探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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八人目の探偵、東條亜矢

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『残念ながら七人目の犠牲者が出た。現在、八人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、八人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』

 ゲームマスターが、淀みのない口調で七人目の犠牲者が出たことを告げる。
 私はまた、何もできなかった。

 銀田二探偵が来てからまだ十五分経っていない。つまり、今回も生贄は制限時間よりだいぶ早く殺されてしまったのだ。ほとんど時間がなかったのは事実だが、それは何の慰めにもならなかった。原因はこの銀田二という探偵だ。
 今のところ、銀田二とはほとんど会話が成立していない。私の徒労感の最大の要因はそれだった。コミュニケーションの基本である会話すらまともにできない相手と、いったいどうやって協力すればよいのだろう? 現状を説明するだけで、貴重な時間を数分間も浪費してしまった。
 話下手ならせめて寡黙でいてくれればよいのだが、銀田二は異様とも思える頻度で噛みまくりながらも必死で喋ろうとする。だから時間がかかってしまうのだ。

 それにしても、ゲームマスターによれば、ここに集められるのは名探偵のはずではなかったか。自分のことを棚に上げてこんなことを思いたくはないが、愚藤にしろ銀田二にしろ、役に立たないだけならまだしも足手まといになるような輩が混じっている。もしかして、探偵と名の付く者なら片っ端から連れて来ているのではないだろうか。殺人ゲームなどと大層なネーミングで、曲がりなりにもフェアプレーを称するのなら、もっと人選にもこだわるべきだ。
 いや、他人のせいにするのは私らしくない。もしも銀田二が聡明な――いや、せめてまともな会話の成立する相手だったとしても、やはり七人目の犠牲者を防ぐことは難しかっただろう。

 そんな私の苦悩も露知らず、銀田二はきょろきょろと落ち着きなく周囲に視線を泳がせている。

銀田二「こ、ここ、これは……さささ、殺人がおこ、行われたというのですかな?」
西野園「……ええ、そうです。だから、さっきから時間がないって言ってるじゃないですか」

 自分でも驚いてしまうほど不機嫌な口調になり、私は小さな咳払いでそれを濁した。

西野園「……おほん。とにかく、これで銀田二さんもおわかりになったはずです。十五分とは、正確には生贄が殺されるまでのタイムリミットではなく、私たちが生贄を見つけて守り切らなければならない時間。のんびりお話しているような余裕はないんです」
銀田二「は、ははあ……で、では私たちも、いっこく堂、一刻も早く中の捜索を……」
西野園「今の話、聞いていなかったんですか? これからまた新たな探偵がここに連れられてきます。だから、私が銀田二さんに対してしたのと同じように、私たちが次の人に現状を説明しなければならないんですよ」
銀田二「な、なるほど……妻しぼり、いやつまり、それまで我々はこここで待っていなければならならないということですか……なんとも、も、もどかしいことですな……」

 と言いつつも、わかっているのかいないのか、銀田二は相変わらず挙動不審な動作でうろうろと歩き回りながら、ずっと何事か呟いている。見ているだけでイライラしてくるのは彼が初めてだ。日常生活の中で出会っていれば、これほど苛立ちはしないはずだが――。
 その時、エントランスの前にまた一台、黒塗りの高級車が乗りつけられた。八人目の探偵は、果たしてどんな人物なのだろう。今度こそまともな人であってほしい!
 内心で祈りながら固唾を飲んで見守っていると、運転席から出てきた黒ずくめの運転手が恭しく後部座席のドアを開け、中から八人目の探偵らしき人物が、雑草生い茂った地面を踏みしめる。
 上品な仕草で降り立ったその人影は、なんと、運転手の胸のあたりまでしかない小柄な女の子だった。
 艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、くりっとした目が特徴的。デニムのワイドパンツにTシャツ姿で、Tシャツの胸には丸尾末広のおどろおどろしくもどこか耽美なイラストがプリントされており、なかなか挑戦的なコーディネートと言えるだろう。まだ中学生ぐらいにしか見えないけれど、この子が本当に八人目の探偵なのだろうか?
 その小さな探偵は、物怖じする様子もなく堂々とこちらへ歩いてきて、にこやかに微笑みながら二人の大男に会釈しながらエントランスの扉に手をかける。

「こんにちは。いかにも何か出て来そうなところですねえ。早く夜にならないかなあ」

 そして、私と銀田二の姿を認めると、彼女は私たちに深く頭を下げた。

「これはこれは、もしかして、あなた達もこの廃病院の怪談目当てでいらしたのですか? 私、東條亜矢とうじょうあやと申します。以後お見知りおきを」

 怪談、という言葉に何か引っかかるものを感じながらも、私は丁寧に挨拶を返した。

西野園「はじめまして、私は西野園真紀といいます」
銀田二「わわ、わたしは、ぎ、銀田二毛作と、申します」
東條「西野園さんに、銀田さんですね。よろしく」
銀田二「ぎぎん、銀田じゃありません、銀田二、でございます、にゃ、名前は二毛作でなく、毛作で……」

