彼女に死ねと言われたら

浦登みっひ

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ジュエラー・シンハライト

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 バスに揺られてなんとか学校に辿り着き、教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉に絆創膏だらけの僕の顔に向けられた。参ったなあと思いながら席につくと、見慣れた顔がこちらに近付いてくる。

「おいモーリス、お前、体は大丈夫なのかよ……昨日の放課後、お前が血だらけで保健室に運び込まれたって、学校中で噂になってるぞ」

 彼の名前はラニ・アウォーディー。ハンロ高校に入ってからできた友達だ。ワイルド系の顔立ちにメッシュの入った金髪、耳にはピアスまでしている。一見するとヤンキーっぽい風貌で、最初はちょっと怖いやつなのかなと思っていたけれど、付き合ってみると意外と面倒見がよくて、気のいいやつだった。
 明るくて面白くて誰とでも分け隔てなく接するラニはクラス内外に友人が多く、決してコミュ力が高いとは言えない僕がすんなりとクラスに溶け込むことができたのは、彼のおかげによるところが大きい。面倒臭がって学級委員はやりたがらないけど、それ以上にクラス全員から一目置かれ、クラスをまとめられる存在。それがラニだった。

 それはそれとして、昨日の放課後、血だらけの僕が保健室に向かうところを誰かに見られてしまっていたらしい。実のところ、僕は運び込まれたわけじゃなく自分の足で保健室に行ったのだから、その時点で噂は間違っている。それに、傷口は思ったほど深くなかったし、保健室に向かったころには既に、出血も止まりかけていた。
 でもまあ、噂話は尾ひれ背ひれがついて伝わっていくものだ。僕に付き添ったロザリーの純白のドレスが血で汚れていたことも、話が大きくなった一因かもしれない。

「ああ、うん。別に大したことはないよ、ありがとう」
「あの女か?」

 あの女とは、もちろんロザリー……いや、この学校ではジュエラー・シンハライトのことだ。ラニは、僕が彼女と付き合い始めた頃から、僕たちの交際にずっと反対している。僕は適当に言葉を濁してやり過ごそうとしたのだけれど、彼にその手は通用しなかった。

「だから、あの女はやめとけって言ったじゃないか……お前の他にもさ、前にあいつにアタックした男はみんな似たような目に遭ってるんだよ。最初はかまととぶってるけどな、キスもしないうちから色々酷い目に遭わされるんだ。モーリス、お前もよくわかっただろ?」
「いや、でも、僕は……」
「そりゃあ、あの顔だから、惚れちまうのは仕方ないにしてもだ、あんな女と付き合ってたら命がいくつあっても足りないぜ。殺される前にさっさと別れた方がいい。女なら俺が紹介してやるからさ」

 ラニは僕の耳元に口を寄せ、声を潜めてそう言った。彼女の悪評はもう学校中に知れ渡っているため、今更こそこそ言う必要もないように思えるのだが。
 僕だって、彼女の噂を知らなかったわけではない。学内でも名うてのプレイボーイたちがこぞって彼女にアタックし、数人が交際にこぎつけて、片っ端から病院送りにされていった。理由はいずれもデート中にとても不幸な事故に遭遇してのもので(今となっては、ああ、ロザリーが魔法で何かしたんだな、とわかる)、いつしか彼女には『死神』という渾名がつけられていた。もしかしたら、不健康にさえ見えるロザリーの肌の白さも、そんな不吉な渾名の由来になったのかもしれない。

 そして、夏休みを過ぎた頃には、誰も彼女に近寄らなくなった。僕がロザリーと付き合えたのは、きっともう他にライバルがいなくなったからであって、僕が魅力的だったからではない。そこまで自惚れてはいないつもりだ。

 先人達がロザリーと付き合い始めて一月以内に病院送りにされたことを考えると、僕と彼女の交際は極めて長い間平穏に続いていたと言える。それはきっと、僕が彼女に対して急激に距離を詰めようとしなかったからではないかと考えていた。
 付き合い始めて三か月。僕と彼女のフィジカルな接触は、デートの時に手を繋いだり、電車や映画館で身を寄せたりするだけだった。随分ウブなんだな、とラニには笑われたけれど、僕は彼女と一緒にいるだけで、そして彼女を眺めているだけで、十分に幸せだったのだ。
 三か月が過ぎても特にトラブルが起こらなかったため、ラニも最近では僕らの交際に対して何も言わなくなっていた。その矢先の出来事だったのである。

「いや、ほんとに大丈夫だからさ、ラニ。気持ちだけもらっとくよ」
「モーリス、女は顔じゃないぞ。今ちょうどフリーの子、何人か知ってるからさ、あのジュエラーと三か月持ったお前なら、きっとうまくいく。だから考え直せ。な?」

 そんなこと言われても、今更他の子を好きになれるとは思えないんだよな……。
 尚も詰め寄ってくるラニに困り果てていると、彼の背後から、小鳥の囀りのように美しい声が響いた。

