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鬼集い火花散る
式鬼の決闘②
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水蒸気の中、式鬼達は空気の流れと足音と息遣いで相手の位置を把握していた。何度か術を繰り広げたが相殺しているため互いに無傷である。激しく走り回るので砂煙が舞い、上は白色、下は茶色い空気の層ができていた。
空気の二層を混ぜるように水の塊と炎の塊が激しく動いている。接近しては拳を繰り出し、離れては術を放っていた。二つの力は拮抗している――ようにも思えたが。
五分、十分と経過するにつれ、徐々に水の勢いが増してきた。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎放弾!」
十数個の炎の礫が一直線に飛んでくる。魄はスライディングしながら避けて、滑りながら魁に向かって術を出す。
「い すい い とう ウォータージェット!」
高圧水流三本が魁に迫ってくる。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎放弾!」
水流の先端めがけて炎の礫がぶつかり勢いを奪った。
あっさり相殺されたのを見て魄は、ひゅう~。と感心しながら口笛を吹く。これは良い対戦相ができたと余裕の笑みを浮かべる。彼女はまだ小手比べの段階で本気を出していない。
一方の魁は、額に浮かんだ汗を手の甲でふき取りながら焦燥感を募らせていた。術が相殺されるのはまだいいが、体術が一切通用していない。殴っても蹴っても躱され、服を掴もうとしても裾をかするだけで、スルリと逃げられてしまう。魄が格闘術を行わず術のみで応戦しているのも不気味だ。
互いに本気で戦っていないとはいえ、魄がいかに戦い慣れているか感じ取ってしまい、魁は悔しそうに食いしばった。決着はまだついていない、勝負はこれからだと気を引き締める。
魄は魁の集中力が切れた瞬間を狙い、背後から術を放った。
「い すい い とう ウォータージェット!」
「っ!」
至近距離だったが持ち前の反射神経で上半身をひねってギリギリ回避すると、魁は一気に距離を詰めて魄の懐へ入り込んだ。術を出した後は数秒動作が止まることがある。そこを狙った。
魄は驚いて目を見開いたものの、鼻を鳴らして笑った。放たれた拳はタイミングが良くて回避が間に合わないので反撃する。みぞおちに来た拳を、身体を少しだけ後方にずらし手で受け流しつつ、魁のわき腹を狙って殴る。
「っ!」
拳が空を切ったと気づいた瞬間に魄の拳が迫って来たので、魁は腕でわき腹をガードした。ドンッと重い衝撃がやってくる。踏ん張ったが勢いを殺しれない。後方にジャンプして衝撃を減らすが、その動きは魄も読んでいる。同じようにジャンプしながら術を繰り出す。
「せい ふ せい すい せき う ウォーターポロ!」
魄の右手からバスケットボール大の水球が飛び出し、魁の顔面に激突する。
「ぐ!」
短すぎる距離のため避ける反応すら間に合わず、鼻っ面を直撃した。バスケットボールが顔面に衝突したような痛みが走る。魁が頭を仰け反らせながら着地する。
目線は上空だ。ダメージは少量だが一瞬の隙を作ることができた。魄は地面に着地すると、仰け反っている魁の正中線上にある、額・首・胸・みぞおち・股間の五箇所を殴った。
「ぐあっ!」
殴られた威力で吹っ飛ばされ、魁は背中から地面に落ちた。
「よし!」
「ぐ、うぐ。ぐぐぐぐぐ……」
魁はみぞおちと股間をそれぞれ押さえながら横向きになって悶えている。
額や首や胸やみぞおちの説明は省いていいだろう。急所なので殴られれば重篤な症状がでる場所だ。そして股間は生殖器付近で内分泌器官や神経が集中している箇所である。男性に大ダメージを与えるイメージが強いが、実際はそこにダメージを受けると性別関係なく激痛を及ぼす。ただし生半可な力で攻撃すると相手が興奮状態になり大変危険なので、そこを攻撃する際には一切の慈悲は捨てること。
という昔に聞いた勇実の説明が、魄の脳裏に高速で過ったところで
「ええと……ごめん。股間大丈夫?」
申し訳なさそうに声をかけると、魁が目を開けて小さく頷いた。しかしまだ動けないようだ。
「ごめんね。ごめんね。正中線って妖魔の急所あるからついうっかりと。ごめんね」
一応潰さないように気を付けたが、股間は避けるべきだったかと少し後悔した。
とりあえず魁の戦闘不能により魄が勝利を得た。
