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集う探偵たち
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九人目の探偵として現れた川矢探偵は、ゲームマスターの説明を受けた後、私たちを一瞥し、軽く鼻を鳴らした。
川矢「フン、今の説明によると、ここに集められているのは優秀な探偵たちばかりのはずだが……君達、いったい何なんだねこれは? まるでFラン大学のヤリサーの飲み会……それも、相当酔いが回った悲惨な三次会みたいな有り様じゃないか」
泣き崩れる東條に、その肩を抱く愚藤、そして近くに座り込む私。銀田二……はまあいいとして、たしかにこの場面だけを見れば、川矢探偵にそう揶揄されるのも無理はないかもしれない。
川矢探偵の発言は聞こえているはずだが、愚藤はそれを完全に無視して、猫撫で声で東條をなだめている。川矢は苛立たしげな視線をそちらに投げてから、今度は銀田二に向き直った。
川矢「君は? どうやらそこにいる若者たちとは別口のようだが」
銀田二「お初にお目にかかる。わたくし、銀田二毛介と申す探偵でございます」
川矢「ほう、銀田二さん」
銀田二「いえ、銀田です。名前は二毛作で……いや、あれ? 違います、ええ、いかにも、私は銀田二です」
川矢「……? まあいい。では銀田二さん、私はこう見えても多忙な身でね。くだらない事件なら、さっさと解決して帰りたいのだ。とりあえず、現状をかいつまんで説明してもらえないだろうか」
銀田二「おお、もちろんです」
川矢探偵に請われるまま、私たちが今置かれている状況を手短に説明した銀田二だったが、川矢探偵は礼を述べるどころかむしろ怪訝そうに眉を顰める。
川矢「……ほう? 要するに銀田二さん、ここに来て数十分の間、あなたも今までほとんど何もせず、このエントランスで油を売っていたというわけですか?」
銀田二「はっ? いや、その……これには深い訳がありまして」
しかし川矢探偵は、銀田二の弁解に一切耳を貸すことなく、ヤリサーの三次会の惨状と称された私たち三人を見て、吐き捨てるように言った。
川矢「フン、これが探偵とは……探偵という職業も地に堕ちたものだな。キャラもののくだらないミステリもどきが跋扈するわけだよ。それ、そこで泣きべそをかいているおチビちゃん」
川矢探偵が呼び掛けると、東條のすすり泣く声がぴたりと止まった。身長は私もあまり大きいほうではないが、泣きべそをかいている、となると該当するのは東條ただ一人だからだ。
川矢「当ててみようか? 君は、そうだな……さしずめ、死者の声や残留思念を感知する霊能探偵といったところか。殺された人間の意志がわかってしまうのなら、犯人当てもトリックもあったものじゃないがね。それとも、何故か不幸にも犯人に直結する情報だけはわからないようになっているのかね? ご都合主義も極まれりだな」
なんと、まさかの大当たり。東條は自称キュ(略)心霊探偵。川矢探偵が事前に東條の情報を持っていたとも思えないし、この短い時間で彼女の言動(と言ってもほぼほぼ泣いていただけ)から推察したのだろうか。だとすれば、やはり彼は並ならぬ洞察力の持ち主ということになる。
東條はたちまち泣き止み、愚藤の手を振り払って立ち上がると、幼さの残る瞳を吊り上げて川矢探偵を睨み付けた。川矢探偵の発言は東條自身ではなく特殊能力系ミステリへの当てこすりのようにも思えたけれど、キュ(略)心霊探偵を自称する彼女にとっては看過できないもののようだ。
東條「ぁんですって? 怪異を求めてはるばる田舎の山奥まで来たのに肩透かしをくらった私の気持ちがあんたにわかるもんですか。コミュ障おじさん、あんた、幽霊や怪異を甘く見てると地獄に落ちるわよ!」
川矢探偵はまだおじさんと呼ばれる年齢には見えないが、これは煽り文句なのだろうか。人を怒らせる天才同士、竜虎相見える――と言いたいところだったが、川矢探偵は格が違った。東條を見下ろし、口辺に冷笑を浮かべながら、彼は冷ややかに言い放つ。
川矢「何だ、図星かい。ありがちな特殊能力探偵の設定を適当に言ってみただけだったんだがな。しかし、怪異を求めて来たんだったら、ここでただめそめそしているより、自分から探して回るほうが効率がいいんじゃないかね?」
東條「……!」
