デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの受難

大路の迷走③

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前林の言う通りだった。

目も当てられない俺のありのままの姿を目の当たりにしても、三村くんは一瞬たりとも顔を歪ませ、腰を引くことなく、迷いも躊躇いもないように、手を伸ばしてきた。

三村くんもまたグループ愛が深いから、俺の思いに応えるつもりはないだろう。
それでも、「大路」とまっすぐに向けてきた瞳は「俺にできることは、なんでもしてやる」と語っていた。

この人の許容範囲は果てしがないのか。

あのときのことを思い起こすに、体が熱く疼くのは、性的にだけではなくて、三村くんの人間としての底知れなさに胸が打ち震えるようでもあるからだ。

ただ、あのとき三村くんは下着越しにしか見ていない。
それに、そういう雰囲気になりつつ、俺が受け身でいて、襲いかかったわけではないから、まだ許容できたのかもしれない。

やっぱり同性からアプローチされるのに抵抗がないわけではなくて、だから、さっき、ステージの上でキスをしたときに、若干、顔を強張らせたのではないか。
そう考えずにはいられなかった。

といって、三村くんが動揺をすこし見せたからといって、落胆はしていない。
おかげで、自分が自分で思うより図に乗っていたことに気づけたのだから、むしろ良かったと思う。

三村くんだって仏ではないのだし、自身より上背がある男に性的対象として見られ求められるのに、逃げ腰になるのは当たり前だ。

醜態をさらしきった俺から目をそらさなかっただけ、ありがたくあり、それ以上期待するのは罰当たりというものだろう。

なんだかんだキスができたのだから、鼻歌交じりにスキップしたい気分ではあったけど、「気をつけないとな」とすぐに頭を冷やし、肝に銘じた。

そうやって、ひそかに決意を新たにして、暗いステージの裏の通路を歩いていたら、前を歩いていたはずの三村くんの背中が消えた。
目を瞑った一瞬の隙に、だ。

がんがんと頭上からライブの音が降ってくる暗い中、小走りに行きかう人影に目を凝らすも、ステージ用のきらびやかな衣装は見当たらない。
「三」村くんと、呼ぼうとしたのを誰かに腕を引っ張られて、通路の壁になっている黒い幕のほうによろける。

でも、そこには幕がなく空間になっていて、中に入りこめば俺の脇をかすめて腕が伸び、シャッと音を立てた。
顔だけ後ろを振りむけば、背後にあるはずの通路は見えなくなっていて、どうやら黒いカーテンで閉ざされたようだ。

鉄パイプの骨組みが組まれて黒い幕で仕切られているステージ裏には、こうした小部屋のようなものがいくつかある。

その一つに引きずり込まれたらしく、相手はもちろん三村くんだ。
腕を掴んだ指の感触からして、分かっていた。

ただでさえ、暗いバックステージ裏の、黒いカーテンで閉ざされた狭い空間となれば、至近距離にいるはずの三村くんの顔がよく見えない。

タイミングからして、ステージでキスした直後ということは、クレームか説教されるのが妥当だろう。
それにしても、自意識過剰でないのに程があると思う。

あのとき以来、半ば強制的な体の反応はなくなったとはいえ、薄い布一枚を隔てて人が行きかう中で逢引するようなことをされたら、俄然、心臓が乱れ打ちして、頭も沸騰するというもの。

荒れる鼓動と頭上から降ってくる爆音に脳みそが掻きまわされるようで、意識が薄れていく。
お互いの顔はあまり見えなくても、俺の胸に手を添えた三村くんには駄々洩れのはずで、そのくせ距離をとるどころか、ぐっと顔を寄せてきた。

「大丈夫なのか?」

熱に浮かされて目を回していては、すぐには飲みこめなかった。返事のしようがなくて薄く口を開けたままでいたら、「か」と三村くんは言おうとして、躊躇ったようだった。

結局、つづきを口にしないで、おもむろに頭を垂れた。

この人の許容範囲は本当に、果てがないのかもしれない。
その仕草を見てやっと、ぴんときたと同時に、のどが焼けんばかりの熱がこみ上げ、石で頭を殴られたように眩暈がした。

すっかり上せながらも、気がつけば前のめりになり、胸に添えられていた手を握ると、顔を上げた三村くんに詰め寄った。

呆けていたような三村くんは、でも、お互いの鼻先がかすめたところで、俺の口元を手で覆って押しとどめた。
むっとしつつ、退くことも手をどかそうともしないで、舌をだして手首から指の先まで舐め上げてやる。

