チャラ男なんか死ねばいい

ルルオカ

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おまえの声だけ聞かせてくれ

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ある日、なんの前兆もなく、耳鳴りがしだした。

聴覚検査で、聞くような高音。

起きてから寝るまで、一日中、その高音が右から左の耳に通りぬけているような感じ。
ただ、あたりの物音や声などは、まえと変わらず聞こえ、日常を送るのに問題なし。

まあ、といって心配だったし、症状が悪化するのをオソレて、休みの日に耳鼻科へ。

検査をするも、関連する器官に異常はなかったとかで、先生がくだした結論は「おそらく心因性でしょう」と。

つまり「心に問題がある」わけだが「いつでも呑気能天気のらりくらり!」がキャッチフレーズの俺に、まったく自覚も心当たりもなく。

「あのヤブ医者、いい加減なこと云いやがって!」と腹がたつよりよりは「やだ、俺のハート、意外とガラスだったのね・・・」と中二病的な発想で陶酔。
なんて冗談めかして受けとめつつ、正直なところ、認めたくなくて、すすめられた精神科には、なかなか行けずじまい。

すこしウットオシイだけで、さほど生活も仕事も左右されないから、しばらく様子見しよう。

症状がひどくなったら、そのときは腹をくくろうと、自分なりに算段をつけ、耳鳴りライフをすごしていたのが。

俺の勤務先は食品加工会社で、部署は営業。
その日は、定期的におこなう、冷凍食品の工場の人との打ちあわせ。

工場が遠いこともあり、打ちあわせでしか顔をあわせない工場長と主任。
営業にスカウトしたいほど、愛想がよく口達者な工場長に比べ、俺より二つ下の主任は、思春期の難しいお年ごろの男子並みに寡黙。

工場用があいさつがてら、世間話に話を咲かせる、その隣にいて会釈するだけ。
といって仕事となれば、ヒツヨウ最低限のやりとりはしてくれ「じゃあ、霜月、あらたなラインの説明を」と促され、彼が口を開いたとき。

耳鳴りが消えた。

どういう原理なのかは分からないが、彼が発声するときだけ、耳を貫っきぱなしの高音がどこへやら。
イメージとしては、響きの波が耳鳴りを飲みこみ、そのまま彼方につれ去ってくれるような。

もちろん、耳鳴りを消してくれたのは彼がはじめて。

もう耳鳴りに慣れっこのつもりだったものを、つかの間、味わった日常的な雑音だけのする世界、その居心地のよさったらなく。

まだ病院にいくのがオックウだったし、忙しくて暇もなかったし。
なにより、医師も匙を投げた耳鳴りの、キャウンセリング能力に感動して、早くて半月後の再会が、とうてい待てずに、帰ろうとした彼を、どうにか捕獲。

会社の食堂につれていってコーヒーを奢り、事情をすべて打ちあけ、最後には頭をさげ合掌した。

「というわけで、このとーり!
週に一回でもいいから、飲みにいくとかして、耳鳴りのない安らぎの時間をすごさせてくれないか!」

「いやいや病院に行けよ」と一蹴されたり「新手の詐欺?」と疑われてもしかたないような、頼みごと。

一応、年下とあって、気を使ってか「は?」と声あげたり、眉をしかめたり、彼はぶしつけな態度をとらず。
おろおろしながらも「・・・・あの、俺、酒は飲めなくて」と。

耳鳴り解消に躍起になる俺は「遠まわしに断っているのかも」とか考えずに「ああ、そっか!」といけいけどんどん。

「だったら、酒なしに夕食を共にするのでもいいし、カフェでゆっくりおしゃべりでも・・・!」

「え、あ、その、俺、あまり、自分からしゃべるの得意じゃなくて」

「そっか、そうかあ、そうかあー・・・・うーんだったら、俺んちくるのどう?
俺、趣味で絵本を集めているからさ!
そのコレクションを読み聞かせてもらえれば!」

つい焦るまま口走ってしまい、彼がきょとんとしたのに「しまった!」と。
「成人男性の趣味が絵本集めなんてキモチワルいよな!」と慌てふためいて、弁明しようとしたものを、そのまえに、思いがけない返事が。

「俺なんかの読み聞かせでいいんですか?」

もともと、さほどワルイ印象をもっていなかったが、このときは感涙しそうになったほど、後光がさす仏のように見えたもので。

絵本について、かるく受け流したうえに「病院行け」の一言で済まされるようなワガママを聞いてくれたのだから。

で、早速、三日後に約束しての、初絵本読み聞かせ会を決行。

自己申告したとおり、プライベートでも彼の口の重さは変わらなかったものを、なにせ俺が(ふだんクレームれるほどの)おしゃべりだから、つり合いがとれているというか、気まずくなることはなく。

それに、話しベタのようで、絵本の読み聞かせがグッジョブだったに、もう、ありがたいのなんの。
耳鳴りを消してくれるは「はあー絵本収集家冥利につきるー」と極楽気分を堪能させてくれるは。