川矢「……まあ、それで幽霊なんかが見つかるとも思えないがね。そちらで座り込んでるお嬢さん、君は……」
と、川矢探偵は今度は私にターゲットを定めた。
川矢「そう、君はあれだ。日常ミステリの探偵だね? あの毒にも薬にもならないミステリもどき、二時間ドラマをさらに劣化させたようなあの作品群だ。君のようなとぼけたお嬢さんが、カタルシスも何もない日常のくだらない謎――いや、謎と呼ぶのも憚られるような問題を解決してミステリを名乗る。実に腹立たしい現象だな」
西野園「……ちょっと、川矢さん?」
日常系ミステリの物足りなさについては私にも共感できる部分があるのだけれど、いや、共感できるからこそ、その主人公の『とぼけたお嬢さん』扱いされることは屈辱だった。
西野園「たしかに私は死体を見たのも今日が初めてだし、私自身は事件を解決したこともありませんけれど……でも、そんなつまらない問題を解決して探偵を名乗るほど自意識過剰じゃありません!」
川矢「ほう? ならばそれを行動で示すことだな。私はさっさとこのゲームを終わらせるために上の階を目指す。せいぜい邪魔だけはしないでくれたまえよ」
川矢はそう言うと、颯爽と身を翻し、早足で廃墟の内部へと進んでゆく。
東條「ちょっとあんた! 待ちなさいよ!」
いつの間にか泣き止んだ東條もそれに続き、
愚藤「おっおい、置いてかないでくれよ!」
その東條を口説いていた愚藤も、慌ててその後を追った。
この廃墟に訪れてから今の今まで一歩もエントランスから動かなかったあの二人が、川矢探偵に発破をかけられ(それは東條だけか)、ついにゲームに参加する。さっさとここを立ち去り一人で探索を始めることも彼ならできたはずだが、彼はそうしなかった。きっと鋭い観察眼で瞬時に私たちのパーソナリティを読み取り、敢えて厳しい言葉をかけることで私たちを奮起させたのだ――まあ実際は単に彼が皮肉屋なだけかもしれないが、結果として私たちは行動を起こすことができる。
表現はかなりキツいし性格も決して良くはなさそうだけれど、川矢探偵はやはりやり手の探偵である。私の直感は確信に変わった。
銀田二「私もこうしちゃおれんな」
西野園「あの、銀田二さん」
床から立ち上がり、スカートについた埃を払いながら、私は銀田二に声を掛けた。彼の人柄や能力について、私は大いに誤解していたらしい。そのことを、一言謝っておきたかったからだ。
西野園「色々失礼なことを言ってしまってごめんなさい。早くこの殺人ゲームを終わらせられるよう、一緒に頑張りましょう」
銀田二はゆっくりとこちらを振り返る。
銀田二「あ、あ、あのその、しししししちゅ、シチュー、失礼だなんてそんな、あはははは、僕はぜんぜん、きに、気にしておりませんです、は、はい」
――あれ?
愚藤や川矢探偵と話していた時とはまた別人、元に戻ってしまった銀田二。これは一体……?
ああ、そうか。私はようやく理解した。
銀田二はおそらく、とてつもなく女性に不慣れな男性なのだ。
!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i
川矢探偵と合流した私たちは、このゲームに巻き込まれて以来最大、総勢五人の大所帯となって階段を駆け上がっていた。
川矢「これは私の直感だが、おそらく生贄の供給は、地下室やら非常口といった比較的わかりやすい場所から行われているわけではない。くだらないゲームのためにわざわざこんな大掛かりな舞台を用意する相手のこと、何か常識では考えられないような手段を用いている可能性が高いと考える」
西野園「常識では考えられないような手段……?」
川矢「そうだ。それが何かまでは私にもまだわからないがね……とにかく、まずは上に行ってみよう。他の探偵たちも、上の階の探索に当たっているのだろう?」
西野園「ええ、そのはずです」
樺川先生と桃貫警部はおそらく二階から上に探索しているだろうし、門谷先生と織田探偵も今頃は地下の調査を終えて上の階へ向かっているはず。
川矢「上に向かえば、いずれ彼らとも合流できるだろう。何か新しい情報を得ているかもしれないな」
川矢探偵の推察通り、私たちが三階に昇りかけたところで、私を呼び止める声があった。
樺川「西野園くん!」
西野園「樺川先生?」
三階の廊下にいた樺川先生が、私たちの姿を認めてこちらへ駆け寄ってきたのだ。しかし、桃貫元警部の姿は見えない。私は樺川先生を他の探偵たちに紹介し、樺川先生に尋ねた。
