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第12話 ルナ・アルディス
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広間へ向かう回廊は、やけに長く感じた。
導かれるまま歩いているだけなのに、一歩進むたび、戻るという選択肢が静かに削られていく。
理由は、まだ聞かされていない。
それでも、ここまで連れてこられた時点で、立ち止まる余地がないことだけは、はっきりしていた。
逃げなかったのは、覚悟ができていたからじゃない。
逃げても、何も変わらないと、もう思い知らされていたからだ。
回廊の先で、扉が開かれる。
その向こうにある空間を見た瞬間、胸の奥がわずかに強張った。
広間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
音はあるはずなのに、耳に届かない。
人の数は多いのに、視線だけが静かに集まってくる。
高い天井。
両脇に整然と並ぶ列。
正面の奥には、玉座があった。
誰も座っていない。
王の姿はなく、そこには“空席のままの権威”だけが残されていた。
逃げ場はない。
そう思ったときには、すでに立つ場所が決められていた。
一歩、前へ。
促されるまま進み出る。
身に纏っている衣は、朝に着せられたものとは違っていた。
華やかさよりも、格式だけが正確に計算された装いだった。
静寂の中、声が響いた。
「――これより、王家迎え入れの儀を執り行う」
発したのは、玉座の脇に立つ人物だった。
年齢は測れない。
衣は重厚で、個人というより“役職”そのものを着ているように見える。
ざわめきは起きない。
この場にいる誰もが、結果を知っているようだった。
私は、ただ立っている。
跪くように命じられることもない。
頭を垂れるよう求められることもない。
一人の人物がゆっくりと前に出る。
「ルナ・フェイ」
名前が呼ばれる。
この場が、その名で呼ばれる最後なのだと、胸の奥で静かに理解した。
「汝に、王家の名を授ける」
説明はない。
理由も、経緯も語られない。
ただ、言葉だけが一方的に落とされる。
「今この時より――」
一拍。
「汝を、ルナ・アルディスと定める」
名が、広間に落ちた。
それは“ただの姓”なんかじゃない。
王家に属する者に与えられる名。
その意味を、私は知っている。
理解は追いつかない。
けれど、現実だけは否応なく突きつけられていた。
「ルナ・アルディス殿下」
そう呼ばれた瞬間、自分の中で何かが完全に切り離された。
私は、私のままだ――
そう思う一方で、この名を拒むという選択は、最初から存在していなかった。
拍手は起きない。
歓声もない。
あるのは、受け入れられた、という静かな事実だけ。
私は、深く息を吸う。
ここで声を荒げても意味はない。
「……承知しました」
短く、そう答えた。
その声が、広間に落ちる。
わかってなんていない。
納得もしていない。
ただ、この場所では、私がどう思うかは最初から考慮されていないと理解しただけだ。
重要なのは、私が“そこに立っている”という事実。
この瞬間、世界は私を
ルナ・アルディスとして認識した。
理由は、まだ何ひとつ明かされていない。
そしてこの儀は、終わりであると同時に、始まりでもあった。
しかしその始まりは、誰のためのものなのか、分からなかった。
導かれるまま歩いているだけなのに、一歩進むたび、戻るという選択肢が静かに削られていく。
理由は、まだ聞かされていない。
それでも、ここまで連れてこられた時点で、立ち止まる余地がないことだけは、はっきりしていた。
逃げなかったのは、覚悟ができていたからじゃない。
逃げても、何も変わらないと、もう思い知らされていたからだ。
回廊の先で、扉が開かれる。
その向こうにある空間を見た瞬間、胸の奥がわずかに強張った。
広間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
音はあるはずなのに、耳に届かない。
人の数は多いのに、視線だけが静かに集まってくる。
高い天井。
両脇に整然と並ぶ列。
正面の奥には、玉座があった。
誰も座っていない。
王の姿はなく、そこには“空席のままの権威”だけが残されていた。
逃げ場はない。
そう思ったときには、すでに立つ場所が決められていた。
一歩、前へ。
促されるまま進み出る。
身に纏っている衣は、朝に着せられたものとは違っていた。
華やかさよりも、格式だけが正確に計算された装いだった。
静寂の中、声が響いた。
「――これより、王家迎え入れの儀を執り行う」
発したのは、玉座の脇に立つ人物だった。
年齢は測れない。
衣は重厚で、個人というより“役職”そのものを着ているように見える。
ざわめきは起きない。
この場にいる誰もが、結果を知っているようだった。
私は、ただ立っている。
跪くように命じられることもない。
頭を垂れるよう求められることもない。
一人の人物がゆっくりと前に出る。
「ルナ・フェイ」
名前が呼ばれる。
この場が、その名で呼ばれる最後なのだと、胸の奥で静かに理解した。
「汝に、王家の名を授ける」
説明はない。
理由も、経緯も語られない。
ただ、言葉だけが一方的に落とされる。
「今この時より――」
一拍。
「汝を、ルナ・アルディスと定める」
名が、広間に落ちた。
それは“ただの姓”なんかじゃない。
王家に属する者に与えられる名。
その意味を、私は知っている。
理解は追いつかない。
けれど、現実だけは否応なく突きつけられていた。
「ルナ・アルディス殿下」
そう呼ばれた瞬間、自分の中で何かが完全に切り離された。
私は、私のままだ――
そう思う一方で、この名を拒むという選択は、最初から存在していなかった。
拍手は起きない。
歓声もない。
あるのは、受け入れられた、という静かな事実だけ。
私は、深く息を吸う。
ここで声を荒げても意味はない。
「……承知しました」
短く、そう答えた。
その声が、広間に落ちる。
わかってなんていない。
納得もしていない。
ただ、この場所では、私がどう思うかは最初から考慮されていないと理解しただけだ。
重要なのは、私が“そこに立っている”という事実。
この瞬間、世界は私を
ルナ・アルディスとして認識した。
理由は、まだ何ひとつ明かされていない。
そしてこの儀は、終わりであると同時に、始まりでもあった。
しかしその始まりは、誰のためのものなのか、分からなかった。
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