「私が、どうかした?」

 ラニがびくりと体を震わせ、声のした方をを振り返る。
 そこには、宝石のように華やかな微笑をたたえたロザリーが佇んでいた。今日の彼女は、昨日とはまた別の白いドレスに身を包んでいる。ラニは気まずそうな表情を浮かべながら僕から離れていった。

「い、いや、何でもない……ジュエラー、お前、こんな昼間から外に出て大丈夫なのか?」

 ちなみに、普段のロザリーは、瞳の変色を隠すために赤いカラーコンタクトを入れている。学校での彼女は、病弱な宝石商のお嬢様、ジュエラー・シンハライト。うっかり彼女のことをロザリーと呼んでしまわないように気を付けなくてはならない。

「ええ。お気遣いありがとう。今日は調子がいいの」

 ロザリーは上品に微笑みながら答えたが、本当は日差しの強い日の外出はなるべく避けたほうがいい。だから、こんなによく晴れた日に彼女が登校してくるのは極めて稀なことだ。ふと視線を巡らすと、他のクラスメイト達はひそひそと何事か囁き合いながら遠巻きに僕達三人を眺めている。

 きっと皆彼女が怖いのだ。けれど、今の僕には、彼らを責めることはできない。

 僕だって怖い。
 昨日のことを思い出すと。
 でも、好きなんだから仕方がないんだ。これが、惚れた弱みってやつか。

「モーリス、本当に大丈夫? 辛かったら何でも言ってね」

 今日の彼女はとても優しい。いや、彼女はいつも優しいのだ。先天性の病気があり、両親を失った、彼女のような境遇に置かれたら、誰だって精神が不安定になる瞬間があるんじゃないだろうか。昨日はちょうどそのタイミングだったのだ。

「大丈夫だよ。ジュエラーこそ……ちゃんと日傘を差してきた?」
「ええ、もちろん。モーリスは色白な女の子が好きでしょう?」

 人前でこんなに惚気ると普通なら冷やかしの声が飛んできそうなものだけれど、僕たちの周囲は逆にしんみりと静まり返っていた。クラスメイト達は、何か悪いものでも見てしまったかのように僕とロザリーから目を背ける。
 その時、教室の扉がガラリと開いて、担任のリオン・スピネル先生が入ってきた。

「はいはいおはよう。出欠取るからさっさと席につけよ~」

 スピネル先生は三十代の男性教諭。中途半端に伸びた黒髪はいつもボサボサで、分厚い丸眼鏡がトレードマーク。しかし何より特筆すべきは、ジュエラー・シンハライトがロザリー・アルバローズであることに、先生が気付いているらしいことだ。

 僕とジュエラーが付き合い始めたという噂が広がってから間もなく、僕は放課後の教室に一人だけ呼び出され、テストの結果に関するどうでもいい説教のあとで、突然こう切り出された。

『そういえば、お前、昔よくテレビに出ていたロザリー・アルバローズっていう女の子のことを覚えてるか?』

 そして先生は、ロザリーとマナを巡る現状を僕に説いた。
 スピネル先生は担当教科が科学だから、天才魔法少女と呼ばれていたころのロザリーを特に注意深く見ていたのではないかと思う。ロザリーの先天性白皮症は数万人に一人しか発症しない珍しい症例だし、これだけの美人だから、当時のことをよく覚えていれば、勘付いたとしてもおかしくはない。確かめたわけではないけれど、きっと僕のためにそれとなく助言したつもりだったのではないだろうか。
 僕とロザリーを取り巻くように集まっていたクラスメイト達は、素早く自分の席に戻っていった。

「お、ジュエラー・シンハライト。体調はどうだ?」

 出欠の順番は後半のはずだけれど、先生は最初にジュエラーの名を口にした。彼女が学校にいることは、それほどまでに珍しい出来事なのだ。しかも、こんなに天気のいい日に。

「ええ、大丈夫です」
「そうか。無理はするなよ。そうそう、昼休みに学長室に行きなさい。学長から直々に話があるそうだ」
「……はい、わかりました」
「モーリス・ディサイファ、お前もな」

 スピネル先生が僕を見て顎をしゃくる。

「え、僕もですか?」
「ああ。学長の呼び出しだ、ずらかるなよ」

 えええ、何だろう。ロザリーとの不純異性交遊? ……いやまさか。それとも、昨日の一件が学長の耳にまで入ってしまったのだろうか。
 いや、例えば僕が昨日屋上から飛び降りたところを見ていた人物がいて、それが自殺未遂と受け取られたにしても、学校ってのは大体そういうことをそ~っと揉み消そうとするはず。事件になっているわけでもないのに、わざわざ呼びつけられたりするか?
 クラスメイト達もにわかにざわつき始め、『やっぱり昨日の』という声が耳に飛び込んできた。

「はいはい静粛に。ほら、出欠とるぞ」

 スピネル先生の一声で、ホームルームは粛々と進められていく。

 そして、僕はそわそわと落ち着かない気持ちのまま、昼休みを迎えたのであった。
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