探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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九人目の探偵、川矢清

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『残念ながら八人目の犠牲者が出た。現在、九人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、九人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』

 八人目の犠牲者が出たことを告げるアナウンスが流れても、東條は私を抑えつける力を緩めることはなく、飢えた獣のような目で私を見下ろしている。この子は人が死んだと聞いて何とも思わないのだろうか。探偵としての資質以前に、彼女の人格には根本的な問題があるような気がしてならない。
 八人もの探偵がこの廃墟に集っているはずなのに、現在まともに活動できているのは樺川先生、桃貫警部、門谷先生、織田探偵の四人だけ。つまり、半分しかゲームに参加できていないのだ。私は門谷先生たちと別行動をとって以後ほとんど何もできなかったし、銀田二と東條、未だ目を覚まさない愚藤を含めた四人は完全にお荷物になってしまっている。

東條「身動きがとれなくて苦しいでしょう? いい加減に観念したらどうです。西野園さん、と仰いましたね。さあ、教えてください、貴女がこの廃墟でどんな怪異に出会ったのか」

 怪異と言うなら、八人もの探偵が集まってその半分がロクでもない奴だという現状が既に怪奇現象だ――よほどそう言ってやろうかと思ったが、火に油を注ぐだけのような気がしたのでやめておいた。

西野園「怪異なんてどこにもない。あるのは残酷なゲームと現実の殺人だけです」
東條「おや、貴女は怪異全否定派ですか? 怪異は存在します。科学だけで全てを説明できると考えるのは人間の驕り以外の何物でもありませんよ」
西野園「……今ここで貴女とオカルトについて議論するつもりはありません。私の発言が誤解を生んでしまったのならごめんなさい。東條さん、私はここで貴女が求めているような怪奇現象を見ていませんし、産まれてこの方一度も遭遇したことはない。私にはやらなければならないことがあるんです。お願いだから、もう私を解放してくれませんか?」
東條「くっ……」

 東條さんは悔しそうに歯噛みしながら私の上から離れる。
 いくら小柄とはいえ、彼女も成人一歩手前、もう子供とは言えない年齢の女性なのだ。その体重と腕力からようやく解放された私は、髪や服についた埃を払いながらゆっくりと体を起こした――のだが。

東條「……ひっく……ひっく……」
銀田二「おお、おやおやお嬢さん、どどどどどどどどどどうなされた!?」

 しゃっくりにも似た東條さんの呻き声と、ハノンの44番みたいに『ド』を繰り返しながら一層狼狽える銀田二。
 そう、自称キュートでプリティでえちえちなTikTokerのJD心霊探偵は、

東條「うわぁぁぁぁぁぁああん!」

 と声を上げて泣き始めてしまったのである。
 ちょっと強く言われたからって泣き出すなんて、本当に女子大生か?
 私は床に座り込んだまま頭を抱えた。

銀田二「お、お、お嬢さん、おちちついて、いや落ち着いてくだされ」
東條「だって……だって……せっかくこんな何もない山奥の……ぐすっ……いかにもいわくありげな廃病院に来て……んぐっ……ここなら絶対幽霊が見られると思ったのに……あの男運の悪そうなお姉さんがいじめる……」
銀田二「お、おお、おお、そ、そうですな」

 若くて顔が良くて性格が悪い女がヤリモクの男にチヤホヤされてつけ上がる現代社会の最も悍ましい部分の縮図が私のすぐそばで繰り広げられている。そういえば銀田二の発言の句読点の多さは明らかにクソリプおじさんの特徴の一つではないか、そう思い始めると、あたふたする銀田二の顔まで

(^^;

 の顔文字に見えてきた。
 そしてさらに、この最悪のタイミングで、

愚藤「ん……なんだうるせえな……」

 最悪の男が目を覚ましてしまった。大男に嬲られ気絶していたもう一人のダメ男、愚藤古一が、腫れ上がった顔面をさすりながらゆっくりと起き上がったのだ。

愚藤「いってぇ……あの童貞クソゴリラめ……ったく、どうなってんだ……」

 愚藤は痛みに顔を顰めながらしばし周囲を見回していたが、女好きのこの男がすすり泣く東條の姿に気付くまでにさほど時間はかからなかった。

愚藤「おっ、またカワイイ子が来てんじゃん!」

 と下卑た笑みを浮かべたかと思うと、痛みはどこへ飛んでいったのか、弾かれたように立ち上がって、泣きじゃくる東條のもとへと駆け寄ったのである。

愚藤「ねえねえ、キミ、どうしたの? 何かコワイことでもあった?」
東條「コワイことがないから悲しいんです……ぐすっ……」
愚藤「あ、そうなの? ホラーとか興味あるんだ? 俺も貞子3Dとか好きだったなあ。ところでさ、キミ、いくつ? JK?」
東條「JD……です……」
愚藤「え、マジで? うっそ~、全然見えなかったよ、超カワイイじゃん」
東條「……よく言われます」