炎と水の衝突がなくなると視界を覆っていた水蒸気が風によって薄まって来た。鷹尾と雪絵は薄まる水蒸気から自分の式鬼を見つける。
魄が立ち、魁が倒れているのを確認する。
「勝ってるな~。感心感心」
鷹尾は呑気に笑っていたが、雪絵は顔を真っ青にしながら「魁!」と金切り声を上げる。大切な者が傷つきショックを受けつつ彼の元へ駆け寄る。膝をおりながら雪絵は魁の鳩尾を抑える左手に手を添えると、魁はハッとして目を開けて顔を上げる。
「すまない雪絵。負けてしまった」
あっさりと敗北したショックが強く、魁は沈んだ顔色を隠せなかった。今まで見た事のない姿に胸が痛んだ雪絵は、すぐにショルダーバックから一枚の形代を取り出した。ぺたり、と魁の額に形代をつけると
「六根清浄 急急如律令」
魁の額に張り付いた形代に変化が現れた。額・首・胸・みぞおち・股間に黒いシミが浮き上がる。それと共に魁がゆっくりと上半身を起こして地面に座った。
形代がダメージを吸い取っている、そう感じて魄は少し距離を取った。
「魄。あいつら放っておいていいのか? 勝敗はついたが雪絵は再戦を言い出すぞ。面倒だよな」
鷹尾から呆れたように呼びかけられ魄は振り返る。彼は両手を組んで雪絵を見据えていた。言葉とは裏腹にとても楽しそうな表情をしている。
「正直、再戦は気乗りしない。戦うのは得意じゃないの」
魄は反省するように肩を落とした。
幼少期から妖魔と格闘を行うのが日常茶飯事だったため手加減が下手なのだ。組み手で相手の骨を折るなんてことがざらに起こってしまう。手加減の練習しようとしても人間相手ではもはや手加減のレベルではない。結局は妖魔を相手に組手を行うのが、人間にとっても鬼にとっても一番安全だった。
「それに……鷹尾だって【望んでいない】でしょ?」
魄が戦いたくないと思っていても、鷹尾が強く願い命じれば式鬼は主の命令を優先させる。命令に魄の意思や感情はなかったことにされる。彼女がこうして相手の体調を気遣い、回復を眺めることができるのも、鷹尾がそう望んでいるからだ。
鷹尾は「やれやれ」と苦笑しながら、魄を眺めた。
「負けてなかったからな。それに、雪絵が逞しくなっているのが単純に嬉しい」
雪絵はもともと姉に隠れるように、目立たないように生きていた少女だった。何かに躓くとすぐに泣いて諦めてしまう弱い少女だった。しかし今はどうだろう。式鬼を傷つけられたことを知った彼女は、怒りの眼差しで魄を睨んでいる。
「それに。決闘は魄の好きなようにやればいいさ」
空気の二層を混ぜるように水の塊と炎の塊が激しく動いている。接近しては拳を繰り出し、離れては術を放っていた。二つの力は拮抗している――ようにも思えたが。
五分、十分と経過するにつれ、徐々に水の勢いが増してきた。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎放弾!」
十数個の炎の礫が一直線に飛んでくる。魄はスライディングしながら避けて、滑りながら魁に向かって術を出す。
「い すい い とう ウォータージェット!」
高圧水流三本が魁に迫ってくる。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎放弾!」
水流の先端めがけて炎の礫がぶつかり勢いを奪った。
あっさり相殺されたのを見て魄は、ひゅう~。と感心しながら口笛を吹く。これは良い対戦相ができたと余裕の笑みを浮かべる。彼女はまだ小手比べの段階で本気を出していない。
一方の魁は、額に浮かんだ汗を手の甲でふき取りながら焦燥感を募らせていた。術が相殺されるのはまだいいが、体術が一切通用していない。殴っても蹴っても躱され、服を掴もうとしても裾をかするだけで、スルリと逃げられてしまう。魄が格闘術を行わず術のみで応戦しているのも不気味だ。
互いに本気で戦っていないとはいえ、魄がいかに戦い慣れているか感じ取ってしまい、魁は悔しそうに食いしばった。決着はまだついていない、勝負はこれからだと気を引き締める。
魄は魁の集中力が切れた瞬間を狙い、背後から術を放った。
「い すい い とう ウォータージェット!」
「っ!」
至近距離だったが持ち前の反射神経で上半身をひねってギリギリ回避すると、魁は一気に距離を詰めて魄の懐へ入り込んだ。術を出した後は数秒動作が止まることがある。そこを狙った。
魄は驚いて目を見開いたものの、鼻を鳴らして笑った。放たれた拳はタイミングが良くて回避が間に合わないので反撃する。みぞおちに来た拳を、身体を少しだけ後方にずらし手で受け流しつつ、魁のわき腹を狙って殴る。
「っ!」
