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ノックスの憂鬱 ジャンル:ミステリ
『犯行現場に秘密の抜け穴や通路があってはならない』
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いや〜あ、最高のライブだった。
やっぱり田舎のハコと比べると、東京のライブハウスは広いし、音もいい。
京子様も美しかった。ああ、あの綺麗な脚に踏まれたい……。
フォロワーにもたくさん会えたし、わざわざ瞬さんに頼んでここまで来た甲斐があったってもんだ。
ま、その分金はかかったけどね……。
しかし、俺の机の貯金箱には何故か結構金が入っていて、東京遠征ぐらいなら全然屁でもないって感じ。毎年お年玉をコツコツと貯めてはいたけど、まさかあんなに貯まってるとは思わなかった。なんでこんなに金あるんだろ。
まいっか。
で、俺と瞬さんは宿を目指すことになったわけなんだけど、遠いんだ。これが。
何しろ、天下のタイフーンのコンサートと重なっちまったもんだから、このあたりのホテルはほとんど予約が取れない。向こうの観客は数万人、こっちは数百人。数字で比べると桁が二つも違うんだなあ……。
ライブ会場のすぐ近くにもホテルはあったんだけど、当然のように予約満室。
サイトをあちこち探しまくってようやく見つけたのは、小さな民宿だった。大都会東京まで来て民宿。まあそこしか空いてなかったんだからしかたない。
ライブハウスからは結構離れていて、徒歩で直接向かうのはちょっと厳しい感じ。俺達はまず電車で最寄駅に移動して、そこから歩いてみることにした。
しかし、いざ駅に着いてスマホの地図アプリを開いてみると……あれっ?
ない。
アプリに載っていないのだ。
「……マジで?」
思わず口に出ちゃったよね。
「どうした、鮫ちゃん」
瞬さんが心配そうに俺のスマホを覗き込む。
「いやあ、実は、アプリに載ってなくて……」
「えっ、載ってないって……場所わかるのか?」
「一応、予約とったサイトに簡易マップが載ってたはずなんで、ちょっとそこ見てみます」
大急ぎでブラウザを開く。きょうびマップに載ってない宿なんて、そんなのアリかよ……。
「……あ、あったあった……けど」
「どれどれ?」
サイトの画面を見ながら、俺と瞬さんは硬直した。
雑に描かれた数本の道路の横にゴマみたいな点がぽつんと打ってあって、わざわざ『ココ!』という文字と、ご丁寧に矢印までついているんだけど、そこに行くまでがほんとにおおまかで、何が何だかさっぱりわからない。
『セブントゥエルブのある交差点を左に』
って書いてあるけど、セブントゥエルブ(コンビニチェーンの名前ね)は都内の市街地ならどこにでもあるから、なんの目印にもなりゃしない。
「まあ、とりあえずこれを頼りに進むしかないんだから、行ってみよう。でも鮫ちゃん、次からは事前にもっとちゃんと調べとかなきゃダメだぞ」
瞬さんはため息のあとでそう言った。反論の余地なし。ぐずぐずしていても始まらないから、とにかく俺達はこの地図通りに歩き始めた。
ええと、大通りを真っ直ぐ……次に十字路を左折……え、どこの十字路? セブントゥエルブ向こうにもあるし? 全然わからんぞ?
……ってな感じで、やっぱり、案の定、俺達は道に迷った。
いろいろ考えた挙句、結局タクシーを拾う羽目になった。運転手に宿の名前を伝えてみたものの、運転手も首を捻っていたし、カーナビにも登録されていないみたいだった。もしかして、この民宿、実在しないんじゃないか……という嫌な予感が脳裏をよぎる。
でも、最終的には住所を頼りに宿の近辺まで連れていってもらい、周辺をさんざん歩き回って、ようやく小さな小さな看板を見つけた。タクシーを拾ったのは正解だった。歩いていたら数時間はかかる距離だったからね。この簡易マップ、縮尺がついてないから距離感が全然掴めないよ……駅からのアクセス何分とかの表示もなかったし、やっぱりこういうところちゃんと見ないとだめだね。タクシーの料金も予想外に高くついてしまった。宿についたらちょっと文句を言ってやろう。
で、その小さな看板には、毛筆のやけに達筆な字でこう書いてあった。
『民宿 やすらぎ』
どこがやすらぎじゃ!
