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第三章/出席番号二十九番・保戸田俊平
(一)
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くっっっだらねぇ。
あなたとだから、こんな毎日が過ごせるんだね……だって? たまたま更新情報にあがっていたから読んでみたけれど、一体どこぞの乙女が書いたんだ?
人生、そんなにうまくいくわけがない。それなのにハンドルネーム『ルイ』は、妄想の未来をさも決められた運命であるかのように語っている。叶わなかったときに恥を見るリスクも考えず。
俺は『オープン・ダイアリー』のアプリを閉じて、音楽の音量を上げた。流行りのダンスミュージックに合わせて、鼓膜がズン、ズンと痺れる。瞼で目を閉じるように、音楽で耳を閉じる。不快なノイズが一切入ってこないように。
校門に向かってだらだら続くこの坂道が、俺は大嫌いだ。
足が疲れるのはもとより、朝っぱらからピーピーうるさい女子の群れも、テンションは低いくせに無意味に一緒に歩く男子の塊も、降ってくる朝日も……全部が不快だ。これから嫌でも気力と体力を削られるというのに、ここに学校を建てようと思った創立者はまじでセンスがない。
毎朝思う。天変地異でも起きて、学校崩壊しねーかな。
「俊平、おはよう!」
教室に入ってすぐ、トーマに肩を叩かれる。俺はヘッドホンを取った。脳内を占拠していた不謹慎な考えが、雪崩れ込むノイズに押しつぶされる。
「はよーっす!」
あぁ、今日もだるい一日が始まってしまった。
学校は監獄だ。あるいは強制労働施設だ。高校生という仕事をこなすために、グループに属し、言動のタイミングを探し、ひょうきんに振る舞い、将来の役に立つとは思えない勉強をする……。ここでは大多数に溶け込みながらも、埋もれない個性を得るための努力を強いられる。
本当はやりたくないけれど、友達がいない、勉強ができないと思われるのはもっと嫌だから、結局、受け入れる他に選択肢はない。
その上、少しでも失敗したら容赦のない糾弾だ。この狭苦しいコミュニティの中では、小さなミスも命取りになる。実際にペンキの一件以来、女子から煙たがられていることは薄々感づいていた。
俺もやっちまった、とは思った。だけどわざとじゃないのは本当だし、それどころかこぼしたペンキを活かして作った看板は大好評だった。けれど女子は神林さんばかりを褒めて、挙句に本宮の味方をする。今まで散々、援交だのキャバクラだのディスっていたくせに。手のひら返しは女子のお家芸だ。
トーマもトーマだ。今までもなにかと本宮を庇うことが多かったけれど、最近は本宮のみならず神林さんとも絡んでいる。爽やかなふりをして、結局はトーマもただの女好きだ。
つまらねぇ。学校も、人生も、本当につまらねぇ。
「さて、企画も折り返し地点を過ぎたけど、みんなどうだ? 日記書いてるか?」
こーちゃんは黒板に【もうすぐ修学旅行 at 沖縄!】と書きながら言う。そこはatじゃなくてinが適切、テストじゃバツだよ。
いいよなぁこーちゃんは。進路とか友達関係とかに悩まなくていい、気楽な大人で。公務員という安定した職に就いて、俺たちよりも一段高い教壇から見下ろせて。文化祭に来てた彼女もそこそこかわいかったし。そのうち結婚とかすんのかな。
「俺は立場上、感想や順位についての発言は控えるけど、みんな個性があって本当に面白い!」
こーちゃんはどんな日記を書いているんだろう。こーちゃんは二十六歳、俺らより九歳も上だから、十年後の環境も俺らとはまったく違う。だからすぐにわかるだろうと思っていたけれど……意外とわからないもんだな。
トーマにつられたとはいえ、なぜ安易にこの企画に賛成してしまったのだろうと、俺は後悔していた。
やるからにはトップランカーでありたい、みんなを圧倒したい、そう思って最初は日記をバンバン更新した。やりたい仕事も目標も特にないから、職業は明記しないで、とにかく面白おかしい日記を作ろうと思った。しかし思うように順位は上がらず、更新は停滞。