拳が空を切ったと気づいた瞬間に魄の拳が迫って来たので、魁は腕でわき腹をガードした。ドンッと重い衝撃がやってくる。踏ん張ったが勢いを殺しれない。後方にジャンプして衝撃を減らすが、その動きは魄も読んでいる。同じようにジャンプしながら術を繰り出す。
「せい ふ せい すい せき う ウォーターポロ!」
魄の右手からバスケットボール大の水球が飛び出し、魁の顔面に激突する。
「ぐ!」
短すぎる距離のため避ける反応すら間に合わず、鼻っ面を直撃した。バスケットボールが顔面に衝突したような痛みが走る。魁が頭を仰け反らせながら着地する。
目線は上空だ。ダメージは少量だが一瞬の隙を作ることができた。魄は地面に着地すると、仰け反っている魁の正中線上にある、額・首・胸・みぞおち・股間の五箇所を殴った。
「ぐあっ!」
殴られた威力で吹っ飛ばされ、魁は背中から地面に落ちた。
「よし!」
「ぐ、うぐ。ぐぐぐぐぐ……」
魁はみぞおちと股間をそれぞれ押さえながら横向きになって悶えている。
額や首や胸やみぞおちの説明は省いていいだろう。急所なので殴られれば重篤な症状がでる場所だ。そして股間は生殖器付近で内分泌器官や神経が集中している箇所である。男性に大ダメージを与えるイメージが強いが、実際はそこにダメージを受けると性別関係なく激痛を及ぼす。ただし生半可な力で攻撃すると相手が興奮状態になり大変危険なので、そこを攻撃する際には一切の慈悲は捨てること。
という昔に聞いた勇実の説明が、魄の脳裏に高速で過ったところで
「ええと……ごめん。股間大丈夫?」
申し訳なさそうに声をかけると、魁が目を開けて小さく頷いた。しかしまだ動けないようだ。
「ごめんね。ごめんね。正中線って妖魔の急所あるからついうっかりと。ごめんね」
一応潰さないように気を付けたが、股間は避けるべきだったかと少し後悔した。
とりあえず魁の戦闘不能により魄が勝利を得た。
炎と水の衝突がなくなると視界を覆っていた水蒸気が風によって薄まって来た。鷹尾と雪絵は薄まる水蒸気から自分の式鬼を見つける。
魄が立ち、魁が倒れているのを確認する。
「勝ってるな~。感心感心」
鷹尾は呑気に笑っていたが、雪絵は顔を真っ青にしながら「魁!」と金切り声を上げる。大切な者が傷つきショックを受けつつ彼の元へ駆け寄る。膝をおりながら雪絵は魁の鳩尾を抑える左手に手を添えると、魁はハッとして目を開けて顔を上げる。
「すまない雪絵。負けてしまった」
あっさりと敗北したショックが強く、魁は沈んだ顔色を隠せなかった。今まで見た事のない姿に胸が痛んだ雪絵は、すぐにショルダーバックから一枚の形代を取り出した。ぺたり、と魁の額に形代をつけると
「六根清浄 急急如律令」
魁の額に張り付いた形代に変化が現れた。額・首・胸・みぞおち・股間に黒いシミが浮き上がる。それと共に魁がゆっくりと上半身を起こして地面に座った。
形代がダメージを吸い取っている、そう感じて魄は少し距離を取った。
「魄。あいつら放っておいていいのか? 勝敗はついたが雪絵は再戦を言い出すぞ。面倒だよな」
鷹尾から呆れたように呼びかけられ魄は振り返る。彼は両手を組んで雪絵を見据えていた。言葉とは裏腹にとても楽しそうな表情をしている。
「正直、再戦は気乗りしない。戦うのは得意じゃないの」
魄は反省するように肩を落とした。
幼少期から妖魔と格闘を行うのが日常茶飯事だったため手加減が下手なのだ。組み手で相手の骨を折るなんてことがざらに起こってしまう。手加減の練習しようとしても人間相手ではもはや手加減のレベルではない。結局は妖魔を相手に組手を行うのが、人間にとっても鬼にとっても一番安全だった。
「それに……鷹尾だって【望んでいない】でしょ?」
魄が戦いたくないと思っていても、鷹尾が強く願い命じれば式鬼は主の命令を優先させる。命令に魄の意思や感情はなかったことにされる。彼女がこうして相手の体調を気遣い、回復を眺めることができるのも、鷹尾がそう望んでいるからだ。
鷹尾は「やれやれ」と苦笑しながら、魄を眺めた。
「負けてなかったからな。それに、雪絵が逞しくなっているのが単純に嬉しい」
雪絵はもともと姉に隠れるように、目立たないように生きていた少女だった。何かに躓くとすぐに泣いて諦めてしまう弱い少女だった。しかし今はどうだろう。式鬼を傷つけられたことを知った彼女は、怒りの眼差しで魄を睨んでいる。
「それに。決闘は魄の好きなようにやればいいさ」
応援ありがとうございます!
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