そこは民宿と言えば民宿に見えなくもないが、倉庫と言えば倉庫にも見えなくもない、やすらぎという言葉の持つ雰囲気とは程遠い絶妙なショボさだった。
とはいえ、俺も瞬さんもクタクタに疲れていたので、半ばすがるような気持ちで民宿「やすらぎ」の玄関を開けた。なんかもう屋根のあるところで眠れたらそれでいいやという感じ。
「あら、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
現れたのは、小柄で華奢な五十代ぐらいの、普通のおばさんだった。
「予約してた、京谷ですけど……」
「ああはい、京谷様ですね。お部屋の用意は整っております。今すぐご案内しましょうか?」
後ろを振り返ると、瞬さんは小さく頷いた。
「はい、お願いします。もう、クタクタで……ホームページに載ってた地図、全然わからなかったっす……」
玄関から入ってすぐのところに、普通のテーブルと、うちのソファより固そうな座椅子が申し訳程度に置いてあるロビー(?)があり、そこを過ぎると、すぐに客室があった。
短い廊下を挟んで、片側に部屋が三つ、両方合わせて六部屋。俺達にあてがわれた部屋は、左側の一番手前の部屋だった。
「何にもないところですけど、どうぞごゆっくりしていってください」
何にもないのは見ればわかるよ……。でも、おばさんの笑顔がすごく溌剌としていて、なんだか愚痴を言う気も失せてしまっていた。
「この民宿が満室になるなんてもう何年ぶりかしら……今夜は忙しくて手が回らないこともあるかもしれませんけど、何か御用がございましたら何なりとお申し付けくださいね」
「えっ、ここが満室? マジっすか!」
思わず驚きの声を上げると、突然背後から脇腹に軽い衝撃を受けた。
(おい、それはさすがに失礼だぞ)
耳元で囁く瞬さんの声。すぐ後ろに立っていた瞬さんに軽くパンチされたらしい。
(す、すみません)
それにしても、さっき『何年ぶり』って言ってたよな……この民宿、そんなに長く続いてるのか? むしろそっちの方が驚きかもしれない。
しかし、おばさんは気にする風もなく、
「そうなんですよ、今日になって急にね、ほら、なんて言ったかしら、若い人向けの、バンドっていうの? なんだか東京メトロみたいな名前のグループで……ご存じない?」
「はあ、東京メトロ……? いえ、全然……」
そんなことを話していると、玄関の方が何やらにわかに騒がしくなってきた。車の低いエンジン音と、ドアが閉まるバタンという音。それも一つや二つではない。他の客が来たのかな?
「あら、お客様かしら? では、ごゆっくり」
おばさんは軽く会釈をして、いそいそとロビーの方に歩いていった。
「じゃあ、とりあえず荷物を下ろそうか、鮫ちゃん」
部屋は安いアパートみたいで、やすらげるとはお世辞にも言えない感じだった。宿に着いたのはもう十時を過ぎていたから、もう布団が二つ敷いてあったんだけど、そのせいで余計に部屋が狭く見えているのかもしれない。とりあえず荷物を下ろしてオフトゥンに横になっていると、ロビーの方からがやがやと話し声が聞こえてきた。
「うわ、なんかすげえレトロっつうか……」
「しっ! 文句言うんじゃないわよ、他全部満室だったんだから」
あれ、なんか聞き覚えのあるダミ声……?
いや、でも、今の口調は明らかにオカマだった。そんなわけがない。
でも、ついさっきまでライブ会場で聴いていた声を聞き間違えるか?
どうしても気になった俺は、慌てて廊下に飛び出した。
やっぱり!
そこにいた四人組は、衣装は着替えていたけれど、紛れもなく、数時間前までステージの上にいたあの四人だった。
でもでもでもでも、なんで?
