式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼負けし未熟を悟る

雪絵と魁の反省会②

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 異論があると言わんばかりの口調に、つるぎは苦々しい表情をする。

「大人の事情というやつだ」

「当主に一泡吹かせると意気込んでいた気がしましたが?」

はくちゃんと同じくらい強かったら、お前を傍においていても許されるって思ったんだ。しっかり育ててますってアピールしたかったんだよ! あわよくば、ねえちゃんの悔しがる顔も見たかったって思うけど!」

 劍はぐいっとビールを一気に飲む。明日の恐怖を考えれば酒に酔いつぶれて寝てしまいたい。ジョッキを空にすると、口元をグイっと手の甲で拭いた。

「そもそも! お前が顔に呪い含んだ大怪我追って人相が分からない挙句、記憶喪失だったから悪い! 最初は人間の姿だったくせに途中から鬼に戻って暴走して、名前だけ思い出して」

 劍はビール缶をジョッキについでは飲み干す、を何度も繰り返す。いつもは伊代が数を決めているが、負けた悔しさを考えて今夜は数を問わないことにしたようだ。だが多めに飲んだ分、明日からの晩酌は当分の間なくなる。

「正直に言えばよその県の鬼かと思ったんだよ! 迷い人探ししてたんだよ! 都野窪つのくぼだったってわかったときの、その時の俺の気持ちわかるか!? 夫妻死んだ数年後に判明するんだぞ! 心臓にどれだけ負担かかったとおもってるんだ!」

「はい。申し訳ありません」

 魁は淡々と酒飲みの相手をしていたが、ふと、『都野窪』という言葉に引っかかりを覚えた。魄の名もそうだったはずだ。よくある名前なのかな。とぼんやり思っていた。

「もーーー! お前のせいだーー! 明日が怖いーーーー!」

 叫びと共にトクトクとコップに酒が注がれる。飲み過ぎていないだろうかと不安になりながら、魁は「はい。申し訳ありません」と大人しく返事を返す。
 酒を一気に飲み干した劍は目が据わった状態で魁を睨んだ。

「明日のねえちゃんの方針でかいの今後が決まる。間違いなく雪絵は主から外れるし、俺も……もうお前の主になれるほどの力量はない。環境が変わることを覚悟しとけ」

 魁の表情が曇り、唇をきつく結んで弱弱しく頷く。負けたのだから拒否はできない。本家にいき新たに主従を結ぶであれば従うしかなかった。
 劍はごくごくと酒を飲み干しながら、はぁー、と酒臭い息を空気中に放つ。

「なんて顔してんだ辛気臭せぇ。そもそも俺が無理意地したようなもんだし、なんとかしてやりたいが……正直約束はできないんだよなぁこれが」

 黙った魁をみながら、劍はやれやれとため息をつく。

「俺だって悪いと思っているぞ? しかしお前の存在を生涯隠せるはずがねーんだよ。ねーちゃんは分かってて待っててくれたんだ。そろそろお前のことを明かさなきゃならねー。とはいえ、あっちに渡したくないんだよなぁ。だから決闘してもらったんだが……こうなったら鷹尾に賄賂渡して口添えしてもらうかなー」

 劍は悪い笑みを浮かべた。口調や態度は荒いが子煩悩なので、魁の心情を一番に考えてやりたかった。

「あいつの好きなモノなんだったっけなー。金か? 物か? いやいや、それよりも効果的なのはやっぱ魄ちゃんだよなーぁ。魄ちゃんから鷹尾説得してそこからねーちゃんにって感じが一番かもしれない……。魄ちゃんは泣き落とせばいけるかも。どう思う?」

「……よくわかりません」

「それもそうだな」

 しばし二人とも無言になる。その時、トントン、とドアを叩く音がした。
 雪絵が来たのかと思い、劍が「中に入れ」と促すと、ドアを開けて入って来たのは咲紅さくらだった。
 予想外の来客に劍は「あれ?」と声を出し、魁は首を傾げた。

 咲紅は25歳の女性だ。背は150センチ前半と低くやつれた体である。全体的に整った顔のパーツだが、唇の分厚さが目立った。ニットの服にスラックスを履いていた。仕事帰りなので化粧が落ち、疲労がたまっているため目の下にクマがクッキリ浮かんでいたが、魁を見て生気を取り戻したように頬に朱が広がる。彼女は明らかに魁を異性として意識していた。

「咲紅おかえり。仕事ご苦労だったな」

 劍のねぎらいの言葉を無視して、咲紅は魁だけに視線をとどめる。

「おかえり魁。決闘はどうだった?」

「負けました」

 そうだと思ったが、咲紅は目を見開いて「えええ!」と驚いた演技をした。
 部屋の中に入り、魁の傍に近づくと体を摺り寄せる。対して魁は淡々とした態度を崩さない。姉として慕っているがそれ以上の感情は持ち合わせていないからだ。

