探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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十人目の探偵、水村秀世

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『残念ながら九人目の犠牲者が出た。現在、十人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、十人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』

 ゲームマスターのアナウンスを聞いた私たち五人は、生贄と川矢探偵たちが向かった先へ急いだ。いったい何が起こったのか。川谷探偵たちは生贄を救うことができなかったのだろうか。樺川先生や桃貫元警部と共に追いかけた三人目の生贄のように。
 生贄が消えた廊下の角を曲がると、そこには上下に伸びる階段があった。三階へ降りる階段、そして上に続く階段。この廃墟は四階建てのはずだから、昇り階段の先は屋上ということになるはず。
 私たちは階段の前で足を止めた。

門谷「上か下か、どっちに行ったのかしら……?」
織田「ううむ……」

 しかし次の瞬間、頭上からばたばたと複数の足音が聞こえ、

東條「屋上ね!」
西野園「行きましょう!」

 と、私たち五人も急ぎ階段を駆け上がる。
 踊り場から上を見ると、屋上に続く扉は全開になっていて、新緑の季節の目映い日差しが差し込んでくる。眩しさに目を細めながら残りの階段を昇り切り、すぐに屋上に辿り着いた。

 そして、最初に目に飛び込んできたのは、手摺から身を乗り出して下を覗き込む川矢探偵、樺川先生、愚藤の背中だった。

 屋上といえば、公共の建築物では関係者以外立ち入り禁止になっていることが多く、また自殺防止のため高いフェンスが張り巡らされていることが多い。しかし、この廃病院は古い建物であるせいか、手摺りが三人の胸のあたりまでの高さしかなかった。
 私は息を切らしながら、三人の背中に声をかける。

西野園「樺川先生! 川矢さん! 何が起こったんですか!?」

 こちらを振り向いた三人は皆、苦り切った表情をしていた。特に、樺川先生の落胆ぶりは著しかった。彼にとっては、二人の人間が目の前で命を落としたことになるのだ。

川矢「飛び降りたんだよ……ここから、この手摺を飛び越えて。我々の制止も聞かずにね」
愚藤「無茶なことはすんなって言ったんすけど……四階っすよ、ここ。ありえない……」
織田「飛び降りた……? 殺されたのではなく、自ら命を絶ったというのですか?」
川矢「ああ、そうだ。信じられないというのなら、ここから下を見下ろしてみるといい。下は土だが地盤は固いようだし、地上から二十メートルはあるかもしれない。足から落ちていればまだ命だけは助かったかもしれないが、慌てていたせいか、頭から真っ逆さまだ」

 川矢探偵に言われた通りに地面を見下ろすと、そこには確かに、頭部が潰れ、首はあらぬ方向に捩れた男の死体が横たわっていた。その凄惨さは頭部を銃で撃ち抜かれた死体の比ではなく、地面から屋上まで距離が離れているのがせめてもの救いだ。もし至近距離でこの死体を目にしていたら、きっと吐き気を催していただろう。
 死体を見ていられたのはせいぜい二、三秒程度。私はすぐに顔を上げた。

銀田二「何故そこまで生贄を追い詰めてしまったのです? 冷静に話をすれば、救うことができた命だったのでは……」
樺川「いえ、極めて冷静に彼に語り掛けましたよ。我々は全国から集められた探偵で、彼の命を救いに来たのだということも伝えた。しかし、彼は全く聞く耳を持たなかった」
門谷「でも、結果として、あの男はここから飛び降りてしまった。川矢さんや樺川さんが嘘をついているとも思えないし、実際、三人は男の命を救おうと呼び掛けたんでしょうけど、それでも飛び降りてしまった。西野園さんたちが目撃した三人目の生贄は、まだ彼女たちに驚いて逃げ出した、という解釈もできそうだったけれど、これではっきりしたわね。この高さから飛び降りたら、運良く命が助かったとしても無事では済まないってことぐらい誰にでもわかる。それでもあの男はここから飛び降りた。つまり、私たちに捕まるよりなら死んだ方がマシ……命の危険を冒してでもここから飛び降りた方がいい、と判断したことになる」
西野園「ということは……?」
門谷「鈍いわね。要するに、生贄は私たちがそれだけ恐ろしい存在である、もしくは私たちに捕まることに著しいデメリットがあると伝えられてここに連れてこられているってこと。これはとても厄介よ。保護してあげようという意識ではダメ。むしろ、生け捕りにしてやる、ぐらいの意気込みで追いかけなきゃいけない。私たちの意識を変える必要があるようね」

 川矢探偵も、門谷先生の意見に首肯する。

川矢「たしかに、そちらの女性の言う通りのようだ。さっきのように生贄にあと一歩のところまで迫っても、自ら命を断たれてしまうのでは元も子もない。物騒な表現にはなるが、生け捕りにするつもりで、足だけではなく頭を使って追わなければ、埒があかないだろう」
樺川「将棋の格言で言えば、『玉は包むように寄せよ』ですね」
織田「そう、そして頭を使うことこそ、我々の領分……おや、お嬢さん、どうされました?」

 織田探偵の気づかわしげな声に振り向くと、そこには何やら深刻な表情で座り込む東條の姿があった。それは、悪態をつくやら泣き出すやら、探偵どころか普通の女子大生としても非常識な言動を繰り返していた東條が初めて見せる表情だった。

東條「……見えたんです……」
西野園「見えた……って、何が?」
東條「さっきの人の死体を見た瞬間、その残留思念が私の意識の中に飛び込んできて……」
門谷「何、残留思念って? 宜保愛子じゃあるまいし」

 東條が私以上に若い(しかも実年齢より幼く見える)からだろうか、門谷先生の東條に対する態度はかなり手厳しい。ところで宜保愛子って誰?