なんでメトロポリタン・ヴァンガードのメンバーがこんな民宿に……?
っつうか、
『東京メトロみたいな名前のグループ』って、メトロしか合ってないよ、おばさん……。
やっぱり田舎のハコと比べると、東京のライブハウスは広いし、音もいい。
京子様も美しかった。ああ、あの綺麗な脚に踏まれたい……。
フォロワーにもたくさん会えたし、わざわざ瞬さんに頼んでここまで来た甲斐があったってもんだ。
ま、その分金はかかったけどね……。
しかし、俺の机の貯金箱には何故か結構金が入っていて、東京遠征ぐらいなら全然屁でもないって感じ。毎年お年玉をコツコツと貯めてはいたけど、まさかあんなに貯まってるとは思わなかった。なんでこんなに金あるんだろ。
まいっか。
で、俺と瞬さんは宿を目指すことになったわけなんだけど、遠いんだ。これが。
何しろ、天下のタイフーンのコンサートと重なっちまったもんだから、このあたりのホテルはほとんど予約が取れない。向こうの観客は数万人、こっちは数百人。数字で比べると桁が二つも違うんだなあ……。
ライブ会場のすぐ近くにもホテルはあったんだけど、当然のように予約満室。
サイトをあちこち探しまくってようやく見つけたのは、小さな民宿だった。大都会東京まで来て民宿。まあそこしか空いてなかったんだからしかたない。
ライブハウスからは結構離れていて、徒歩で直接向かうのはちょっと厳しい感じ。俺達はまず電車で最寄駅に移動して、そこから歩いてみることにした。
しかし、いざ駅に着いてスマホの地図アプリを開いてみると……あれっ?
ない。
アプリに載っていないのだ。
「……マジで?」
思わず口に出ちゃったよね。
「どうした、鮫ちゃん」
瞬さんが心配そうに俺のスマホを覗き込む。
「いやあ、実は、アプリに載ってなくて……」
「えっ、載ってないって……場所わかるのか?」
「一応、予約とったサイトに簡易マップが載ってたはずなんで、ちょっとそこ見てみます」
大急ぎでブラウザを開く。きょうびマップに載ってない宿なんて、そんなのアリかよ……。
「……あ、あったあった……けど」
「どれどれ?」
サイトの画面を見ながら、俺と瞬さんは硬直した。
雑に描かれた数本の道路の横にゴマみたいな点がぽつんと打ってあって、わざわざ『ココ!』という文字と、ご丁寧に矢印までついているんだけど、そこに行くまでがほんとにおおまかで、何が何だかさっぱりわからない。
『セブントゥエルブのある交差点を左に』
って書いてあるけど、セブントゥエルブ(コンビニチェーンの名前ね)は都内の市街地ならどこにでもあるから、なんの目印にもなりゃしない。
「まあ、とりあえずこれを頼りに進むしかないんだから、行ってみよう。でも鮫ちゃん、次からは事前にもっとちゃんと調べとかなきゃダメだぞ」
瞬さんはため息のあとでそう言った。反論の余地なし。ぐずぐずしていても始まらないから、とにかく俺達はこの地図通りに歩き始めた。
ええと、大通りを真っ直ぐ……次に十字路を左折……え、どこの十字路? セブントゥエルブ向こうにもあるし? 全然わからんぞ?
……ってな感じで、やっぱり、案の定、俺達は道に迷った。
いろいろ考えた挙句、結局タクシーを拾う羽目になった。運転手に宿の名前を伝えてみたものの、運転手も首を捻っていたし、カーナビにも登録されていないみたいだった。もしかして、この民宿、実在しないんじゃないか……という嫌な予感が脳裏をよぎる。
でも、最終的には住所を頼りに宿の近辺まで連れていってもらい、周辺をさんざん歩き回って、ようやく小さな小さな看板を見つけた。タクシーを拾ったのは正解だった。歩いていたら数時間はかかる距離だったからね。この簡易マップ、縮尺がついてないから距離感が全然掴めないよ……駅からのアクセス何分とかの表示もなかったし、やっぱりこういうところちゃんと見ないとだめだね。タクシーの料金も予想外に高くついてしまった。宿についたらちょっと文句を言ってやろう。
で、その小さな看板には、毛筆のやけに達筆な字でこう書いてあった。
『民宿 やすらぎ』
どこがやすらぎじゃ!