本当に人生、うまくいかねぇ。
そもそもうまくいかないことが九割九分の人生で、理想を思い描くなんていうこと自体がバカげていたのだ。夢を見た分だけ失望するのがオチなのに。
「先生」
神林さんが手を挙げた。俺は突っ伏していた身体を起こす。
「先生はどうして、この企画をやろうと思ったんですか?」
「そうだなぁ。これを言うのは少々恥ずかしいんだが……俺、本当は国語の先生になりたかったんだ。まぁオツムが足りなくて、得意の体育に逃げたんだけど」
あぁ、とみんなは黒板を見る。
「高校時代の恩師が国語の先生でさ。反抗期真っ盛りの俺に、言葉の持つ力とか、本の面白さとかを通じて、自分に向き合うことの大切さ教えてくれたんだよ。だからみんなにもそういう機会を与えてやりたいと思ってな。大人の俺だからこそ、みんなにしてあげられること、伝えられることがあると思うし。まぁ、俺も参加することになるとは思ってなかったけど……」
照れくさそうに鼻をかいたこーちゃんは、この話は終わり! と強引に切って修学旅行についての説明を始めた。
自分に向き合うことの大切さ、か。ありがた迷惑とはこのことだ。
とどのつまりこの企画は、国語の先生にはなれなかったけれど、国語の先生っぽいことがしたいという、こーちゃん自身の理想を叶えるためのものだったのだ。
十年後の自分と向き合って生まれたのは、夢でも希望でもない、虚無感だ。見えない未来にわくわくできるのは――
「こーちゃん、海に潜ったらウミガメに会えるかな?」
そう、トーマのような、人生なにかとうまくいく運を持った奴だけだ。
俺が産まれた頃に買ったらしい中古の一軒家は、床が微妙に傾いていて、窓の立て付けが悪く、風呂が狭い。そのくせローンはしっかり食い続けるのだから、とんだ穀潰しだと万年係長の親父が言っていた。
自室に向かって階段を上がる途中、妹と出くわした。俺を見るなり「げ」という顔をして、部屋着のショートパンツの裾を引っ張る。
「お母さんがあんたに話あるってさー。てか汗くさっ」
妹は今出てきたばかりの部屋に戻っていった。かわいくねぇ。一人暮らしをしている大学生の兄貴が帰ってきたときは、お兄ちゃーんって甘えるくせに。勢いよく自室の扉を閉めると、薄い壁越しにうるさいなぁと聞こえた。とことんかわいくねぇ。
典型的な次男坊だね、と近所のオバちゃんに言われたのは中二のときだ。典型的という言葉はおおよそネガティブな意味で使われると理解し始めたお年頃の俺にとって、それは反発心の起爆剤となった。
自由奔放で頑固、ひがみっぽい。そんな次男坊を作ったのは親だ。俺自身が望んで二番目に生まれてきたならまだしも、なぜ拒否権を持たない俺があたかも失敗作のように言われなければならないのか。極論を言えば、俺は被害者だというのに。
それに引き換え、長男は役得だ。責任感が強く、リーダーシップがあって面倒見がいい。確かトーマは長男だ。生まれた瞬間に与えられる才能に差がつくなんて、リフジン、とはこういうことを言うのだろう。
リビングに行くと、母親はおかえりも言わずに開口一番、今回の中間テストをしくったら小遣い抜き、とふざけたことを言いだした。冗談じゃない。中間テストが終わったらすぐに修学旅行だ。小遣いなしでどう遊べというのか。
「あんたの今の順位、下から数えたほうがうんと早いじゃない。しょうもない大学になんか行かせないよ、入学金だってバカにならないんだから!」
俺がアカ高に合格したときはバカ喜びしてたくせに、たった一年半でこれかよ。
「母さんの時代はね、大学なんかとてもじゃないけど行けなかったし、仕事も選べなかったの。だからあんたには不自由なく将来を決められるように、きちんとした大学に行ってほしいの」
「うぜぇな。体のいい文句並べて、結局は自分がうまくいかなかったから、他のやつにもオイシイ思いをさせたくないんだろ!」
「そうじゃないわよ。まったく、どうしてあんたはそんなふうに――」
ウザい、ウザいウザいウザい!
