探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

文字の大きさ
9 / 23

五人目の探偵、愚藤古一

しおりを挟む
『残念ながら四人目の犠牲者が出た。現在、五人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、五人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』

 ゲームマスターの非情な通告を、私はエントランスからさほど離れていない廊下で、呆然と聞いていた。
 これは今までで最悪のパターンだ。四人目の探偵である門谷先生と口論になった末、ほぼ何もできないまま、四人目の犠牲者を出してしまった。樺川先生や桃貫元警部にも、あっけなく殺されてしまった生贄にも、これでは顔向けできないじゃないか。
 私は理性的に可能な範囲の限りなく強い口調で彼女を非難した。

西野園「門谷先生! 人が一人殺されたのに、どうしてそんなにのんびり煙草なんか吸っていられるんですか?」
門谷「……え? どうしてって言われても。だってそういう趣旨のゲームなんじゃないの、これは」
西野園「殺された人の死体を、先生は実際に見たことがありますか? その酷さを知ったら、先生だってきっと……」
門谷「何? アンタ、あたしをバカにしてんの? 死体ぐらい見たことあるっつの。そういうアンタはどうなのさ。まさか、一つや二つ死体を見ただけでギャーギャー喚いてるんじゃないでしょうね?」
西野園「一つや二つ……って……」

 口を噤んだ私を、門谷先生は煙を吐きながら嘲笑った。

門谷「やだ、図星? ズブの素人が、この私に偉そうに説教こいてたわけ? 笑っちゃうわね。警察の捜査に協力すれば、死体なんて嫌というほど見せられるわよ。殺人事件が起こらなくても日本では毎日何千人もの人が死んでるし、世界に目を向ければ、戦争や紛争に巻き込まれて毎日多くの人が殺されてる。そんなこといちいち気にしてたら人生楽しく生きられないわ」
西野園「……私がここに来るまで実際に死体を見たことがなかったのは確かです。世界中で数え切れないほどの殺人が行われていることも事実でしょう。でも、それとこれとは別の問題なんじゃないですか? 今、ここで、何の意味もなく四人もの人間が殺された。でも、私たちには五人目の犠牲者を防ぐチャンスがある。門谷先生の発言は、間違ってはいないけれど、そんなのただの屁理屈です。無理に悲しんだり深刻な顔をして見せろとは言いませんが、それでも次の犠牲者が出ないよう全力を尽くすのが、探偵と呼ばれる者に課せられた義務なのではないですか?」
門谷「屁理屈、ね。言ってくれるじゃないの。じゃあ、あんたはここに来てから具体的に何をしたの? そんな細い体で、ヒールまで履いてさ、今まで死体を見たこともなかったようなお嬢さんが、実際ここで何かの役に立ったのかしら?」
西野園「……そ、それは……」

 私は自分の足元を見つめた。今日は一日大学で過ごした後、瞬と一緒にどこかに行くつもりだったのだ。このゲームに巻き込まれることを予め知っていたなら、絶対にこんな歩きにくい靴は履いてこなかっただろう。
 でも、仮にスニーカーだったとしても、私は何か役に立てただろうか――?
 答えあぐねる私に追い打ちをかけるように、門谷先生の言葉が突き刺さる。

門谷「あんまり役に立たないから、あんたはここであたしの出迎え役に回されたんじゃないの? 見たところ、体力があるわけでも、そこまで頭が切れるわけでもなさそうだしね。あたしは自分が頭でしか貢献できないことを知ってる。だから、あんたみたいにむやみやたらに走り回らないだけよ。気負うのは結構だけど、身の丈を知りなさいな」

 何も反論できなかった。ここに来てからの私は、彼女の言う通り、樺川先生や桃貫元警部の後を、何メートルも遅れて追いかけていただけなのだ。

門矢「ちょっと、泣かないでよ? メソメソされるのが一番苦手なんだから」

 誰が泣くもんですか。
 じんわり熱くなり始めていた涙腺の刺激をこらえながら、私は顔を上げた。

西野園「泣いてなんかいません!」
門矢「あ、そ。ならいいけど」

 と、門矢先生が吸い終えた煙草を足元に投げ捨てて踏みつけたちょうどその時。エントランスに、一人の若い男性が姿を現した。

「……あれ? 芥川賞のノミネート作発表会って聞いてきたんだけど……」

 男性は周囲を見回しながら首を傾げる。
 芥川賞、ということは、この人も作家なのだろうか。身長は170代半ば、顔立ちはそれなりに端正だし、スーツ姿で清潔感のある髪型。でも、言動や仕草にどことなく軽薄な印象を受け、私は一目で、この人苦手なタイプだな、と直感した。
 が、門矢先生の反応は正反対だった。

