式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼負けし未熟を悟る

雪絵と魁の反省会①

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 雪絵とかいは去った二人を見送りつつ、ゆっくりと立ち上がる。雪絵が決闘について考えていると、魁が顔を覗き込んでいた。若干、期待した眼差しである。首を傾げる雪絵に魁は笑顔を向けた。

「雪絵、帰りはおぶって帰ろうか?」

 な。と声を出した。確実にあちらに感化されていると頬を赤くしながら、すぐに首を左右に振る。

「……ここまで車できたので車にします。父の車を置いて帰れません」

「そうだった。すまない。次の機会にしよう」

「次の機会って……」

 雪絵は言い澱むが、幼少時はよく魁におんぶしてもらっていたので、悪い気はしなかった。

 車に乗り込むと雪絵が発進させる。魁も運転免許を取得しているが、力が強いためハンドルやボタンを壊したり、軽く踏んだつもりでアクセル全開になっていたり、力の加減が上手くできない。車ごと崖下に連絡して廃車にすることが多かった。たとえ落ちてもすぐに魁が同乗者ともども脱出をするので一度も怪我をしたことはないが、心臓に悪いということで運転禁止になっていた。

 一車線の車道を通って帰宅する。練兵場からふた山越えた場所にある谷に小さな村がある。壱拾想じゅうそう家の分家が鬼門を守る役目を担うために作った場所と言われており、家屋が不規則に集まり塊状に並んでいる。農業に従事しており東京への出荷が主となっていた。
 
 大きい民家がぽつぽつと見える中、ひときわ大きい瓦屋根の農家住宅が見えてくる。外壁がぐるりと囲っていて、駐車スペースになっている平地には三台の車が停まっていた。駐車スペースに車を止めて入り口に向かうと、パッ、と明かりがついた。閑散とした庭の中を通り玄関へ向かうと、ガラス張りの玄関に明かりがついた。自動ではない。誰かが帰りを待っていたのだ。誰かは想像がつく。雪絵は深呼吸をすると、意を決して玄関を開けた。

「ただいま戻りました」

 広い土間兼玄関だ。古く大きな靴入れが左にあり、右に大きな花瓶が飾られた棚がある。玄関から廊下あがる段差は50センチと高い。
 帰宅した雪絵が廊下に上がるのを邪魔するようにつるぎが仁王立ちしていた。

 60歳の劍は170センチの身長で、畑仕事をやっているためやや筋肉質。ラフベリーショートの白髪、顔全体に皺があり特に目尻の皺やほうれい線が深い。目の色はこげ茶色の垂れ目、鼻筋はやや高い。厳つい太い眉毛と口元がヘの字のため強面の印象になる。外に出かけないので、部屋着である灰色のスウエットを着ていた。

 劍は険しい表情で二人を見下ろす。ずぶ濡れになり表情が沈んでいるので聞かなくても結果は分かった。しかし本人たちの口からきくべきと考え、重い口をひらく。

「首尾は?」

 雪絵と魁が土間に正座する。雪絵が重々しく口を開いた。

「……ごめんなさい。完敗でした」

「あの二人と、どのくらいの差があると感じた?」

「差は……あまりにも遠すぎてわかりません」

「負けた要因、自分に足りないモノ、技量など、何か感じ取ることができたか?」

「……いいえ」

 劍は反射的に大きな花瓶を握ると雪絵の上でひっくり返した。ばしゃっと水が落ちて花が体のあちこちに引っ付く。

「未熟者が! 一万歩譲って負けるのは許すが、決闘をしてなにも得たものがないとはどういう了見だ! 己の足りない部分も、どこを伸ばせばいいかも、何もわからないとは情けない!」

 劍の怒鳴り声でビリビリと玄関が揺れる。台所から彼の妻、伊代が慌ててやってくる。
 
 伊代は57歳で155センチのふっくらとした女性だ。白髪交じりの黒く長い髪は一つに結ばれている。やや垂れている目尻、目の色は黒、低い鼻筋、厚い唇。皺はあるが浅くて肌が艶々で、おっとり系の印象を受ける。家事が残っているので部屋着の上にエプロンをつけていた。彼女はこの村の住人で壱拾想と都野窪の関係を熟知している。

「どうしました!? あらあら二人ともずぶ濡れじゃない! おとうさん、お説教は後にして二人を温めないと」

「母さんは黙っとれ! 負けて帰って来た不肖な娘と息子に優しさなど不要だ!」

「なにいってんですか! あんなに二人を心配してたくせに」

「だって母さん。この子ら決闘で負けても反省の色なしなんだぞ! 反省会すらできないではないか! 明日はねえちゃんにこっぴどく怒られるっていうのに」

「私にすら19年も【魁が都野窪つのくぼのご子息】ってこと隠していたから怒ってるのに。義姉さんに怒られるのは当然ですよ。しっかり怒られてきなさい。あ、ほらほら二人とも早く上がって……あああああ、ちょっと待ってタオル持ってくるわね!」

 伊代がバタバタと駆け足で去っていった。母の優しさに雪絵の目頭が熱くなる。
 出鼻をくじかれたように「ふん」と劍が鼻を鳴らしながらくるりと背を向けた。

「風呂は先に雪絵が入りなさい。魁は服を着替えたら俺の部屋に来い。色々話がある」

 わかりました。と声をそろえる。タオルを受け取って廊下に上がった。

 服を着替えた魁は劍の部屋に入ると、険しい顔の剣が炬燵に座って待っていた。炬燵の上にポットと急須と湯呑、おにぎりと漬物が用意されている。無言でジッと炬燵の上に置かれている食べ物を見ていると、劍が手招きをして炬燵の中に入るように促す。魁は躊躇いがちにゆっくりと炬燵の中に足を入れる。暖かくてほわっとした。
 劍は急須を傾けてお茶を湯呑に注ぐと、魁に差し出した。魁は会釈をして受け取るとすぐに飲む。冷えた体がほわっとした。ホッと一息ついたところで、劍が後頭部を掻いた。

「あー……。怪我がなくてなによりだが。鷹尾たかおたちはどうだった? 全く歯が立たんかったか?」

 魁は神妙な面持ちになって湯呑を置く。姿勢を正して頷いた。

「赤子の手をひねるようにあしらわれました。式鬼しき……はくは主の補助を受けていないにも関わらず、雪絵と二人がかりで決闘しても敵いませんでした」

 劍は腕を組んで呻く。

「くっ。魄ちゃんちょっとくらい手加減してほしい」

 落胆している劍をみながら、勝てるとは思ってなかったのではと魁は感づいた。

「それならばなぜ。決闘を申し込めと言われたのでしょうか?」
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