式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

文字の大きさ
上 下
31 / 35
鬼の知が浮かび軽快に鬼は笑う

魄は先祖がえりをする②

しおりを挟む
 十メートル前方に羅刹らせつが二体、立っている。少々疲れたような表情だったが、はくを見るなりみるみる凶悪な笑みを浮かべた。

「まじ、いった、ちょ、ほんとに、まじか……うそだろ、はー、核を壊し損ねた」

 腕を支えにして体を起こそうとするが、その前に羅刹たちが魄の肩を持ち上げ宙に浮かす。びっくりして目を見開くと、地面に叩きつけられた。

「う!」

 頭を強打してしまい意識が混濁する。
 一体の羅刹が人間の核となる心臓を取り出そうと手を振り上げた。
 このままでは負ける。と感じた魄は……人をやめることにした。培った善意を捨てて本能の悪意に飲まれる。

 凶悪な意思が瞳に宿ると、模様が眩しく輝いた。口が少し裂けて大きな上の八重歯が唇からはみ出してくる。めきめきと全身の筋肉の筋が発達して硬くなり、手の爪が青く伸びて水滴を纏った。
 
 瞬きの間に夜叉へ変化した魄は、ふっと、唇を歪ませた。

「は、ははは。ははははは」

 嘲るように笑いながら、羅刹の腕を掴んで止める。腕を軸にして上に飛び上がり、羅刹の首に足先を突き刺しながら乗っかった。ゴキンと岩にひびが入る音がして、羅刹が前のめりになりながら頭から地面にめり込む。土砂がいくつか宙を舞った。
 羅刹の背中に着地して押さえつけながら、肩甲骨下の肉をえぐり取って核を取り出した。

「全く冗談じゃない」

 大きい飴玉のような艶々した核を、魄は躊躇いもなしに口の中にいれてかみ砕く。羅刹が幻のように霧散した。
 さて、と呟きながらもう一体の羅刹をみると、それは背を向けて、この場から離脱しようと全走力で走っていた。逃げる羅刹は恐怖に引きつっており体は小刻みに震えている。逆らってはならない相手だと本能的に悟り、なんとか逃げ延びようとしている。

「雑魚め。そんな鈍くさい動きで逃げられると思ってるのか?」

 魄はゆっくりと立ち上がると髪をかき上げて、そのまま腕を空に向けた。

「水をもって火を滅す 湯をもって雪にそそぐ 激流に砕かれろウォータージェット

 魄に右手が神々しく輝いた。一筋の水流が槍のように飛び出し、羅刹の肩に突き刺さる。核が体から押し出された。すぐに核を握ろうと羅刹が手を伸ばすが、刺さったままの水がしなり別の方向へふっ飛ばされる。

「ざーんねん」

 魄は高速で走って核を手で掴むと、急ブレーキをして立ち止まった。踏み込んだ衝撃で地面に靴跡がいくつか残っている。魄は核をかみ砕いた。
 気に激突した瞬間に霧散した羅刹を眺めながら、ペロリと舌で唇を舐めてゆっくりと背伸びをする。
 そしてすぐに渋い表情になり、腕に伸ばした両腕を腰に添えた。

「腹減った。なんの足しにもならない。人でも食いに行くか」

 きょろり、とあたりを見渡した魄だが、ここが山中だったことに気づき垂直に飛翔した。20メートルほど飛んで四方を確認する。遠くにポツポツと家の明かりが見えた。着地してから、町の方角に顔を向ける。

「あっちの方向か。契約によりジュウソウ一族に手出しはできないから、それ以外の人間を一人か二人……誰にしようかなー。身が引き締まってて美味いのは若い男だが、中が柔らかい女もいいよなぁ。痩せていると霜降りで、硬いと歯ごたえがある。迷うなぁ」

 涎を垂らしながら人間を思い浮かべていると、

「んあ?」

 木々の隙間を縫うように一枚の形代が飛んできて、魄の腕に巻き付いた。

「っく!?」

 ビリビリとした電気が全身に走ったので、魄は腕から形代を引きはがして破いた。埃でも払うように腕を撫でていると、二つの気配がすぐそこに居ると気づいた。何者かと凝視すると、形代と同じ道筋を辿りながら、森の木々の間をすり抜けた炎が青龍のように迫ってくる。

