは分からないでもない。ただ、あの不名誉な画像が、今ごろ拡散して「あまりに屈辱で、チョコの雨を降らす(笑)」なんて冷やかされて、いるとなれば、本末転倒だろうに。
猪の例え話をしても、ぴんときていないようだったから、写真拡散について、シノはまだ、知らないのだろう。学校の四階から、ばらまかれたチョコを回収し、一目散に喫茶店にきたなら、横槍をいれらる暇はなかったろうし。
ネットが使えないガラケーで、出回る情報をリアルタイムに捉えにくいだろうし。連絡先を知っている友人知人に、悪ノリする馬鹿はいないし。「シノが知る前に、どう予防線を張っておこうか」と頭の隅で考えていたら、チョコ強奪ほっぽり事件を語ってから、だんまりだったシノが、おずおずと切りだし「全部、弁償することはできないけど」と。
その瞬間、頭が真っ白になって、自分もまた、スーパー〇イヤ人並に豹変しそうになった。が、コーの二の舞を踏むわけにいかず、奥歯を噛みしめ、剥きかけの目を、その瞼を痙攣させるにとどめる。といっても、鉄壁の営業スマイルを保てず、こめかみを強張らせたものを、うつむき考えこむ、シノの眼中にはなさそう。「弁償」と口にしつつ、具体的な案が思いつかないのだろう。
コーのように、シノを困らせたくはないとはいえ、俺の反応に違和感を持たれないのは、持たれないので、寂しいものがある。決して、俺は弁償を求めてはいないものを。
コーが癇に障ったのは、はにかみながら、シノに箱を押しつける女子らの無邪気な無神経さと、「パシられるのもしかたないな」と見なして「やめとけよ」と誰も庇ってやらない、非情な世の理不尽さだ。といって、シノに八つ当たりをしては、とんだお門違いだが、今になってみれば、矛盾した言動に走ったのも、しかたないと思う。
本来、怒る立場のシノには、でも、コーを引っぱってきて、その頭を下げさせるつもりはない。弁明や謝罪は、コーが自主的にするべきと、親心的に考えているのか。
だとしても、先の発言からするに、コーに身銭を切らせるつもりはないのだろう。「ほんと、あの癇癪玉は」「リョーマに嫉妬したんよ」とコーへの言及もなく「肩代わりをする」と申しでたとなれば「ああ、どうしてこう」と額に手を当てて、天を仰ぎたくもなる。
いたずらにシノの心を乱させたくはないが、なんだかんだ、おんぶにだっこなコーに対し、シノに免じて、目を瞑りたくはなかった。「さて」と気づかれないよう、舌なめずりしてから「ふーん、どうしよっかなあ」と小箱を見よがしに振ってやると、シノは肩をすくめつつ、視線をかち合わせる。
弁償する義理はないはずが、腹をくくったような態度を示すから、可笑しいやら嘆きたくなるやで、内心、苦笑しながらも「じゃあ、代わりに、シノの手作りの食べたい」と(世間でもてはやされる)必殺年上キラースマイルをふりまいた。身がまえていたからだろう、「は?」と声を裏返し、慌てて口元を手で覆ってから「いや、俺、料理できんし」とぼそぼそ応じたのに「知ってる」と笑みを深める。
「指がきれいなお手手してて、針に糸を通せない、見かけ倒しだもんね」とにこやかに煽れば、さすがに心外そうに口をひん曲げた。そのくせ否定はしないから相変わらずで、それ以上は茶化さずに「だから」と小箱でテーブルを叩く。
「まあ、料理とはいえないけど、たまに作る、ご飯とマヨネーズをハムで巻いたので、手を打っていいよ」
今度は声もあげずに、ぽかんとしていたが、かまわず「わんこそばみたいにさ、俺がいいって止めるまで、せっせと作って食べさせるわけ」とつづける。
「小鳥に餌やるみたいに、開けている口ん中に、せっせと放ってよ。でもって、他の誰にも、家族にも食べさせたら、だめ」
「なんて」と冗談にしないで、必殺年上キラースマイルを向けつづければ、目を丸くするシノは、物言いたげに口を開閉しながらも、一言も返してこなかった。そう、ご飯とマヨネーズのハム巻と、高級品が混じった大量のチョコとではつり合いがとれない。とても代償にならないものを、要求してくる意図が分からずに、頭を混乱させているのだろう。
とはいえ、チョコを四階からぶちまけたコーを庇ったように、基本、年下に弱く、俺の顔にも弱いらしい、お間抜けさんな、シノだ。「なんで」「どうして」と聞きたそうにしつつ、長考した結果「分かったよ」と諦めたように、ため息と吐いただけだった。
「よしよし」と満足げに肯いたものを、「だったら、ハムはいつもより、高いやつ買う」と付け加えたのが聞き捨てならず「いやいや、毎度おなじみ、着色料たっぷり入った、どぎつい色のハムでないと」と力説する。
「添加物まみれの庶民的ハムを、今をときめくゲーノージン様の胃におさめてもらうのは、申し訳ない。って、シノに恐縮されながら、食べるのは気分がいいと思うんだよね」
「歯磨き粉のCMか」とツッコまれて上等に、惜しみなく、歯をきらめかせるように笑えば、「うっわあ」と縮めた肩を抱いてみせる。「お前、ほんと、いー性格してるな」と怯えてみせるのに「でしょ」とさらに奥歯を覗かせれば、しまいには、笑ってくれて。
ふとしたときコーが、きれいなお手手の、しなやかに揺らめく指先を、半ば無意識に目で追っているのを知っている。そのお手手が、ぎこちないながら、せっせと奉仕してくれるのを、殿様気分で堪能させてもらおうではないか。それが、コーへの何よりの、罰だった。
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