平々凡々に芸能人と

ルルオカ

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カラオケの泥棒猫

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「あれ、けっこう、むかついたりしないの」と聞かれて「むかつく」と真っ正直には返さないものだ。なんて常識は、ゲーノージンのスターには通じないのを、平々凡々な俺は懲りずに失念して、馬鹿を見ることになって。

下校途中の俺らの前に、突如、立ちふさがったカナタに「どいつもこいつも、音楽馬鹿で息がつまる!」と引きずられていったカラオケ店。バンドのイベントまで、一ヶ月を切り、大詰めのことろ、あまりに根をつめすぎて、逃避でもしたくなったのか。

だからといって、代わりにカラオケで喉をつぶしては、元も子もないようだが、バンドで練習するのとは、また違うらしい。目を瞑りながら、声を張りっぱなしに、抑揚をつけなければ、歌詞もでたらめに、大口を開閉させるさまは、風呂で上機嫌に歌っているよう。

それはそれで、もともとの歌唱力が高いこともあり、聞き応えがあって、耳の保養になったし、思いっきり、鬱憤を晴らしながらも、カナタは優しかった。曲を入れる前に「シノはいいの」と聞いてくれ、曲がかかる前には「歌いたくなったら、いつでも入ってこいよ」と一言、添えてくれる。

癇に障るのは、隣でタンバリンを一心不乱に振るこの男。折角、カナタの言葉に甘えようとしても「シノはカナタの歌を聞いて、習いたいんだって」と入力装置を取りあげ、マイクを持って混ざろうとすれば、同じくらいのタイミングで歌いだし、その巧みさでもって、出鼻をくじていくる始末。

先日「むかつかないの」と改めて聞いたからに、人を苛立たせている自覚があるのではないか。なんなら、いつも「まあまあ」と仲立ちしてくれるカナタが、歌うのに没頭しているのをいいことに、もっと調子に乗って、俺をないがしろにしているような。

でもって、最悪なのは、なんとか俺が捻じこんだ曲を歌いだすと、カナタが息を切らし、呆けているのは、いいとして、リョーマが寄りそい、しきりに耳打ちをし、二人でくすくすしていること。テーブルを挟んだ俺の向かいで、見せつけるように、だ。二度も当てつけられては、さすがに見るに耐えられなくなり、でも、ストレス発散中のカナタに、気兼ねをさせたくなくて、二人が合唱中に、そっと部屋を抜けだした。

向かったのは、こじんまりした休憩スペース。バブル時代の遺跡のような、古びたカラオケ店は、学生向けの安い料金パックがあるし、これまた学生の財布に優しく、施設内に自動販売機、しかも割高でない、それを設置してくれている。

個室は全室禁煙になっているから、休憩スペースにあるスタンド式の灰皿は、いつも吸殻で満杯。ほんの吸うだけで、喉がいがらっぽくなるような、その匂いに頬を引きつらせつつ、自動販売機に向いて、尻のポケットに手をやった。

よりによって財布を忘れてくるとか。取りにもどったとして、二人に見向きもされなければ、寂しいものだし、「どうした」と注目されるのも、気まずい。なににしろ、この場ですぐにジュースを買えないと、気分転換ができやしない。

「なんでポケットから、財布をだしておいた?」と自己嫌悪も相まって、反省する猿よろしく、自動販売機に手をつき、うな垂れることしばし。人の近づく気配がしたのに、利用者かと思い、自動販売機の前からど退こうとしたら、上げた顔の鼻先をかすめ、腕が通りすぎていった。

振りむけば、リョーマがきらめく歯を覗かせ笑いかけていて、「歯磨き粉のCMか」と眩しく眺めているうちに、硬貨が落ちる音が聞こえた。一言もなく、俺に笑みを向けたまま、ボタンを押し、視界から消えたのもつかの間、すぐにネクターピーチの缶ジュースを差しだして。

ゲーノジンは歯が命とばかり、ピアノの鍵盤のように白く整ったさまを見せつけ、爽やかに笑いつつ、告げたことには「やっぱ、むかついているじゃない」と。

それこそ、むっとしそうになったのを堪えたが、「むかついていない」と返したくても、むきになっているのが丸分かりだから、迂闊には口を開けない。話を逸らしたり、有耶無耶にしようにも、壁を背に、リョーマに迫られていては難しかった。

