探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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六人目の探偵、織田大五郎

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『残念ながら五人目の犠牲者が出た。現在、六人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、六人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』

 ゲームマスターによる五度目の通告。愚藤はその意味がまだ呑み込めていない様子で、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡している。

愚藤「え? 何コレ? 犠牲者ってさ……ドッキリ? いやドッキリでしょこれ!」

 今更何を言ってるんだろ、この人。私たちの話を一切聞いていなかったのか?
 愚藤は薄笑いを浮かべながら門谷先生と私の顔を見比べた。

愚藤「ははは、わかったぞ! 門谷先生みたいに有名な作家さんがこんな辺鄙な場所にいる時点で気付くべきだったんだ。ドッキリだドッキリ! 西野園さん、君、どこかの劇団の女優さんでしょ! 明らかに一般人のルックスじゃないもんなあ。もうちょっと僕が騙されていたら、『ドッキリ大成功!』ってプラカードを出すつもりだったんだろ?」
西野園「……何言ってるんですか、あなた?」
愚藤「カメラはどこだ? ……ああ、悪いことしちゃったなあ。公共の電波には乗せられないようなことを色々言っちゃったよ。プロデューサーさんも、事前に一言言ってくれたらちゃんとそれなりのリアクションとったのに。ヤラセなんていつもやってることじゃないか。ねえ、どっかで聞いてるんでしょ? プロデューサーさん! どこの局すか? ギャラは要らないんで、今から全部撮り直してもいいっすよ! 騙される演技ぐらいできるんで!」
西野園「いい加減にしてください!」

 視線を泳がせて隠しカメラを探しながらまたも不穏当なことを喚き続けていた愚藤だったが、今度はイタズラを咎められた子供のように情けない声を上げ始める。

愚藤「だって……だって……なんだよ犠牲者って! マジもんの殺人なんて聞いてないよ! 西野園さん……門谷先生、あんたもだ! 人が殺されてるんだろ? あんたらどうしてそうやってすましていられるんだ! 正気じゃねえよ!」
西野園「すましてなんかいません! 私はさっきからあなたに対して……」
門谷「どうして、って言われてもねえ……くぐってきた修羅場の数が違うのよ、あたしは」

 と門谷先生は、甘ったるい声で媚びていた先程までとはうってかわって、憐れむような目で愚藤を見た。門谷先生の気迫に押されたのか、愚藤は数歩後ずさる。

愚藤「おか……おかしいよあんたら! これがドッキリじゃないってんなら、もう五人もの人間を殺した奴がこの建物の中にいるんだろ? さ、さっさと逃げなきゃ……」

 愚藤は魘されるようにそう呟き、踵を返して玄関へと駆け出して行く。しかし、外には私たちの脱出を阻むために二人の屈強な大男が配置されているのだ。愚藤だって、ここに入る際に目にしているはずだ。

西野園「ちょっと、愚藤さん……!」
門谷「まあ、黙って見ていましょう」

 愚藤を止めに入ろうとした私を、門谷先生は落ち着き払った様子で制した。

西野園「でも、門谷先生!」
門谷「あの門番たちが愚藤くんにどう対処するのか、見ておいて損はないでしょ。ゲームマスターの話では、ここから脱出することはできない、とは言われていたけれど、実際に脱出しようとした場合どうなるのかまでは説明されていなかった。単にボコボコにされてゲームに戻されるだけなのか、それともゲームのルールに反する行為を犯したと見なされ、排除されるのか……」
西野園「排除……?」
門谷「つまり、殺されるのか、ってこと」
西野園「そんな、まさか……私たちに危害を加えるつもりはないって……」
門谷「そもそも奴らは、私たちをここへ誘き出すために嘘をついてるのよ。何がどこまで本当かはわからない。いざという時のために、知っておく必要があるでしょ」

 いざという時。
 もしかしたら、門谷先生は最悪のケース――つまり、最後まで生贄を救出することができず、ここから自力での脱出を考えなければならない場合のことを、既に考え始めているのかもしれない。その時のために、愚藤を使って相手の反応を窺おうとしているのだ。
 愚藤が来てからというもの、甘ったるい声で彼に色目を使っていた門谷先生のことを、結局ただの好色おばさんなのかと思い始めていたけれど、彼女はやはり探偵なのだ。愚藤には気の毒だが、戦力にはならなさそうな彼の、おそらくこれが最も有効な活用方法だろう。
 まさか殺されることはないと思いたいけれど――門谷先生と私は玄関へ向かう愚藤の背中を息を呑んで見守った。