そこは民宿と言えば民宿に見えなくもないが、倉庫と言えば倉庫にも見えなくもない、やすらぎという言葉の持つ雰囲気とは程遠い絶妙なショボさだった。
とはいえ、俺も瞬さんもクタクタに疲れていたので、半ばすがるような気持ちで民宿「やすらぎ」の玄関を開けた。なんかもう屋根のあるところで眠れたらそれでいいやという感じ。
「あら、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
現れたのは、小柄で華奢な五十代ぐらいの、普通のおばさんだった。
「予約してた、京谷ですけど……」
「ああはい、京谷様ですね。お部屋の用意は整っております。今すぐご案内しましょうか?」
後ろを振り返ると、瞬さんは小さく頷いた。
「はい、お願いします。もう、クタクタで……ホームページに載ってた地図、全然わからなかったっす……」
玄関から入ってすぐのところに、普通のテーブルと、うちのソファより固そうな座椅子が申し訳程度に置いてあるロビー(?)があり、そこを過ぎると、すぐに客室があった。
短い廊下を挟んで、片側に部屋が三つ、両方合わせて六部屋。俺達にあてがわれた部屋は、左側の一番手前の部屋だった。
「何にもないところですけど、どうぞごゆっくりしていってください」
何にもないのは見ればわかるよ……。でも、おばさんの笑顔がすごく溌剌としていて、なんだか愚痴を言う気も失せてしまっていた。
「この民宿が満室になるなんてもう何年ぶりかしら……今夜は忙しくて手が回らないこともあるかもしれませんけど、何か御用がございましたら何なりとお申し付けくださいね」
「えっ、ここが満室? マジっすか!」
思わず驚きの声を上げると、突然背後から脇腹に軽い衝撃を受けた。
(おい、それはさすがに失礼だぞ)
耳元で囁く瞬さんの声。すぐ後ろに立っていた瞬さんに軽くパンチされたらしい。
(す、すみません)
それにしても、さっき『何年ぶり』って言ってたよな……この民宿、そんなに長く続いてるのか? むしろそっちの方が驚きかもしれない。
しかし、おばさんは気にする風もなく、
「そうなんですよ、今日になって急にね、ほら、なんて言ったかしら、若い人向けの、バンドっていうの? なんだか東京メトロみたいな名前のグループで……ご存じない?」
「はあ、東京メトロ……? いえ、全然……」
そんなことを話していると、玄関の方が何やらにわかに騒がしくなってきた。車の低いエンジン音と、ドアが閉まるバタンという音。それも一つや二つではない。他の客が来たのかな?
「あら、お客様かしら? では、ごゆっくり」
おばさんは軽く会釈をして、いそいそとロビーの方に歩いていった。
「じゃあ、とりあえず荷物を下ろそうか、鮫ちゃん」
部屋は安いアパートみたいで、やすらげるとはお世辞にも言えない感じだった。宿に着いたのはもう十時を過ぎていたから、もう布団が二つ敷いてあったんだけど、そのせいで余計に部屋が狭く見えているのかもしれない。とりあえず荷物を下ろしてオフトゥンに横になっていると、ロビーの方からがやがやと話し声が聞こえてきた。
「うわ、なんかすげえレトロっつうか……」
「しっ! 文句言うんじゃないわよ、他全部満室だったんだから」
あれ、なんか聞き覚えのあるダミ声……?
いや、でも、今の口調は明らかにオカマだった。そんなわけがない。
でも、ついさっきまでライブ会場で聴いていた声を聞き間違えるか?
どうしても気になった俺は、慌てて廊下に飛び出した。
やっぱり!
そこにいた四人組は、衣装は着替えていたけれど、紛れもなく、数時間前までステージの上にいたあの四人だった。
でもでもでもでも、なんで?
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