我ながらお人好しなもので、聞く耳持たず、肩をぶつけ押し通ることもできないで、突っ立ったまま、「どうしてこうなったのだろうか」と途方に暮れたもので。

高校生になって間もなく、リョーマにせがまれて、しばらくは二人だけで、カラオケに通っていた。そのころは、順番に歌ったり、共にマイクを握ったり、伴奏を流し談笑したり、心置きなく嗜んでいたのが、カナタがある相談をしてきたことで、一変した。

カナタの知り合いのバンドが、急にボーカルがやめて困っていると。「バンドに興味ある奴いないか」と聞かれて「リョーマとか?」と応じたのは、冗談めかしてだった。「ばりばり王道のアイドルの歌、引くほど、うまいんよ」とあくまで、笑かしにかかったのが「聞かせろ」と真顔で食いつかれてしまい、いつもは二人きりのカラオケ通いに同行させたのが、はじまり。

カナタも、そう本気ではなかったのか、リョーマが断ったのか、以降、ボーカルの件は、進展も結果もなにも聞かされず、それでいて、カラオケには三人でいくようになり、で、例によって、あれだ。リョーマが率先して、俺をのけ者にしての、歌唱力抜群でスター性溢れる二人のカラオケショーに変貌した。

カナタが加わってからは、リョーマと二人だけで、カラオケに行かなくなった。そりゃあ、「小学生が歌っているみたい」と笑われる俺より、スカウトされるほどの、若き有望なロックバンドボーカルと肩を並べて、マイクを握るほうが、ご機嫌になるわけで。

俺には見せない、熱に浮かされたような、はしゃぎぶりを目の当たりにするに、すこし寂しいながらも、「二人でいこ」とはもう、誘えなくて。

リョーマとカナタから聞いていないとはいえ、俺抜きで、二人でカラオケに行くことがあるのだろう。というか、俺が混ざっても、所在無くしているから、二人でも三人でいても、変わりはしないと思う。

が、カナタもリョーマも、俺を誘うのをやめないのは、何なのか。とくにリョーマなんかは、一度、俺とカナタが二人でカラオケに行こうとしたとき「だめ!俺、泣いちゃうよ!今ここで泣いちゃうよ!」と仕事場から連絡してきて喚いたもので、カラオケにどういった拘りがあるのか、さっぱり。

自分はカナタと二人でカラオケを堪能しているくせに。なんだ、新手のいじめかと、諸々思い起こしているうちに、やっぱり、むかついてきて、でも、リョーマに煽られるまま、頭を熱くするのも癪。なので、ひそかに一呼吸してから「お前を例えるなら」とぎこちないながらにも、口角をあげてみせた。

「トモダチのカレシほど欲しがる、性悪なオンナみたいだ」

的を得た皮肉だと、我ながら誉めたくなったものを、ほんの睫毛を跳ねただけで、笑みを崩さず、頬を震わせるリョーマ。ついには「ぶっ」と噴きだして、伏せたその顔を、鼻がつかんばかりに寄せて、にんまりとする。

「俺とシノの間に割って入ったのは、カナタのような気もするけど?まあ、たとえ、指摘通りだとしても、カレシを盗られたら、絶交するじゃない。なのに、どうしてシノはここにいるの」

自分を泥棒猫と認めておいて、尚も憎たらしい口を叩いてくるものだが、悔しがって怒るどころか、なんだか、はっとさせられて、とたんに顔を熱くした。首を絞められたように息を飲み、目を泳がせながら、へなへなと顔をうつむける。

我ながら、なにを恥じているやら、分からない上に、結局、リョーマの鼻を明かすどころか、俺のほうが、ぐうの音もでなくなってしまい、尚のこと、頬が赤らむよう。抗弁するどころか、顔もあげられないで、唇を噛みつづけ、そりゃあ、意気揚々、リョーマが冷やかすだろうのに、身がまえたら、思いがけず、頬に冷たい缶が当てられた。

咄嗟に顔をあげれば、相変わらず、人を食ったような笑みをたたえて。でも。

「ほら、早くもどらないと、カナタが変に思っちゃうよ」と手放した缶を、慌てて受け取る。お見通しってわけかと、苦苦しく思うも、睨みつける間もなく、置いてけぼりに、すたすたと背中が遠ざかっていく。先まで、しつこく絡む不良よろしく、俺を壁に追いつめていたくせに。

文句の一つや二つ、垂れたいところなれど、開きかけた口を、ため息まじりに結んで、心なしリズムを刻むように、振っている腕の先、その手を見やった。リョーマの手は、いつも冷たくも熱くもなく、さらりとしている。

でも、缶を当てられたとき、頬に触れた指先は、顔を赤らめる俺よりも熱を持って、やや湿っていたように思えた。

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