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ロザリーの白い馬
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任務のために午後の授業を免除された僕とロザリーは、一緒に彼女の屋敷、シンハライト邸に向かうことになった。
ロザリーは今日の午後のうちに任務を済ませてしまうつもりらしい。授業に出なくて済むのはありがたいけれど、テロ組織のアジトの偵察という任務の危険性を考えれば、リスクに見合ったリターンとは言えないような気がする。
そういえば、ダイヤモンド侯爵はさっき『ロザリーは今回のような偵察任務をいくつもこなしてきた』と言っていた。僕の知らないところで、ロザリーはずっとこんな危険な任務をこなしていたのだろうか。三ヶ月もの間、毎日のように話をしていたはずなのに、彼女は全くそんな素振りを見せなかった。僕は本当に彼女のことを何も知らなかったんだ。
ロザリーの自宅シンハライト邸は、ハンロ高校から徒歩で約三分のところにある。あまり日光に当たることのできないロザリーにとっては、この近さが何より重要なのだろう。
校舎から外に出ると、彼女はお気に入りの白い日傘を差した。登下校時、そして日中屋外を出歩く際に、いつも差しているものだ。レースの縁取りが施された可愛らしい日傘で、日光に透かして見ると、花柄の細かい刺繍の形が影になって浮かび上がり、素人の僕が見ても、それなりに値が張りそうなものだとわかる。
校門を出て、車の行き交う大通りを歩き、僕とロザリーは広大なシンハライト邸の門前に辿り着いた。
ここまで来るのは初めてではない。学校帰りやデートの帰りにはいつも彼女を送って来ているからだ。ただし、まだこの門の向こう側へは一度も足を踏み入れたことがない。
毎度のことではあるが、シンハライト邸の門前に立つと、そのスケールの大きさに圧倒させられる。敷地全体が高いレンガ塀に囲まれていて中の様子を窺うことはできないけれど、門扉の向こうには広い庭があって、その奥に、宮殿のように大きな屋敷が建っているのが見える。
鍵を開け、門扉を開くと、ロザリーは振り向いて僕の手を握った。
「モーリスも入って。絶対に、私から手を離しちゃダメだよ」
「え、入ってもいいの?」
ロザリーの柔らかな指の感触。『絶対に手を離しちゃダメ』なんて、かわいいことを言うなあ、ハハハ。
ロザリーに手を引かれて中に入ると、目の前には見事な庭園が広がっていた。季節は冬だというのに、広大な敷地には色とりどりの花が咲き乱れ、甘く濃厚な花の香りが漂ってくる。花粉症持ちじゃなくてよかったと、僕は自分の体質に感謝した。ロザリーは花園に向かって呼び掛ける。
「雪舞! 雪舞!」
雪舞。はて、召し使いの名前だろうか。そう思いながら辺りを見渡していると、屋敷の向こうから、何やらけたたましい足音が近付いてくるのがわかった。パカラッ、パカラッ……。何だ、この音は?
音のする方向を見ると、そこには何と、こちらめがけて一目散に駆けてくる白い馬の姿があったのだ。
え、馬って!
僕の身長より大きい馬が全速力で走ってくるその姿は迫力満点だった。
高らかに蹄を鳴らしながら駆け寄ってきた白い馬は、ロザリーの前でぴたりと立ち止まる。
「ただいま、雪舞」
ロザリーがそう言って馬の鼻面や首を撫でると、雪舞と呼ばれた馬は軽く鼻を鳴らし、気持ち良さそうに目を細めた。
「雪舞、この男の子が、前に話した私の彼氏、モーリスだよ」
ロザリーの言葉を理解したのか、雪舞と呼ばれた馬はじっと僕の顔を見た。体はとても大きいけれど、つぶらな瞳が可愛らしく、何だか優しそうな顔立ちをしている。白馬というのだろうか、被毛から蹄まで全てが真っ白で、何だかロザリーによく似ているな、と思った。
ロザリーが言った。
「ほらモーリス、手を出して」
言われるままに手のひらを差し出すと、ロザリーは僕の手首を掴み、その手を雪舞の鼻へと近付ける。
「え、大丈夫? 噛まれたりしない?」
「ふふ、大丈夫大丈夫。雪舞は優しい子だから」
温かい鼻息が、かじかんだ手のひらに吹きかけられる。雪舞は僕の手のひらの臭いを丹念に確かめているようだった。十秒ぐらい臭いを嗅いだあと、雪舞は突然ブルルと鼻を鳴らした。
「よし、これで雪舞とモーリスもお友達ね。雪舞はね、この屋敷のガードマンなの。女の子だから、ガードウーマンかな? 知らない人が入ってくると、すぐに飛んで行って蹴り殺しちゃうからね。でも、モーリスはもう大丈夫」
