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3、安心感
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部屋の中へと一歩進むと、手を離した扉は元に戻ろうと、カラカラといった音をたてて閉まっていく。
「お久しぶりです、おじさん、おばさ…」
「やぁ、まいったね。あんたまで学校休んで見舞いに来てくれるなんて」
笑いながら僕の挨拶を遮ったのは、昨日も一昨日も聞いた元気な美夜の声。
正直、安心した。涙が溢れてしまうのではないかと言うほどに。
けれどここで涙をこぼして笑われるのは嫌なのでグッとこらえた。
「元気なようで」
「まーねー。」
「本当、どうなるかと思ったのよ!」
そう言って、彼女の能天気な言葉を叱るのは彼女の母。
本当に、僕もどうなるかと思ったのは事実でもある。
もしかしてと言うことを考えるとゾッとする。
もしかして運が悪かったならどうなっていた?
もしも刺された場所が急所だったら?
もしも通り魔がとどめをさしていたら?
偶然、通り魔は美夜を刺した。
偶然、刺された場所が急所を外れていた。
偶然、通り魔がとどめをささなかった。
全てが…偶然だった。
その偶然がなければ美夜は死んでいたのかも知れない。そう思うとまたじわりと冷や汗が滲んできた。
「ねぇ、お母さん。こいつと2人で話させて」
少しだけ2人で話す時間をもうけてもらった。
・・・
「大丈夫か?」
「うん、ちょい痛いけどねぇ」
本当呑気なもので、人の気持ちなんか一ミリも気にしていないような顔で笑った。
「刺されたときね」
突然始まった話を僕は静かに聞いてやる。
病室にかけてある時計の音が、はっきり聞こえるほど部屋は静か。
「刺されたときね、いったぁって思ったの。もうほんっと痛くてね、そしたらお腹んとこ真っ赤でさぁ。」
「あぁ」
「そしたら刺した人がさ笑ったんだよ」
そこで黙り混む美夜。小さな沈黙に耐えかねて僕は、相槌をいれた。
「それで?」
彼女の顔は、いつもの明るさなど感じないほどに真剣だった。
「そしたらさ、刺されたとこがすっごい熱くて…死ぬのかなって思った。そしたらあの人ね、優しく、自分が刺したわけじゃないっていうみたいに“大丈夫?”“痛い?”って聞いてきたの、驚いたよ。あ、死ぬって思ったもん。そしたらね、あぁ、お母さんとお父さんにまだ何もできてないのにって思ったんだ。あと、あんたにも言うことあったのになぁって。だから目が覚めたときすごく嬉しかったなー」
やっと一段落ついたのだろう。ほんの少しだけ美夜の顔に笑顔が戻った。
そう思ったのもつかの間、美夜の目には溢れそうなほどの涙がにじむ。
こんな彼女の姿を、可愛いと思ってしまう僕は頭がおかしいのかもしれない。
だけれども彼女が好きなんだ、それはしょうがないということにしておこう。
僕は何も言わずそっと彼女の頭を抱いた。
彼女のサラリとした長い黒髪を指に絡ませるけれど、スルリとほどけて僕の指をすり抜けていってしまった。
甘い金木犀の香りが鼻をくすぐる。彼女の好きな香り、それは彼女のシャンプーの香りでもある。
その後、僕はもう少し一緒にいたかったのだが、美夜の両親が居るということもあって病室を後にした。
僕は学校へむかう。美夜が言うように学校を休んだ訳ではない、ただの遅れだ。
帰り際、美夜に「明日もここに来てよ」泣いて少しブサイクになった顔でそう言われた。
あ、付け足して「いいたいことがあるのっ!」とも。
・・・
学校はいたって普通。特に遅れた僕に対して色々問いかけるような奴も居なければ、心配するような奴も居ない。
そもそも仲のいい友人が居ないのだ。
放課後…何かすることがあるわけでもない僕は、ケーキ屋でケーキを2つ買った。
なんのためかって?美夜に買っていってやろうと思っただけだよ。と言うかよく考えるとあいつはケーキなんか食えるのか?