西野園「樺川先生、桃貫元警部は? まさか、彼の身に何か……」
樺川「いや……わからないんだ、それが。一度、生贄と遭遇したことがあったんだけど、その追跡中にはぐれてしまってね。桃貫警部のことだから、きっと無事だとは思うが……」
銀田二「失礼ですが、今の我々に再会を喜んでいる暇はない。樺川先生、と仰いましたね。探索の結果などお聞きしたいのですが」
樺川「ああ……ええ、もちろんです。既にこちらの建物の探索は一通り済ませて、別棟の方へも行ってみたのですが、特に怪しい部屋は見つかりませんでした。少なくとも隠し部屋のような大掛かりなものはないと思います」
なんと、樺川先生は既に別棟の探索まで済ませていた。よくよく考えてみれば、彼らと別れてから既に一時間以上経っているのだ。
川矢「非常口など、出入り可能な場所もありませんでしたか?」
樺川「ええ、別棟には一階の渡り廊下を通らなければ移動できないし、別棟の方には地下室もなく、玄関や通用口、非常口に至るまで全てセメントで固められていました。窓に鉄格子が嵌められているのはこちらと同じです。全てしっかり固定されていて、簡単に取り外せるようなものではない」
川矢「なるほど。桃貫元警部といったか、彼の安否も気になるが――とにかく、我々は屋上へ向かってみよう」
東條「屋上?」
川矢「そうだ。地上に出入り口がないなら、空から送り込むしかないだろう。樺川先生、屋上は見ましたか?」
樺川「ええ、一応ざっと見てはおきましたが、特に不審なものは見当たりませんでした」
川矢「つまり、屋上へ続く扉は封じられていない、ということですね?」
樺川「……言われてみれば、確かに。でも、どうやって空から人を……?」
樺川先生はまだ門谷先生とは会っていないようだが、さすが探偵というべきか、彼も自発的に生贄が供給される場所を探していたらしい。
川矢「それは、行ってみなければわからない。しかし、あなたも探偵ならおわかりでしょう。どんなに突飛で非現実的に思えることであっても、残された可能性が一つしかないのなら、それが真実なのです」
川矢探偵のその言葉を合図に、私たちは再び階段を駆け上がる。そして四階に到達したところで、
愚藤「……あっ、あれ! なんかいますよ!」
と、愚藤が廊下の前方を指差す。そこには確かに、これまでの犠牲者と同様、作業着のような服装に身を包んだ一人の中年男が佇んでいた。
やっと見つけた!
しかし、まだ生きている生贄を発見できたことを喜ぶ間もなく、愚藤の声によって私たちの存在に気付いた生贄は、こちらに背を向けて、全速力で逃げ始めたのだ。
銀田二「あれ、おいこら! 私たちはお前を助けに来たんだぞ!」
樺川「あの時と全く同じ反応だ……一体どうなっているんだ?」
川矢「とにかく、今は奴を追うしかない。待て! 我々は君の敵じゃない!」
愚藤「U-22サッカー日本代表の脚力をなめんなよ!」
殺人ゲームに参加したばかりでまだ疲労の少ない川矢探偵と、ついさっきまで気絶していて休養は十分の愚藤が先頭に立って男を追い、樺川先生がそれに続く。しかし、全く疲労がないはずの銀田二は二人から大きく遅れ、私と東條の少し前を走っていた。
銀田二「わ、わわ、わたくし、運動音痴、略して、う、ウンチなもので……」
しまった! 男性三人が先に行ってしまったせいで、今ここには女二人しかいない!
銀田二にはもうしばらく何も期待できない――と思いきや。
織田「おや、西野園さん!」
門谷「急に騒がしくなったと思ったら、あんたもここまで上がって来てたの?」
そう、先にこちらの探索を行っていたらしい織田探偵と門谷先生が、部屋から飛び出してきたのだ。
銀田二「おお、あなた方も探偵であられますか!」
正常な滑舌を取り戻した銀田二が二人に声をかける。銀田二を除く男女比は1:3で圧倒的に女性の方が多いのだけれど、とりあえず男性が一人はいれば大丈夫のようだ。そういえば、今も意識して門谷先生ではなく織田探偵に話しかけたように見える。
織田「いかにも。しかし、どうやら自己紹介をしている暇はなさそうですな。皆さん、生贄を見つけられたのでしょう?」
織田探偵に促されるようにして、私たちは再び走り出した。しかし、またもや大音量の音楽の後、ゲームマスターの無情なアナウンスが流れる。川矢探偵たちは間に合わなかったということ――?
