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監獄島の惨劇 ジャンル:ホラー
1時07分
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「その猫、加藤くんの事が大好きなんだね」
一目惚れだった。元々惚れやすい性格の和彦ではあったが、明美に初めて話しかけられたその時、明らかに、それまでとは違う……何か、運命めいたものを感じた。その日以降、明美は毎日のように、大学近くの公園にある、その野良猫との憩いの場を訪ねてくるようになった。
和彦は、生まれつきいかつい顔をしている上、特に女性を目の前にすると口下手になってしまうため、それまで女性にモテた事が一度もなかった。これは脈アリかと思ってもなかなかうまくいかず、後になって冷静に考えてみれば、からかわれたとしか思えないような事が何度もあった。そうした事ばかりが続いて、当時の和彦はすっかり女性不信に陥っていたのだ。
出会いを求めて飲みサーに入ってみてもなかなかこれといった女性に出会えず、サークル外の女の子には風貌だけで敬遠され、ああ、俺の青春はこのまま終わるんだろうな……と半ば諦めかけていた。明美と知り合ったのは、そんな時期の事だった。
明美は、会話の中でさりげなく、和彦の事を色々尋ねてきた。趣味は何か? 休みの日は何をしているのか? 好きな音楽は? 芸能人で言うと、誰がタイプ? 犬と猫、どっちが好き? きのこ派? たけのこ派? 彼女はいるの? 今度カラーリングしようと思うんだけど、どんな色がいいと思う? ……質問の内容がどんどん他愛のないものへと変わっていくのにつれて、『加藤くん』という呼称が、『和彦くん』になり、いつの間にか『和彦』へと変化していった。
思えば、これほど女の子に質問を受けた事はなかった。興味を持たれた事がなかったのだ。和彦は、初めて本当の恋を知った。ある日、和彦は意を決して、明美をデートに誘ってみた。
「あの……よかったら、今度、食事でも……行きませんか」
とっくにタメ口で会話する仲になっていたのだが、この時は緊張からか、無意識のうちに敬語を使ってしまった。
すると、明美はいつものように微笑んで、
「いつになったら誘ってくれるのかな、って思ってたんだよ?」
思いの丈を打ち明けたのは、三度目のデートの時だった。
それまでは、雑誌などで紹介されている当たり障りのないデートスポットを選んでありきたりなデートをしていた。しかし、その日は和彦のバイクで、近くの山までツーリングに出掛けたのだ。
よく晴れた夏の日だった。後ろに明美を乗せて、和彦は愛車のアクセルを握った。エンジンがブォォォンと心地よい音を上げて、バイクは速やかに加速していく。肌を撫でてゆく風の冷たさと、背中に感じる明美の体温が、対照的でありながらも、どちらも心地よかった。
山の頂上付近までやってきて、和彦はバイクを止めた。
雲一つない青空と灼けるような日差しの強さに、和彦は目を細める。眼下には鬱蒼とした森が生い茂り、はるか遠方には、ジオラマのような街が広がっていた。二人が通っている大学も、米粒のように小さく見える。
自分達があのジオラマの中で繰り広げている日常が、まるで人形劇のように、些細な事に感じられる。ここに来るまでの間、うじうじと悩んでいたのが、本当にちっぽけな事のように思えた。和彦は覚悟を決めて、隣に寄り添うように立っている明美に向き直った。
「明美……」
「ん、どうしたの?」
振り向いた明美と視線が合い、一瞬、和彦は逡巡した。いや、だめだ。ここで決めなきゃ男じゃねえ。
「俺は、明美を幸せにしたい」
最後まで言ってしまってから、和彦は後悔した。これじゃ、告白どころかプロポーズじゃないか?
しかし、明美は即答だった。夏の太陽より眩しい笑顔で、
「はい、よろしくお願いします」
その日から、和彦は明美に首ったけである。浮気なんて考えた事もなかった。和彦にとって、明美が最初で最後の女。そう心に決めていた。
三年になって、和彦がサークルのリーダーを押し付けられると、明美はわざわざ所属していた写真サークルを辞めてこの飲みサーに入り、陰に日向に和彦のサポートをしてくれた。雑な性格の自分にリーダーなんかが務まっているのは明美のおかげだと、常々思っている。
そんな事を思い出しながら、和彦は明美の待つ休憩室を目指していた。
瀬名、京谷の二人と別れてから結構歩かされてしまったが、二階まで降りてからはある程度道を思い出すことができた。記憶を辿りながら歩いて行くと、すぐに休憩室の看板が見えた。
扉の前に立った和彦は、中からあまり人の気配が感じられない事に違和感を覚える。しかし、まあ気のせいだろう、と思い直し、そのまま扉を開け、中に入った。
「お~い、明美、戻ったぞ~!」
返事はない。部屋の中は不気味なほどに、しん、と静まり返っている。
「明美……?」
和彦は懐中電灯の明かりを辺りに走らせる。仄かに、血の臭いを感じたような気がしたが、これも気のせいだと片付けた。しかし……
部屋の中ほどまで歩いた時だった。
血溜まりの中で、誰かがうつ伏せに倒れている。その衣服は力づくで破いたかのように、引き裂かれていた。
あれは誰だ?
