雨、痣と隣人。

宮川 涙雨

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11、迷い

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「空色ですか…そうですね、じゃあ探しに行きましょう」
俺は少しばかり驚いた様子の彼女をリビングに残し、着替えをしに部屋へ戻る。
今日の寝癖はそこまでひどくなくて、ちょっと濡らして乾かせばすぐにもとにもどった。
彼女は俺の後に部屋で着替えて髪を整えるため、準備になかなか時間がかかってしまう。
そもそも女性の準備時間は平均的に男よりも長いのだろう、特に髪。
化粧をしないだけ彼女の準備時間は他の女性達に比べれば短い方なのかもしれない。

インコを飼うと決めてから一時間。俺達は暑い家の外へと出掛けた。


時刻は二時ちょっと過ぎ。
「うわぁ!カッワイイっ」
俺達は家から一番近い。いや、近いといっても徒歩と電車で五十分以上かかるのだけれど。
ショッピングモールのペットショップへ彼女とともに来ていた。
彼女はガラス越しの犬や猫を見ながらかわいいと言いっぱなし。
「おにーさん見てよっこの子かわいすぎない?」
少し離れて彼女の姿を見ていた俺に向かってクイクイッと手招きをする彼女。
俺も彼女のしゃがんでいる隣にしゃがみこんだ。
「ほらっ」
彼女は目の前で寝ている猫を指差す。
「ねっ」
「ほんとですね、癒される顔してる」
「でしょ」
チラリと見た彼女の横顔はとても楽しそうで、ほんと連れてきてよかったなと思ってしまう。
そういえばペットショップなんて何年ぶりだろうか……久々にやって来たペットショップは俺の記憶の中のものとは随分と違っていた。
まずなんと言うか犬用の服や首輪の量が半端じゃない。そしてとてもいい香りがする。
アロマ……だろうか?
一番驚くのはワンちゃん用ランチプレートと書かれた、犬用のご飯。ハンバーグやポテトサラダ、多くの種類がメニュー表に書かれている。
更には、犬用のケーキまで。
そんなもの本当に与えて大丈夫なのだろうか……。
そんなことを考えながら彼女が満足するまで犬や猫を眺めていた。
「おにーさんそろそろ鳥見ない?」
彼女の提案に、俺はコクっと頷いた。

鳥やハムスターのコーナーに入るには扉を開けなくてはならない。
扉を軽く押すとほんの少し開ける。
その瞬間だった。
ピピピピッ!ヂュヂッ!ピュィーーッ。その他もろもろ。
ものすごい声で鳥が鳴いていた。
うるさいってもんじゃない。思わず扉から手を離す。
「……」
「入らないの?」
「…いや、ちょっとこれは…」
言いかけた俺の言葉を最後まで聞く様子もなく彼女は扉を開ける。
「ほら、入ろー」
彼女につれられて俺も一緒に中へ入った。
やはり…うるさい…。
「ハムスターだ!やっぱりハムスターもかわいいなぁ」
一番先に彼女が向かったのはハムスターの飼育かごの前。
中では二匹のハムスターがもちょもちょと動いている。確かにこれはかわいい。
「あっ、水色インコ!」
ふと彼女がそういいながら見た目線の先には水色のインコが三羽。
全てセキセイインコだった。
その中でも一羽、左端に一番目が丸くて大きなインコがいた。
他の二羽と比べて、圧倒的にその一羽がかわいい。
そう思ったのは彼女も同じようで、「あの左端の水色インコがいいかも」そういいながら今度はインコの飼育かごの前でインコを直視していた。
キャキャキャキャキャキャキャキャピュキィーーッ。
何度も聞こえてくるこの鳴き声は、このコーナーの中で一番うるさい。
鳴き声の主は、十八センチ程の少し大きなインコ。
何という種類かわからないが、でかい分とにかくうるさい。
飼育かごには、この子の名前はげんちゃん。ペットショップのかわいい店員さんなので、お売りすることはできません。そう丁寧に女性らしい文字で書かれた紙が貼られていた。
げんちゃんには悪いが、こんな張り紙をしなくともこれだけうるさければ誰も飼いたいとは思わないと思う。
「その子にしましょうか」
「まって」
彼女は俺の問いかけにそう返事を返した。
「ハムスターもやっぱりかわいい」
続けて迷いの一言。
俺も彼女に疑問の一言をぶつける。
「でもそのハムスター大きくないですか?」
最初から思っていた。彼女のみつめるハムスターは他のよりも倍近く大きい。
まるで小柄なモルモット。
「だってジャンガリアンじゃなくてキンクマハムスターだもん」
彼女の言う通り、かごにはキンクマハムスターと小さく書いてある。
キンクマ……。クマ?
俺はハムスターを遠くから眺めながら、彼女の答えを待った。
けれど、待てども待てども返事は帰ってこない。
それからさらに十五分。俺はげんちゃんに永遠と訳のわからない日本語で話しかけられながら彼女の返事を待った。
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