綴られた過去の外側で

黎明

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第11話 失われた選択肢

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朝は、音もなく訪れた。

薄い光が、天蓋越しに滲んでいる。

高すぎる天井。
整いすぎた空気。
 
目を開けた瞬間、嫌でも思い知らされた。

身体を起こした瞬間、胸の奥に重たいものが残っているのに気づく。
何かを落とした感覚。
置いてきたというより、引き剥がされたような。
 
それが何なのかは、考えなかった。

考えたら、立ち上がれなくなる気がしたから。

控えめなノックが響く。

「失礼いたします」

扉を開けたのは、昨夜と同じ年嵩の女性だった。

「お目覚めですね、ルナ様」

また、その呼び方だ。
丁寧なのに、近づいてこない距離。
名前は呼ばれているのに、こちらを個として見ていない。
 
「昨夜、話があると」

私が口にすると、彼女は歩みを止めずに答えた。

「はい。本日、お伝えすべきことがございます」

それ以上は言わない。
代わりに、身支度を促される。

顔を洗うための水は、すでに用意されていた。
自分の手を動かしているはずなのに、指先の感覚がどこか他人事のように遠い。

衣を替えさせられる。
布の重さが、昨日までとは明らかに違った。

鏡に映る自分を見て、息が詰まる。
何かが、静かに削られていく気がした。
 
回廊を進む。
窓の外には朝の王宮が広がっている。
人は多いはずなのに、音が抑えられていた。
すべてが、決められた通りに動いている。

扉の前で足が止まる。

「こちらです」

中に通されると、数人の大人が待っていた。
豪奢な衣。
言葉を交わさなくても、この国の中枢に近い人間だとわかる。

私は、部屋の中央に立たされた。

「ルナ・フェイ」

名前が呼ばれる。

次の言葉が来るまでに、わずかな間があった。
その沈黙が、妙に重い。

「本日をもって、あなたは王家に迎え入れられます」

言葉が、頭の中で一度止まる。

「……それは、どういう意味ですか」

問い返したつもりだった。
けれど、その声は、誰かに向けて投げられたものとしては扱われなかった。

「儀は、日が高くなる前に執り行われます」
「名は、その場で正式に与えられる」

説明は続く。
私の理解を待つ気配はない。

「少し、待ってください」

もう一度、声を出す。

「私は、何も聞いていません」
「理由も、経緯も――」

「その点については、今すべてをお伝えすることはできません」

遮られる。
けれど、口調は柔らかい。

「順序の問題です」

順序。
その一言で、胸の奥が冷えた。

「……拒否は?」

言葉を選ぶ余裕もなく、問いがこぼれる。

一瞬だけ、視線が交わされた。
誰かが答える。

「拒否を前提とした話ではありません」

否定でも肯定でもない。
ただ、そういう項目が存在しない、と告げる声音。

部屋の空気が、わずかに締まる。

私は、ここに呼ばれた時点で、
もう“決定後の存在”だったのだと、ようやく理解する。

「あなたには、姫としての役目を担っていただきます」

役目。
言葉は整っているのに、逃げ道だけが綺麗に消えていた。

胸の奥で、何かがざらつく。
怒りとも、恐怖ともつかない感覚。

理解した、と思った。
そう思い込まなければ、立っていられなかった。

ここでは、私がどう思うかは重要じゃない。

重要なのは、私が“そこに立つ”という事実だけだ。

「……わかりました」

そう答えた瞬間、自分でも驚くほど声が整っていた。

本当は、わかってなんていない。
ただ、これ以上何を言っても、意味がないことだけはわかった。

逃げるとは言えなかった。
戦うとも言えなかった。

ただ、
逃げ道が存在しない場所に立たされていることだけが、
静かに、確実に突きつけられていた。
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