明美ではない。
そんな事は有り得ない。
和彦は恐る恐る近付いた。そしてこわごわと、その倒れている人物の顔にライトを当てる。
それは紛れもなく明美だった。
和彦は頭の中が真っ白になった。急いで明美のもとに駆け寄る。椅子やテーブルに何度も強かに体を打ったが、痛みなんて全く感じない。
「明美……明美!」
明美は既に冷たくなっていた。
これは夢だ。夢に違いない。なんて縁起の悪い夢だろう。ほら、こんなに強くあちこち体をぶつけたのに、痛みなんて全く感じないじゃないか。やっぱりこれは夢だ。早く覚めてくれよ。なあ。おい!
和彦は頬をつねってみた。
痛い。
先程まで全く意識していなかった体中の痛みが、急激に知覚され始める。
困惑する和彦は、背後に近付く何者かの気配に気付く事ができず……
和彦の後頭部に手斧が振り下ろされた。
ザクッ
何が起こったのか考える間もないまま、和彦はうつ伏せに倒れた。
目の前には、首を切り裂かれ、骨まで露出した明美の亡骸が横たわっている。遠のいてゆく意識の中で、和彦は何度も明美の名前を呼び続けた。
明美……明美……
どうしてこんな事になっちまったんだ……
肝試しなんて、やるんじゃなかった。
ごめんなぁ、明美……
こんな事なら、もっと早く言っておくんだった。
俺と、結婚……して……
部屋の中にはチェーンソーの駆動音が鳴り響いている。
殺人者は、仮面の下でニタリと笑い、ぱっくりと割れた和彦の後頭部にその刃を差し込んだ。
チュィィィィィィィィン
と、頭蓋骨を削る音。しかしそれはやがて、
グチュ……ヂュルルルルルルルルルルル
一目惚れだった。元々惚れやすい性格の和彦ではあったが、明美に初めて話しかけられたその時、明らかに、それまでとは違う……何か、運命めいたものを感じた。その日以降、明美は毎日のように、大学近くの公園にある、その野良猫との憩いの場を訪ねてくるようになった。
和彦は、生まれつきいかつい顔をしている上、特に女性を目の前にすると口下手になってしまうため、それまで女性にモテた事が一度もなかった。これは脈アリかと思ってもなかなかうまくいかず、後になって冷静に考えてみれば、からかわれたとしか思えないような事が何度もあった。そうした事ばかりが続いて、当時の和彦はすっかり女性不信に陥っていたのだ。
出会いを求めて飲みサーに入ってみてもなかなかこれといった女性に出会えず、サークル外の女の子には風貌だけで敬遠され、ああ、俺の青春はこのまま終わるんだろうな……と半ば諦めかけていた。明美と知り合ったのは、そんな時期の事だった。
明美は、会話の中でさりげなく、和彦の事を色々尋ねてきた。趣味は何か? 休みの日は何をしているのか? 好きな音楽は? 芸能人で言うと、誰がタイプ? 犬と猫、どっちが好き? きのこ派? たけのこ派? 彼女はいるの? 今度カラーリングしようと思うんだけど、どんな色がいいと思う? ……質問の内容がどんどん他愛のないものへと変わっていくのにつれて、『加藤くん』という呼称が、『和彦くん』になり、いつの間にか『和彦』へと変化していった。
思えば、これほど女の子に質問を受けた事はなかった。興味を持たれた事がなかったのだ。和彦は、初めて本当の恋を知った。ある日、和彦は意を決して、明美をデートに誘ってみた。
「あの……よかったら、今度、食事でも……行きませんか」
とっくにタメ口で会話する仲になっていたのだが、この時は緊張からか、無意識のうちに敬語を使ってしまった。
すると、明美はいつものように微笑んで、
「いつになったら誘ってくれるのかな、って思ってたんだよ?」
思いの丈を打ち明けたのは、三度目のデートの時だった。
それまでは、雑誌などで紹介されている当たり障りのないデートスポットを選んでありきたりなデートをしていた。しかし、その日は和彦のバイクで、近くの山までツーリングに出掛けたのだ。
よく晴れた夏の日だった。後ろに明美を乗せて、和彦は愛車のアクセルを握った。エンジンがブォォォンと心地よい音を上げて、バイクは速やかに加速していく。肌を撫でてゆく風の冷たさと、背中に感じる明美の体温が、対照的でありながらも、どちらも心地よかった。