「俺夕飯いらねー。寝る」
「あんたねぇ!」
あんたあんた、って、俺には名前がないのかよ!
大人は勝手だ。子供のためを思うふりをして、自分の都合や理想を押し付けてくる。子供を育てるのが親の義務なら、入学金は当然その範疇だし、そもそも本当に俺のことを思うのなら、好きな大学に行って好きに生きなさい、という考えになるはずだ。
俺が親なら絶対にあんなふうには言わない。自分が受けたリフジンを、他人に連鎖させたりしない。
部屋に戻ると、闇雲に枕を殴った。ぼすんぼすんと殴る度に舞う埃がウザくて、今度はベッドを殴った。うるさいなーとくぐもった声が聞こえて、最後に一発両手で殴った。
学校にも家にも、安息なんかない。あるのは無限に蓄積されていくイライラだけだ。
ベッドに横になると、意思に反して腹がぐぅと鳴る。もはや生理現象ですら俺の敵らしい。なんでもいいから気を紛らわしたくて『オープン・ダイアリー』を開いた。
ランキングには、見慣れたハンドルネームが並ぶ。
金で買えないもの、それは夢だ! ――芸人の『ちゃっぷりん』。
諦めることは、負けないための逃げである。――弁護士の『天秤』。
百人の目よりも、一人の心に留まりたい。――コピーライターの『コトノハ』。
幸福のための困難だったのだと、今なら思える。――幸せ家族の『KiSuKi』。
急流に抗う強さは、死を恐れるものにしか訪れない。――『時野旅人』。
上位五人、揃いも揃って本当にくだらねぇ。お綺麗な言葉で格言めいたことを言っているけれど、結局は自分に酔っているだけだ。
こいつらはきっと苦労も挫折も知らない、家庭や友達などの環境にも恵まれた温室育ちなのだろう。そうでなければ、こんなにも堂々と、盲目に、自分の理想を語れたりはしない。
みんな夢に敗れて、十年後に恥を見ればいい。
あなたとだから、こんな毎日が過ごせるんだね……だって? たまたま更新情報にあがっていたから読んでみたけれど、一体どこぞの乙女が書いたんだ?
人生、そんなにうまくいくわけがない。それなのにハンドルネーム『ルイ』は、妄想の未来をさも決められた運命であるかのように語っている。叶わなかったときに恥を見るリスクも考えず。
俺は『オープン・ダイアリー』のアプリを閉じて、音楽の音量を上げた。流行りのダンスミュージックに合わせて、鼓膜がズン、ズンと痺れる。瞼で目を閉じるように、音楽で耳を閉じる。不快なノイズが一切入ってこないように。
校門に向かってだらだら続くこの坂道が、俺は大嫌いだ。
足が疲れるのはもとより、朝っぱらからピーピーうるさい女子の群れも、テンションは低いくせに無意味に一緒に歩く男子の塊も、降ってくる朝日も……全部が不快だ。これから嫌でも気力と体力を削られるというのに、ここに学校を建てようと思った創立者はまじでセンスがない。
毎朝思う。天変地異でも起きて、学校崩壊しねーかな。
「俊平、おはよう!」
教室に入ってすぐ、トーマに肩を叩かれる。俺はヘッドホンを取った。脳内を占拠していた不謹慎な考えが、雪崩れ込むノイズに押しつぶされる。
「はよーっす!」
あぁ、今日もだるい一日が始まってしまった。
学校は監獄だ。あるいは強制労働施設だ。高校生という仕事をこなすために、グループに属し、言動のタイミングを探し、ひょうきんに振る舞い、将来の役に立つとは思えない勉強をする……。ここでは大多数に溶け込みながらも、埋もれない個性を得るための努力を強いられる。
本当はやりたくないけれど、友達がいない、勉強ができないと思われるのはもっと嫌だから、結局、受け入れる他に選択肢はない。
その上、少しでも失敗したら容赦のない糾弾だ。この狭苦しいコミュニティの中では、小さなミスも命取りになる。実際にペンキの一件以来、女子から煙たがられていることは薄々感づいていた。