 脱兎の如く駆け出し、その勢いに任せてガラス戸を押し開ける愚藤。しかし、その姿はガラス戸越しにしっかり見られており、愚藤のスマートな体はすぐさま二人の筋骨隆々の巨漢に押さえつけられる。

愚藤「うおおおっ! くそっ! 放せ! このブタゴリラ野郎!」

 巨木の幹のような腕の下でジタバタともがく愚藤。そのハンサムな顔面めがけて、大男の鉄拳が容赦なく振り下ろされた。

愚藤「うがっ! ふぐっ!」

 愚藤が最後に放った『ブタゴリラ野郎』という一言が彼らの逆鱗に触れたのかは定かではないが、二人の巨漢は無言で、かつ無表情のまま、無慈悲な鉄拳を何度も愚藤の顔に叩き込んだ。
 そして数十秒後。目と頬を腫らし、唇を切り、鼻と口から血を垂れ流す愚藤の体は、まるで粗大ゴミでも扱うかのように乱雑に玄関の中へと放り込まれた。門谷先生と私は急いで愚藤に駆け寄り、彼の安否を確かめる。
 二人の巨漢の怒りが篭められた(?)数十発ものパンチを食らい、愚藤は悲惨な有様で気絶してはいたが、仰向けになったスーツ姿の胸部はまだ静かに波打っていた。

門谷「……生きてるわね」
西野園「こんな状態でよく生きてますね」

 血まみれの愚藤を見下ろしながら、私たちは呟いた。
 今日私が目にした二つの死体はいずれも頭部を銃で撃ち抜かれたもので、不謹慎な表現かもしれないけれど、それなりに綺麗な状態の死体だったと言える。それに比べたら今の愚藤の顔面のほうが遥かにグロテスクだが、しかし不思議と可哀想だとは思わなかった。

門谷「とりあえず、これではっきりしたわね。ここから無理矢理脱走しようとすると、力づくで取り押さえられはするけれど、おそらく殺されるようなことはない。なるべく私たちに危害を加えないよう、ゲームマスターから明確に指示を出されているのでしょう」
西野園「……殺さないように、という指示は、たしかに出ているかもしれませんが、でも愚藤さんはこんなに激しく殴打されていますよ?」
門谷「それは、彼自身に問題があったんじゃないかな。きっと、門番がブン殴りたくなるような顔をしてたのよ」
西野園「はぁ、たしかに」

 門谷先生の言葉に納得しながら横たわる愚藤を見下ろしていると、玄関の方向からまた車のエンジン音が聞こえ、私たちは視線を上げた。

門谷「さて、次のお仲間の登場ね。今度は役に立ちそうなやつだといいんだけど」
西野園「そうですね……」

 やっぱり門谷先生も愚藤は役立たずだと思っていたのね。
 玄関の前に滑り込んできたのは黒いリムジン。運転手が恭しく後部座席のドアを開けると、降りてきたのは黒いスーツに身を包んだ長身の男性だった。黒髪をなでつけ、凛々しい眉の下から射貫くような視線を周囲に間断なく走らせるその男は、どことなく昭和の香りが漂う、四十代前後と思しき紳士。
 男性は黒い革靴で地面に降り立ち、怪訝そうに辺りを見回しながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。玄関の前にいる二人の大男にも怯えることなく、黒豹のように鋭い眼差しで彼らを睨み付けてから、玄関のガラス戸を押し開けた。

門谷「まあ、ハンサム!」

 と、門谷先生は愚藤がやってきた時と同じく黄色い歓声を上げる。どちらかと言えば中性的な顔立ちの愚藤とは全く正反対のダンディなタイプなのだが、門谷先生にとってそれは些細な問題らしい。私たちの姿に気付いた紳士は、柔和な笑みを浮かべて軽く頭を下げた。

「どうも初めまして。私、私立探偵の織田大五郎と申します。依頼主様でいらっしゃいますか?」

 織田と名乗った男はそう言うと、また不審そうに廃墟の内部をしげしげと眺める。

織田「……しかし、これはどうにも風変りな建物ですな。依頼内容はたしか、人探しだったと記憶しておりますが」
西野園「あの、私たちは依頼人ではありません。織田さん、と仰いましたね。あなたと同様、騙されてここに連れて来られたのです」
織田「騙されて……ですと?」

 織田探偵から笑顔が消え、うっすらと目を細めたその時、再びゲームマスターの声が響いた。

『我が殺人ゲームへようこそ。六人目の探偵、織田大五郎おだだいごろうくん』
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