「水を以て水を救うべし 波を描けシーウォール

 魄の前面に水壁ができて青炎せいえんを遮った。密着した面から水蒸気が上がる。なんだかデジャヴを感じるなと思っていたら、すぐ目の前に魁が来ている。炎と一緒に走って来たようだ。魁が水の壁を殴ると一気に水が蒸発する。阻むものがなくなったので、魁はもう一度炎を出した。

「火をもって 火を救う 求火きゅうか!」

 先に発した炎が魁の左手に集まり激しい火柱が上がる。魁の全身を激しい炎が包むと全て両手に集中する。

「水を以て火を滅す 湯を以て雪に沃ぐ 激流に砕かれろウオータージェット

 魄も水の繭に包まると、腕ほどの水流を魁に放ちながら後退する。

「おおおおおお!」

 魁は向かってくる水流を片っ端から殴って軌道を外していく。水蒸気が二人を包むがお互いの位置はしっかりわかっていた。すべての水流が明後日の方向へ流れて地面をえぐる。魁が更に前進すると、魄は面倒臭そうにジト目になる。

「執念深いモノは嫌われるぞ」

 後方に逃げるのをやめて迎え撃つことにした。足を大きく開いて魁の右拳を手のひらで受け止める。ドッと魄の足元が二センチほど沈んだ。

「火を以て 火を救う 求火きゅうか!」

 魁の拳からでる青炎がさらに増しながら左拳をぶつける。魄は手で受け止めた。そのまま力が均衡する。十数秒経過すると、ジュっと、魄の手が火傷したように赤くなった。魁の目に戸惑いがうまれる。
 しかし魄は自らの手を意に介さず、逆に魁の拳をグッと握りしめた。

「水を以て火を滅す 湯を以て雪に沃ぐ 激流に砕かれろウォータージェット

 水柱が近距離から放たれる。

きる火は激発げきはつする!」

 ドォン、と魄と魁の間で爆発がおこる。二人の手が離れてそれぞれ反対方向に飛んで行った。数メートルふっ飛ばされた魄は両腕に火傷を負いながら難なく着地する。魁もくるりと一回転しながら着地した。爆発によって起こった火柱が魁に集まり左腕に収束していく。模様が脈打ちそこだけマグマのようだった。
 魄の腕が修復されて、右腕の模様が脈打ち、水が滴り落ちていた。

「おぬし主を変えたか? タカオか? あいつどこに隠れてる?」

 夜叉になったとはいえ記憶は魄のままだ。相手が誰でどんな関係は覚えている。

「魄を止めるために一時的に主従関係を結んだ」

 魁の返答に、一瞬だけ魄の視線が鋭くなるが、すぐに下衆な笑みを浮かべた。

「それは好都合。縁が切れてしまえば御の字だ。縛られるのは不自由で敵わん。カイもそう思うだろ?」

「思わない」

「鬼の威厳がないのか。腹の底からばかばかしいことだ」

 魄は歯を見せながら笑い、右手を魁に向ける。

「水を以て水を救うべし 波を描けシーウォール

 分厚い水の壁が出現する。高さ三メートル。幅五メートル。厚み十センチだ。それが三つ。激流のような速さで魁に向かって迫って来た。

「活きる火は激発する!」

 魁は両手を前に伸ばしながら炎を爆発させた。水壁の中央が割れるように吹っ吹っ飛んだが、魄に焦りはない。あれは時間稼ぎで本命はこっちだ。

光陰流水こういんりゅうすい風に乗り波を破る山高く水低しむねちて泣血きゅうけつす水面を 水を以て水を救うべし 無情を招く水火リバースエンド

 ぎゅる、と周囲の音が止んだ。
 魁が怪訝そうに眉をひそめたその瞬間、ドッと大量の水が魄からあふれ出した。
 あっという間に魁の腰まで水位が上がり、水が木々をなぎ倒して平地を水に沈めていく。

「火を以て 火を救う 求火きゅうか!」

 激流に動きをからめとられないよう、魁は体に火を纏わせて水の拘束を回避する。

「これは……」

 周りに壁がないのにどんどん水位が上がっていく。魁が焦る表情を浮かべると、魄は満足そうな笑みを浮かべた。

「タカオと一緒に死ね」

 ケラケラ笑いながら、魄は水の上を走って逃走を図った。
 魁は「はぁ」とため息をつく。

 ここまでの流れは鷹尾が言っていた通りである。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...