山の頂上付近までやってきて、和彦はバイクを止めた。
雲一つない青空と灼けるような日差しの強さに、和彦は目を細める。眼下には鬱蒼とした森が生い茂り、はるか遠方には、ジオラマのような街が広がっていた。二人が通っている大学も、米粒のように小さく見える。
自分達があのジオラマの中で繰り広げている日常が、まるで人形劇のように、些細な事に感じられる。ここに来るまでの間、うじうじと悩んでいたのが、本当にちっぽけな事のように思えた。和彦は覚悟を決めて、隣に寄り添うように立っている明美に向き直った。
「明美……」
「ん、どうしたの?」
振り向いた明美と視線が合い、一瞬、和彦は逡巡した。いや、だめだ。ここで決めなきゃ男じゃねえ。
「俺は、明美を幸せにしたい」
最後まで言ってしまってから、和彦は後悔した。これじゃ、告白どころかプロポーズじゃないか?
しかし、明美は即答だった。夏の太陽より眩しい笑顔で、
「はい、よろしくお願いします」
その日から、和彦は明美に首ったけである。浮気なんて考えた事もなかった。和彦にとって、明美が最初で最後の女。そう心に決めていた。
三年になって、和彦がサークルのリーダーを押し付けられると、明美はわざわざ所属していた写真サークルを辞めてこの飲みサーに入り、陰に日向に和彦のサポートをしてくれた。雑な性格の自分にリーダーなんかが務まっているのは明美のおかげだと、常々思っている。
そんな事を思い出しながら、和彦は明美の待つ休憩室を目指していた。
瀬名、京谷の二人と別れてから結構歩かされてしまったが、二階まで降りてからはある程度道を思い出すことができた。記憶を辿りながら歩いて行くと、すぐに休憩室の看板が見えた。
扉の前に立った和彦は、中からあまり人の気配が感じられない事に違和感を覚える。しかし、まあ気のせいだろう、と思い直し、そのまま扉を開け、中に入った。
「お~い、明美、戻ったぞ~!」
返事はない。部屋の中は不気味なほどに、しん、と静まり返っている。
「明美……?」
和彦は懐中電灯の明かりを辺りに走らせる。仄かに、血の臭いを感じたような気がしたが、これも気のせいだと片付けた。しかし……
部屋の中ほどまで歩いた時だった。
血溜まりの中で、誰かがうつ伏せに倒れている。その衣服は力づくで破いたかのように、引き裂かれていた。
あれは誰だ?
明美ではない。
そんな事は有り得ない。
和彦は恐る恐る近付いた。そしてこわごわと、その倒れている人物の顔にライトを当てる。
それは紛れもなく明美だった。
和彦は頭の中が真っ白になった。急いで明美のもとに駆け寄る。椅子やテーブルに何度も強かに体を打ったが、痛みなんて全く感じない。
「明美……明美!」
明美は既に冷たくなっていた。
これは夢だ。夢に違いない。なんて縁起の悪い夢だろう。ほら、こんなに強くあちこち体をぶつけたのに、痛みなんて全く感じないじゃないか。やっぱりこれは夢だ。早く覚めてくれよ。なあ。おい!
和彦は頬をつねってみた。
痛い。
先程まで全く意識していなかった体中の痛みが、急激に知覚され始める。
困惑する和彦は、背後に近付く何者かの気配に気付く事ができず……
和彦の後頭部に手斧が振り下ろされた。
ザクッ
何が起こったのか考える間もないまま、和彦はうつ伏せに倒れた。
目の前には、首を切り裂かれ、骨まで露出した明美の亡骸が横たわっている。遠のいてゆく意識の中で、和彦は何度も明美の名前を呼び続けた。
明美……明美……
どうしてこんな事になっちまったんだ……
肝試しなんて、やるんじゃなかった。
ごめんなぁ、明美……
こんな事なら、もっと早く言っておくんだった。
俺と、結婚……して……
部屋の中にはチェーンソーの駆動音が鳴り響いている。
殺人者は、仮面の下でニタリと笑い、ぱっくりと割れた和彦の後頭部にその刃を差し込んだ。
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