週一で会うのに「俺はこのために生きている!」とばかり浮かれる一方で、口数少なく、表情に乏しい彼が、どう思っているのかは分からず。

とはいえ「もうムリです」と待ったをかけたり、連絡をムシしたり、ドタキャンしたりせず、毎週、リチギに時間どおり家にきてくれるから、イヤイヤ俺につきあってはいないのだろう。
と思いたいところ。

「どうか耳鳴りを消してくれ!」と拝み倒してから、三か月。
一回も休むことなく、週一の逢引をつづけ、俺としては大分、打ちとけられてきたと思い、あらためて聞いてみた。

「べつに、無口なのは、かまわないんだけど、その、なんか理由があったりするのか?」

ご飯を食べおえ、絵本の読み聞かせをするまえの、コーヒーブレイクでのこと。

「自分からしゃべるのが得意でない」と聞いたのが、まえから、すこし引っかかっていたのだ。
話すことに、個人的に思うところがあるのかと。

思いいれがなければ、ないで、いいし、話したくなければ、ムリに白状させるつもりはなく。

その心づもりで、たわいもなく聞いたところ、口をつけようとしていたカップを下ろし、しばし間を置いてから、彼が云ったことには。

「俺の父がおしゃべりだったんです。
思ったことを、そのまま考えなしに、なんでも口にして。

裏表がないとか、相手がだれだろうと物怖じしないとか、いいところもあったとはいえ、まさに『口は災いの元』で。
さんざん俺はホンロウされたし、まわりの人が困ったり迷惑をすることが多かった。

・・・そうですね、こう考えてみると、父の影響で、あまり、しゃべりたくないのかもしれません」

失礼な質問かと思ったが、意外に彼の自覚をうながしたようだ。

聞いたほうも、なるほどと納得しつつ「え!?そうなの!?」と肩を跳ねる。

「じゃあ、おしゃべりな俺といるの、キツイんじゃない!?」

珍しく、かすかに笑みを見せて曰く「はじめは、ニガテ意識がありました」と。

「でも、こうして、ちゃんと接するうちに、おしゃべりでも、父のようなタイプでない人もいるんだなって、分かりました。

・・・はじめて耳鳴りについて教えてもらったとき、思えば、あのとき、先輩に興味をもったんですよね。

俺が積極的に話さないことを、先輩はほかの人のように『なんで?』と問いつめなかったし『社会人なのに』と責めもしなかったから・・・。

逆に聞いていいですか?
おしゃべりになった理由ってなんか、あるんですか」

思わぬ意趣返しをされ「おお、そうきたか」とすこし悔しいような、でも、無口な彼が、遊び心を持ってアプローチしてくれるのが、うれしいような。

まあ、父親との関係まで語ってくれたなら、俺も応じないと。
それにしても、初告白とあって「うーん、そーね、じつはねー」ともじもじ。

「あー、いやあ、ここだけの話にしてくれるかな?
俺って、間があくのがコワいのよ。

相手が話さないのを、べつに、どうとも思わないんだけど、静かになると、アレルギーが発症するみたいに、なんかもう、体がむずむずして、しゃべらずにいられないんだよね」

「ま、間が開くのが・・・」

絵本については寛容に受けとめてくれた彼も、さすがにドン引きか?
と思いきや、ふっと顔をほころばせた。

いつも仏頂面なのが、頬を緩め口角をあげるだけで、なんと愛らしくなることか。

「父のようになりたくないと、いつも必要以上に気負っていたのかな」と思いつつ、見惚れていると「やっぱり父とはチガウ」とさらに笑みを深めて。

「ていうか、なんか、かわいいですね」

成人男性、しかも年上をつかまえ、カワイイとな。

と釈然としなかったものを、今のやりとりを通して、どうして彼だけが耳鳴りを消せるのか、分かった気がした。

俺の耳にすれば、口数が少ない彼くらいがちょうどよく、世間や社会がヤカマシすぎるのだ。

大半のことが「ありがとう」「ごめんなさい」の一言で済むというのに。
死んでも感謝し謝るものかとばかり、言い訳したり、問題をすり替えたり、誰かを責めたり、煙に巻こうとしたり、過剰に言葉を費やす。

面とむかえば、多少、弁えるところ、匿名性の高いネットでは、なおのこと、うだうだぐたぐたとした言葉が氾濫して・・・。
そりゃあ「すこしは静かにしろ!耳が腐るわ!ボケ!」と吠えたてたくもなる。

ただ、社会で生きていくには、そういう口達者なしゃらくさいヤツらとも、つきあわなければならず。
できるだけ相手に、不毛な長話をさせないよう、俺はおしゃべりになったのかも。

自分のしゃべくりで、やり過ごそうとしても、世の中の騒音はひどくなる一方。
おかげで、ついには耳鳴りもしだした・・・。

口のうまい人間が、社会の勝者になりつつければ、もっと症状が悪化していくかもしれない。

完全に耳に蓋がされたなら、それは俺にとって生きるに値しない世の中になったときだ。

それでも、きっと、父を反面教師にして無口になった彼の声だけは聞こえることだろう。




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