肩を跳ねて、腰が引けた体を背後にある鉄パイプの骨組みに寄りかかせたなら、指先をリップ音を立てて口づけ、熱い息を吹きかけるように囁いた。

「三村くんが悪いんだよ」

恋愛音痴の三村くんだけど、メンバーの顔色や言動から見て取れる些細な異変や、心の機微には敏い。
吐息された指を跳ねた三村くんは、手の甲に口を当てつつ「あ」とくぐもった声をあげた。

それきりしばし動きがなかったものの、息を飲んだような気配がしたと思えば、口元に当てていた手が下ろされていった。

目を伏せながらも、無駄口を叩かず逃げだすそぶりも見せなかったから、少し屈んで顎をすくいあげるように顔を寄せて、閉ざされた唇に口付けた。

全身を縮こまらせて口元の筋肉も強張らせているらしく、内側に巻きこむように噛んでいる唇の感触は今一。

こじ開けようとはせずに、何度も何度も小刻みに口付けて、たまに舌で唇の割れ目をつついてやった。
いくら頑なでいても、息を詰めていては限界があり、小刻みに口を開閉するにつれ、唇がまた膨らんでくる。

唇の表面を舌先でなぞって、膨らみを食むようにかるく歯を当てたら、三村くんがびくりとして口を開けたので、口内に舌を滑りこませた。
口内の粘着質な生温かさを堪能する間もなく、奥に引っこんだ舌を追いかける。

なんとか舌を絡めて手前に引きずりだそうとするのだけど、舌同士では滑って埒がなくて、舌の付け根のあたりに舌先をねじ込んだなら、舌の裏をしつこく舐めた。
イメージとしては猫の顎の下を撫でるような。

鉄パイプに体をぶつけてだろう、その音を立てて唇を離そうとしたのを、うなじを掴んでそれ以上退けないようにする。

後ろに逃げられない代わりに、頭を振ったけど、唇を密着させたままどこまでも追いかけて、ひたすら舌の裏を、水音が耳につくよう愛撫した。

だんだんと、うなじの固さも握る手の力みもほどけていった。
足や腹に力が入らないからか、鉄パイプに背中を預けて上体が後ろに倒れていく。

いい加減、俺も息苦しかったし、三村くんが酸欠になっているのではないかと、すこし心配になって、口内から舌を引きずりだし、名残惜しく唇を舐めてから、密閉状態だったのを解放してやった。

互いの唇がかすめる距離を保って向き合えば、どちらのとも知れない唾液がだらしなく滴って、「んはっ」と濡れた熱い吐息が俺の口元にかかった。

やっぱり呼吸困難になっていたらしく、切羽詰まったように息を切らしながら、散々舐め上げられ痺れているだろう舌先を覗かせ、涎を垂れ流すままにしている。
口内に溜まった唾液はまだまだ残っているようで、吐息するたびに水音が立つ。

その音に鼓膜をくすぐられ、胸を熱く震わせ、また濡れる唇に齧りつきたくなったけど、不意に三村くんが俺の胸に手を添えたのに、虚を突かれた。

「待った」をかけているわけではない。
指を揺らめかせてこそがしく撫でるのは、まるで誘っているようで。

前に俺が達したときにはミクロにも反応しなかった三村くんがまさか?と思ったら、これまで、一応、自重していたのを一転、下半身を燃えるように奮い立たせそうになった。

けど、そこが立ち上がりきる前に、胸に鋭い痛みが走って「いっ!」と跳びあがった。
不意を突かれたこともあって、乳首がちぎれそうに思えたもので、堪らず後ろに下がって距離をとり、ガードするように手をかぶせる。

反射的に防御態勢をとって間もなく、あらためて三村くんを見やったら、ちょうど黒い幕を隔てた表のステージにスポットライトが当たったらしく、眩い光が布の隙間から幾筋も漏れた。

おかげで、それまでほとんど見えなかった三村くんの顔を拝めたわけだけど、想像していたどんな表情とも違っていた。

さっきまで、あんなに悩ましく熱い吐息をしていたのに、熱っぽさのかけらもない青白い顔をして、乳首をつねった手をそのままに、遠くを見る目をして無表情でいた。

不感症のような無反応ぶりに落胆するより、目を開けて失神しているような、その胸中が読めなくて不安になり「み、三村くん」とおそるおそる呼びかけた。

はっとして瞬きをした三村くんは、どこにも合っていなかった焦点を俺に向けるも、すぐに顔をそらして急に足を踏みだしてきた。

訳が分からないながら、すっかり萎えていたこともあって、道を開けたなら、苛ただしげにカーテンを払い、ひらめくその下をくぐって、通路へと戻っていった。





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