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デイジーの十字架
⑨
しおりを挟む同じ会場でのライブ二日目。
ばりばり、昨日のことを引きずっていた僕は、五時間も前に楽屋入りして、イヤホンを耳に突っこみ、ひたすらヘビメタを頭に鳴り響かせていた。
考えたくなくても、考えてしまう脳をヘビメタでかき乱して、なんとか本番までに、仕事モードに切り替えたかった。
二時間前くらいに、メンバーがやってきたものを、僕には挨拶しただけで、それ以上かまってこなく、スポーツウェアに着替えたら楽屋からでていった。
今回のライブから、トレーニングルームに乗馬マシーンが置かれるようになり、「ライブ前の運動にはちょうどいい」とデイジー内では流行っているのだ。
が、三村くんだけは、事情を知っていることもあり、腕を組み気難しい顔をしてヘビメタを聞き入っている僕を放っておけなかったらしく、近くにあるソファに座りつづけていた。
一人でいたいような、そうでもないような、ややこしい心境でいたから、そうやって三村くんが傍にいながら、適当に放っておいてくれるのが、ありがたかった。
いけいけ押せ押せで、周りを引っ張るタイプでなくても、なんだかんだ頼もしさを覚える背中を見て、気が安らいだものだけど、その矢先「ねー!聞いて聞いて!」とやかましい声がヘビメタをかき消した。
思わず、ドアを見やれば、大路がスマホを掲げて、得意げな顔をしている。
すぐに三村くんが立ち上がって、「待て」とばかり手をかざしたものを、飼い主を見つけた大型犬はさらに尻尾を振ってはしゃぎ、吠え立てた。
ただでさえ、うるさいヘビメタに大路の咆哮が混じっては、耳が狂いそうで、しかたなくイヤホンを取ると、ちょうど、聞こえてきたのは。
「これ、ハッカに送ってもらった動画!
豪田さんの最新作だって!」
よりによってと、舌打ちしそうになったのを飲みこんで、傍にあった鞄を引き寄せた。
音楽を止めたスマホを鞄にしまい、ワイヤレスイヤホンも片付けにかかる。
そのうちにも、三村くんが「どうどう」と宥めるのを聞かずに、馬鹿犬大路は無駄吠えをしていた。
「ハッカから?豪田さんは、見てもいいって許可してくれたのか?」
「ううん。豪田さんは知らないよ。
ハッカに『ばれたら大変だから、隠れて見てくださいよ』って念を押されたし」
「ばれたら大変ってことは、豪田さんは、見られたくないんじゃないか?
なのに、ハッカがお前のわがまま聞くなんて、どうして」
「んー?いやね、お漏らししたこと、豪田さんに知られたくないよねえ?
ってちょっと言ったら、顔色を変えたからさ」
話しながらも、大路はテレビをつけて、スマホの映像を画面に写す操作をしているようだ。
大画面に要人さんの撮ったものが流れる前に、鞄を肩にかけて楽屋を後にしようとしたのだけど、大路の無駄吠えがふっと、やんだのに、ドアの前で足を止めてしまった。
すでに映像が流れているだろうに、声や雑音がさほど聞こえてこない。
三村くんも一緒に、声を失くしているようなのも気になって、ふり返って見れば、画面には僕の横顔が写っていた。
要人さんは僕の撮影担当でないはずが。
遠くから撮られているらしく、画像が粗い。
ところどころ光が漏れつつ暗いあたり、場所はバックステージで、微かに大路の歌声が聞こえるからに、メンバーが一人ずつ、順にソロの曲を歌っているところだろう。
大路の次の出番を待つ僕は、ステージを隔てる仕切りの黒い幕と睨めっこをしている。
アップになった横顔の、口が僅かに開閉していて。
「好きなほど、やるせなくて、好きではないと、嘘も吐けなくて」
自分の持ち歌の歌詞を口ずさんでいた。
そうと分かって、愕然とした僕は、「マエバ」と三村くんが声をかけたのにはっとして、鞄を床に放り、ドアを開けて廊下に跳びだした。
