雨、痣と隣人。

宮川 涙雨

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20、風邪

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家に帰ってすぐ彼女に冷えピタを貼った。
彼女も随分と汗をかいているし、呼吸も先程よりだいぶ荒い。
「…は…っ、は…っ」
「大丈夫ですか?」
何度か呼びかけてみたけれど寝ているらしく返事がない。
他に何が出来るわけでもなく、俺は濡らしたタオルで彼女の汗を拭きながら彼女の手を握っていた。
小さく柔らかい手はとても暑くて、このまま死んでしまうのではないのかといった考えがチラチラと頭をよぎってしまう。
ふと玄関からガサガサと袋の音がして姉が来たのだとわかった。
「久しぶり」
(今どんな感じ?寝てんの?)
「…寝てる、何かもう死にそう…」
大袈裟なわけじゃない。本当にそう見えるのだから。
(じゃあまずおかゆ作ろう)
姉の手際の良さのおかげであっという間に美味しそうなおかゆが出来上がった。
勿論米やしらすや卵は姉の持参だ。
(起こして来て、少し無理やりにでも起こしな。飯食わせて薬飲ませないといけないから)
「わかった」
そう返事をして彼女を起こしに行ったのはいいがなかなか起きてくれない。
「起きてください」
少し強引に彼女の身体を揺すった。
「…ん、お兄さ…ん?」
「ご飯食べましょう、薬も飲んで下さい」
コクリと力なく頷いて彼女はベッドからおりたけれど、足取りがおぼつかず危なっかしい。
……仕方ない。
「少し失礼しますよ」
「ぇ?わっ…」
彼女の足をすくって抱き抱えた。
「じ、自分で歩けるよ…?」
そういいながらも彼女は俺の腕の中でくったりとしていて結局姉の元まで俺が運んだ。
(食べられるかな?)
「…はい」
彼女はおかゆを食べ始めてから薬を飲み終えるまで一言も話さなかった。
(汗拭くからちょっとごめんね)
分かっているのかいないのか、彼女はゆっくりと頷いて姉にされるがままになっていた。
勿論俺は後ろを向いたまま待機だ。
(よし、後は沢山寝りゃあよくなるから…おやすみ)
その言葉を聞いたとたん彼女は突然気を失ったかのように眠りに落ちた。
薬はまだ効き目をあらわさない。
(ベッドまで運べる?)
「うん」
ベッドまで彼女を運んでリビングへ戻ると、姉が俺の分の飯を用意してくれていた。
(おいしー?)
「うん」
久しぶりのおかゆもまぁ、悪くない。
気付けば姉を呼んだのは昼だったはずなのにもう6時になっていた。
昼間彼女の学校から電話がかかってきたのには驚いた。
いつ俺の番号を見たのか分からないけれど、担任と思われる男性から電話がかかってきたのだ。
どうしても家には連絡するなと言ったらしい。
学校の場所とクラスを聞いて向かうと教室に彼女はいて、その時すでに返事は曖昧で熱もだいぶあった。 
大変だったのは帰りだ。

     ~昼間~

「あの、帰りますよ?」
「ん?うん、え?」
駄目だ、会話が成立しない。
家にも保健室さえも行きたくないと言い張ったらしい彼女は教室の机でぐったりとしていた。
クラス中が口々に誰?と小さく話しているのが聞こえる。
「授業中にすみません、連れて帰るんでこの子のバックと持ち帰るものを教えていただけますか?」
(それ、どうせ風邪じゃ勉強出来ねぇし教科書とか全部置いてっていいっスよ)
隣の席からそう教えてくれたのはいかにも野球少年といった髪型の男の子だった。
親切な上にかなりでかい。
「ありがとうございます」
バックは取りに行く前に後ろから回してくれた。
「ほら、帰りますけど歩けますか?あと、今度皆さんにちゃんとお礼言ってくださいね」
一応歩けるかどうか確認をしてみたものの、確実に歩けるような状態では無い。
「ちょっと身体触りますよっ、と」
バックを肩から斜めがけして両手で彼女を抱き上げた。
子供のように抱えるのも後から彼女に何か言われそうだし、おんぶはバックが邪魔になってできない。そのせいで結果的にお姫様抱っこという結論に行き着いた。
「おにーさーん?」
「はい?」
「帰るの?」
「帰ります」
「そっかぁじゃあ、あーちゃんバイバイ」
あーちゃんと呼ばれたその子はきっと彼女の友達なのだろう。

  ~現在~
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