門谷「あらぁ、若くてイケメンじゃない? あなたも探偵さんなの?」

 さっきまでの仏頂面はどこへやら、門谷先生は、弾むような足取りで男の元へと駆け寄っていったのだ。

「え? 探偵?」

 状況が飲み込めず狼狽える男性。そして、それを待っていたかのように、ゲームマスターの声が響き渡る。

「我が殺人ゲームへようこそ。五人目の探偵、愚藤古一ぐとうふるいちくん」

 やっぱり、この人が五人目の探偵だったのか。このゲームのルール上、本来なら若い男性が仲間に加わるのはとても心強いはずなのだが、この愚藤という男は戦力として計算できる人物なのだろうか? どうも、彼の態度や振舞い方を見ていると、チャラすぎて不安を覚えてしまう。
 他の四人の時と同様、ゲームマスターは殺人ゲームのルールや趣旨を説明した。すると、彼はあからさまに顔をしかめ、いかにも面倒臭そうに、なんと舌打ちをしたのだ。

愚藤「チッ、なにそれ? めんどくさっ。何で俺がそんなことしなきゃいけないの?」

 うすうす予感はしていたけれど、この人も門谷先生と同類か、むしろさらに酷い倫理観の持ち主かもしれない。私は内心の落胆を隠しながら、自己紹介の後、愚藤に詰め寄った。

西野園「あの、愚藤さん、とおっしゃいましたっけ? 殺人を防ぎたいとか、犯人を捕まえたいとか、そういう正義感はないのですか?」
愚藤「え? 正義感? 今時古いじゃん、そんなの」
西野園「でも、あなたも探偵なんですよね?」
愚藤「探偵っていうか……俺みたいに爽やかなイケメンが仕事を受けて、専門の探偵に代わりに解決してもらって、俺が解決したことにして仲介料を貰う、っていうビジネスをしてるだけさ。その方が客も集まるし、金も稼げるしさ」

 何を言っているんだ、この人は――?
 唖然としていると、門谷先生が愚藤の腕を取りながら歓声を上げる。

門谷「あ~、思い出したわ、テレビかどっかで聞いたことある! サッカーのオリンピック代表候補にして、他にも多彩な分野で類稀なる才能を発揮する天才慶央大学生、愚藤古一! その才能は文学でも花開き、処女作から大ヒットを飛ばして、芥川賞ノミネートも確実視されているとか?」

 いたっけ、そんな人? 元々あまりテレビを見ないし、このところ勉強で忙しくて雑誌なども読んでいないから、最近人気のタレントは全くわからない。いや、愚藤はタレントではないのか――?
 門谷先生の発言に気をよくしたのか、愚藤は得意げに胸を張る。

愚藤「ええ、まあ、そうっすね。大学入試はAOで楽勝だったし、文学賞もチョロいもんですよ、俺ぐらいの知名度があれば小さい賞なら余裕でとれるし、芥川賞みたいに権威ある文学賞だって最終選考までは残してくれるんですからね。中身はゴーストライターに頼めばいいだけ。俺が書いた本ってことで話題になり、本が売れて印税ガッポガッポ、書店だって儲かる。まさにWin-Winですよね。ゴーストライターにちゃんと報酬支払って口止めしておけばバレることもないし、マジで楽なビジネスっすよ。芸人が獲れたんだから、俺だって芥川賞イケるでしょ」
西野園「……あの、愚藤さん、今サラっとすごいこと言わなかった?」
門谷「え? そう? ゴーストライターなんて、今のあたしらの業界ではもう常識よ? 公然の秘密ってやつ。あたしはちゃんと自分で書いてるけど、出版不況のこのご時世じゃあ、結局、売れたもん勝ちだからね」

 録音して公表したら全ての真摯な読書家を敵に回しそうな発言をしつつ、門谷先生も愚藤も、ちっとも悪びれる様子はない。本当にこれが今の出版業界の常識なのだろうか?