 銀田二が東條さんに私の時と全く同じ説明をしているその最中、

『我が殺人ゲームへようこそ。八人目の探偵、東條亜矢くん』

 と、ゲームマスターによる説明が始まった。東條さんはひどく困惑した様子でそれを聞いている。それはそうだろう、突然訳も分からない殺人ゲームに放り込まれて、既に七人もの人間がここで殺されていると聞かされたら。しかも東條さんはまだあどけない女の子である。死体を見る機会もあるかもしれない。トラウマにならなければいいのだけれど――。
 などと勝手に心配しながら東條さんの様子を見守っていたが、彼女の口から飛び出したのは思いがけない言葉だった。

東條「なんですって……? じゃ、じゃあ、ここに恐ろしい亡霊が出るっていう話は嘘だったの? そんなあ!」

 え、そこ? 驚くところはそこですか? 殺人ゲームの方じゃなくて?
 東條さんは両手で頭を抱えながら、うぉぉぉ、と大袈裟な呻き声を上げながら身悶えている。

西野園「あ、あの、東條さん? 今の話、聞いてた? ここでは今、もう大勢の人が殺されてるんだよ」
東條「それがどうかしたんですか? そりゃ、人が死ななきゃ亡霊だって出ようがないですもの! 心霊ブームが去った今の時代、殺してでも亡霊を作らなきゃ、怪異や心霊現象になかなか出会えやしないんだから」
西野園「こ、殺してでも?」
東條「そう、それも、いかにも化けて出たくなっちゃうぐらい残忍な方法でね! ああ、騙された……怪異が何もないんだったら、こんな辺鄙なところに来た意味がないじゃないの! 私の貴重な時間が……」
西野園「人が死ななきゃ、って、あなた……東條さん、ここに招かれたってことは、貴女も一応探偵なんだよね?」
東條「一応、探偵……? 一応とは何ですか、失礼な! 私は日本全国の怪異について調査しながら、たまには事件も解決しちゃう、心霊探偵東條亜矢! 去年は都内で起こった女子高生連続不審死事件を解決に導いた、キュートでプリティでえちえちなれっきとしたJD美少女TikToker心霊探偵なんですよ!」

 えちえち……?
 あまりにもツッコミどころが多すぎて、私の頭はすっかりフリーズしてしまった。まずこの中学生のような容姿で女子大生というのも驚きだし、心霊探偵って言ったら、今流行の超能力系探偵? いやいや、ノックスの十戒を持ち出すまでもなく、本格ミステリはそういった超自然的現象の否定から始まっているわけで、そんなものはミステリでもなければ探偵でもない、と私は考える。現実の探偵だって、心霊現象の存在を肯定してしまったら、最近めっきり見なくなった霊能力者と変わらなくなってしまうではないか。

 つーか、えちえちって……。

 これはある意味、愚藤や銀田二以上に問題のある人物が来てしまったかもしれない。次こそはまともな探偵をと期待していたために落胆は大きく、私は突然の眩暈を覚えた。

銀田二「ややっ、おじょ、お嬢さん、おきおきお気を確かに!」
西野園「大丈夫です……大丈夫ですから、放っておいてください」

 寄ってきた銀田二の手を振り払い、私は一人エントランスを離れることにした。この人たちの相手をしても時間の無駄だからだ。たとえ私一人でも、何か行動を起こさなければ。
 しかし、この時迂闊に呟いた一言が、状況を更に悪化させることになる。

西野園「この調子じゃ、亡くなった人達が化けて出て来ちゃうわ……」
東條「……はっ?」

 すると、一人で勝手にうんうんと嘆いていた東條さんは、突如として顔を上げ、猛然と私に飛びかかってきたのだ。完全に不意を突かれた私は、凄まじい勢いで床に押し倒された。

西野園「きゃっ!? な、何!?」
東條「ちょっと、男運の悪そうなお姉さん、あなた、今『化けて出た』って言いましたよね? やっぱり何か見たんですか? 見たんでしょ?」

 どさくさに紛れて何か聞き捨てならないことを言われたような気がしたけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。

西野園「見てません! こんなところでいつまでもグダグダしていたらそうなるって話をしただけで……」
東條「嘘! そんな言い訳に騙されませんよ私は……やっぱりいるんだ、ここには。山奥の廃病院なんて、絶対に何かいそうなロケーションだもの」
西野園「何無茶苦茶なこと言ってるの? 早く、離してください! 私には時間が……」
東條「だったら早く話してくださいよ、さあ! あなたが見た怪異を!」
西野園「そんなものありませんってば!」
東條「言うまで私はこの手を離しませんよ!」

 この小さな体のどこからこんな力が湧いてくるのかと思うほど東條さんの腕の力は強く、私は全く身動きがとれなかった。瞬にもまだこんなに強引に押し倒されたことないのに!
 銀田二は案の定おろおろと狼狽えながら私たちの周りを歩き回るばかりで、何の役にも立ちやしない。怪談に対する東條さんの執念は凄まじく、彼女に体を抑え込まれたまま『放して』『話して』という押し問答がなんと十分以上も続き、事態はやはり最悪の結末を迎えた。

『残念ながら八人目の犠牲者が出た。現在、九人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、九人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』
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