「そうだったの。どこが悪かったの?」

「……全体的にです。悪いところがありすぎて、まとまらない」

 咲紅は伏し目になり「そうなの」と同情する。そしてそっと魁の肩に手を伸ばすと囁いた。

「私が魁の主になったら、違う結果になるんじゃない?」

 魁は首を左右に振った。

「主は雪絵です。咲紅さんには荷が重いかと」

 咲紅が「そんなことない」と否定するが、劍が「そうだぞ」と魁に同意した。

「咲紅は力が少ない。式鬼しきを扱おうとすれば逆に式鬼に意識を乗っ取られる。魁なら安心できるがなぁ。ほかの妖魔であればあっという間に操り人形にされる」

 咲紅はギッと父親を睨むが、劍は口元の泡を手の甲でふき取りながら、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「気に病むことはない。壱拾想じゅうそうの分家で式鬼を従える技量の雪絵が特別なだけだ。その代わり咲紅は形代や簡易結界が使える! あとは経理にも強いな。数字に強いのは凄いことだぞ! 母さんに似たんだな! 自分を誇るがいい!」

 ゲラゲラと笑う劍。気を悪くした咲紅はスッと立ち上がると「お邪魔様」と言い捨てて部屋から出た。
 そのまま伊代に雪絵の居場所を聞き、部屋に向かう。
 トントン、とノックするとパジャマ姿の雪絵が出てきた。入浴を終えて上着を取りに部屋へ戻ったところだったので、咲紅を見て驚いた。すぐに「おかえりなさいお姉さん」と挨拶して微笑む。

「お仕事ご苦労様で……っ!」

 パチン、と横っ面を叩かれた。突然の痛みに、雪絵はパチパチと瞬きを繰り返して叩かれた左頬を押さえ、驚いたように咲紅を見つめる。彼女は悔しそうに顔を歪めていた。

「あなたなんで負けたのよ! 魁の姿を見た? あんなに落ち込んで可哀そうだと思わないの!?」

 咲紅の怒りの理由を知り雪絵は押し黙る。すると今度は右頬を叩かれた。

「黙ってないで何かいえば!? 不甲斐ない主だこと! もちろん再戦するのよね! 魁が勝てるようにしてあげるんでしょ!? 今度は勝んでしょ!」

「決闘は、しないつもりです……っ!」

 頬に添えていた手ごと、咲紅に叩かれた。

「わかってる? わかってる!? 魁が私たちの前から……この家から出てしまうのよ! 耐えられるの!?」

 三発では足りなかったのか、咲紅は何度も雪絵の頬を平手で打った。

「わかって、います」

「いいえ、分かっていない! 雪絵は弱虫だからどうにもできない! 私に力があれば式鬼をもてるのに! 魁とずっと一緒に居られるのに! 私と立場をかえてよ! ねぇ! 私に魁をちょうだい!」

 泣きそうな顔で、羨ましい気持ちを前面に出して妹を痛めつける。
 雪絵は咲紅が魁を愛しているという事を知っている。しかし雪絵も魁を愛しているため譲れない。
 けども姉の悔しい気持ちは理解できるから、抵抗せず反撃せず痛みを受け入れる。

「わか、って、ます。だから、私は……」

 雪絵はギッと咲紅を睨んだ。睨まれた咲紅はピタッと反射的に手を止める。

「私は決闘しませんが鷹尾兄さんに再戦します! 式鬼を強くするために精進します! 見ていてください姉さん。貴女には絶対に魁を渡しません!」

「くっ!」

 咲紅が苦しそうに呻くと、騒ぎを聞きつけた伊代が足早にやってきた。

「何をしてるの! 喧嘩!?」

 伊代は雪絵の頬が腫れていることに気づいた。この姉妹の喧嘩は取っ組み合いが多いため特に驚かない。むしろ呆れてため息をついた。

「おねえちゃん、二十歳も過ぎてなにやってんのよ。雪絵は妹なんだから大事にしなきゃ」

「負けたから怒ったの」

 悪びれることもなく、ツンっとした態度でそっぽを向く。自分は悪くないと前面にアピールした。

「だからって叩かなくても。冷やしましょうね雪絵」

 伊代が雪絵の手を取り台所へ連れて行こうとすると、咲紅が呼び止めた。

「ねぇ。お母さん。私は式鬼をもてないのかな」

 伊代は咲紅と雪絵を交互にみて、雪絵に冷蔵庫にあるアイスノンで冷やすよう告げると先に歩かせた。後ろ髪引かれるように何度も振り返る雪絵。彼女の姿が消えたところで、伊代は咲紅の前に立つ。

「力がないと持てないみたいね。咲紅は私に似たんでしょう」
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