織田「まあまあ、門谷さん……して、お嬢さん、貴女は何を見たのです?」
東條「ずっと長い間、どこかに閉じ込められて、誰かに監視されている。でも、不思議と恐怖はない……そんな、断片的なイメージです」
川矢「ふむ。君、東條くんと言ったか。そういう現象はよく起こるのかね?」

 川矢探偵が尋ねると、東條は真剣な眼差しで私たちを見回した。

東條「はい、もちろん。私は心霊探偵です。今は訳あって一時的に法力を失っていますけど……でも、さっきは確かに見えたんです!」
門谷「ふっ、心霊探偵ですって? 一つの単語の中にここまで矛盾する概念を詰め込めるとはね」

 門谷先生と東條の視線が激しくぶつかり一触即発の空気が流れたが、

銀田二「おお、おおふたなり、いやお二人さん、こんなところで、けけ、ケンカは、よくありませんぞ」

 という銀田二の間の抜けた発言によって二人とも気が削がれたのか、辛うじて正面衝突は免れることができた。通常の場面で聞いたらドン引きしてしまう類の言い間違いではあるけれど、今はそのあまりの下品さに救われたことになる……のか?

川矢「まあ、霊能力の真偽に関わらず、あまり今回のゲームに役立つ情報ではなさそうだな。しかし、頭の片隅に留めておく程度ならいいかもしれない。それより、今は次の生贄にどう対処するかを考え――」

 川矢探偵はそこまで言いかけると、ふと空を見上げ、そしてそのまま硬直した。

川矢「……なんだ、あれは?」

 照り付ける日差しに目を細めながら空を仰ぐ川矢探偵が呟き、皆一斉にその視線を追う。頭上に広がる雲一つない青空、その中にぽつんと、米粒ほどの小さな黒い点が浮かんでいた。
 鳥だろうか――最初はそう思った。でも、鳥にしてはあまりにも動きが直線的すぎる。

織田「あれは……まさか……」
川矢「その、まさか、のようだ」

 黒い点は次第に大きくなり、私にも肉眼でその姿が確認できるようになってきた。と同時に、黒い点から一定のリズムで発せられる、独特の空気を切る轟音。
 そんなまさか。織田探偵や川矢探偵と全く同じ言葉が私の脳裏に浮かんだ。

愚藤「ヘ……ヘリコプター???」

 愚藤が間の抜けた声を上げる。それは紛れもなくヘリコプターの機影だった。陽光を背にして鈍く光る漆黒の機体が、けたたましい音を立てながらこちらへ近付いてくる。ドクターヘリや自衛隊、捜索ヘリがたまたま通りかかった可能性もちらと頭をよぎったが、だとすれば、機体が黒塗りにされているのはおかしい。それに、ヘリコプターは一直線にこちらへ向かっているように見える。

樺川「なるほど、ヘリコプターとはね……いくら出入り口を探しても見つからないわけだ」
銀田二「死者が出た後に必ず流される大音量の音楽も、てっきりゲームマスターなる者の悪趣味かと思っておりましたが、おそらくこのヘリコプターの爆音をかき消す意味合いがあったのですな」

 確かに、この静かな山奥の廃墟にヘリコプターが近付いて来たら、屋内にいてもローターの音は聞こえてしまうはず。今まで何の疑問も持たずに聴いていたけれど、あの音楽にも意味があったのだ。
 さっき自ら命を断った生贄は、屋上から四階に降りて来たところで私たちと遭遇したのかもしれない。ヘリコプターによって屋上から供給されることがわかったのだから、屋上で待ち構えて、降下してきたところを捕まえればいい。これで終わりだ――私たち九人は勝利を確信し、廃病院に近付いてくる漆黒の機体をぼんやりと見上げていた。

 しかし。

 上空でホバリングを始めた黒いヘリコプターの扉が開き、そこからロープに吊るされた人間がするすると降ろされた――そこまでは想像通りだったが、ヘリコプターがホバリングを行っているのは、私たちが待つ屋上の少し手前。

川矢「しまった、そっちか!」

 そう、十人目の生贄が降ろされたのは、別棟の屋上の方だったのだ。
 ヘリコプターの登場に気を取られ、また勝利を目前にした安堵感から、別棟の存在を完全に失念していた。こちらと別棟を繋ぐ渡り廊下は一階にしかなく、こちらから飛び移れるような距離でもない。

『我が殺人ゲームへようこそ。十人目の探偵、水村秀世みずむらひでよくん』

 十人目の探偵の来訪を告げるアナウンスを聞きながら、私たちは大急ぎで屋内に戻り、全力で階段を駆け下りた。
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