『残念ながら九人目の犠牲者が出た。現在、十人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、十人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』
川矢「フン、今の説明によると、ここに集められているのは優秀な探偵たちばかりのはずだが……君達、いったい何なんだねこれは? まるでFラン大学のヤリサーの飲み会……それも、相当酔いが回った悲惨な三次会みたいな有り様じゃないか」
泣き崩れる東條に、その肩を抱く愚藤、そして近くに座り込む私。銀田二……はまあいいとして、たしかにこの場面だけを見れば、川矢探偵にそう揶揄されるのも無理はないかもしれない。
川矢探偵の発言は聞こえているはずだが、愚藤はそれを完全に無視して、猫撫で声で東條をなだめている。川矢は苛立たしげな視線をそちらに投げてから、今度は銀田二に向き直った。
川矢「君は? どうやらそこにいる若者たちとは別口のようだが」
銀田二「お初にお目にかかる。わたくし、銀田二毛介と申す探偵でございます」
川矢「ほう、銀田二さん」
銀田二「いえ、銀田です。名前は二毛作で……いや、あれ? 違います、ええ、いかにも、私は銀田二です」
川矢「……? まあいい。では銀田二さん、私はこう見えても多忙な身でね。くだらない事件なら、さっさと解決して帰りたいのだ。とりあえず、現状をかいつまんで説明してもらえないだろうか」
銀田二「おお、もちろんです」
川矢探偵に請われるまま、私たちが今置かれている状況を手短に説明した銀田二だったが、川矢探偵は礼を述べるどころかむしろ怪訝そうに眉を顰める。
川矢「……ほう? 要するに銀田二さん、ここに来て数十分の間、あなたも今までほとんど何もせず、このエントランスで油を売っていたというわけですか?」
銀田二「はっ? いや、その……これには深い訳がありまして」
しかし川矢探偵は、銀田二の弁解に一切耳を貸すことなく、ヤリサーの三次会の惨状と称された私たち三人を見て、吐き捨てるように言った。
川矢「フン、これが探偵とは……探偵という職業も地に堕ちたものだな。キャラもののくだらないミステリもどきが跋扈するわけだよ。それ、そこで泣きべそをかいているおチビちゃん」
川矢探偵が呼び掛けると、東條のすすり泣く声がぴたりと止まった。身長は私もあまり大きいほうではないが、泣きべそをかいている、となると該当するのは東條ただ一人だからだ。
川矢「当ててみようか? 君は、そうだな……さしずめ、死者の声や残留思念を感知する霊能探偵といったところか。殺された人間の意志がわかってしまうのなら、犯人当てもトリックもあったものじゃないがね。それとも、何故か不幸にも犯人に直結する情報だけはわからないようになっているのかね? ご都合主義も極まれりだな」
なんと、まさかの大当たり。東條は自称キュ(略)心霊探偵。川矢探偵が事前に東條の情報を持っていたとも思えないし、この短い時間で彼女の言動(と言ってもほぼほぼ泣いていただけ)から推察したのだろうか。だとすれば、やはり彼は並ならぬ洞察力の持ち主ということになる。
東條はたちまち泣き止み、愚藤の手を振り払って立ち上がると、幼さの残る瞳を吊り上げて川矢探偵を睨み付けた。川矢探偵の発言は東條自身ではなく特殊能力系ミステリへの当てこすりのようにも思えたけれど、キュ(略)心霊探偵を自称する彼女にとっては看過できないもののようだ。
東條「ぁんですって? 怪異を求めてはるばる田舎の山奥まで来たのに肩透かしをくらった私の気持ちがあんたにわかるもんですか。コミュ障おじさん、あんた、幽霊や怪異を甘く見てると地獄に落ちるわよ!」
川矢探偵はまだおじさんと呼ばれる年齢には見えないが、これは煽り文句なのだろうか。人を怒らせる天才同士、竜虎相見える――と言いたいところだったが、川矢探偵は格が違った。東條を見下ろし、口辺に冷笑を浮かべながら、彼は冷ややかに言い放つ。
川矢「何だ、図星かい。ありがちな特殊能力探偵の設定を適当に言ってみただけだったんだがな。しかし、怪異を求めて来たんだったら、ここでただめそめそしているより、自分から探して回るほうが効率がいいんじゃないかね?」
東條「……!」
川矢「……まあ、それで幽霊なんかが見つかるとも思えないがね。そちらで座り込んでるお嬢さん、君は……」