俺もやっちまった、とは思った。だけどわざとじゃないのは本当だし、それどころかこぼしたペンキを活かして作った看板は大好評だった。けれど女子は神林さんばかりを褒めて、挙句に本宮の味方をする。今まで散々、援交だのキャバクラだのディスっていたくせに。手のひら返しは女子のお家芸だ。
トーマもトーマだ。今までもなにかと本宮を庇うことが多かったけれど、最近は本宮のみならず神林さんとも絡んでいる。爽やかなふりをして、結局はトーマもただの女好きだ。
つまらねぇ。学校も、人生も、本当につまらねぇ。
「さて、企画も折り返し地点を過ぎたけど、みんなどうだ? 日記書いてるか?」
こーちゃんは黒板に【もうすぐ修学旅行 at 沖縄!】と書きながら言う。そこはatじゃなくてinが適切、テストじゃバツだよ。
いいよなぁこーちゃんは。進路とか友達関係とかに悩まなくていい、気楽な大人で。公務員という安定した職に就いて、俺たちよりも一段高い教壇から見下ろせて。文化祭に来てた彼女もそこそこかわいかったし。そのうち結婚とかすんのかな。
「俺は立場上、感想や順位についての発言は控えるけど、みんな個性があって本当に面白い!」
こーちゃんはどんな日記を書いているんだろう。こーちゃんは二十六歳、俺らより九歳も上だから、十年後の環境も俺らとはまったく違う。だからすぐにわかるだろうと思っていたけれど……意外とわからないもんだな。
トーマにつられたとはいえ、なぜ安易にこの企画に賛成してしまったのだろうと、俺は後悔していた。
やるからにはトップランカーでありたい、みんなを圧倒したい、そう思って最初は日記をバンバン更新した。やりたい仕事も目標も特にないから、職業は明記しないで、とにかく面白おかしい日記を作ろうと思った。しかし思うように順位は上がらず、更新は停滞。
本当に人生、うまくいかねぇ。
そもそもうまくいかないことが九割九分の人生で、理想を思い描くなんていうこと自体がバカげていたのだ。夢を見た分だけ失望するのがオチなのに。
「先生」
神林さんが手を挙げた。俺は突っ伏していた身体を起こす。
「先生はどうして、この企画をやろうと思ったんですか?」
「そうだなぁ。これを言うのは少々恥ずかしいんだが……俺、本当は国語の先生になりたかったんだ。まぁオツムが足りなくて、得意の体育に逃げたんだけど」
あぁ、とみんなは黒板を見る。
「高校時代の恩師が国語の先生でさ。反抗期真っ盛りの俺に、言葉の持つ力とか、本の面白さとかを通じて、自分に向き合うことの大切さ教えてくれたんだよ。だからみんなにもそういう機会を与えてやりたいと思ってな。大人の俺だからこそ、みんなにしてあげられること、伝えられることがあると思うし。まぁ、俺も参加することになるとは思ってなかったけど……」
照れくさそうに鼻をかいたこーちゃんは、この話は終わり! と強引に切って修学旅行についての説明を始めた。
自分に向き合うことの大切さ、か。ありがた迷惑とはこのことだ。
とどのつまりこの企画は、国語の先生にはなれなかったけれど、国語の先生っぽいことがしたいという、こーちゃん自身の理想を叶えるためのものだったのだ。
十年後の自分と向き合って生まれたのは、夢でも希望でもない、虚無感だ。見えない未来にわくわくできるのは――
「こーちゃん、海に潜ったらウミガメに会えるかな?」
そう、トーマのような、人生なにかとうまくいく運を持った奴だけだ。
俺が産まれた頃に買ったらしい中古の一軒家は、床が微妙に傾いていて、窓の立て付けが悪く、風呂が狭い。そのくせローンはしっかり食い続けるのだから、とんだ穀潰しだと万年係長の親父が言っていた。
自室に向かって階段を上がる途中、妹と出くわした。俺を見るなり「げ」という顔をして、部屋着のショートパンツの裾を引っ張る。
「お母さんがあんたに話あるってさー。てか汗くさっ」