廊下に所狭しといるスタッフを、ぎりぎりで避けて駆けていき、遠目にハッカを見つけたなら「ハッカ!要人さんどこ!」と声を張りあげた。
振り向いたハッカは驚いたようながらも、すぐに「現場監督とバックステージに行きました!」と応じてくれ、前を通りすぎるときに「ありがと!」と返す。
方向があっていたから、そのまま突き進んだものを、「ああ、でも!」と背後から叫ばれた。
「最終確認をじっくりしたいって。
誰にも邪魔されたくないからって、人払いをしてましたよ!」
だから「行かないほうがいい」のか「気をつけて行け」ということなのか。
どちらの忠告にしろ、聞く耳を持たないで、さらに足を早めて行き先へ向かう。
なるほど、バックステージに近づくにつれ、目につくスタッフはまばらになって、ドアを抜けて広い暗がりに踏みこむと、辺りには誰も見当たらず、嵐の前ならぬ、ライブの前のなんとやらというように、静まり返っていた。
いや、静かだからこそ、ひそやかな、もみ合う声と物音が耳についた。
聞こえるほうに向かえば、案の定、声の正体は現場監督と要人さんで。
「ちょ、監督、だめ、です・・・!もうすこし、で、ライブ、だっていう、のに!」
「お前が悪いんだろ!
思わせぶりなことしながら、キスの一つもさせてくれないから!
この仕事、失いたくないんだろ!だったら・・・!」
半円状になっている黒の幕の仕切りに沿っていき、半円の天辺部分付近が視界に入るようになって、二人を見つけた。
現場監督が両腕で抱きしめて顎を伸ばすのに、要人さんはできるだけ上体をそらし、両手で掴んで顔の接近を阻んでいる。
全力疾走しながら「監督!」と叫ぶと、肩を跳ねた現場監督は腕の力を抜いたようで、その隙をついて、要人さんが突き放した。
反動で尻餅をつき、一方で現場監督がよろけ、こちらに背を向けたのを見て、強く足を踏みしめ床を蹴る。
高く跳びあがり、突きだした片足を背中にぶち当てた。
奇襲のようなことをされて、踏んばれるわけがなく、勢い余ってでんぐり返りまでして、床に倒れこむ現場監督。
その足元で、だん、と床に足を叩きつけて仁王立ちした僕は、とたんに震え上がって見上げてきた現場監督に「このことは見なかったことにします」と低く唸るように、勧告した。
「監督もなかったことにしてください。
その上で、要人さんには、二度と近寄らないでください。
話したいなら、ハッカを通してください。
もちろん、仕事からも外さないで、周りに変に思われないよう、ライブが終わるまで普通にしてもらいたい。
この約束を破ったら、どうなるか、分かっていますよね?」
目を白黒するばかりで、返事がないのに、僕は顔を近づけ睨みを利かし、あらためて脅してやった。
「僕があなたに襲われたって、訴えますよ」
普通、男が男に襲われたと、声を上げても、周りは、中々、まともに取り合ってくれないだろう。
が、被害者男性のタイプによっては、事情が変わってくる。
成人男性の平均身長に足らず小柄で(脱ぐと筋肉マンだけど)、顔つきにしろ、お目目ぱっちりで「お人形さんのよう」とちやほやされる僕は、デイジーでは愛玩小動物的立ち位置にいる。
「愛くるしい」と男女関係なく、人々の胸をときめかせるようなキャラなのだ。
実際に「餌付けしたい」「飼いたい」と男性諸君からも定評があるし、女装をする機会が多いせいか「やばい、マエバはいけそうな気がする」と彼らの心をかき乱すこともある。
その割には、女装家など、本家の人には不人気なのだけど、それはさておき、「男でもいけそうな気がする」と評される僕が「男に襲われた」と口にすれば、割と洒落にはならないわけだ。
長年、ライブを通してデイジーと付き合ってきた現場監督だけに、飲みこみが早かった。
「分かった!分かったから!」とヘッドバンキングするように肯いたなら、慌てて立ち上がって、一目散に暗がりの向こうへと消えていった。
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