蹴り殺す、ってなかなか物騒な話だと思うんだけど、ロザリーがあまりに楽しそうに話すものだから、ちょっと強めの甘噛みみたいなニュアンスに感じられてしまうから不思議だ。
「なるほど。だから、手を離しちゃダメだったのか」
「うん。そういうこと。じゃあ、ついてきて」
ロザリーに導かれるまま、僕は花園の中に敷かれた一筋の石畳の上を、屋敷に向かって歩いた。
一歩一歩近付くごとに、屋敷の大きさを一層はっきりと実感させられる。宮殿か大聖堂かと見紛うほどの白亜の外観は遠目に見るよりもさらに荘厳で、まるで御伽噺の世界に迷い込んだような気分だ。ハンロ高校の校舎も無駄に豪華な造りではあるけれど、このシンハライト邸の方が品があるというか、細かいところまで意匠が施されているというか。
僕は、この敷地に足を踏み入れてから疑問に思っていたことをロザリーに尋ねてみた。
「ねえ、ロザリー」
「うん?」
「どうしてここの庭は、冬なのにこんなに花が咲いているの?」
「ああ、それはね……私のマナの力で外気を遮断しているから。BC兵器を使ったテロに対する備えとして、この敷地全体を高密度のマナで覆っているの。この暖かさは、その副産物。季節を問わず、敷地内の気温は一定に保たれているんだよ。外に比べたら、だいぶ暖かいでしょう?」
言われてみれば、門扉をくぐってからは、暖房のきいた屋内のようにほんわかと暖かさを感じるようになっていた。頭上には相変わらず冬晴れの青空が広がり、何か物理的に覆っているものがあるようには見えない。
外との温度差で少し暑さを感じ始めた僕は思わず制服のブレザーのボタンを外し、シャツのボタンも上二つまで外した。この広大な敷地を覆えるほどのマナの力とはいったい……。
「でも、こんな広い庭があると手入れが大変なんじゃない? 庭師とか、呼んでいるの?」
「いいえ、雑草は雪舞が食べてくれるし、水を撒くのも簡単だから……全然、一人でも平気だよ」
ロザリーは今日の午後のうちに任務を済ませてしまうつもりらしい。授業に出なくて済むのはありがたいけれど、テロ組織のアジトの偵察という任務の危険性を考えれば、リスクに見合ったリターンとは言えないような気がする。
そういえば、ダイヤモンド侯爵はさっき『ロザリーは今回のような偵察任務をいくつもこなしてきた』と言っていた。僕の知らないところで、ロザリーはずっとこんな危険な任務をこなしていたのだろうか。三ヶ月もの間、毎日のように話をしていたはずなのに、彼女は全くそんな素振りを見せなかった。僕は本当に彼女のことを何も知らなかったんだ。
ロザリーの自宅シンハライト邸は、ハンロ高校から徒歩で約三分のところにある。あまり日光に当たることのできないロザリーにとっては、この近さが何より重要なのだろう。
校舎から外に出ると、彼女はお気に入りの白い日傘を差した。登下校時、そして日中屋外を出歩く際に、いつも差しているものだ。レースの縁取りが施された可愛らしい日傘で、日光に透かして見ると、花柄の細かい刺繍の形が影になって浮かび上がり、素人の僕が見ても、それなりに値が張りそうなものだとわかる。
校門を出て、車の行き交う大通りを歩き、僕とロザリーは広大なシンハライト邸の門前に辿り着いた。
ここまで来るのは初めてではない。学校帰りやデートの帰りにはいつも彼女を送って来ているからだ。ただし、まだこの門の向こう側へは一度も足を踏み入れたことがない。
毎度のことではあるが、シンハライト邸の門前に立つと、そのスケールの大きさに圧倒させられる。敷地全体が高いレンガ塀に囲まれていて中の様子を窺うことはできないけれど、門扉の向こうには広い庭があって、その奥に、宮殿のように大きな屋敷が建っているのが見える。
鍵を開け、門扉を開くと、ロザリーは振り向いて僕の手を握った。
「モーリスも入って。絶対に、私から手を離しちゃダメだよ」
「え、入ってもいいの?」
ロザリーの柔らかな指の感触。『絶対に手を離しちゃダメ』なんて、かわいいことを言うなあ、ハハハ。
ロザリーに手を引かれて中に入ると、目の前には見事な庭園が広がっていた。季節は冬だというのに、広大な敷地には色とりどりの花が咲き乱れ、甘く濃厚な花の香りが漂ってくる。花粉症持ちじゃなくてよかったと、僕は自分の体質に感謝した。ロザリーは花園に向かって呼び掛ける。
「雪舞! 雪舞!」
雪舞。はて、召し使いの名前だろうか。そう思いながら辺りを見渡していると、屋敷の向こうから、何やらけたたましい足音が近付いてくるのがわかった。パカラッ、パカラッ……。何だ、この音は?
