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おい文太!そこを代われ!
しおりを挟む俺は飼い猫、文太に舐められている。
第一に、ゼッタイに触らせてくれない。
触ろうと、すこし腕を上げただけで威嚇。
起きているときは、どれだけ不意を突いても、奇襲をかけても「ドントタッチミー!」とばかり鳴いて、よけられる。
じゃあ、寝ている隙に・・・と思うも、俺が家にいるときは、ゼッタイに寝姿を見せないという徹底ぶり。
触らせないだけでなく、顎をしゃくり、目を細め、冷ややかな視線をむけるのが常。
たいていは俺の頭より上にポジションをとり、文字どおり見下して、嘲るように鼻を鳴らす。
「猫缶を捧げるので、どうかお触りをー」と土下座して媚びても、アクビをする始末。
しかも、高飛車なのは俺に対してだけ、ときたもんだ。
俺以外の家族は「甘えっ子で寂しがり屋の文太」と認識。
客がきても「人懐こくて愛想がいい」と好評。
そりゃあ「なんで、おまえだけ(笑)」と恥をかかされるが、一人だけ猫に懐かれない立場でいるのも「オイシイ」と思えて、満更でない。
カワイゲのないツンとした猫も愛らしいし。
まあ、一切、デレてはくれないけど・・・。
棚の上から侮蔑されて、キー!と地団太を踏みつつ、それはそれで文太を愛でていたものの、一つだけ、どうしてもイタダケナイことが。
俺の思い人の太ももを独占していることだ。
思い人とは「美麗の剣士」と称される澄川さん。
俺の家が営む、剣道の道場、そのお弟子さんの一人。
道場に通いはじめたのは高校生から。
澄川さんの家は、親が不在がちだったので、道場では剣道を教える以外も面倒を見ていた。
俺にすれば、兄ができたような感覚で。
家族に近い存在でありつつ「美麗の剣士」と名づけられたほど、剣道の腕は一流。
小柄で華奢ながら、華麗な竹刀さばきで、巨体のムキムキマンをなぎ倒していく。
さながら、弁慶をあしらった牛若丸のよう。
初めて、その剣技を見たときに一目惚れ。
道場に通いはじめて、六年経ち、社会人になった澄川さんに、高校生になった俺は、いまだ恋焦がれている。
が、いろいろと自覚した高校生になっても、踏みだせないまま。
だって、お弟子さんであり、家族に近い人となれば、告白してどっちにころんでも、前途多難そうだし。
サイワイ、澄川さんは大モテながら、女っ気がなかったので、気長にシンチョウに恋を進展させようと思っていのが。
もともと澄川さんに、懐いていた文太。
どうしてか、俺が高校にあがってから、超デレデレになったもので。
マタタビを嗅いだようにゴロニャン。
澄川さんが家にいる間は、トイレにもついてくるほどソバから放れず、正座する太ももの上に鎮座。
あまり筋肉質でなく、柔らかそうな澄川さんの極上の太ももの上で「余は満足じゃ」とばかり目尻を下げて、ごろごろ喉を鳴らして。
「おい文太、そこを代われ」とどれだけ奥歯を噛みしめたものやら。
デレにふりきった時期からして、俺へのイヤガラセにちがいない。
ああ、そうさ!
思春期真っ盛りとなれば、猫に嫉妬するほど、性欲を持て余しているもんでね!
といって、衝動のまま「おい文太!そこ代われ!」と心の声をシャウトしたくはない。
「澄川さんが家にいる間は、せめて、イチャイチャを視界にいれないようにしよう」と一応、対策を。
距離を置いたことで、すこしは心身の安定を保てるようになった、ある日。
「ご飯のしたく、できたから、澄川くん呼んできて」と母に云いつけられて、縁側にむかったところ。
文太を太ももに乗せていた澄川さんは不在。
縁側には文太しかいなく「どこ行ったのー?」と切なげな鳴き声をあげながら、うろうろ。
そういえば、通りすぎた玄関に、澄川さんのツッカケがなかったな。
「道場にもどったのか?」と足をむけて、顔を覗かせるも、道場もがらんどう。
「じゃあ、更衣室?」と引き戸に手をかけようとしたら、勢いよく開いて、ぎょっとする間もなく、引っぱりこまれた。
こけそうになったのを抱きとめたのは、そう、澄川さん。
驚くとと同時に、密着する現状にかっとして、放れようとしたのを「しっ」と押さえつけられて。
澄川さんの固すぎない胸に顔を埋め「ひいいいい!」と昇天しかけたが、ニャーと聞こえてはっとする。
道場にまで探しにきた文太は、鳴きながら更衣室のまえを通りすぎていったよう。
鳴き声が遠のいてから、澄川さんがボソリと。
「ほんと、文太くんのキミへのストーカーぶりは、狂気的だな」
「はあ!?」
澄川さんのストーカーじゃなくて?と口をぱくぱくさせるのに、苦笑して「これ」と目のまえにお守りを揺らして。
「こんど、高校生になって初めて、県大会に出場するんでしょ?
健闘できるように、お守りを渡したかったんだけど、家と道場じゃあ、文太くんにゼッタイ、邪魔されるから」
「あ、ありがとうございます・・・」とウレシクありつつ、でも、やはり気になる。
「あんなにデレまくっているの文太が、澄川さんのすることを、たとえ俺関連でも、邪魔するとは思えないけど。
どうして・・・」
「いやー、もー鈍感だなあ。
文太くんは、典型的なスキな子をいじめるタイプなのに。
キミにしか懐かないのは、キミを特別視しているから。
当てつけるように、まわりの人に甘えるのは、キミの気を引くためと、ワルイ虫を寄せつけないようにするため。
俺みたいな、ね」
「へ?」とぽかんとするうちに、スーパーストーカーキャット、文太にバレてしまい、木の戸を爪でガリガリ、ニャーニャー(いつの間にか澄川さんが鍵をかけたから)。
澄川さんの最後の一言に引っかかりながらも、今はとりあえず、木の戸が破損されるのを食いとめないと。
いやあ、それにしても、スキな子をいじめるタイプかあ。
これまでの文太のドSぶりを思い起こすに、半信半疑になるが、澄川さんに指摘されると、ワルイ気がしない。
低く鳴きながら、木の戸をガリガリ、ゴトゴト揺らすのに、ホラーのようなコワさがありつつも「そうかあ、そんなに俺が恋しいかあ」と思えば、にやにやしてしまう。
「もう、しかたないなあ」と開錠したなら。
俺が戸を引くまえに、頭を突っこみ文太がこじ開けて、入室するなり、跳びかかった。
そのまま俺の顔にしがみついて、恨みがましそうに鳴きながら、放れようとせず。
澄川さんと二人して、引きはがそうとするも「死んでも放すか!」とばかりの執念で。
俺を窒息させかけたほど、文太の愛は重すぎ。
文太が生きている限り、俺は誰とも結ばれないかも。
いや、化け猫になって、憑りつきそうだから、もう一生・・・。
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