そんなことを考えながら路地へと入り込んだ。
この時、もしも別の道を通っていたら僕はどうなっていたんだろう。
17時21分。ザクリと突き刺さる刃に、僕はたくさんのことを思った。
意識が薄れていく。あぁ、僕もお前に伝えたいことがあったんだが…。
10月18日、17時22分。完全に意識が途切れた…。
「お久しぶりです、おじさん、おばさ…」
「やぁ、まいったね。あんたまで学校休んで見舞いに来てくれるなんて」
笑いながら僕の挨拶を遮ったのは、昨日も一昨日も聞いた元気な美夜の声。
正直、安心した。涙が溢れてしまうのではないかと言うほどに。
けれどここで涙をこぼして笑われるのは嫌なのでグッとこらえた。
「元気なようで」
「まーねー。」
「本当、どうなるかと思ったのよ!」
そう言って、彼女の能天気な言葉を叱るのは彼女の母。
本当に、僕もどうなるかと思ったのは事実でもある。
もしかしてと言うことを考えるとゾッとする。
もしかして運が悪かったならどうなっていた?
もしも刺された場所が急所だったら?
もしも通り魔がとどめをさしていたら?
偶然、通り魔は美夜を刺した。
偶然、刺された場所が急所を外れていた。
偶然、通り魔がとどめをささなかった。
全てが…偶然だった。
その偶然がなければ美夜は死んでいたのかも知れない。そう思うとまたじわりと冷や汗が滲んできた。
「ねぇ、お母さん。こいつと2人で話させて」
少しだけ2人で話す時間をもうけてもらった。
・・・
「大丈夫か?」
「うん、ちょい痛いけどねぇ」
本当呑気なもので、人の気持ちなんか一ミリも気にしていないような顔で笑った。
「刺されたときね」
突然始まった話を僕は静かに聞いてやる。
病室にかけてある時計の音が、はっきり聞こえるほど部屋は静か。
「刺されたときね、いったぁって思ったの。もうほんっと痛くてね、そしたらお腹んとこ真っ赤でさぁ。」
「あぁ」
「そしたら刺した人がさ笑ったんだよ」
そこで黙り混む美夜。小さな沈黙に耐えかねて僕は、相槌をいれた。
「それで?」
彼女の顔は、いつもの明るさなど感じないほどに真剣だった。
「そしたらさ、刺されたとこがすっごい熱くて…死ぬのかなって思った。そしたらあの人ね、優しく、自分が刺したわけじゃないっていうみたいに“大丈夫?”“痛い?”って聞いてきたの、驚いたよ。あ、死ぬって思ったもん。そしたらね、あぁ、お母さんとお父さんにまだ何もできてないのにって思ったんだ。あと、あんたにも言うことあったのになぁって。だから目が覚めたときすごく嬉しかったなー」
やっと一段落ついたのだろう。ほんの少しだけ美夜の顔に笑顔が戻った。
そう思ったのもつかの間、美夜の目には溢れそうなほどの涙がにじむ。
こんな彼女の姿を、可愛いと思ってしまう僕は頭がおかしいのかもしれない。
だけれども彼女が好きなんだ、それはしょうがないということにしておこう。
僕は何も言わずそっと彼女の頭を抱いた。
彼女のサラリとした長い黒髪を指に絡ませるけれど、スルリとほどけて僕の指をすり抜けていってしまった。
甘い金木犀の香りが鼻をくすぐる。彼女の好きな香り、それは彼女のシャンプーの香りでもある。
その後、僕はもう少し一緒にいたかったのだが、美夜の両親が居るということもあって病室を後にした。
僕は学校へむかう。美夜が言うように学校を休んだ訳ではない、ただの遅れだ。
帰り際、美夜に「明日もここに来てよ」泣いて少しブサイクになった顔でそう言われた。
あ、付け足して「いいたいことがあるのっ!」とも。
・・・
学校はいたって普通。特に遅れた僕に対して色々問いかけるような奴も居なければ、心配するような奴も居ない。
そもそも仲のいい友人が居ないのだ。
放課後…何かすることがあるわけでもない僕は、ケーキ屋でケーキを2つ買った。
なんのためかって?美夜に買っていってやろうと思っただけだよ。と言うかよく考えるとあいつはケーキなんか食えるのか?
そんなことを考えながら路地へと入り込んだ。
この時、もしも別の道を通っていたら僕はどうなっていたんだろう。
17時21分。ザクリと突き刺さる刃に、僕はたくさんのことを思った。
意識が薄れていく。あぁ、僕もお前に伝えたいことがあったんだが…。
10月18日、17時22分。完全に意識が途切れた…。
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