音のする方向を見ると、そこには何と、こちらめがけて一目散に駆けてくる白い馬の姿があったのだ。
え、馬って!
僕の身長より大きい馬が全速力で走ってくるその姿は迫力満点だった。
高らかに蹄を鳴らしながら駆け寄ってきた白い馬は、ロザリーの前でぴたりと立ち止まる。
「ただいま、雪舞」
ロザリーがそう言って馬の鼻面や首を撫でると、雪舞と呼ばれた馬は軽く鼻を鳴らし、気持ち良さそうに目を細めた。
「雪舞、この男の子が、前に話した私の彼氏、モーリスだよ」
ロザリーの言葉を理解したのか、雪舞と呼ばれた馬はじっと僕の顔を見た。体はとても大きいけれど、つぶらな瞳が可愛らしく、何だか優しそうな顔立ちをしている。白馬というのだろうか、被毛から蹄まで全てが真っ白で、何だかロザリーによく似ているな、と思った。
ロザリーが言った。
「ほらモーリス、手を出して」
言われるままに手のひらを差し出すと、ロザリーは僕の手首を掴み、その手を雪舞の鼻へと近付ける。
「え、大丈夫? 噛まれたりしない?」
「ふふ、大丈夫大丈夫。雪舞は優しい子だから」
温かい鼻息が、かじかんだ手のひらに吹きかけられる。雪舞は僕の手のひらの臭いを丹念に確かめているようだった。十秒ぐらい臭いを嗅いだあと、雪舞は突然ブルルと鼻を鳴らした。
「よし、これで雪舞とモーリスもお友達ね。雪舞はね、この屋敷のガードマンなの。女の子だから、ガードウーマンかな? 知らない人が入ってくると、すぐに飛んで行って蹴り殺しちゃうからね。でも、モーリスはもう大丈夫」
蹴り殺す、ってなかなか物騒な話だと思うんだけど、ロザリーがあまりに楽しそうに話すものだから、ちょっと強めの甘噛みみたいなニュアンスに感じられてしまうから不思議だ。
「なるほど。だから、手を離しちゃダメだったのか」
「うん。そういうこと。じゃあ、ついてきて」
ロザリーに導かれるまま、僕は花園の中に敷かれた一筋の石畳の上を、屋敷に向かって歩いた。
一歩一歩近付くごとに、屋敷の大きさを一層はっきりと実感させられる。宮殿か大聖堂かと見紛うほどの白亜の外観は遠目に見るよりもさらに荘厳で、まるで御伽噺の世界に迷い込んだような気分だ。ハンロ高校の校舎も無駄に豪華な造りではあるけれど、このシンハライト邸の方が品があるというか、細かいところまで意匠が施されているというか。
僕は、この敷地に足を踏み入れてから疑問に思っていたことをロザリーに尋ねてみた。
「ねえ、ロザリー」
「うん?」
「どうしてここの庭は、冬なのにこんなに花が咲いているの?」
「ああ、それはね……私のマナの力で外気を遮断しているから。BC兵器を使ったテロに対する備えとして、この敷地全体を高密度のマナで覆っているの。この暖かさは、その副産物。季節を問わず、敷地内の気温は一定に保たれているんだよ。外に比べたら、だいぶ暖かいでしょう?」
言われてみれば、門扉をくぐってからは、暖房のきいた屋内のようにほんわかと暖かさを感じるようになっていた。頭上には相変わらず冬晴れの青空が広がり、何か物理的に覆っているものがあるようには見えない。
外との温度差で少し暑さを感じ始めた僕は思わず制服のブレザーのボタンを外し、シャツのボタンも上二つまで外した。この広大な敷地を覆えるほどのマナの力とはいったい……。
「でも、こんな広い庭があると手入れが大変なんじゃない? 庭師とか、呼んでいるの?」
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