と、川矢探偵は今度は私にターゲットを定めた。
川矢「そう、君はあれだ。日常ミステリの探偵だね? あの毒にも薬にもならないミステリもどき、二時間ドラマをさらに劣化させたようなあの作品群だ。君のようなとぼけたお嬢さんが、カタルシスも何もない日常のくだらない謎――いや、謎と呼ぶのも憚られるような問題を解決してミステリを名乗る。実に腹立たしい現象だな」
西野園「……ちょっと、川矢さん?」
日常系ミステリの物足りなさについては私にも共感できる部分があるのだけれど、いや、共感できるからこそ、その主人公の『とぼけたお嬢さん』扱いされることは屈辱だった。
西野園「たしかに私は死体を見たのも今日が初めてだし、私自身は事件を解決したこともありませんけれど……でも、そんなつまらない問題を解決して探偵を名乗るほど自意識過剰じゃありません!」
川矢「ほう? ならばそれを行動で示すことだな。私はさっさとこのゲームを終わらせるために上の階を目指す。せいぜい邪魔だけはしないでくれたまえよ」
川矢はそう言うと、颯爽と身を翻し、早足で廃墟の内部へと進んでゆく。
東條「ちょっとあんた! 待ちなさいよ!」
いつの間にか泣き止んだ東條もそれに続き、
愚藤「おっおい、置いてかないでくれよ!」
その東條を口説いていた愚藤も、慌ててその後を追った。
この廃墟に訪れてから今の今まで一歩もエントランスから動かなかったあの二人が、川矢探偵に発破をかけられ(それは東條だけか)、ついにゲームに参加する。さっさとここを立ち去り一人で探索を始めることも彼ならできたはずだが、彼はそうしなかった。きっと鋭い観察眼で瞬時に私たちのパーソナリティを読み取り、敢えて厳しい言葉をかけることで私たちを奮起させたのだ――まあ実際は単に彼が皮肉屋なだけかもしれないが、結果として私たちは行動を起こすことができる。
表現はかなりキツいし性格も決して良くはなさそうだけれど、川矢探偵はやはりやり手の探偵である。私の直感は確信に変わった。
銀田二「私もこうしちゃおれんな」
西野園「あの、銀田二さん」
床から立ち上がり、スカートについた埃を払いながら、私は銀田二に声を掛けた。彼の人柄や能力について、私は大いに誤解していたらしい。そのことを、一言謝っておきたかったからだ。
西野園「色々失礼なことを言ってしまってごめんなさい。早くこの殺人ゲームを終わらせられるよう、一緒に頑張りましょう」
銀田二はゆっくりとこちらを振り返る。
銀田二「あ、あ、あのその、しししししちゅ、シチュー、失礼だなんてそんな、あはははは、僕はぜんぜん、きに、気にしておりませんです、は、はい」
――あれ?
愚藤や川矢探偵と話していた時とはまた別人、元に戻ってしまった銀田二。これは一体……?
ああ、そうか。私はようやく理解した。
銀田二はおそらく、とてつもなく女性に不慣れな男性なのだ。
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川矢探偵と合流した私たちは、このゲームに巻き込まれて以来最大、総勢五人の大所帯となって階段を駆け上がっていた。
川矢「これは私の直感だが、おそらく生贄の供給は、地下室やら非常口といった比較的わかりやすい場所から行われているわけではない。くだらないゲームのためにわざわざこんな大掛かりな舞台を用意する相手のこと、何か常識では考えられないような手段を用いている可能性が高いと考える」
西野園「常識では考えられないような手段……?」
川矢「そうだ。それが何かまでは私にもまだわからないがね……とにかく、まずは上に行ってみよう。他の探偵たちも、上の階の探索に当たっているのだろう?」
西野園「ええ、そのはずです」
樺川先生と桃貫警部はおそらく二階から上に探索しているだろうし、門谷先生と織田探偵も今頃は地下の調査を終えて上の階へ向かっているはず。
川矢「上に向かえば、いずれ彼らとも合流できるだろう。何か新しい情報を得ているかもしれないな」
川矢探偵の推察通り、私たちが三階に昇りかけたところで、私を呼び止める声があった。
樺川「西野園くん!」
西野園「樺川先生?」
三階の廊下にいた樺川先生が、私たちの姿を認めてこちらへ駆け寄ってきたのだ。しかし、桃貫元警部の姿は見えない。私は樺川先生を他の探偵たちに紹介し、樺川先生に尋ねた。
西野園「樺川先生、桃貫元警部は? まさか、彼の身に何か……」