 それは女子大生に見えないことへの返事か超カワイイと言われたことに対する返事か、と心の中で密かにツッコミを入れる。

愚藤「だよね! あ、そうだ、俺、愚藤っていうんだけど、ちょいちょいテレビにも出たりしてるんだけど、知ってるかな?」

 東條はぼんやりと愚藤の顔を見上げたが、仮にメディアで目にする機会があったとしても、四ツ谷怪談のお岩状態の顔を見せられてそれが愚藤だと判別できる人はいないだろう。東條はゆるゆると首を横に振った。

東條「……いえ、私、あんまりテレビは見ないですし……」
愚藤「あ、そっかー、じゃあさ、君、なんかSNSとかやってる? これ自慢じゃないんだけどさ、俺Twitterのフォロワー20万人いてさ」
東條「Twitterはあんまり……インスタとTiktokならやってますけど」
愚藤「あ、ほんと? Tiktokerじゃん! 実はさ~俺も最近興味あってさ。ね、教えてよTiktok。もっと落ち着いて話せる場所で」

 愚藤はそう言うと、非常に慣れた手つきで滑らかに東條の肩へ手を回す。この建物の外に出ることはできないのに、落ち着いて話せる場所って一体どこへ連れて行くつもりなんだろう。鼻持ちならない男だが、次の探偵が来る前に、厄介な東條を連れ去ってくれるのなら悪くない。酷く歪んだ思考をしていることに自分でも驚いたけれど、今は東條や愚藤のような人間に構っている余裕などないのだ。

 が、しかし。
 そのまま東條の肩を抱いて何処かに消えるかと思われた愚藤を止めたのは、意外な人物だった――いや、今この場には四人しかいないんだから、消去法で考えれば彼でしか有り得ないのだが、つまりそれほどまでにイメージを覆される一言だったということ。

銀田二「やめなされ、そこの若者。泣いている女子の弱みに付け込もうなどと、男の風上にも置けぬ輩だ」

 私でも東條でも愚藤でもない残された唯一の人物、銀田二は極めて滑らかな発音で言い放った。一度も噛むことなく、流暢に。つい数秒前までまともに会話すらできなかったあの銀田二が、突然淀みない日本語を話し始めたのである。
 愚藤は嘲るような薄笑いを銀田に向けた。

愚藤「いや、あの……何なのおじさん? 人聞きの悪いこと言わないでくれよ。俺はただこの子を慰めたかっただけなんだけど」
銀田二「アハハ。見え透いた嘘ですな。すっかり鼻の下が伸び切っておりますぞ」
愚藤「なっ……?」

 愚藤はハッとした様子で一瞬自分の鼻の下に手を当てる。もちろんそれは単なる慣用句であって、実際にチンパンジーのように鼻の下が長くなっているわけではないのだが、愚藤のこの反応こそ、銀田二の指摘が図星だったことの何よりの証左と言える。愚藤はムキになって言い返した。

愚藤「何わけわかんねーこと言ってんだよオッサン。あんたこそ、自分がこの子を狙ってたのに横取りされそうだから焦ってんじゃねえの? あんたみたいな小汚いオッサンが相手されるわけないじゃん。こわいこわい、逆恨みしてる暇があるんだったらまずその格好をどうにかした方がいいんじゃねえの?」

 睨み合う銀田二と愚藤、シクシク泣き続ける東條、そして銀田二の豹変に驚き未だ状況を飲み込めずにいる私。まるでその一瞬の空白を狙っていたかのように、新たな探偵を乗せた黒塗りの高級車がエントランスの前に静かに停められた。
 初老の運転手が恭しく後部座席のドアを開け、中から九人目の探偵が姿を現す。すらりとした長身に、肩まで伸びた髪。やや中性的で整った顔立ちではあるけれど、その佇まいや雰囲気は明らかに男性のものだ。白いシャツと黒いスキニーパンツが細身のシルエットをさらに引き立てており、もしここに門谷先生がいたら間違いなく黄色い歓声を上げるだろう。
 男は睨むような鋭い視線で廃墟を見上げ、ゆっくりこちらへ歩いてきて、エントランスのドアを開けると、響きの良い低音の声で言った。

「どうも、警察から聞かされていた話とは随分状況が異なるようだが、何か事件が起きていることは間違いないようだ。岩岡くんは……来ていないんだろうね、この様子だと」

 その姿を見て、私は直感した。
 彼こそは真の探偵だ。
 男の発する気迫や威圧感は、推理小説の中に登場する探偵に対して私が抱いていたイメージ、それをそのまま体現したものだったからだ。
 そしてゲームマスターが、九人目の探偵の名を告げた。

『我が殺人ゲームへようこそ。九人目の探偵、川矢清かわやきよしくん』
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