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浦登みっひ

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走れメロン

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 演劇部に入部して数日後。
 僕たちは早速、都内の高校の演劇部を対象として六月下旬に行われる『新人デビューコンテスト』に向け、具体的な練習に取り組むことになった。
 新人デビューコンテストとは、読んで字のごとく、演劇部に入ったばかりの一年生が主役となる劇のコンテスト。都内の各地域で地区予選を行い、その中で選ばれた二校だけが中央大会に進むことができる。地区予選に参加するのは花倉を含めて十数校だから、先に進めるのが二校だけという条件はかなり狭き門である。しかもそれを入部したばかりの一年生を中心にやらせようというのだから、ちょっと無茶振り感も否めない。
 とはいえ演じる以外の部分、つまり台本や音響、小道具などはもちろん上級生がサポートしてくれるし、劇の長さも二十分以内と短めに設定されている。天野部長曰く、やってやれないことはない絶妙な匙加減らしい。
 しかし、六月下旬といえば準備期間はあとひと月ほどしかない。演劇に関しては全くの未経験、姉の七光りで入部させてもらったような僕が、皆の足を引っ張ることなく役を演じ切ることができるだろうか? 幼稚園のお遊戯会でやった、台詞のない『木』の役ぐらいしかこなせる気がしない。

 脚本は既に八割がた完成していて、タイトルは『走れメロン』。某文豪の名作をモジってはいるけれど、中身は花倉高校演劇部の先輩たちによる完全創作だ。主人公は、高校一年十六歳にしてなんとHカップの巨乳を誇る以外はごくごく普通の女の子、真桑甜花まくわてんか。制服の上からもわかるあまりの爆乳ぶりに、ついたあだ名が『メロンちゃん』というわけ。
 当初は同級生女子との友情をベースに考えていたらしいのだが、僕と武田の入部によって、青春ラブコメチックなものへと方針転換されたようだ。男に胸をジロジロ見られて視線恐怖症になった甜花が、同い年の盲目の少年と出会い、交流を深めて最終的に想いを打ち明ける、というストーリー。
 ホントにこれでコンテストに出るつもりなのかと疑問を持たざるを得ない設定。先輩たちはこれを、その場のノリと勢いだけで考えたそうだ。『新人なんだから勢いは大事!』とは福島副部長の談。急遽ラブコメに変わった点については、『せっかく男子が入ったんだからラブストーリーやってみたいじゃん?』とこれも同じく副部長の言葉である。
 ということはつまり、盲目の少年という難しい役どころを、演劇未経験の僕か武田が務めなければならなくなる。もはや正気を疑うレベルと言わざるを得ない。

 『走れメロン』の構想を聞かされたその翌日、部室に部員全員が集まり、筋トレのメニューを一通りこなした後、配役についての話し合いが持たれた。天野部長が開口一番にこう言い放つ。

「とりあえず、盲目の少年・永町明日斗ながまちあすと役は、今川くんでいいよね?」

 は? いきなりの指名? と困惑していると、他の部員からも『賛成!』という声が続々と上がり、有無も言わせぬ満場一致で僕が難役である永町明日斗を演じることが決定した。
 いや、満場一致ではなかった。隣にいた武田が、この結果に異議を唱える。

「ちょっと待ってくださいよ! 俺だって男ですよ? なんでそんな勝手に今川に決めちゃうんすか!?」
「ええ? こうして全員で話し合っているんだから、勝手に決めたと言われるのは心外ね」

 天野部長は冷徹とさえ感じられる態度でそう応じたが、異論を差し挟む余地すらなかったという意味では、武田の意見もわからなくもない。しかし、未だ不満を隠さない武田に対して、福島麻美さんが追い打ちをかけた。

「武田、あなたは普段から今川くんにちょっかい出して迷惑かけてるでしょ? あなたの性格は、この役には向いてないと思う」
「なっ……」
「永町くんは、奥手で引っ込み思案な性格の持ち主なの。別に、善人を演じるためには善人でなきゃいけないなんて思わないけど、初めての演技でいきなり自分と正反対の役を演じるのは難しい。だから皆、今川くんで行こうって言ってるの」