樺川「いや……わからないんだ、それが。一度、生贄と遭遇したことがあったんだけど、その追跡中にはぐれてしまってね。桃貫警部のことだから、きっと無事だとは思うが……」
銀田二「失礼ですが、今の我々に再会を喜んでいる暇はない。樺川先生、と仰いましたね。探索の結果などお聞きしたいのですが」
樺川「ああ……ええ、もちろんです。既にこちらの建物の探索は一通り済ませて、別棟の方へも行ってみたのですが、特に怪しい部屋は見つかりませんでした。少なくとも隠し部屋のような大掛かりなものはないと思います」
なんと、樺川先生は既に別棟の探索まで済ませていた。よくよく考えてみれば、彼らと別れてから既に一時間以上経っているのだ。
川矢「非常口など、出入り可能な場所もありませんでしたか?」
樺川「ええ、別棟には一階の渡り廊下を通らなければ移動できないし、別棟の方には地下室もなく、玄関や通用口、非常口に至るまで全てセメントで固められていました。窓に鉄格子が嵌められているのはこちらと同じです。全てしっかり固定されていて、簡単に取り外せるようなものではない」
川矢「なるほど。桃貫元警部といったか、彼の安否も気になるが――とにかく、我々は屋上へ向かってみよう」
東條「屋上?」
川矢「そうだ。地上に出入り口がないなら、空から送り込むしかないだろう。樺川先生、屋上は見ましたか?」
樺川「ええ、一応ざっと見てはおきましたが、特に不審なものは見当たりませんでした」
川矢「つまり、屋上へ続く扉は封じられていない、ということですね?」
樺川「……言われてみれば、確かに。でも、どうやって空から人を……?」
樺川先生はまだ門谷先生とは会っていないようだが、さすが探偵というべきか、彼も自発的に生贄が供給される場所を探していたらしい。
川矢「それは、行ってみなければわからない。しかし、あなたも探偵ならおわかりでしょう。どんなに突飛で非現実的に思えることであっても、残された可能性が一つしかないのなら、それが真実なのです」
川矢探偵のその言葉を合図に、私たちは再び階段を駆け上がる。そして四階に到達したところで、
愚藤「……あっ、あれ! なんかいますよ!」
と、愚藤が廊下の前方を指差す。そこには確かに、これまでの犠牲者と同様、作業着のような服装に身を包んだ一人の中年男が佇んでいた。
やっと見つけた!
しかし、まだ生きている生贄を発見できたことを喜ぶ間もなく、愚藤の声によって私たちの存在に気付いた生贄は、こちらに背を向けて、全速力で逃げ始めたのだ。
銀田二「あれ、おいこら! 私たちはお前を助けに来たんだぞ!」
樺川「あの時と全く同じ反応だ……一体どうなっているんだ?」
川矢「とにかく、今は奴を追うしかない。待て! 我々は君の敵じゃない!」
愚藤「U-22サッカー日本代表の脚力をなめんなよ!」
殺人ゲームに参加したばかりでまだ疲労の少ない川矢探偵と、ついさっきまで気絶していて休養は十分の愚藤が先頭に立って男を追い、樺川先生がそれに続く。しかし、全く疲労がないはずの銀田二は二人から大きく遅れ、私と東條の少し前を走っていた。
銀田二「わ、わわ、わたくし、運動音痴、略して、う、ウンチなもので……」
しまった! 男性三人が先に行ってしまったせいで、今ここには女二人しかいない!
銀田二にはもうしばらく何も期待できない――と思いきや。
織田「おや、西野園さん!」
門谷「急に騒がしくなったと思ったら、あんたもここまで上がって来てたの?」
そう、先にこちらの探索を行っていたらしい織田探偵と門谷先生が、部屋から飛び出してきたのだ。
銀田二「おお、あなた方も探偵であられますか!」
正常な滑舌を取り戻した銀田二が二人に声をかける。銀田二を除く男女比は1:3で圧倒的に女性の方が多いのだけれど、とりあえず男性が一人はいれば大丈夫のようだ。そういえば、今も意識して門谷先生ではなく織田探偵に話しかけたように見える。
織田「いかにも。しかし、どうやら自己紹介をしている暇はなさそうですな。皆さん、生贄を見つけられたのでしょう?」
織田探偵に促されるようにして、私たちは再び走り出した。しかし、またもや大音量の音楽の後、ゲームマスターの無情なアナウンスが流れる。川矢探偵たちは間に合わなかったということ――?
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