雨、痣と隣人。

宮川 涙雨

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2、家

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コンビニ帰り、少し遠くから見たアパート二階の俺の部屋。
ここからでも微かにみえる少女の姿。
実際二階に上がるとやはりそこには少女の姿があった。
また、無言のまま少女の前を通りドアの鍵をあける。
「家、入れてもらわないんですか?」
「……」
「中学生ってのはまだ成長期なの知ってます?だからちゃんと家で寝た方がいいで……」
「は?」
先程と同じ低めの声でキレられた。
雨が染み込んだ靴がグチョグチョと気持ち悪い。
「私もう高二ですけど?」
人は見た目によらないとはよくいったものだ。
高二……には見えない。その代わりに、今気づいたのだけれどパンツが見えている。
まぁ、それはどうでもいい。
二つ下とは思いもしないような小ささと細さ……、やはり虐待のせいもあるのだろうか?
中学生というのは禁句だったのかも知れない。また…黙り込んでしまった。
「俺の家…入っときますか?寒いでしょう」
「あなた変態なの?」
「変た…嫌なら別に、そうしていたいんでしたらそうしててください」
彼女は前髪で隠れた俺の目を見たままそらさない。
「条件は?交換条件があった方が安心できるし」
俺はその言葉を望んでいたのかもしれない。いや、望んでいた。
「絵を、君の絵を…描きたい」
「絵?あぁ、だから絵の具だらけのエプロンしてんだ」
「一日じゃ完成しない、だからいつでもいい。気が向いたら俺の家に来て絵を描かせてほしい。本当、時間なんかはあんたの自由でいいから。」
沈黙が続く、彼女は長い間考えていた。
寒い、濡れた部分が冷たい。
「顔、ちゃんと見せて。知っておきたいから」
彼女の顔は真剣だ。
俺は彼女の望む通りにその場にしゃがみこんだ。そして左手で前髪をかきあげる。
「へー、あんたそんなにもモッサイくせに顔イケてるとかムカつく。」
誉められたのか、けなされたのかよくわからない。
よいしょっ、おばさんくさい台詞をはきながら立ち上がった彼女は「鍵」そう俺に指図する。
「開いてますよ」
そう答えると、家主が開けてよとまた指図された。
立ち上がってドアを開ける。
「どうぞ」
彼女は無言のままそそくさと中へ入っていく。
遅れて家の中へ入った俺は、鍵をかけようとしたけれどやはりそれはやめておいた。
「あなた案外きれいにしてるのね」
「まぁ、大した物置いてないですからね。あの、風呂たまってるんで入ったらどうですか?」
出掛ける前、雨に濡れてもいいようにと風呂をつけて行ったのは正解だった。
湿った足音をペタペタとならして歩く彼女は、からかうように「ラブホに女子高生連れ込んだおじさんみたい」と笑った。
「鍵開けてますし、手を出すつもりもありません」と答えるとまた、ケラケラと声をあげて笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」そう笑いながら告げた彼女は、タオルも着替えもなにも持たずに風呂場へと向かう。
俺は少ししてからタオルと自分用にと買っておいた新しいパジャマを持っていった。
彼女は浴槽から俺の影が見えたのか、のぞきー?といってまた楽しそうに笑った。
本当によく笑う……。
風呂からあがった彼女は、俺のパジャマの裾をズリズリと引きずりながらリビングまでやって来た。
やはりどう見たって高校生には見えない。
「適当にしてて構いませんよ、その姿を描くので。あ、動いてもらっても結構です。」
「わかった。歩いてもいいの?」
「どうぞ?」
先程行ってきたコンビニの袋から勝手にケーキを取り出して食べる彼女を描いていると、嫌になるほどの沈黙が生まれてしまう。
やむことのない雨の音だけが聞こえるのは心地がいいのだけれど、人が居るとなるとそれはまた違ってくる。
「ねぇ」
沈黙を破ったのは彼女。
「私の家、いっつも声聞こえてるでしょ」
小さなその声は、静かな部屋には十分大きく聞こえた。
「まぁ、聞こえます」
「もしさ、また私が殴られてるときにあんた家にいるんだったら壁叩いてくれない?そしたら…来てあげるから」
「いいですよ。わかりました」

聞いたところ、彼女は学校にはきちんと通っているらしい。
「ねぇ、私ん家うるさい?」
椅子の上に方膝をたてて座る彼女の姿は実に美しい。
「うるさいですよ」
「心配してくれたりした?」
心配?したか?した。でもあれは心配なのか?ただの好奇心だろ。違うか?違わない。絵を描くのにいい刺激だと思っていただろう。でもそれを言うのか?言えないだろ。
「少しは」
口から出た答えはこれだった。
そっけなく返された俺からの返事に、「少しかぁ」彼女は少しだけ苦く笑った。
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