西野園「そんな……。愚藤さん……あなた、信じて買ってくれた読者に申し訳ないとは思わないのですか?」
愚藤「え? なんで? ゴーストライターとはいえそれなりに実力のある人に書いてもらってるから、作品としての質はちゃんとしてるはずだよ、俺はあんまり読んでないけどね。少なくとも、買って損したと思うような内容ではないんじゃないかな?」
西野園「でも、読者はあなたが書いたものだと思ってその本を手に取ったわけでしょう?」
愚藤「別にいいんじゃない? これ極論だけど、俺が書いたものだと思って買ったんだったら、内容はしょうもないクソでもいいわけじゃん? 俺のファンは普段あんまり小説なんて読まないだろうから、仮に内容がクソだったとしても、まあこんなもんかって持ち上げてくれるしさ」
西野園「門谷先生は、同じ作家として、愚藤くんのような姿勢に対して何とも思わないんですか?」
門矢「そんなこと言われてもねえ。こっちだってバカらしくなってくるわよ。真面目に書いてる作家の作品が鳴かず飛ばずで、芸人やらアイドルがゴーストライターに書かせたもんばっかりが話題になるんだもの。もう諦めて受け入れるしかないじゃない。今はそういう時代なのよ。作品の質じゃなくて、誰が書いたかで価値が決まる時代。悲しいけどね、まああたしだって若い頃は……いや今でも美人推理作家って呼ばれてるし、大なり小なりその恩恵は受けてきたわけだからさ。あんただって、その顔だったら有望株よ。知り合いにそこそこ書けるアマチュア作家とかいない? 一緒に組んでデビューすればきっと売れるよ、あんたがモデルかアイドル活動して、ゴーストに書いてもらうの」
西野園「私は……そんな卑怯なことに興味ありません」

 愚藤のようなチャラ男ならまだしも、著名なミステリ作家である門谷先生の口からこんな話を聞きたくはなかった。私は決して本の虫というわけではない。その私でも失望してしまうのだから、もし熱心な読書家や作家志望者が今の話を聞いたら、悲嘆のほどはいかばかりだろう。
 愚藤は私をねめつけるように見ながら、爽やかな顔に下卑た笑みを浮かべる。

愚藤「ねえところでさ、君、何歳? めっちゃかわいいよね」
西野園「あなたに答える義務はないです」
愚藤「そんなに怒らないでよ、今度ご飯でもおごるからさ」

 所謂ナンパの類は、特に支障のない場合は無視が鉄板なのだが、この状況ではそういうわけにもいかないのが面倒なところ。しかし門谷先生は、愚藤の気を惹くためか無理矢理会話に入り込んできた。

門谷「大学生らしいわよ、この子」
愚藤「へぇ~、大学生! ということは、俺と同じぐらい? すごい若く見えるね、JKかと思っちゃったよ」
門谷「ねぇ愚藤くん、もう少し年上はどう? こんな小娘より、もっと色んなこと教えてあげられるわよ? 出版関係に知り合いも多いし……」

 と、腕を絡ませてしなをつくる門谷先生に、さすがの愚藤もたじたじの様子だ。

愚藤「え? ええ、お綺麗ですし、全然イケますけど……え~と、今は何か他にやらなきゃいけないことがあったんじゃないかな? そう、まずはここから出ないと」
門谷「ええ~? さっき愚藤くんも『めんどくさい』って言ってたじゃないのぉ」
愚藤「いや、まあ、それはそうなんすけど……」
門谷「この辺でお話してましょうよぉ」

 もうこの人達と話しても無駄だ。スマートフォンで時間を確かめると、愚藤が来てから、既に五分もの時間が経過している。まったく無意味でくだらない会話のために、貴重な時間を五分も費やしてしまったのだ。
 私は二人に背を向けた。私一人でも、エントランス以外の出入口があるかどうかを確かめなければならない。

門谷「ちょっとあんた、どこ行くのよ?」
愚藤「女の子が一人で行動するのは危険なんじゃない?」
西野園「放っておいてください。もうあなた達とは一緒にいられません」
愚藤「そんな怒らないでよ西野園さん……ね、下の名前はなんていうの?」

 愚藤が絡みつく門谷を引き摺るように私を追おうとしたその瞬間、またも大音量のオーケストラが鳴り響く。そんな、まさか――いくらなんでも早すぎる!
 何もできなかった私たちを嘲笑うかのように、ゲームマスターの声は淡々と告げた。

『残念ながら五人目の犠牲者が出た。現在、六人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、六人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...