 なるほど、そういうものなのだろうか。僕は麻美さんの熱弁をまるで他人事のように聞いていたけれど、これってつまり、遠回しに僕が奥手で引っ込み思案だと言われているのではないか。まあ反論はできないけれど。
 武田もこれには何も言い返せず、盲目の少年、永町明日斗役は僕に決められた。

「さあて、問題は主役の真桑甜花ちゃんね。我こそは、っていう勇気のある子はいるかしら?」

 天野部長はそう言って、その場に集まった一年女子の顔を眺めた。
 今年の一年の新入部員は、僕たちを含めて全部で十人。そのうち四人が辞めた(僕と武田が入部した時には既に二人辞めていた)から、残りの女子部員は四人となる。二、三年の部員がそれぞれ十数人いるのと比べるとだいぶ少なく感じられるが、姉貴と藍子さんが在籍していた世代の人数が異常なだけで、普通の演劇部はどこもこんなもんよ、と副部長が言っていた。

 そしてその四人の中で、挙手したのは福島麻美さんただ一人だった。


!i!i!i!i!i!i!i!i


 福島麻美さんが主役の座を手にしたのは、ある意味必然とも言える。彼女は子供の頃から児童劇団に所属していた、姉以上の演劇ガチ勢。対して他の三人は、僕と同様演劇未経験という立場だ。だから、普段の活動の中でも福島さんは一年の中のリーダー的存在だったし、そんな彼女に対抗して主役に立候補するなんて気が引けるし、何より荷が重すぎるだろう。

「ところで、主人公ってHカップでしょ? 胸はどうする? やっぱり詰め物?」

 配役が決まった翌日の筋トレの最中、天野部長がぽつりと言った。

「う~ん、詰め物かなあ。どう思う? 杏」

 と、福島副部長が話を振ったのは、三年の葛山杏くずやまあんさん。花倉高校演劇部における小道具のスペシャリストである。セミロングの髪を部活の間だけポニテに纏めている葛山さんは、その印象的な猫目を眇めながら答えた。

「まあ、そうなるかなあ……でも、どれぐらい詰めればいいの? Hカップってどれぐらい?」
「ええ~、わかんないや……うちの部にもHカップは流石にいないしなあ。ねえ、誰かそれぐらい胸大きい子知らない?」

 天野部長が尋ねたが、誰からも返事はない。Hカップといったら、最近人気のグラビアアイドル細川果雨と同じレベル。探してもそう簡単には見つからないだろう。

「だよねえ~。織田さんも結構あったけど、さすがにHはなかったからなあ。できれば生の資料が欲しいんだけど」

 ……何だって? 天野部長が何か一瞬聞き捨てならないことを口走ったような気がしたが、それを確かめる隙もなく、福島副部長がジェスチャーを交えながら応じる。

「Hカップとかいいからさ、もう、リアリティ無視して、バイーンと、ボイーンと、ドッカーンとデカくしちゃっていいんじゃない?」
「いやいやドッカーンはまずいでしょ、爆発しちゃってんじゃんそれ」

 葛山先輩が笑いながら混ぜ返すが、副部長は真顔で答えた。

「や~、それはあれよ、言葉の綾ってもんよ。もう一度タイトルを思い出してみなさいな、『走れメロン』よ? メロンがこう、ゆっさゆっさ揺れるぐらいのカンジでちょうどいいと思うなあ、あたしは」
「ん~、なるほどねえ。言われてみれば。ああ、そうそう、当の麻美ちゃんはどれぐらいあるの? 麻美ちゃんのサイズによって詰め物の大きさも変わってくると思うんだけど」