妹は今出てきたばかりの部屋に戻っていった。かわいくねぇ。一人暮らしをしている大学生の兄貴が帰ってきたときは、お兄ちゃーんって甘えるくせに。勢いよく自室の扉を閉めると、薄い壁越しにうるさいなぁと聞こえた。とことんかわいくねぇ。
典型的な次男坊だね、と近所のオバちゃんに言われたのは中二のときだ。典型的という言葉はおおよそネガティブな意味で使われると理解し始めたお年頃の俺にとって、それは反発心の起爆剤となった。
自由奔放で頑固、ひがみっぽい。そんな次男坊を作ったのは親だ。俺自身が望んで二番目に生まれてきたならまだしも、なぜ拒否権を持たない俺があたかも失敗作のように言われなければならないのか。極論を言えば、俺は被害者だというのに。
それに引き換え、長男は役得だ。責任感が強く、リーダーシップがあって面倒見がいい。確かトーマは長男だ。生まれた瞬間に与えられる才能に差がつくなんて、リフジン、とはこういうことを言うのだろう。
リビングに行くと、母親はおかえりも言わずに開口一番、今回の中間テストをしくったら小遣い抜き、とふざけたことを言いだした。冗談じゃない。中間テストが終わったらすぐに修学旅行だ。小遣いなしでどう遊べというのか。
「あんたの今の順位、下から数えたほうがうんと早いじゃない。しょうもない大学になんか行かせないよ、入学金だってバカにならないんだから!」
俺がアカ高に合格したときはバカ喜びしてたくせに、たった一年半でこれかよ。
「母さんの時代はね、大学なんかとてもじゃないけど行けなかったし、仕事も選べなかったの。だからあんたには不自由なく将来を決められるように、きちんとした大学に行ってほしいの」
「うぜぇな。体のいい文句並べて、結局は自分がうまくいかなかったから、他のやつにもオイシイ思いをさせたくないんだろ!」
「そうじゃないわよ。まったく、どうしてあんたはそんなふうに――」
ウザい、ウザいウザいウザい!
「俺夕飯いらねー。寝る」
「あんたねぇ!」
あんたあんた、って、俺には名前がないのかよ!
大人は勝手だ。子供のためを思うふりをして、自分の都合や理想を押し付けてくる。子供を育てるのが親の義務なら、入学金は当然その範疇だし、そもそも本当に俺のことを思うのなら、好きな大学に行って好きに生きなさい、という考えになるはずだ。
俺が親なら絶対にあんなふうには言わない。自分が受けたリフジンを、他人に連鎖させたりしない。
部屋に戻ると、闇雲に枕を殴った。ぼすんぼすんと殴る度に舞う埃がウザくて、今度はベッドを殴った。うるさいなーとくぐもった声が聞こえて、最後に一発両手で殴った。
学校にも家にも、安息なんかない。あるのは無限に蓄積されていくイライラだけだ。
ベッドに横になると、意思に反して腹がぐぅと鳴る。もはや生理現象ですら俺の敵らしい。なんでもいいから気を紛らわしたくて『オープン・ダイアリー』を開いた。
ランキングには、見慣れたハンドルネームが並ぶ。
金で買えないもの、それは夢だ! ――芸人の『ちゃっぷりん』。
諦めることは、負けないための逃げである。――弁護士の『天秤』。
百人の目よりも、一人の心に留まりたい。――コピーライターの『コトノハ』。
幸福のための困難だったのだと、今なら思える。――幸せ家族の『KiSuKi』。
急流に抗う強さは、死を恐れるものにしか訪れない。――『時野旅人』。
上位五人、揃いも揃って本当にくだらねぇ。お綺麗な言葉で格言めいたことを言っているけれど、結局は自分に酔っているだけだ。
こいつらはきっと苦労も挫折も知らない、家庭や友達などの環境にも恵まれた温室育ちなのだろう。そうでなければ、こんなにも堂々と、盲目に、自分の理想を語れたりはしない。
みんな夢に敗れて、十年後に恥を見ればいい。
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