 葛山さんが福島さんに尋ねると、福島さんは林檎のように赤面し、彼女らしくないしどろもどろの口調で、

「あっ、えっ? いや、その、えーと……」

 と、五つもの文節を重ねつつも何一つ意味を持たない不思議な日本語を発しながら、ちらちらと僕の顔を盗み見た。そりゃそうだ。こんなこと、男の僕がいる前であけすけに話す内容じゃないだろう。小道具の準備に関する重要な確認事項として真面目に聞けば何ら問題はないのかもしれないが、聞いたら想像しちゃうだろうし。
 ちなみに、隣の武田はというと、いつになく真剣な表情で福島さんの言葉に耳を傾けている。
 そして、姉である副部長がニヤリとしながら発した一言によって、状況はさらに悪化することになる。

「ふっふっふ、麻美はねえ、なかなかのものを持ってるよ?」

 その瞬間、部室にいた部員全員の視線が一斉に福島さんのジャージの胸元へと集まった。恥ずかしながら僕も見てしまった。だってあんなこと言われたら普通反射的に見ちゃうじゃないか!?
 学校では制服かゆったりしたジャージを着ているし、そもそもそんなに注意して見たこともなかったけれど、そう言われるとたしかに麻美さんの胸のふくらみは他の女子より少し大きいように見える。視線を感じた麻美さんは両手でさっと胸を覆い隠したが、そんな彼女に、両手を蜘蛛のように蠢かせながら天野部長と葛山さんがじりじりとにじり寄る。

「ほっほ~う、それはいいことを聞いたわ」
「小道具担当として、早速調べさせてもらわなくちゃあねぇ?」

 魔女のように不気味な笑みを浮かべながら近づく二人に麻美さんは怯えながら後退ったが、その直後。

「捕まえなさい!」

 天野部長が演劇部らしく張りのある声で号令をかけると、いつの間にか麻美さんを取り囲むように布陣していた部員たちが一気に彼女に襲い掛かる。あわれ麻美さん、逃げ場のない彼女は成す術なく取り押さえられ、祭壇に捧げられる子羊のように部室の中央に押しやられる。この一糸乱れぬ連携とチームワークは一体何なんだ?

「よっしゃ~! 俺も!」

 と勇躍飛び込もうとした武田の首根っこを掴み、僕は静かに廊下へ出て、部室の扉を閉めた。

「うぉい、何すんだよ今川! 部長命令だぞ!」
「僕らはダメに決まってるだろ」
「イヤ~っ!」

 麻美さんの悲鳴のあと、ほんの少しドタバタともがくような音が聞こえたが、それもすぐに止んだ。

「ほほう……これは確かになかなかね。着やせするタイプなのかな」
「でしょ? 中一の頃にはもうあたしより大きかったもん」
「うひょー! すごい! 作らなくても谷間できるんだ!」
「一年でこれなら、三年になった頃にはきっと織田さんを超えるでしょうね……」
「この感じなら、詰め物もそんな大げさに用意しなくて良さそうだね。ちょっとパッド入れるぐらいで何とかなりそう」
「こんな逸材が演劇部にいたとは……」

 中から漏れ聞こえてくる声を聞き、もみくちゃにされているであろう麻美さんに悪いとは思いながらも、僕は妄想を止められなかった。ちょっとパッドを入れるぐらいでHカップを再現できるってことは、ABCDE……F? でも高一でFカップはさすがにないか……?
 しかしそれ以上に気になるのは、『三年になったら織田さんを超える』という一言だ。つまり、今はまだ藍子さんの方が大きい、ということ。

 そんなにまじまじと見たことはなかったが、漠然と、たしかに姉貴よりは大きいという印象はあった。が、姉貴だって小さいわけじゃない。高校に入ってからも何度かブラを買い替えていたし(何故それを知っているかといえば、僕が洗濯物をコインランドリーに持って行くこともあったからであって、決してよこしまな興味ではない)、むしろ平均よりは少し大きい方のはずだ。それよりさらに上のサイズということは?

「もう、サイズ調べるだけだったら……そんなに揉まなくてもわかるじゃないですかぁ!」

 麻美さんの吐息混じりの悲鳴を聞きながら、僕は藍子さんの姿、特に胸のあたりを思い出そうと記憶を辿っていた。
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